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88:今のままで


 ヴェロガモが近づくにつれ、中々に派手な砲撃音が大きくなっていく。


 ジンがアンセストの東から南まで魔導砲を配備した理由は、キエラを落とすまでに生じる時間的猶予をヴェロガモから奪うためだ。

 案の定、キエラが落ちれば徹底抗戦の道しか残らないヴェロガモ軍は、超長距離無反動魔導砲の射程と威力を知らぬまま攻めに出たようだ。


「あはは、丘が平地になってるー」

「圧倒的だな。あの爆発地点に敵がいるならだが」

「一回だけ撃ったことあっけど、何がすげぇって二五〇キロくらい先までロックオンできんだよアレ」

「そんな遠くまで狙えるのか…」

「凄いよねー」


 五感をブーストしたレイの目には、砲撃で吹き飛ぶヴェロガモ兵が蟻ん子くらいの大きさながら映っている。


 ジンは「多く見積もって二五〇」と言っていたが、もう少し多い気がする。

 それもそのはずで、ジンの予測数値は正規兵であり、緊急徴兵された民兵は含まれていない。だからこそ、ジンは勧告状を開戦前日に送りつけたかった。


 そもそもの話をするなら、ジンはヴェロガモ征伐に対して消極的だった。

 ヴェロガモは東のディオーラと同盟関係にあるらしく、落とせばディオーラはアンセスト、ゴンツェ、ドブロフスクの三国を敵に回し包囲される。

 その状況はディオーラから完全に勝ち目を奪い、ディオーラ王を破滅的戦略に駆り立てるリスクが生じる。もしディオーラが滅亡でもすれば、悪魔が牛耳っているだろうドブロフスクへの盾も失う。


 そこでジンは、ディオーラ王との交渉経験があるクリスに親書を認めるよう要請した。


『ヴェロガモを落とそうとも、勇者一行、及び、アンセスト王国軍が貴国へ進軍することはない。次代アンセスト王国国王の名においてこれを約す』


 ジンはこの親書を、勧告状が送られた三日後に届くよう手配した。

 聖皇の勧告状には勧告対象国や集団が明記されているため、勧告状を読んだクリスが早急に敵対意思のないことを報せるため親書を認めた、という体裁を整えた訳だ。


 敢えて体裁という所以は、勇者一行とエルメニアが繋がっていることなど、余程の阿呆でない限り察しがつくからだ。延いては、アンセストが勧告状の発行を事前に知っていたことも察しがつく。

 だからこそ、〝次代国王の名において約す〟の文言が効果を発揮する。


 勧告状を受け取ったヴェロガモ公は、直ぐさまディオーラ王に援軍要請の親書を送っただろう。しかし、ディオーラ王にとっての最悪は、三方の敵に囲まれる状態である。これを回避するにはクリスの親書内容を信じ、ヴェロガモとの同盟を破棄する、もしくは援軍要請を無視するしかない。


 ジンは無視を選択すると予想しており、それはヴェロガモ公に緊急徴兵を行わせる理由として必要十分なもの。案の定、レイの目には二五〇を超えるヴェロガモ兵が映っている。


「これまたジンの予想どおりってやつか。さっさと落とさなきゃムダ死にがどんどん増える」


 砲撃方向の延長線上に首都があると決めつけたレイが、ブーストした視覚の限界まで跳躍距離を伸ばして疾空する。

 三回の【空間跳躍スペースリープ】でヴェロガモの公都ドリスを越えてしまい、シャシィに『たぶん通り過ぎたよ♥』と可愛らしく指摘された。


 公宮の上空に跳んでみたところ、やはり最低限の守備兵しか残していない様子。

 そこでレイは公都郊外へ跳び、シャシィとオルネルを降ろした。


「強烈なヤツ食らわせっから待っててくれ」

「はーい」

「何をする気だ?」


 オルネルを見遣ったレイが、改めて舐めるように眺めて口を開く。


「お前さ、精霊と契約した感じ?」

「良く判っ…いや、レイなら当然か。漸く風精霊シルフ様に認めて頂けた」


 〝使役〟の言葉を使うものの、エルフと精霊は対等契約なので、どちらか一方が望むだけでは叶わない。

 オルネルは前々から使役契約を切望していたが、自尊心を優先していたからか契約できずにいた。


「良かったね」

「レイのおかげだがな。それで、精霊様と何の関係があるんだ?」

「精霊じゃなくて、魔力の感知感度がかなり上がっただろ」

「そんなことまで判るのか」

「今のオルネルなら離れてても俺が何したか分かると思うぞ」


 言ったレイが二回の【空間跳躍スペースリープ】で公宮上空へ戻った。ヴェロガモ公が居そうな部屋を探し、窓から五メートル程の位置に【宙歩ミデアステップ】で立つ。【格納庫ハンガー】から拡声器を出し、肩に担いで口を開いた。


「おいこらフェラガモ、ギアラは落としたぞ。ドルンドルンもすぐ落ちる。そんでピュオーラの援軍は来ない。お前らの兵は魔導砲で壊滅ちょい手前だ。つーことで、拉致ったエルフを集めて降服しろや」


 こっちのガラス窓は大半が填め殺しで開かず、ガラスも透明度が高くないので判然としないが、窓辺に三人の男が姿を現したことは判る。

 一つとして合っていない国名で通じたのは神秘が溢れる世界だからだろう。


ドガシャッ!


