94:濃いぞミレア隊
ミレアたちが俄かに色めき立つ。
「一階層で自分たちが係われるなんて凄いわね!」
「記録だと一番浅いの二六だったよね! 何百年も前の!」
「シオが開けられないなら凄いことになるの! 星が増えるかもなの!」
「皆さん落ち着いてください。発見者はレイ様で、レイ様は違反進入中です」
「「「あ……」」」
ミレアたちが物凄く残念な目をレイに向けた。
指摘したノワルまでもが残念な溜息をつく。
「何の話か分かんねぇしイラっとするんだが?」
「シオで開けられるか確認したいところだけど、一旦出るしかないわね」
「そうだね。イリアもいないし、誰かに聞かれたら大損だよ」
「クランハウスがいいと思うの」
「シオさんに同意します。先ずはレイ様のシーカー証をどうするかです」
シカト状態に蟀谷がピクついてきたレイへ向け、ミレアが「降りてこい」と手招きした。レイは近くに魔物だろう小さな魔力が幾つかあるだけだと判っているが、メイズのプロを相手に駄々をこねるほど幼児脳ではない。
来たルートを辿って階段に戻り、地上へ出て石室の隅へ移動。
そこでふと、【空間跳躍】は入る時より出る時の方が厄介だと気づいた。
「外でスペース作ってくんね? 視線がない時に軽く手挙げて」
「言われてみればそうね。視界が広い位置から見るのよ? いいわね?」
「子供扱いすんなよ母さん」
「母さんじゃないわよっ!」
「いやそこまでキレなくてもよくね?」
「ふん!」
女性に優しいことと、女心が解かることは別物である。
ミレアの挙手に誘導され外へ出たレイは、クラン瑠璃の翼へ向かった。
中へ入ると、ミレアたちが一斉に掲示板へ目を向ける。
メイズに潜る時は名札を掛けて出る決まりらしく、レイが会ったことのない三人は潜っていないようだ。
潜っていなくともクランハウスに居るとは限らないため、シオとノワルが手分けして探しに行き、レイたちはディナイルの部屋で待つことに。
「よぉディナイル久しぶり」
「ほぉ、一段と雰囲気が出たな。先代獣王をサシで圧倒したという話は事実か」
「圧倒ってほどじゃねぇよ。ま、あの時よりは巧くなったけどな」
楽し気に笑むディナイルに促されて腰を下ろすと、ディナイルはミレアへ目を向け顎をしゃくり用件を話すよう促した。
「魔物部屋か宝物部屋を見つけたわ。レイが」
レイが「あ、そゆことね」と漸く状況を把握した。
「なに? 階層は…いや、新人リストでレイの名を見た記憶がない」
「レイはまだ認定試験受けてないからね」
「…どういうことか説明しろ」
「説明は難しいわ。レイ、披露してくれるかしら?」
「あいよ」
言ったレイがディナイルの背後へ跳んだ。刹那、ディナイルは座位から弾けるように斜め前へ跳躍した。レイが改めて「パねぇな…」と瞠目する。
「……魔法は使えないんじゃなかったのか」
「今も素じゃ使えねぇぞ。ここ慰めるトコな。で、こいつのおかげだ」
レイはジャージの上を脱いで腕のバングルを見せると、アレジアンスの敷地へ転移した。
「ちょっ!?」
「わあ!?」
「なっ………」
座位だったミレアとシャシィが、尻もちをつきながらレイにジト目を向ける。
長椅子ごと転移させろよ!と。
気づいたレイが愛想笑いを浮かべ、ディナイルの部屋へ再び転移した。
尻もち体勢で長椅子の上に転移した二人が半目で口を開く。
「「嫌がらせ?」」
「とんでもないな……」
二人をまるっと無視するレイがどっかりとソファに座り、ディナイルも小さく頭を振りながら腰を下ろした。
大きな溜息をついたミレアが斯々然々と一連を説明した後、目を向けられたレイが残りの【格納庫】、【食料庫】、【宙歩】を実演していった。
「……厄介な欲を持たん人物で良かったとしか言えん」
「レイたちは支配者みたいなの面倒で嫌なんだって」
「何をしでかすか分からない怖さはあるのだけどね。レイだけ」
「オイ!」
「なによ!」
「…何でもないっす隊長」
「ふん!」
ミレアは根に持つタイプらしい。母さん発言が禍根を残している。
