90:大忙し
強かに民家を壊しながら裏路地へと雪崩れ込む。
人気のない一画でレイがウンコ座りすると、ヒツジが事情説明を始めた。
大陸の南東部に位置するベスティア獣王国へは、ドルンガルト公国の南東端にある連山の急峻な尾根を伝えば侵入できる。
ヒツジが獣王の座を後進に譲った理由は、ドルンガルトから侵入して来る傭兵崩れに対処するため。旧来の友を傭兵崩れに殺されたそうだ。
「名乗っていなかったな。神性紋章闘志を授かったゴートと申す」
「知ってる。シープなのにゴートな。俺はレイシロウ、レイだ」
レイの言った意味が解らないゴートは小首を傾げたが、気を取り直し事情説明を再開した。
財政難のドルンガルトは傭兵崩れを雇いベスティアで金品の略奪をさせていたらしく、ゴートは妻や子供と共に山の麓に居を構え撃退を続けてきた。
最近は傭兵崩れの侵入が減ったため安堵していたが、ドルンガルト公は侵入経路を防衛する者が先代獣王だと知り略奪を控えたのだろう。
しかし、悪知恵が働くドルンガルト公は、聖皇の勧告状を読むと直ぐさま傭兵崩れを雇ってゴートの居宅を襲撃させた。が、そいつらは陽動部隊だった。
ゴートを誘き出している隙に本隊が妻と三人の子供を攫い、「公宮へ来い」との書置きを残し、攫われた家族は公宮内のどこかに監禁されているという。
「何となく知ってたけど本域のクソ野郎だな」
「私の考えが甘かったと言えばそれまでだが、今代のドルンガルト公が腐っているのは間違いない。先代も強引ではあったが、悪辣ではなかった」
「今のヤツって若いんだ?」
「二九か三〇だ。三男故か、先代と兄を手にかけ公位を得たという噂もある」
ジンが『穏便に済ませて全てが丸く収まる絵をどうしても描けない』と言った理由に今更ながら納得したレイが、両手を投げだし本域のウンコ座りで思案する。
「あそこに家族が居るのは間違いないのか?」
「僅かだが妻の波動を感じた。公宮の外観と構造からして、おそらく地下深くに監禁されているのだろう」
「嫁さんもヒツジ?」
「妻も羊人族だが…」
「ならOKだ。俺が連れて来るからここで待ってろ」
「簡単に言うのだな」
「魔力感知は得意でな。同じヒツジならゴートの波動に似てるだろ?」
「なるほど、波動の類似性まで判るのか。レイ殿を信じ待つとしよう」
「おう、失敗する気がしねぇから心配すんな。んじゃ行ってくるわ」
立ち上がったレイが天を仰ぎ、消えた。
「我が神紋とは格が違うか…」
目視不可能な高度で公宮上空へ跳んだレイが、指向性魔力感知で地下を探る。
するとエルフの類似波動が幾つも引っ掛かり、約二〇メートルの深さまで伸ばしたところでゴートに似た波動を感知した。
驚くべきことに、ゴートの家族だろう四人が居ると同じ深さの近傍で、ライハウスに間違いない魔力波動まで感知した。
(そう言えばいたな、ライ麦パンみたいな名前の禿げ散らかしてるオッサン)
失礼極まりないことを心中で呟いたレイは、公宮内の魔力を漏れなく感知した上で、人気のないポイントへ跳び着地した。
(さてどうやってコソっと入ろうか………よし)
会得した部分的殻化を両碗に施すと、ズズズっと壁に両手を刺しこみ歪な円形で繰り抜いた。石壁が信用できなくなる所業である。
人の魔力がない位置へ小刻みに跳びつつ地下への階段を下り、各階の扉前に立っている警備兵を一撃昏倒させて最下層の地下七階へ到着。
警備兵が腰に提げている鍵を使えばいいものを、鐵扉にまた両手を刺しこみ歪な円形に繰り抜いた。どうやら感触が楽しいようだ。
「よおオッサン、久しぶり。しくじったのか?」
「レイ殿!? どどどどうやって私がここに監禁されていることを!?」
「オッサンを助けに来たワケじゃないんだわ。じゃあな」
「そんな!」
ライハウスをスルーして最奥の牢屋へ行くと、眠る三人の子供を抱いて壁に背を預けるアフロがいた。子供たちはパンチパーマ寄りのアフロだ。
「(あ、名前聞いてねぇわ)おーい起きろー、助けに来たぞー」
「えっ…!?」
「俺はレイだ。ゴートに頼まれて…はないけど、まぁいいや。俺が二人抱くよ」
ズッズッズッズッズッズッ! ガランガラン…
「っ!? 殻化……」
三本の鉄格子を手刀で六ヵ所切ったレイが、「これマジ楽しい」といった風情で牢屋の中へ入り、子供二人をお預かりする。
「レイ殿! レイ殿ーーーっ! どうかお助けくだされーーーっ!」
「あ、ガチで忘れるとこだった。ちっと待ってて」
三歩で忘れる鳥頭なレイが、ライハウスを連れて戻って来た瞬間、嫁ヒツジの視界が暗転する。次の瞬間、彼女の双鉾にゴートの姿が映った。
「アンテロープ!」
