95:「か」にツボる
それなりに広い隣室は、所謂ブリーフィングルームであった。
専らトップパーティーの攻略打ち合わせに使われるのだが、「最上階の会議室に呼ばれた者は遅かれ早かれ名を馳せる」というジンクスが瑠璃の翼にはある。
若いシーカーたちは、一日でも早くこの部屋に呼ばれるよう精進しているとかいないとか。まあ、レイには関係のない話である。
「規定破りで進入したところ隠室を発見した訳だがレイ、お前はどうしたい?」
問われたレイは虚空を眺め思案する。
この世界で一般的に宝と呼ばれる物に魅力を感じたことはない。が、魔物部屋という響きには俄然惹かれる。
とはいえ、一階層で感知した魔物の魔力は微小な物で、ゲームにあるモンスターハウスだとしても、雑魚を相手にヒャッハー!出来るとは思えない。
「カエルの魔獣と似たり寄ったりだったからなあ」
「やっぱりそういうことを考えてたのね。もし魔物部屋なら、幼体キーンエルクくらいの魔物が三桁は出現すると思うわ」
「それでもレイは全然物足りないよねー」
ロッテ、ルル、イリアが「マジっすか!?」みたいな顔をレイに向けた。
魔物部屋と宝物部屋の違いは、シンプルだが中々に面白い。
夢や希望や欲望を抱くシーカーが集うメイズだからこそ面白いというべきか。
魔物部屋は階層に見合わない強さの魔物が一〇〇から三〇〇体出現し、更にボス級が出現して打倒すればレアドロップが手に入る。
レアドロップに対して失望した者は皆無と言われ、遠い昔に二六階層の魔物部屋で出たのは、あらゆる毒物を無効化する魔法具との記録も残っている。
一方、宝物部屋は一見して金銀財宝だと判るお宝が山積みになっており、一攫千金を夢見てシーカーになった者なら狂喜して引退するだろう。
なぜなら、宝物部屋の記録で最も浅いのは五九階層で、いつ発見されたかは定かでないものの、小国の二つ三つは買える程の時価換算額だったとの文書が残っているからだ。
いずれもシーカー界隈では〝隠室〟と呼称され、一度機能を果たすと只の部屋になる。開放された隠室には魔物が進入しないため、過去に開放された隠室を休息や野営ポイントとして利用する者もいるそうだ。
問題なのは、魔物部屋に出現した魔物を処理できず全滅すると、階層が魔物で溢れること。シーカーギルドが発注元となり討伐依頼を発行する規定になっているが、履行されたのは一〇〇年以上前の一度だけだという。
宝物部屋の問題は、重量が膨大すぎて持ち帰るに困難な点だと考えられている。
小国の二つ三つを買える財宝が、守護者階層の直前で出るのもイヤラシイ。
何れにしろ、高確率で略奪戦が発生するだろうとの予想である。
「まだ十年と経っていないが、俺たちが深層で魔物部屋を発見した時は酷いものだった。性質の悪いクランの攻略パーティーが乱入したもんでな」
「あー、そういうのもあるワケか。どんなオチだ?」
「十席会の第一席と共闘してクランごと潰した。有体に言えば皆殺しだ。事後に支払った対価総額を考えれば割に合わんとまでは言わんが、分かるだろ?」
ディナイル率いるトップパーティーが深層で魔物部屋を発見したのは、八年経つか経たないかの時分だと。
乱入したパーティーは素行が最悪でも腕は立ったため、シーカーギルドも深層産物の流通量を考えればクラン権利やシーカー資格の剥奪に二の足を踏んだ。
問題を起こす度に貢献度は下げていたが、そもそも悪徳クランは貢献度など眼中にない。納税の義務にしても「なにそれ美味しいの?」である。
後顧の憂いを考慮したディナイルは殲滅、言い換えれば皆殺しを実行した。
欲望が渦巻くものの、治外法権が及ぶ自治都市ボロスならではの惨事である。
「まだ幼かったが記憶に鮮明な出来事だ。暁の牙だったな」
腕を組みながら言ったルルがウンウンと頷いている。
長剣士だけあって、普段のルルは騎士ロールなのかもしれない。
「アレか? ディナイルたちが見つけた……ガンボガンボだっけ? 大精霊の祝福がどうのって金属はそん時のお宝か?」
「「「「「メタガンドタイト!?」」」」」
「もぉ…」
「言っちゃったね」
「あ、NGだった?」
「構わん。それを話すための此処だ。一階層でメタ級が出るとは思えんが、逆に一階層だからこそ特殊な物が出る可能性もある。それらを踏まえてどうするか。決定権は発見者のレイにある」
魔物部屋なら独りで行きたいな、などと考えるレイが抱える問題は、シーカーライセンスがない一点だけだ。隠室の発見報告は開放後でもいいが義務とされているため、コソっと行ってやっつけるという手段を取れない。
「魔物の魔力を感知してねぇんだが、宝物の部屋だったってことか?」
「いや、壁を開けてみるまで判断できん。金目の物が山積みなら宝物部屋だが、魔物部屋は開いた時点で涌き始める」
