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87:キエラ陥落


 キエラ兵の構えた武器が全て凍りつく。

 極冷の武器は手に貼りつき、手放したいが離れない。

 剣や槍を持つ兵が地面に叩きつけると、それらは硬質な音を響かせ砕け散る。


「ば、化け物め……」


 戦慄の内にそう呟いたのは、この場を指揮する将官である。

 レイが見えない階段を下りるように彼の前へ降り立つと、将官は一歩、二歩と後退っていく。


「王の居場所に案内――」

「うわああああああーーーっ!」

「チッ」


ゴキャッ!


「ひぎゃっ!? 足がっ! 足がーーーっ!」


 背後から斬りかかった兵の右脚が、レイの振り向き様ローキックで歪に折れ曲がった。レイは一瞥して将官に視線を戻す。


「うっわ痛そ~」

「笑いながら言うシャシィも相当だと思うが…」

「だってね、レイは緑竜の首を蹴り千切ったんだよ? 完勝だった」

「ばっ!? リィニュマのことか!?」

「月森に行った前の日ね。ウサギとかヘビとか沢山あげたでしょ。カエルも」


 オルネルが絶句すると、レイが将官に目を向けたまま口を開いた。


「そういや忙しすぎて竜売るの忘れてたな。入れっぱだわ」

「見せてあげたら?」

「血が流れる。なるべく空気に触れさせるなってジンが言ってただろ」

「あそっか」


 古エルフ語のリィニュマこと、緑竜の噂をこの辺で知らない者はいない。

 真正の化け物だと確信した将官が、完全に戦意を喪失した。


「王の居場所に案内しろ。ダラダラしてっと蹴り飛ばすぞコラ」

「はぃいっ!」


 性質が悪すぎる。最早チンピラの台詞である。


 将官は兵に何の指示もせず、そそくさ且つ恐々とレイたちを案内し始めた。

 城内も人以外は全てが凍てついており、ぱっと見は幻想的ですらある。

 使われているだけの侍女たちにとっては災難でしかないが。


「お、おそらくここにおられるかと…」


バキャッ! ゴカッ! ガシャーン!


 蹴り開けられた両扉が蝶番を壊して吹っ飛び、室内の調度までをも破壊した。

 その先には、凍てついた武装をどうにか外そうとしていたのだろうキエラ王と側近たちがビクっとしたままフリーズしている。


「予告どおり来たぞ。これが最後のチャンスだ。エルフを解放して降服するなら命だけは助けてやる。でなきゃあ、ドルンドルンと同じく勇者がお前の首を落とすとさ。面倒くせぇからサクッと観念しろや」

「ま、待て!」

「待たねぇわ! 降服すんのかしねぇのかどっちだコラ! 俺らぁフェラガモにも行かなきゃなんねぇから押してんだよ!」

「ドルンガルトとヴェロガモね♥」

「そうそれ!」


 シャシィは「もうドルンドルンとギアラとフェラガモでいいんじゃないかな」と思っている。

 重篤なレイ菌感染者なのだが、そのおかげか長年抱いてきた強い怨みと復讐心はかなり薄らいでいる。


 一方、煮え切らない王の態度にイラっとしているレイが、もういいやとばかりに強化レベル4で右側の壁にライダーキックを炸裂させた。イラついてるから普段より高めのレベル4だ。


バゴォ!


 大穴が穿たれた隣室には、フル装備の近衛だろう重戦士五名がいた。

 シャシィの【凍獄】で漏れなく凍傷になっている五名に、レイが暴行を加え始める。


「ひぐぇ…」

「うぎゃあーーーっ!?」

「おごぉっ…」

「ま、待ってがぁああああああああーーーっ!」

「ひぃっ」


ガシャン!


「うわーーーっ!」


ドゴシャ!


