92:レイヌス案件
アンセスト周辺平定から三ヵ月と少しが経ち、片付けなければならない彼是が漸く片付いた。
外向きの仕事で残っているのは、半月後に行われる戴冠式と調印式だ。
皇帝アドルフィトと一緒に来るセシルの引き受けもある。
調印直後には、相当数の魔導砲と魔力充填装置を注文されるだろう。
ジンは「戦艦造ってみたいけど流石に無理だな」などと考えている。
内向きの行事としては、アレジアンス新社屋の落成式がある。
とはいえ、設備をオール電化ならぬオール魔導化にしている最中なので、全てが完了するのは年末になるだろう。
魔導機器や装置の製作指揮を執っているのはメイで、セシルが合流したら立上げテストと内装を仕上げる予定である。
レイは『セシルに内装やらせたら後悔するぞ』と予言している。当たりそうだ。
「何か忘れてる気がしてならない…」
「チェックリストで残ってるのはあと一つだから大丈夫だよ。はい見て」
「あぁ残りの通信基地局か、戴冠式の後になるな」
「お前もう病気じゃね? メンタルクリニック案件だ」
「あるなら行くけどな」
「ジン君!?」
「勇者がマジでやべぇ」
ジンが鬱っているかもしれないのだが、さておき。
想定外だが当たり前になりつつある事柄が一つ。
ゴート一家がアレジアンスに住み着いている。
ゴートはドルンガルトがなくなったので急いで帰る必要はないと言い訳をしているが、おそらく居心地が良いのだろう。
特にアンテロープが「王宮より断然快適ね♪」などと言っているとか。
獣人種にはアンチ魔導工学が多いらしいので、旧来どおりの暮らしなのだろう。
ゴート本人にしても、レイやミレアたちとの鍛錬や模擬戦が目新しくも楽しい上に、三食昼寝付きで子供たちと過ごせるとなれば帰郷する理由はない。
ゴートの滞在はレイにとっても実戦訓練の面で都合が良く、何よりミレアたちにとってのメリットが大きい。
ミレアのパーティーは七名なのだが、三名はボロスで臨時パーティーを組んだりしながらメイズに潜っている。
それは当初の予定どおりであり、むしろボロスに残る三人の方がメイズ攻略や探索、戦力向上の面では有利だと考えていた。
ところがどっこいしょ。
ミレアたちは召喚されたレイたちと過ごすことで、異常と言って過言ではない程に戦力を高めている。
これは完全に想定外であり、ボロスに残っているメンバーとの戦力格差が日々大きくなっていくことにミレアは悩んでさえいた。
そこでジンに相談したところ、「独身寮の完成に合わせる形なら呼んでもいい」との許可を得たのだ。
ミレアたちが所属するクラン瑠璃の翼は、晩夏から初秋にかけてクラン内序列決定戦を毎年開催する。
ジンたちがメイズに潜らず大陸中央を平定するなど夢にも思っていなかったため、ミレアたちは宮廷侍女の作法修得期間を含めれば、参戦機会を三回も逃したことになる。
序列決定戦はパーティーvsパーティーの形式で行われるため、これだけパーティー内の戦力格差が大きいと、以前のような連携戦術の実行は不可能だ。
だがしかし、独身寮はどんなに遅くとも二ヵ月以内、つまり年末の一〇月末には完成する。
そのタイミングでボロスの三人を呼べるならば、来年開催される序列決定戦まで七ヵ月、こちらの暦ならばニ八〇日間ほどの訓練期間を確保できる訳だ。
一方で、ジンとユアはアレジアンスの経営権をアイゼンたちに完全委譲できる時期が早くとも来年の半ば以降、つまり六月以降になると見込んでいる。
既に求人をかけた第三期の新人採用を以て、アレジアンスは年内に二〇〇人規模の体制を構築する。
そこから半年間を費やし特に優秀な者を選抜して現幹部陣の補佐に付け、並行でボロスやオルタニア、エルメニアに営業所と物流拠点を置く計画だ。
ケンプ商会がオルタニアの政商認可を獲得する際には、営業所と物流拠点をケンプに有償譲渡する。あくまでも、アレジアンスは世界最高峰のマニュファクチャーであるべき、というジンの意向だ。
尚、ジンは代表権付きの会長としてアレジアンスの経営基盤を盤石な物とするつもりなので、ボロスへ行くのは早くても二十歳になる頃、つまり来年の秋頃だと予想している。
地球時間だとユアとレイはもうすぐ二十歳で、ジンは一九歳になったばかりだ。
因みに、アホなレイは初めて月森へ行った時、自転と公転周期が違うと知らずにスマホの時刻と日付を弄ったので、十中八九は自分が間もなく二十歳になると判っていない。まあ、ユアとジンも誕生会を企画するような暇はなかったのだが。
