91:ドルンガルトの落日
レイがヴェロガモへ戻ると、オルネルはブチキレている最中だった。
地下牢にいたエルフたちは既に保護したが、誰を問い質してもエルフの総数や居所が判らないらしく、「二人か三人くらい斬れば喋るか?」などとアホなことを言って協力的なヴェロガモ官吏たちを脅している。
半眼でスタスタと歩み寄ったレイが、オルネルの後頭部を引っ叩く。
「だっ!? 何をするレイ! 痛いだろうが!」
「違う意味でお前がイタイわドアホ。後でジンが困るようなことしてんじゃねぇ。自分に似た魔力波動を探ればいいだろが」
「それが出来ればやっている!」
「できねーのかよー」(棒読み)
いつだったか、「エルフは魔力波動を読み取る能力が高い」みたいな話を聞いた気がするレイは、エルフなら誰でも波動を読んで識別できると思っていた。
確かに純血妖精種はそういった能力が高いのだが、厳密には精霊を経て大精霊と契約できるレベルのエルフでなければ、今のレイと同等の識別はできない。
むしろレイがそのレベルにあることの方が異常と言えるのだが、さておき。
キョロキョロと辺りを見回し始めたレイが、貴族服を着た男に事情聴取をしている聖宮騎士へ歩み寄って行く。
「ちょっといいか?」
「これはレイ様、如何なされましたか」
「この人って改革派ってやつ?」
「体制を批判し投獄されていた改革派のオンダンカ伯爵です。オンダンカ卿、こちらは勇者様一行のレイ様、キエラとヴェロガモをお独りで落とされた御方だ」
「なんと!? フロンガース・オンダンカでございます。ご尊顔を拝しますは光栄の極み。どうかお見知り置きください」
「(フロンガス・温暖化……オゾン層嫌い?)えーと、こちらこそ? 幾つか聞きたいことがあんだけど話できる?」
「謹んでお伺いいたします」
公都内でエルフを監禁してそうな貴族の屋敷や、他の都市で同じことをやっていそうな貴族を尋ねる。
すると、オンダンカは「ヴェロガモ公の執務室にはエルフ所有に係わる〝帳簿〟があるはずだ」と言い出した。
聞くに、第二代ヴェロガモ公はエルフが金を生むと考え、エルフの無断所有を固く禁じる国法を定めたという。これに違反すると、二等親に属する全員が極刑に処されるそうだ。
この法が巧いのは、ぱっと見ならエルフ保護とも受け取れる点である。
その上で、二代目は大身商家をはじめとした富裕平民が所有するエルフを徴発し、所有を希望する貴族家にエルフを〝貸与〟した。併せて、既に所有している貴族家に人数を申告させ、エルフ一人当たり年額一〇〇万シリンの所有税支払いを命じる貴族法を制定した。
国内の貴族法はヴェロガモ貴族しか閲覧できないため、歴代のヴェロガモ公は濡れ手に粟とばかりに所有税を徴収してきたというカラクリだ。
これこそ、近隣諸国の中でもヴェロガモ公国がエルフ拉致に注力していた所以である。
そんな非道法が存在したのかとオルネルは奥歯を噛み締めたが、レイに『助けられるんだから今は我慢しろ』と背中を叩かれ、オンダンカと共に執務室へ向かうことに。
「レイは存外に賢いのだな」
「これケンカだな? おん?」
「顔を寄せるな…」
おもっきりメンチを切っているが、「改革派の貴族を使えば効率的に捜索できるはず」とジンに教えてもらっただけだ。
ウザ絡みをしつつヴェロガモ公の執務室へ行くと、室内は破壊されたガラス窓や調度品でエライことになっている。
「これはまた…」
オンダンカが呟くと、オルネルがジトっとした目をレイに向けた。
目撃はしていないが、レイがやったと確信している様子だ。正解である。
使用人たちも一箇所に集められ事情聴取や身元確認を受けているため、レイは仕方なしに片づけを始めた。足で部屋の隅へ集めているだけだが。
オンダンカが探し出した帳簿には、エルフを所有する貴族の家名と所有人数が記述されており、人数は増えたり減ったりしている。
更に、オンダンカは公都貴族街図と公国領土図を引っ張り出し、エルフが監禁されているだろう公都内の屋敷と、各地の領都に丸を記入していった。
「あのさ、娼館はどうなんだ? ミューズの娼館にはエルフがいたぞ」
「過日に反乱が起きた城塞都市ニュールのことでありましょうか?」
「あ、それ。(やっぱ反乱ってことになってんだ)」
「各地の領都で最高級の娼館は、漏れなく領主家が金主であります。されど帳簿も娼館までは網羅しておりませんので、現地へ赴くしか手はございません」
「了解だ。ありがとなフロンガス。オゾン層は大切にしろよ。じゃあな」
「も、勿体なきお言葉……(おぞん層?)」
公宮を出ると、聖宮騎士やその従士に伴われたヴェロガモ官吏たちが、公都内の貴族屋敷で発見したエルフたちを連れ戻していた。
レイは帳簿を捲って家名と人数を確認し、さっきの聖宮騎士に帳簿を見せて『ここのエルフは任せる』と告げた。