「ないわー」
「ゴート!? そんな! えっ!? ここはどこなの!?」
呆然とするライハウスの隣で、レイがアンテロープを半目で眺める。
おもっきり英語でカモシカじゃないか、お前ら夫婦で狙ってんのかよ、と。
子供の名前までインパラとかだったら殴るかもしれんと思いつつ、気を取り直したレイが口を開く。
「俺は戻るけど、ゴートはどうするよ」
「レイ殿等に助勢は無用だろうが、このままでは腹の虫が治まらん」
「だよな。ゴートが腹に風穴開けたミレ…双剣士より強い兵っている?」
「いようはずもない。あれ程の手練れはベスティアにもそうはいない」
「ならカモシカと子供はミレアたちで守れるな。ついでにオッサンも」
「かもしかとは――」
問答無用で公宮の門前へ転移すると、驚くジンたちが駆け寄って来た。
「なぜライハウス殿まで……おいレイ、これはどういう展開だ?」
「ゴートの嫁さんと子供が人質にされてたんだわ。オッサンも地下牢にぶち込まれてた。ゴート、オッサン、自分で説明してくれ。俺はフェラガモに戻る」
「「「ヴェロガモよ(なの)(です)」」」
ミレア隊にツッコミを入れられたレイが、『それ』と言い残し転移した。
ヴェロガモへ戻ると、一早くレイを見つけたシャシィが駆け寄ってくる。
「レイ! 大丈夫!? 何があったの!?」
「大丈夫だ。ゴートの嫁さんと……おいおい、あいつら死んでんじゃねぇの?」
「あ、うん、全員死んだと思う。憐れなんて思わないけど」
「レイ、民衆に反抗の熱が伝播している。聖宮騎士団と雖も一〇〇では足りんぞ」
「そうだった聖宮騎士だった。二〇〇連れて来るわ」
国境線付近の座標へ転移すると、報告を受けたのだろうコステルとアデリンが。
面倒になったレイがかなり端折って説明したところ、イマイチ把握できないコステルが、アデリンも連れて行って欲しいと申し出た。
一個中隊とアデリンを連れてヴェロガモへ転移し、シャシィの説明を受けたアデリンがとある聖宮騎士に説明するという、ややこしい伝言ゲームになった。
ともあれ、聖宮騎士の登場で暴徒化寸前だった公都民も鎮静化し、シャシィが言ったとおり死亡していたヴェロガモ公たちは、「このまま晒しておいた方がいい」との聖宮騎士進言にシャシィとオルネルが頷き放置となった。
「ドルンドルンの様子見に行くけど一緒に行くか?」
「行くー! ドルンガルトね♥」
「俺はここで同胞の捜索を進める。借りばかり増やしてすまんな」
「バカ言ってんな。あっちが終わったら俺も手伝いに戻っからよ」
「助かる」
シャシィと共に再びドルンガルトへ戻ると、鬼神が如くドルンガルト兵を屠っていくゴートをジンたちが半目で眺めていた。羊はかなり怒っていらっしゃる。
「鬼だな。ヒツジのくせゴートだけど。嫁はアンテロープだし」
言ったレイがチラリと背後を見れば、アンテロープと子供たちが、父ゴートの鬼神っぷりに目を輝かせている。子供らの将来が心配だ。
「アンテロープって可愛い名前だと思うよ?」
「英語でカモシカだぞ」
一拍置いてユアとジンが爆笑した。そこはかとなくレイがドヤ顔だ。
「にしても、あっち行ったりこっち行ったり大忙しだぜ。超腹へった」
「そうだレイ、今更だけどありがとな。助かった」
「来てくれた時すごーく嬉しかったよ!」
「俺のロールだからな。これまでもこれからも俺らは変わんねぇさ」
「そうだな」
「そうだね♪」
腹は減っているが、ヴェロガモに相当数のエルフがいるため、魔力感知と時空間魔法で捜索を手伝いたいとレイが相談を始めた。
場合によってはレイがドルンガルト強硬派を対処する予定だったが、ゴートが加わったためヴェロガモを優先していいとジンが返す。
ドルンガルトに関しては、ドルンガルト公の公開処刑を含め、政権交代と国名改称を公明正大かつ儀式的に行う必要がある。
公式発表に対する国民の反応にも依るが、新政権と国名改称、聖皇とアンセスト王の元首就任をすんなり受け入れるようならジンとユアのロールも終わる。
「まあ、すんなり受け入れてもらうため聖下に元首を頼んだんだけどな」
「タイムラインは七日間予定だっけか」
「今日を含めて五日後にはライハウス氏に丸投げしたい。たぶん無理だが」
「ジン君はキエラとヴェロガモへの併合通告もあるから忙しいよね」
他にもドルンガルト公の庶子と母親を聖教修道院へ送る、現アンセスト王の退位パレード、クリスの戴冠式、帝国との調印式、魔導砲一六〇門の増設、新入社員の採用面接、セシルのお迎えと目白押しだ。
聞くだけで疲れたレイが、転移でヴェロガモへ逃げた。
置いて行かれたシャシィが涙目になった。