 最後の一人は自ら窓を割って跳び下りたが、残念ながら王城の敷地はシャシィの【凍獄】でカチンコチンに凍りついている。かなりヤバいのは間違いない。


 暴行音と絶叫で近衛の全滅を確信したキエラ王が、のっそりと大穴を潜り戻って来たレイに睨まれ両膝を折った。


「こ、降服…する……」


 項垂れる王に駆け寄ったオルネルが、王の髪を鷲掴みにして口を開く。


「月森の同胞はどこだ! 隠し立てするなら勇者が斬らずとも俺が斬る!」

「キ、キエラには九人しかおらん…他は闇ギルドに売った…」

「しか…しかだとぉ!? 貴様は九人の家族が地獄を味わってもその言葉を吐けるのかあ!?」


ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!……


 オルネルが鬼の形相でキエラ王を殴り続ける。

 横柄な王が無抵抗で殴られ目の色を失っていく様に、側近たちは身を震わせ縮こまる。そこへレイが歩み寄ってオルネルの肩に手を置いた。


「もう十分だ、なんざ言わねぇ。でもよ、感情だけでそいつを殺したらオルネル、お前はきっと後悔する。今はそのクソッタレより仲間を助け出そうぜ」

「……分かった。そうだな、今は同胞の救出が先決だ。取り乱してすまん」


 ジンから「降服するようなら王と王太子、軍務卿を拘束して城門前に晒せ」と言われているレイは、王を縛り上げて王太子と軍務卿の居所へ案内させ、三人を数珠繋ぎに拘束して城の外へ出だ。


「キエラも終わりか…」

「分かってたことだろ…」

「勇者が敵になった時点で終わってたさ…」


 拘束された三人を目にしたキエラ兵たちは、落胆に安堵を混ぜた様子で次々と投降していった。

 攫ったエルフの三人は王城の尖塔に監禁されているらしが、他の六人は大物貴族に下賜され其々の屋敷にいるという。

 大物貴族の四名は武官でこの場におり、残り二名は文官で城内に。

 レイが武官貴族四名の名を呼ぶと、四人四様の表情を浮かべる男が進み出た。


「今直ぐエルフを連れて来い。逃げられると思うなら逃げてもいいが、世界の果てまで追う。こんな風にな」


 レイが【空間跳躍(スペースリープ)】で数メートル跳び、【宙歩(ミデアステップ)】で留まりながら高空へと駆け昇って行く。眼下の者が豆粒ほどの大きさに見える高度まで昇ったレイが、唐突に元の位置に出現した。熟練度の向上が常軌を逸している。


「レイは勇者と聖者と一緒に召喚された神紋持ちだからね。逆らうなら死ぬ覚悟を決めてからにしなよ」

「あぁそうだ、もし傷物になってたら同じ傷をお前らの体に刻む」


 レイとシャシィの言葉で駄目押しされた武官貴族たちが、四人一様に戦慄して屋敷へ向かい歩き出した。喉を潰すか舌を切り取るかしているのは確実なので、今後は手話を修得するしかない。こっちに手話があればだが。


「チンタラ歩ってんじゃねぇ! 走れや!」


 言いながら凍った石を投げるレイは子供染みているが、さておき。

 城内に隠れていた文官二名に強烈な往復ビンタを食らわせ、体感で小一時間が過ぎた頃に九人のエルフが前庭に揃った。


 尖塔に監禁されていた三人は喋れるが、下賜された六人は漏れなく舌を切り取られている。オルネルはエウリナ誕生の報を受けるまで武者修行の旅をしていたため、六人はオルネルが月森の民なのか判らない様子だ。


「俺はオルネル。共に月森へ帰ろう」

「あ…あぅ…ひっぐ、う゛ぅ……」


 そんな光景を横目に、レイとシャシィは大物貴族を拘束し、王たちと同じく膝立ちにさせ晒す。

 王都の民が次々と城門前の広場に集まり、どこからか投げられた石が王の体に当たった。


「悪王を殺せっ!」

「そうだ殺せっ!」

『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 王都民が殺せコールを上げ手近な物を王たちに投げつける。

 シャシィとオルネルはウンウンと頷いているが、レイは顔を引き攣らせた。


「これヤバくね? 聖宮騎士が要るんじゃね?」

「んー、ジン様ならそうすると思う」

「だよな。何人くらい連れてくりゃいい?」

「一個中隊くらい?」

「それ何人よ」

「二〇〇くらい」

「OK、ここに転移すっから場所空けといて」

「はーい」


 レイが【空間跳躍(スペースリープ)】で北西へ跳んだ。

 暫くすると聖宮騎士団一個中隊が前庭に出現し、場の鎮静化を始めた。


「月森に寄ってからフェラガモに行くぞ」


 あくまでもフェラガモを貫くレイはエルフたちを月森の里へ送り届け、再びシャシィ、オルネルと共にヴェロガモ方面へ跳んだ。


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