異世界転生なんて懲り懲りだ!!!
「頼むぅぅ!!! 俺を日本に戻してくれぇぇぇぇぇ!!!」
数年前、ホテルのベッドで跳ねて遊んでいた25歳の松本国男は、足を滑らせて床に頭から落下し、死んでしまった。彼の今までの善行と、優しい性格を加味し、神様は彼を異世界に転生させる事にしたのだ。そうして彼は転生の際に絶世の美男子として生まれる事、秀でた頭脳を持つ事、圧倒的な魔力を持つ事を要求し、神様はそれを承諾。彼の華々しい異世界生活が幕を開ける! と、思われていたのだが…………
「も、戻してぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
この有様である。
「まいったなぁ………………」
最初は異世界ライフを楽しんでいた彼であったが、余りにもモテる為、世界各地から色々な女性がアプローチをしに来て、遂には男、獣人、人外の魔物でさえも彼を愛し、結ばれる事を願ってしまったのだ。プライバシーも無くなり、平穏とは無縁の生活に限界が来てしまったという訳である。
「どうしようかなぁ、彼。わざわざ転生させてあげたというのにあんまりじゃないか?」
この状況に彼を転生させた張本人にである神様は頭を抱えていた。元々は褒美と憐れみの意味を込めてしてあげた事がこんな有様になってしまった事に悲しんでいたが………………
「でもなぁ、彼がそう言ったじゃんね?」
神様の言う通りである。絶世の美男子だとか、秀でた頭脳だとか、圧倒的な魔力だとか、全て彼の望んだものであり、それによってもたらされる状況に思考を巡らせなかったのは彼の落ち度なのである。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!! 来ないでぇぇぇぇぇぇ!!」
押し寄せる彼に好意的な感情を持つ集団は、世界でも随一の数と多様さと意志を持ち、年齢も種族も違う集団の中には一線を越える者も珍しくなく、彼に平穏など暫く訪れていなかった。
「ああ!! 国男様!! 貴方と一緒になる事が私の願いで御座います!!」
この女性、名をリリー・ローズ。一国の王女であったが、彼に一目ぼれし、気付けば彼を追いかけ国から出て行ってしまったのである。非常に可憐な容姿をしているが、彼と一緒になる為には手段を択ばず、彼女の策略でこの世を去った者も多い。
「くそ女ぁぁぁぁ!! 国男様から離れろぉぉぉぉぉ!!」
この男、名をゴリアテ。一国の兵士長であったが、数年前に国男に国を救われ、惚れ込んだ。人としても性的にも。
「ジャジャジャジッ!! ギギギギ!! グギャグギャガガガ!!!」
そして忘れ去られた古の遺跡に取り残されていた機械兵である、MASA223。バッテリーが切れ、自分自身の存在を認識できなくなる事を恐れ、ただ停止を待つだけだったが、偶々現れた国男にバッテリーを交換してもらい、その上、修理をもしてくれた彼にプログラムに無い感情があふれ出し、暴走してしまったのだ。
「ガァァゥ!! ググゥゥ………………ワン!!!」
獣人である、マーク・スクーク。女性に似た容姿をしているが全身が毛で覆われている。敵対勢力との戦闘の際に負傷。偶々通りかかった国男に救われ、彼の全てを自分の物にしたいと思い、獣の血が騒いで理性が消し飛んでしまった。
「神様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 見てんだろぉぉ!!! 戻してくれぇぇぇぇぇぇ!!」
さあ、神様はどうするのか。
「………………ただ戻すのも癪だしなぁ………………試練とか?」
寛容で聡明な神様はここで国男に試練を行う事にしたのだ。
「ええっと………………彼の前世は………………日本という国で生まれ………………」
慈愛に溢れ堅実である神様は、彼の生まれの慣習に習い、試練の内容を決める事にしたのだ。
「………………ん? これなんていいんじゃないか? うん、流石私だな。」
そう神様が言うと、一本の細い糸を取り出した。
「これを………………垂らして………………」
今日も今日とて町の中を逃げ回る国男と、それを追う集団。そのあまりの数と勢いに町の石畳は、かつて職人が拘りを持って組み込んだ石、装飾、模様などを全てをその足で削りとり、平らで、スベスベとした物にしてしまっていた。
「きゃぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
そしてそれに滑る人や獣人や人外達。それでも尚追ってくる者は多いが、国男が編み出した黄金ルートなのである。何時もはこうして逃げ切ってるのだが、今日は少し違う所がある。
「………………糸?」
