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89:殻化の神髄


 諸々の手配が済んだところで、レイたちはヴェロガモ公と公太子、現時点でエルフに係わったことが判明した貴族の全員を縛り上げ門前に晒した。


 公宮前広場に集まった公都民が、キエラ王都民と同じく物を投げ罵詈雑言を浴びせ始めた。キエラよりも抑圧されていたのか、三〇分もすれば間違いなく死ぬだろう勢いで物が投げつけられる。


「こりゃヤバすぎるだろ。また中隊でいいよな?」

「兵が少ないから二個小隊でいいかも。一〇〇人くらいだよ」

「場所は空けておく」

「おう、頼むわ」


ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオンン……


 前回登録した国境付近の三次元座標を読み出そうとした瞬間、北西の高空で轟音を響かせる大爆発が起きた。爆発が生み出した色は赤。


「は? マジかよ。あの面子で?」

「レイ赤なんだけど!」

「あぁそうだな。シィ、オルネル、ここ任せてもいいか?」

「任せて!」

「今の俺には精霊様がついている。任せろ」

「んじゃ頼むわ」


 レイが爆発地点に視点を定め跳ぶ。

 爆発光が白の場合は「戦闘終結」だが、蒼い場合は「ちょっと手伝え」で、赤い場合は「非常事態発生」と決めていた。


 爆発地点へ跳んだレイが地上へ目を向けると、装備をズタズタにされたジンの姿が飛び込んできた。おまけにジンは利き手の右腕を失っており、ユアの魔法で腕が再生されている最中だ。

 場所が公都だろう都市の大きな屋敷の前庭なのは判るが、戦っている相手は目をパチクリさせたくなる姿形をしている。


(アイボリーのアフロヘア…)


 見たまんまを心中で呟いた刹那に、アフロヘアの獣人だろう痩躯の男が異常な強度の魔力で下半身を強化しジンに突貫した。


 瞬時に殻化したレイが鮮紅を噴き上げ跳ぶ。


ガキィイイイイイイインッッ!!!


「っ!?」


 わっさ~と象牙色のアフロヘアを靡かせる獣人が、正拳突きを半身中腰かつ片手で受け止めたレイに驚愕しつつ跳び退いた。片やのレイも驚いている。なにせ、放たれた正拳がインパクトの瞬間に殻化されたからだ。


「レイ!」

「ふぅ、来てくれたか…」

「生きた心地がしなかったわ…」

「まだ楽観はできません。ですよねシオさん」

「レイ様っ! その人は先代の獣王様なのっ!」


 見遣ればミレアも装備の腹部に拳大の穴が開いており、穴の周辺は血塗れ。

 ミレア程ではないが、ノワルも装備が引き裂かれていて口端に血の跡がある。

 少し離れた位置にはユアが元気な姿でいるものの、傍らで叫んだシオと二人して涙を零している。獣人のシオは、相手が前獣王とあって戦意を失ったようだ。


「あーはん、殻化できるヒツジか。納得だぜ」


 なぜ先代獣王が敵に回っているのか不思議に思いつつも、レイはゆっくりと立ち上がりながら獰猛かつ猟奇的に笑む。


「ねえ、笑ってるわよ?」

「失礼しました。楽観していいかもしれません」

「悪いなレイ、俺には荷が重い」


 ジンの胸にトンと裏拳を入れたレイが、ヒツジと正対し殻化を解いた。


「ヒツジのくせに頭いいな。インパクトの瞬間だけ殻化するってのはクレバーだぜ。ディフェンスもだよな。アイデアは魔力の節約ってとこか?」


 正しく図星を刺されたヒツジが目を細めた。

 殻化を成せる若い人間がいるという噂は、人伝で耳にしたことがある。

 しかし、その人物に違いない青年は、まるで「魔力を節約する必要がない」とでも言うような口振り。


「貴殿も神紋を――」


ドグゥッ!


「おごぉ…!?」


 【空間跳躍スペースリープ】でヒツジの真横に跳んだレイが、強烈なリバーブロウを打ち込み元の位置へ跳び戻った。


「やっぱ時空間魔法は反則だよなあ。俺が殻化してたらお前、死んでたぜ?」

「時空間魔法……ククククッ、死を予感するなどいつ以来だろうか」


 ヒツジがレイの御株を奪うが如く獰猛に笑む。

 レイは「脳筋みっけ」と再び獰猛に笑みながら、「魔法は使わない」と決めて首を左右に振り首筋を解す。自分が脳筋という自覚はあまりない。


「駄目だわ。ジン様、離れないと邪魔になるわよ」

「だな。門前へ行こう」


 続けて【食料庫パントリー】からプロテイン入りゼリー飲料濃縮タイプを二つ取り出し、両手でぢゅるるるぅ~と一気に飲み干し殻化し、ストライカースタイルに構えた。

 更にゲートを全開放して強圧縮を重ねた魔力を高速循環させ、見せつけるかの如く鮮紅に煌めく超高強度魔力を盛大に噴き上げる。


「ガチで戦ろうぜ」

「受けて立とう」


ガキィンッ!! ドギャガガガガッッドギャッ!!! ヒュッガキャッ!


