97:vsジオン
ノワルが案内したのは、メイズ中層の湖で獲れる大魚を丸ごと素揚げし、野菜と香草を煮た塩餡をかけた料理が売りの店であった。
ほぐした身に餡をからめて春巻きの皮のような物に包み、スイートチリに似た辛味ソースをつけて食べるスタイルだ。
ユアが喜びそうだと思いながらバクバク食べるレイに、ミレアたちが瑠璃の翼と臥竜の険悪な間柄を掻い摘んで語り聞かせている。
臥竜が十席会の第二席であるのに対し、瑠璃の翼は第三席。
臥竜は貢献度でも大きく勝っているが、トップパーティーの最深到達階層と星の数ではディナイルのパーティーに負けている。
「んぐんぐ……まぁよくある話だな、言うたらヒガミだろ?」
「僻みだから性質が悪いのよ。妬み嫉みならまだマシなのに」
レイは僻みと妬み嫉みの違いが判らないため『ふ~ん』と言って流した。
「マスターが推薦状を出したことも伝わるよね」
「マスタの顔を潰しにくると思うの」
「殺してこいくらいのことは言うと思います」
「槍聖は綺麗な顔してやり方がエグイからね」
「あれは殺人に快楽を覚える性質だな。臥竜が将来のマスター候補として育てているという噂もあるが、現実になれば十席会は荒れるに違いない」
「レイには怖いものがないですか…?」
レイは大きな身を二枚の皮で巻きながらイリアへ目を向けた。
「昔は知らない人と喋るのも怖かった。初めてサンドバックを殴った時も怖かった。初めての試合なんて手と足がガクガク震えたな」
「ちょっと想像できない話ね」
「何の自信もなかったからな。ずっとイジメられてたし」
「「「「「「「えっ!?」」」」」」」
見事にハモった『えっ!?』に苦笑しながら、レイは子供の頃の話を語り聞かせた。語るに楽しい話じゃないものの、イリアのトラウマを少しでも解消できればいいなという想いからだ。
自分の本性が陽キャだと感じたのは、高校生になるかならないかの頃。
おそらく、中二の夏に初めて出場したキックの大会で、三回戦まで勝ち進めたからだと思っている。
三回戦は1ラウンドTKOという負けっぷりだったが、何かが吹っ切れ、勝つことと負けることの意味を知った。何より、負ける悔しさを知って泣いた。
そして一年後の夏、勝ったのに内容では負けたと思った試合がある。
その日からだ。自身と時間の全てを格闘技に費やすようになったのは。
「嫌いなヤツもできたけど、その何十倍もダチができた。同じ夢を持ってて、朝から晩までクッソ辛いトレーニングをやってるワケだ。すげぇ似てると思わないか? ミレア隊とか瑠璃の翼ん中の関係によ」
「似てますけど…それと怖いか怖くないかは関係ないと思います…」
「〝か〟を忘れてんぞ似非天然少女」
「わ、忘れてないですか…バカ…」
レイには韻を踏んだように聞こえたが、「か」の現地語発音は「ラ」で、「バカ」の発音は「ピーダ」だ。
「ディナイルを初めて見た時は背汗かいたわ。でも怖いとは思わなかった。今までで一番怖かったのは、ミューズで人を殺した時だ。思い出しても怖ぇし」
「「ニュールよ(ね)」」
「それ。つーかアレだ、殺られないようやれるコトを全部やってきた自信はある。積み重ねに自信があれば怖がる理由はない。ま、楽しく観戦してろって話だ」
「レイ様は思ってたより人間臭いんだね」
「ロッテはルックスどおり人間離れしてるよな」
「なんだって!?」
「ふふふっ、あははは♪ イリアは楽しく観戦しますか♪」
レイとしてはイイ話で上手く纏めた気でいるが、判定は微妙なところだ。
ミレアとノワルとルルも微妙だと思っているものの、イリアが楽しそうなので「まぁいっか」と微笑んでいる。シャシィとシオは無条件に惚れなおしたらしい。
何気にシオの恋愛パラメータの上がりっぷりが不思議である。
そんなこんなでギルドに戻り案内された広い武闘場へ入ると、そこには嘲笑以外の何物でもない嗤いを口元に張りつける美形がいた。
久しぶりに見たミレアたちは「故意に殺気を漏らしている」と感じ、つい先日メイズ内ですれ違ったロッテたちは「やっぱりイラつく顔だ」と思っている。
武闘場にベスタと試験官を務める二人の男性職員がやって来た。
「揃っていますね。本戦は無所属レイ殿のシーカー認定戦闘試験となります。対戦者は臥竜所属、三ツ星のジオン殿です。では早速始――」
シュッ! ギチッ!