「それにしても一階層に在ったとはな。総出で虱潰しにしたんだが」
「ねえレイ、空洞を塞いでる壁の厚さはどれくらいだったの?」
「んー、二〇メートルちょい?」
「「そんなに!?」」
「ハッ、見つからんはずだ。お前はどの程度を探れる?」
「知らん。強度上限で探ったことねぇし」
レイの指向性魔力感知の距離は、量よりも強度、つまりエネルギー密度に依存する。最近は魔力の拡がり角度を調整できるようになってきたため、高強度魔力を細線化すれば、キロメートル単位など余裕で感知できる。
但し、拡がり角度が小さいと感知範囲は極小になり、集束し平行化したレーザー光でスキャンするような作業になる。
よってレイは使い勝手が悪いと思っているのだが、ジンが知ったら「使い方次第だバカ!」と言うに違いない。
「お前は何の化け物だ」
「禍ツ神」
「死神」
「ぅをい!」
「事実でしょう?」
「事実だよね。あたしは死神の方がカッコイイと思う」
シャシィの嗜好はセシル寄りな気がする。
「神紋については詳しくないが、禍ツ神は邪神じゃないのか?」
「違うみたいよ。元来は創造を司る主神の双神らしいわ」
「創造神に堕とされた後で禍ツ神って呼ばれるようになったんだって。だよね?」
「らしいな。シンプルに双子のケンカだ。人間臭ぇ話だぜ」
コンコンコン
いいタイミングで扉がノックされ、シオとノワルが三人を連れて入室した。
「やっと見つけたの」
「昼間から入浴とはいい身分です」
「しつこいね? メイズから戻ったばかりだと言っただろ? にしても、聞いてたとおりイイ男じゃないか」
レイが珍しく目を見開いた。
厳つくレイよりも頭一つ分ほど背丈が高いマッシブ・ダイナマイト。両サイドを刈り上げたドレッドヘアが、レイに某プロレスラーを思い出させた。どこぞのスナックのママが如き酒焼け声も腹に響く。
「あたしゃ重戦士のシャルロッテだよ。よろしくな、レイ様?」
「よろしくどーぞ…」
レイが半目だ。そのルックスでシャルロッテはねぇだろ、と。
地球ならシャルロッテはドイツ語で、英語だとシャーロット、フランス語ならシャルロット。意味は〝女性らしい〟とか〝可愛い女性〟である。
「いつものことだがロッテに驚いているではないか。早くどくのだ、私も名乗らせてもらう」
ロッテを押し退けたのは、ショートカットの金髪にマリンブルーの碧眼がマッチしている美形。敢えてカテゴライズすればノワルと同系統のルックスだ。体格と凛々しい眼差しはジンを想起させる。
「長剣士ルルと申します。このところレイ様の噂をよく耳にしており、ララに蹴術を教えたのもレイ様だと。物凄く興味深く! 私にも何か教えてくれないか!」
「あ、うん、そうね、後でね」
ルックスはノワル系統だが性質は違うようだ。クールな印象だったが、尻上がりにエキサイトして今や手指をワキワキさせている。レイと同系統かもしれない。
「さあ、イリアもご挨拶なさい。出来るわね?」
ミレアが慈愛方向の母親トーンで声をかけた。
コクリと頷きおずおずと扉を潜ったのは、白髪とは全く違う真白で長い髪を、緩い三つ編みで肩に流す少女……そう、少女なのだがボリュームが凄い。
歩を踏むたびにぷわん、ぷわんと揺れるミラクルマシュマロ。
「イリアですか……結界術師ですか……よろしくお願いしますか?」
「超ド級の天然かよ。違う意味でストロングだな。とりまヨロシク?」
「よろしくお願いしますか?」
正体不明の天然は取り扱い注意だな、むしろ敬遠策がベターかなとレイが思っていたら、横のシャシィが耳に口を寄せ囁く。
「面倒とか思ってるでしょ」
「お前は神か」
「心配いらないよ。イリアはマスターに鍛えられた子だから」
「へぇ、面白そうな話じゃん」
色んな意味で瑠璃の翼は濃度が高い。そんな印象に浸っていると、ディナイルが隣の部屋へ場を移すと言い立ち上がった。
するとミレアが、『こんなに早く入れる日がくるなんて』と感慨深げに呟くのだった。