勿論神様もこのルートを通る事は承知だ。国男が来るタイミングを見計らい糸を垂らしていたのだ。
「そうか! あれは!」
日本人としてそれなりの教養を持っている国男にとって、それが何を意味するのかを瞬時に理解する事が出来た。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
全神経、全能力を使い国男はそれを掴んだ。
「よし!」
後は落ちない様に上るだけ……………なんて甘い話しでは無い事は国男も分かっている。
「国男様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次々と糸に捕まっていく国男を想う人達。突然現れたその糸に対し、戸惑う様子を見せる人や魔物も居たが、大半は国男しか見えていないのである。国男が何処へ行こうと追ってくる、山だろうが海だろうが、町だろうが、田舎だろうが、はたまた天国にだって。彼と結ばれる為には何だってするのである。
「国男様! 国男様! このリリーは必ずや貴方と結ばれて見せます故、是非とも上るのを御止めになってくださいまし!」
「し、支離滅裂だ………………」
可哀そうな国男、まあ彼の望んだ果てなのだが………………
グッ グッ グッ グッ グッ
「くっ………………うぐぅ………………ふん!」
国男は真面目に丁寧に上って行っているが、下の奴等は容赦が無く、糸を揺らしたり、周りの人間に暴行を働いていたりする。この状況で国男が最も恐れているのは糸が切れる事である。日本人としては当然であるが、日本人でなくともこの状況に陥ればそう考えるだろう。
「こ、来ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
何時もならこんな事は言っても無意味である為、言わずに体力を温存している国男だが、この状況に堪らず口に出してしまった様だ。
「国男様ぁぁぁぁぁぁ!!」
当然の如く無意味。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
普段は後ろを振り返り、その集団の多さに恐れおののく国男であったが、今日初めて下を向いた瞬間にその全貌を、今まで自分の行いによって蓄積された狂気とも言える集団の全貌を把握し、戦慄し、その数秒後に絶叫した。
「ああああああああああああああああああ!!!!!!」
ここで彼に最大の不運が訪れる。
「国男様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
糸を上っていく最愛の人に対して、その糸を切断し、下に落とすと言うのは普通ならばその最愛の人の怪我の心配をして行わない事が普通であるが、如何せん国男はほぼ無敵なのである。これは周知の事実で、他にも炎や、窒息、単純な打撃とて彼には効かない。それが国男の不運だった。
「やあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「グギャグギャグギャ!!!」
「ワンッ! ワオォン!!!」
機械兵は持ち前のチェーンソー、兵士長は磨きに磨かれた剣、獣人はその尖った爪、王女は普段自らの左手首を切り裂く為に持ち歩いているカッター、それらを国男の上、国男が必死に上り、掴もうとしている先の糸目掛けてぶん投げ始めたのだ。勿論国男の事など心配していない、彼は無敵なのだから。
「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
この糸、神様の優しさで、重さで切れる事は無い様に作られたのだが、切断に関しては無いとも言い切れなかった。切れず、伸びず、千切れない糸なんて試練として破綻してしまっている。下の方では何百、何千と言う多種多様な種族が上り始めており、流石の神様お墨付きの糸と言えど、引っ張られ、伸びに伸びてしまっていた。伸びると言う事は細くなっていると言う事。その極限まで細くなった糸に数々の猛者達が刃を放ったのだと言うのだから結末は目に見えていた。
プチッ
「あっ………………」
神様の口からこぼれ出た言葉と共に、糸は完全に断ち切られてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
叫びも虚しく、国男は肉や機械や毛皮の山の中へと落ちて行ってしまった。
「あーあ。………………でも、悪くないんじゃない? 考え方次第じゃんね?」
狂気と愛憎渦巻く山の中へ落ちてしまった国男はどうなってしまうのか。怪我はしていないはずだが、逃げ切れるのか………………まあ、どちらにしよ、彼は体力を付けねばなるまい。