「!?」
一〇メートル超の間合いで嗤ったままのジオンが鋭く振った槍先から、大気を斬り裂く何かがレイの首筋を目掛けて飛翔。レイは眉一つ動かさず左掌を首前に掲げ、ゴート仕込みの部分殻化で魔術的な刃だろうそれを握り潰した。
あっさり殺してやろうと目論んでいたジオンは、何が起きたのか理解できずに両手で槍を握り身構えた。
「貴様…今なにをした…」
問われたレイが呆れかえった表情を浮かべ口を開く。
「メイズでもそんな間抜けなこと聞くのか? さてはお前、俺よりバカだな?」
「だ、黙れっ! 殺す!」
増した殺気を垂れ流すジオンが縦横無尽に槍を振るう。
レイは魔力感知を球状展開し、高圧魔力がヒットする部位を逐次殻化していく。
初撃を握り潰した際の衝撃がないに等しいものだったため、仮に万倍の威力でも貫通はないと判じ、その立ち姿は無防備そのもの。
キンッ! ギギギンッ! キーンッ! ギギンッ! ギンッギンッ!!
「予想外の展開です」
「そ、そう? 私たちは予想していたわよ?(全く脅威を感じない…)」
普通にウソをついたミレアが目を逸らすと、シャシィ、シオ、ノワルの三人も「あれ? 意外と強くない」といった顔をしている。レイの自虐セリフにも気づいていないが、自分たちが予想以上に強くなっていることにも気づいていない。
「くそっ! なぜだ! なぜ通らない!?」
「(強化してこの程度か…まぁいいや)今度は俺が試す番だ。腹に力入れとけ」
ズドンッ!
「ガハッ……お゛ぇぇぇ……」
刹那に強化レベル3に下げたレイが間合いを潰しボディブロウを叩き込んだ。
槍と腹を抱え〝く〟の字になったジオンが、盛大に胃の内容物を吐き出す。
ジオンが強化していることは判っていたが、強化の熟練度が余りにも低い。
(いやいやいや、これでゴートと同等以上とか、あいつガチでブチキレっぞ。つーか、コイツのゲロなんでモスグリーンなんだよ…ベジタリアン?)
肉弾戦最弱のノワルでも勝てそうだと判じたレイのヤル気が一気に急降下した。
一方で、ロッテ、ルル、イリアは唖然としている。
彼女たちはレイの戦力どころか、現在のミレアたちが如何に強くなっているかを判っていない。本人たちでさえ判っていないのだから当然ではある。
そもそもの話、ロッテとルルの感覚強化ではレイの踏み込みを目で追えていない。気づけばジオンが腹に拳を刺し込まれていたという状況だ。
「あのな、俺こういうこと言うの好きじゃねぇんだけど、お前弱すぎだ。こっちは殺りたくねぇのに、気ぃ抜くと殺っちまいそうなんだが?」
口元を袖で拭いながら目線を挙げたジオンは、恐怖に塗れ今にも泣きだしそうな顔に変わっていた。そこに天才と謳われる者の面影はない。
ジオンの顔を見たレイは、大きな溜息をついて身を翻す。そして…
「おいミレア、模擬戦すっから相手してくれ」
「えっ?」
「えっじゃねーし。これで『はい、シーカー』とか言われてもカンドーがねぇだろ? いつもの軽いやつでいいから模擬戦すっぞ」
「軽いやつって、毎朝全力でやってるのだけど……分かったわ」
双剣を抜いたミレアが一瞬で上限まで強化した。
殻化まであと一歩半である彼女の身体を覆う魔力は厚く均一だ。
クンと腰を沈めたミレアが疾駆する。
パパパンッ! ヒュヒュッ! バシィ! パンッパパンッ!! ヒュヒュバッ!!
二人が何をしているのか明確に見えているのはシオだけだ。
シャシィとノワルでも、全力を出したミレアの動きは七割程しか追えない。
スパン! ドドンッ!! ドキャッッ!!!!
「ぐぅっ」
「おらおらどうしたぁ! デレっとしてんとぶっ飛ばすぞお!」
「ぶっ飛ばした後で言わないでよ! はぁあああああーっ!!」
ヒュヒュヒュブンッ! ヒュズバンッ! ドパパパパパパンッッ!!
「ひゅぅ~~♪ 今のはイイ! ジンが仰け反るタイミングだ!」
「レイが仰け反りなさいよ!」
「はっはー! そろそろアゲてくぞおらぁ!」
ドドドドドドンッ!!! ドゴォ! ズパンッ! ギチィイイイッ!!!
「ふぐぅぅ………ぐっ…………ま…参ったわ」
「っしゃ、双剣三連からの踵落としが今日イチだったな。あれをフェイクに横蹴りへ変化してりゃスウェーじゃ躱せねぇ」
「あ、なるほどね。更に回し蹴りへ繋ぎながら逆手薙ぎ斬り、なんてどう?」
「悪くはねぇけど、俺なら往なして後頭部かケツに蹴り入れる」
「やめてよ…」
シオ、シャシィ、ノワルが「今日も酷い…」と苦笑する一方で、ジオンとベスタ、二人の試験官は大口を開け茫然とするしか術がない。
ロッテとルルは引き攣り笑いで顔を見合わせ、イリアは『すごいですかっ!』を小声で連呼しながら、胸の前で拳を握りぴょんぴょん跳ねるのだった。