 レイが何の躊躇もなく窓を蹴り壊すと、真ん中に立つ男は上質なベルベットを思わせる黒い服を着ている。


「お前がフェラガモ公か? 当たりなら手を挙げろ」


 フェラガモではないので手を挙げるはずがない。

 ヴェロガモと言っていたとしても挙げないだろう。


「……き、貴様は勇者の仲間か」

「当たり前だろうがドアホ。神紋なしで飛べるヤツがいるなら会わせろや」

「くっ…」

「んなことより、拉致ったエルフを集めて降服しやがれ」

「こ、降服などせぬわ! 弓兵を連れて来い!」

「「はっ!」」

「キエラのアホと同じで戦闘経験なしかよ」


 呆れながら魔力を練る。

 瞬時に殻化したレイが鮮紅を噴き上げ、更に圧縮して強度を上げていく。


「ひいっ…!?」


バリン!バリン!バリン!バリン!バリン!バリン!


 超高強度魔力の波動が、物理的な破壊力を得て公宮のガラスというガラスを破裂させていく。悲鳴を上げたヴェロガモ公は見苦しく尻もちをつき、両腕で頭を覆い蹲った。


「で? 弓矢はまだかよ」


 言ったレイが殻化を解き、徐に宙を踏んでヴェロガモ公の胸倉を掴み持ち上げる、と同時に消えた。転移した先は、魔導砲で平地になりつつある最前線である。


「目ぇ開けて見ろや」

「こ、こんな馬鹿な……」


 ヴェロガモ公の目に、惨憺たる光景が映った。眼下に広がるのは正しく地獄絵図であり、五体満足で生存している兵は殆どいない。


「降服しねぇならお前も一番前で戦れよ。それがボスの役目だろ」


 レイが【空間跳躍スペースリープ】で地上に降り立ち、散発的だが徹甲弾が撃ち込まれる最前線にヴェロガモ公を放り投げた。


ドガァンッ!


「ひいっ!」


ドガァンッ! ドガァンッ!


「ひっひいっ! する! 降服する! エルフも返す! 助けてくれ!」


 足元へ這いずり寄り懇願するヴェロガモ公に、ゴミを見る眼差しを向けたレイが、首を鷲掴みにして再び転移した。


「お帰り! えーと、誰?」


 転移した先は、シャシィとオルネルが待機している公都郊外である。


「フェラガモ公。コイツをどうするかはシィが決めろ」

「……ジン様がそう言ったの?」

「俺がそうするって決めた。ジンとユアも知ってるけどな。あとミレアも」

「そうなんだ…」

「とりまコイツん家に行くぞ。エルフの居場所も吐かせなきゃなんねぇし」


 公宮へ戻ったヴェロガモ公は改めて降服を宣言し、降服を報せる伝令が外廷から最前線へ向かった。

 やはりと言うべきか、ヴェロガモ公国内には相当数のエルフが生存しているらしいが、正確な人数と場所を知る者はいないという。

 オルネルはヴェロガモ公にエルフ引き渡しを厳命する勅命を出せと迫り、公は速やかに勅命書を認め、内務院官吏が総出で発布と移送に動きだした。


 一方、虚ろな目でヴェロガモ公を見詰めていたシャシィが、レイに視線を移す。


「あたし…どうしたらいいと思う?」

「復讐は虚しいだけとか、殺された人も喜ばないとか言うけど、シィが先へ進めるならアリだと思う。ただ俺は、シィに今のままのシィでいて欲しい」


 シャシィやミレアに殺人経験があることは、何となく判る。

 レイ自身も経験したからか、そういう雰囲気というか、気配を感じる。

 だからこそ、レイはもう誰も殺したくないと思っている。

 殺した人の数だけ、自分の中の何かが減っていく気がするから。


「じゃあジン様に任せるよ。あたしも今のままでレイの傍に居たいもん!」

「そっか」


 レイは朗らかに笑むシャシィを抱き上げ、きつく抱きしめた。


できれば明日…遅くとも明後日には戦争を終わらせますよ。

じ、自分にプレッシャーかけてるワケじゃないんだからね!(溺れる目)

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