「ぐっ!?」


 真正面からの殴り合いは、ケンカ屋vsボクサーといった風情。

 やはりヒツジはヒットとガードの瞬間だけ殻化する。ハンマーで金属を殴るような音が轟く中、フェイントの左リバーブロウから繋いだ右ショートフックでヒツジの顎先を打ち抜いたレイが距離を取る。殻化しても脳は揺れるだろ、と。

 リバーブロウの痛烈な記憶を利用した技ありフェイントであった。


(殻化までのスピードが俺より速ぇな。だが打撃技術はいいとこ及第。間違いなく直線的に動く魔獣で実戦を重ねてる。っつーことはだ…)


 レイが足運び、視線や肩の動きでフェイントを入れながら肉薄していく。

 再び殴り合いが始るかと思いきや、地を這うように深く踏み込んだレイは巻き込むようにローキックを放つ。


ガキン! ガキィッ! フォンッ!


「っとぉ」


 受けさせた右ローキックの足首でヒツジの膝をフッキングしながら、腰回転と左脚を振る遠心力でアクロバティックな左裏回し踵蹴りをヒツジの延髄に放った。

 が、ヒツジは刹那に延髄周辺を殻化でガード。そのまま肘を落とすような裏拳でレイの顔面を狙ったが、延髄蹴りの反動を利用し空中ブレイクダンスよろしく躱したレイは、ヒツジの上腕を押して低空ムーンサルトで着地した。


「何と奇怪な…」

「素敵って言え(魔獣慣れしてるだけあって直感で死角をガードしやがる)」


 死角を直感的かつ部分的に殻化させるイメージは難しい。

 おそらく、死角かつ急所をガードする癖が付いている。

 今の蹴りを肩裏にでも打ち込んでいればヒットしたかもしれない。


 そう分析したレイが殻化を解いた。

 そして右掌を上に向け、四指をクイクイと引き「来いよ」と挑発する。


「血が滾るのも実に久々だっ!」


 ヒツジが一瞬で五メートル程の間合いを潰しレイの側頭へ拳を放つ。

 地を蹴る刹那に腰と脚と足を殻化寸前まで強化すると見抜いているレイは、微動だにせず五感をMAX強化してヒツジの挙動を目と耳で観察する。


 永遠にも想える刹那が過ぎ去り――。


ガキャンッ!! ガキャ! ギギンッ!


 ヒツジが驚愕の内に目を見開いて跳び退き、レイがニヤリと笑う。

 さもあろう、レイが部分的瞬間殻化ガードを三連続で成功させたのだ。


「はっはー! やりゃあデキるもんだな!」

「会得したと言うのか……」


 打撃の瞬間殻化は、むしろレイの方が巧い。何しろ、インパクトの瞬間まで筋力を込めない方が速度や威力は増す。格闘家にとっては常識だ。

 片やで、ガードの部分的瞬間殻化は、相手を俯瞰する感覚で全体的に挙動を把握するのがコツのようだ。

 イメージとしては視点を定めずボーっと眺める感じで、相手の打撃が予測軌道どおりか否かを判断した刹那に殻化する。


「いやアンタ大したもんだぜ。独りでゼロからそこまで高めた努力を尊敬する」

「独りは貴殿も同様だろうに」

「殻化はな。アンタほぼ魔獣専門っつーか、対人戦の経験が俺より少ない」


 現代の地球に、殺害を勝利とする格闘技はない。知恵を絞って相手の上をいく技術を考案して磨き上げなければ、勝利を掴むなど夢のまた夢だ。試合動画をワンフレーム単位で送りながら分析して解明し、新たな技術を創り上げていく。

 詰まる所、頭がいい人間の方が学べる技術は圧倒的に多いとレイは言う。


「目的が異なるということか。不思議な場所だな、貴殿等の故郷は」

「不思議なのはそっちだろ。アンタからはヤバさっつーか殺意を感じない。こんな国に味方して、勇者を殺して喜ぶようなヤツとは思えないんだが?」

「…………弁解するつもりはない」

「ワケありか。戦りながら壁壊して街ん中へ行こうぜ。理由くらい教えろよ。ウチの勇者もだけど、独りで悩んてんとアフロがハゲんぞ?」


 ヒツジは「あの時空間魔法であれば」と希望を見出し、小さく頷く。

 戦闘を再開したレイが、ヒツジに一本背負いを極め壁を破壊して街中へ出た。


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