従士が帳簿の筆写を終えると、レイは【空間跳躍】と【宙歩】と魔力感知、そして【質量転移】を駆使し、オルネルと共に各地のエルフを救出して回る。
そして三日後、帳簿に記載されていた一八三名のエルフ全員を救出した。
以前ニュールで助けた七名を足した総数は一九〇名にのぼり、ヴェロガモだけで月森の人口は一気に倍近くまで増えることとなった。
今となっては、エルフが長命で良かったと思える。
「レイ、どう感謝すればいいか分からん。いや、感謝のしようがない…」
「お前ってほんとムダにシリアスだな。もしジンとかユアとかミレアたちが拉致られたら、オルネルも助けんの手伝ってくれるよな?」
「当然だ!」
「それと同じだろ。ダチの大切は俺にとっても大切だ。だから感謝だの礼だの言ってんじゃねぇよ」
「お前って奴は本当に、無二の友だ」
「微妙に恥ずい言われ方だけどまぁいいや。それによ、まだ終わってねぇぞ。月森に寄って全員連れてユアに再生してもらわねぇとだろ」
「そのとおりだ。よろしく頼む」
「任せろ。んじゃ行くか」
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ゴートが大暴れした日から数えて十日後、ドルンガルト公宮前に設営された公開処刑台の前に、大勢の公国民が各地から集まった。
処刑台の左右に二つずつ置かれたギロチンには公太子、公妃、公子、公女が並び、中央には拘束され観念した様子のドルンガルト公が座らされている。
ドルンガルト公の前には勇者ジンが立っており、後方には聖者ユア、アンセスト王国王太子クリストハルト・アンスロト、枢機卿ロレンティオ・ラファネッリ、聖宮騎士団総長アバッジオ・ルーデン、レドイマーゴ大公ヘンリック・ライハウスが並び立ち、各人の横には其々の紋章旗がはためいている。
処刑台の周囲にも爵位や領地を安堵される穏健派貴族家当主と、新たに爵位を得る西部八豪族家当主たちの姿がある。
また、公宮のエントランスホールに仮設された待機所には、レイを護衛兼エスコート役とした、エルメニア聖皇アナシェリル・ルゥネイ・エルメロードスが静かに佇んでいた。
対ドルンガルト戦は即日終結したが、公開処刑までに十日間を要した理由は、開戦と同時に各地で発布された新体制が余りにも整いすぎていたからだ。
そこでジンは開戦当日を含めた十日間の猶予を設け、一人でも多くの公国民が歴史の転換を自分の目と耳で確認できるよう取り計らった。
であれば主要関係者も集めてしまえという話になり、レイの【質量転移】でジンとユアが各地を廻り、事情説明と立ち会い要請をしたという経緯である。
ジンが某虫系ライダーの変身前ポーズが如く右腕を対角に伸ばし、ゆっくりと薙ぎながら『百式01【蒼炎弾】』と呟く。
ゴァアッ! ドゴォオオオオオオオンッッ!!!
射撃された蒼炎が高空で爆発し、驚愕と戦慄を綯い交ぜにした民衆が口を閉じ静寂が訪れた。
「驚かせてすまない。私は神性紋章勇者ジン、少し話を聞いて欲しい。
今日この時を以て、ドルンガルト公国はレドイマーゴ大公国に生まれ変わる。
悲しみしか生まない戦争、強引な徴兵、高すぎる租税、そして非道な君主。
皆に苦しみを与え続けてきた全てが排除され、平和で安寧な日々が訪れる。
後ろに居並ぶ錚々たる人物を見れば、私の言葉が真実だと判るはずだ。
最後にもう一人、皆に福音を齎す御方を紹介したい。
私の頭上に注目してくれ」
公宮の扉が開けられると、レイによる【宙歩】という名のエスコートで、純白の聖皇が処刑台の上空に登場した。スタイリッシュに新造されたアクセサリー型の拡声器が、鈴音のような声を響き渡らせる。
「この身はエルメニア聖皇国聖皇、アナシェリル・ルゥネイ・エルメロードス。
神々が御名の下において、この身が平和と安寧の到来を宣言します。
親愛なる民草に、神々の燦々たるご加護がありますよう祈りましょう」
聖皇が祈りを捧げる姿に民衆が身震いした。
いや、この場の全員が貴賤を問わず心を震わせた。そして――。
『おぉおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!!』
『神々のご加護があらんことをーーーっ!』
「平和だっ! もう誰も死ななくていいんだーーーーーーーっ!」
『わあああああああああああぁぁぁあああああああぁぁあああああああ~~!!』
歓喜と熱狂が渦巻く中、清廉に笑んだ聖皇は公宮へと姿を消した。
そしてジンが再び腕を薙ぐと、民衆は自ずと口を閉じる。
「勇者たる私が禍根を断ち斬る。見届けてくれ、さらばだドルンガルト!」
斬ッ! シャーーードンッ!
ドルンガルト公家の血統が途絶し、レドイマーゴ大公国が産声を上げた。
戦後に繋がる閑話が要るような…
ちょっと書いてみます。