「俺ちっと出てくるわ、んじゃな」
「どこ行くの?」
「メイズ」
「待て待て、何を企んでる」
「企んでねぇし。メイズでも魔法が使えるか試して、メイズに入ればレイヌスが気づくかも?ってだけ」
「シーカーライセンス持ってないよね? まさか持ってるの?」
「ないない。ちらっと階段降りるだけだから要らんし」
ボロスにはパルテノン神殿のような建造物があり、その中央にある巨大な石室がメイズの出入口を覆っている。
また、石室の出入口脇にはシーカーギルドの出張所があり、ライセンスを確認する若手職員十数名が詰めている。
しかし、石室が大きいため出入口も大きく、レイは「【空間跳躍】使えば入れちゃうんじゃね?」と思っている。
「またそんなこと考えてぇ」
「規定違反だとか言うつもりはないけど、レイヌスに会いたいならセシルさんのラボへ行けばいいだろ?」
正しく正論なのだが、レイもそんなことくらいは分かっている。
「セシルには聞かせたくない話をしたいんだよ。そう言えば話してなかったな。いつだったか、俺とセシルとレイヌスの三人で話してたことがあったろ? 日本にはお前ら三人で帰ってくれとか言った時だよ」
「あったな」
「うん、憶えてる」
レイヌスの言質は取れていないものの、レイはその時の一連を語る。
聖皇宮から盗まれた結界維持アーティファクトがフェイクであること。
フェイクを用意したのがレイヌスであること。
自分で用意したフェイクを盗み出したのもレイヌスであること。
レイヌスの不死性は神紋因子ではなく、魔王の仕業だろうこと。
レイの身柄を条件に、レイヌスが死を獲得しようとしているだろうこと。
レイという存在を、死神が再臨の器に使う可能性があること。
レイがメイズの奥底へ行かない限り、悪魔が出て来ることはないだろうこと。
「何それ許せない!」
「ユア、同じ気持ちだけど落ち着こう。な?」
「…うん、ごめんなさい」
「俺はレイヌスの気持ちも分かるんだわ。もし自分がガチの不死だったら、熱くなれないまま五〇〇〇年も生きたら、何をしてでも死にたいだろなってさ」
「「………」」
レイヌスの立場になって考えたジンとユアも、納得はできないが理解はできると感じた。
「まぁそれはいいんだよ。俺は魔王も死神もぶっ飛ばすから。ついでに悪魔も」
「フッ、確定事項か。レイらしいな」
「絶対にぶっ飛ばしてね! 負けたら許さないからね?」
「任せろ。メイズの一番奥に行く頃にゃ、俺はスーパー地球人になってるぜ」
ジンとユアが某悟空を想起し、「レイに金髪は似合わない」と思った。
「それで、セシルさんに聞かせたくない話ってのは何だ?」
「あいつ虚弱ヲタのくせにアホだから一緒に行くって言い出して、その場の流れでパワードスーツくらい造れよって言ったんだわ」
「それは、もう造ってるな」
「造ってるね。セシル姉はレイが大好きだから」
「まあ事情は分かった。が、レイヌスと話して解決するとは思えない」
レイが「これだからジンは厄介だ」とジト目をむける。
「セシル姉や私たちを巻き込むなって言いに行くつもりでしょ」
「ああ、そういうことか」
レイが「ユアは厄介すぎる」と半目で天井を仰いだ。
「お前らマジうぜぇな?」
「親友だからな」
「お姉ちゃんだからね」
「言ってろ」
「いずれにしろ、そんな交渉をさせるくらいならボロス行きはナシだ」
「うん、石室にドア付けちゃうもん」
レイが「それシンプルに跳べねぇー」と溜息をついた。
「わーったよ、もし会っても交渉はしねぇ。でもメイズには行ってくる」
「確かに時空間魔法の試行は有意義だ」
「ウソついたらゴハンなしだよ」
「お前さ、最近母さんみたいになってきたな? 母さんって呼ぶぞ?」
「いいよ? レイを息子登録して親権取って管理するもん」
「バカ言ってんな。んなこと出来るワケねぇだろ」
「今の俺たちなら普通に可能だぞ? 親が養子より年下なんて実例もあるしな」
「え…?」
「信用があれば養子縁組して親権取れちゃうんだよ? 同い年の親子になる?」
「スンマセンでしたカンベンしてください」
実質的には信用よりも有無を言わせない身分と権力だが、十分に持っている。
そんなこんなでレイはそそくさと外へ行き、連携訓練をしているミレアに声をかけた。近い内にボロスへ連れて行ってと頼まれていたからだ。
「ボロスに行くけど行くか?」
「何を企んでいるのかしら?」
「ナニこの信用のなさ…独りで行くからいい」
違う意味で危ないから行くと言われ、レイは五人でボロスに転移した。