隠室を隔てる壁は魔法錠で施錠されている。
ピンポイントで魔力を流せば壁の一部が淡く光って発現するのだが、魔力感知技能が低いと特定に時間がかかるそうだ。
また、斥候職には【解錠】技能が生えるのだが、解錠難度はトライしてみるまで判らない。
レイの場合は斥候シオがトライすることになるが、シオが解錠できない場合は、彼女よりも熟練度が高い斥候に頼むしかない。
こういった点も、上位の大規模クランに加入するメリットの一つになる。
「具体的な話だ。レイが隠室の権利を譲ると言うなら、瑠璃の翼が一億シリンで買い取る。メイズの醍醐味を味わいたいなら一年でも早くシーカーになれ」
「それを言うなら一日でも早くだろ」
「知らんのか、シーカー認定試験は筆記から始まる。判りやすい例を挙げてやろう。シェルナは筆記試験合格までに二年かかった」
「泣けるくらい分かりやすいな。自慢じゃないが俺もムリ」
ミレアたちが苦笑すると、ディナイルも薄く笑みながら『だろうな』と言い、とある条件を提示する。
「レイが瑠璃の翼に加入するなら、十席会が持つ推薦枠を使って筆記試験を免除することが出来る。在籍期間は攻略開始から最短三年間、ジンとユアが加入するなら一年で脱退しても構わん」
「上手いわね。三人揃えば一年でも計り知れない成果をあげるわ」
「そんなに凄いのかい?」
「ジン様とユア様は魔法が凄いんだよ。ジン様なんて、大峡谷で見える範囲の岩ガメと岩トカゲを一撃で殲滅したからね」
「想像もつかないが凄まじいな…」
「ユア様の再生は瀕死を一瞬で全快させるの」
「イリアも見てみたいですか?」
「自分に聞いてんのかよ。ジキルとハイドがツッコミ入れっぞ」
「イリアさん、見るなら魔晶生成の方が感動的です。震えます」
「「「っ!?」」」
言語野に天然成分をたっぷり配合しているイリアを見遣りながら、レイは「勝手に決めるとユアがキレそうだなあ」と思考する。
「ジンとユアに相談してきていいか?」
「構わん。そう急ぐ必要も…いやそうだったな、行ってこい」
「ばっ!?」
「なっ!?」
「消えましたか!?」
レイが転移で消えた。
イリアは「か」で終わるのが好きなのかもしれない。
アレジアンスに戻ったレイは、イリアを反面教師に頑張って彼是を説明した。
すると、顔を見合わせたジンとユアは、バツが悪そうに半笑いを浮かべた。
「先のことだから言ってなかったが、瑠璃の翼には加入するつもりでいる」
「は? マジで?」
「レイのためでもあるんだよ? ギルドの資料室で勉強するより、サポート付きで実地学習の方がいいでしょ? クランには修練生制度っていうのがあるの」
「あー、修練生ってそういうやつなのか」
レイの脳裏に、以前見かけたオロという名の狼人少年が浮かんだ。
「何にしろレイの筆記試験免除は嬉しい誤算だな。大きな悩みが一つ消える」
「俺は大きな悩みかよ! 反論できねぇけども!」
「ふふっ、戦闘試験がんばってね」
「戦るだけなら余裕だぜ」
「なあレイ、その隠室に行く時は俺たちも連れて行ってくれ」
「それいいね! 私も行ってみたい!」
「いやお前ら、シーカーライセンスがねぇから俺は困ってんだぞ」
「報告義務はレイが果たせばいいだろ? 俺たちは見学したいだけだ」
「あ、連れて跳べってことか。んや、もう転移できるな。OKだ」
ユアの倫理観や道徳観が緩くなりつつある気がしないでもないが、メイズは全てが自己責任なのでいいだろう。
レイが会議室に戻ると、ロッテとルルがビクっとした。
イリアは天然だからか肝が太いのか、子供がアニメを観る時のような眼差しでレイを見詰めている。
今すぐではないがジンとユアも加入すると聞いたディナイルがニヤリと笑み、ミレアに『俺の勝ちだ』と言いながら既に用意していた推薦状をレイに渡した。
「ギルドのアレン・ベスタという名の職長に渡せ」
「レイは戦闘運が強いよね。戦闘運なんて言葉があるのか知らないけど」
「カータルの戦士ギルドもそうだったわね」
「あたしも一緒に行っていいかい?」
「私も是非に!」
「イリアも行きたいですか?」
「…イリアも来ていいぞか」
「真似しましたか♪」
「か」終わりの自覚はあるのか、とツボりつつあるレイが席を立つと、ディナイルがどこか驚いた表情でイリアを見遣っていた。
クランハウスを出てシーカーギルドへ向かっていると、レイの心を読む天才になりつつあるシャシィがレイを屈ませ囁く。
「イリアは性質の悪いシーカーに攫われたことがあるんだよ。マスターの実妹だからって理由でね。それで男性恐怖症になっちゃったの。でも初見のレイと楽しそうに喋る姿にマスター驚いてた。あたしたちも驚いてる」
「こっちは拉致るだの盗むだのがクソ多いな?」
手っ取り早いからと普通に返されたレイは、半目のまま足を動かした。