86:開戦
実りの秋を迎えた農家が収穫に精を出す中、ジンたちは魔導砲の配備や、聖宮騎士コステルとのオンライン打ち合わせを終えた。
今現在は王宮へ上がり、謁見の間で現王ヴィルフリート十八世、王太子クリストハルト、第一王女フィオネリア、宰相マンフレート、宮廷魔導士筆頭レパントを前にしている。
何気にレイは謁見の間に入るのが初めてだったりする。
「これより進発します。勝負事に絶対はありませんが、朗報を期待してください」
「よろしく頼む、勇者殿」
退位を決めたからか、久しぶりに対面したヴィルフリートはめっきり老け込んでいる。マンフレートとレパントも高齢なので、現政権は平均年齢が高い。
「すまぬジン、レイ、ユア、何の力にもなれぬ自身が不甲斐ない…」
「何を言ってる、クリスの出番は戦後だ。平和は作るよりも維持の方が難しい。大陸中央の旗頭がそんな弱気じゃあ、安心してメイズに潜れないだろ?」
「そうだな、肝に銘じよう。平和の維持は私に任せてくれ」
双鉾に決然とした意志を湛えたクリスに向け、ジンが一つ大きく頷いた。
「ジン様、レイ様、ユア様、ご武運をお祈りしております。ミレア、シャシィ、シオ、ノワル、貴女方の奮戦に期待します」
「「「「お任せください、王女殿下」」」」
片膝立ちで俯いていた顔を上げたミレアたちも闘志満々だ
「フィオさん、帰ったらまた一緒にケーキを食べに行こうね」
「ユアそれ死亡フラグじゃね? 帰ったら結婚しよう的な」
「あっ! えっと、ケーキ買って帰って来るからね! 美味しいのいっぱい!」
「フフ、楽しみにお待ちしております、ユア様」
それも微妙だろうと思うレイが、いきなり魔力を練り始めた。
瀑布が如きプレッシャーが大瀑布へと高まり、レイが鮮紅の魔力を噴き上げる。
最近は殻化の出力調整も修得したため抑えているが、ヴィルフリートたちは強かに身体を震撼させている。
「勝負事の九割は戦る前に勝敗が決まってる。俺たちはやれることを全部やってきた。だから絶対に勝つ! 首を洗って楽しみに待ってろ!」
「「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」」
「え、リアクション悪いなオイ(かなり考えたセリフなんだけど…)」
首を洗うのは斬首の前だろ、と全員が呆れかえった。が、身に受けたプレッシャーを何よりも頼もしく感じたのは事実。
一方、ムーディーな演出は無理だと諦めたジンが身を翻し、逃げるように謁見の間を後にした。どうにも締まらない出陣である。
謁見の間を辞した一行は、その足で外廷の軍務卿執務室に入った。
「ダレン軍務卿、ディオーラ側の防衛はお任せします。通信機器を有効活用して、ゴンツェとの連携も図ってください」
「お任せくだされ勇者様、このダレン、確と承りました故に」
ないとは思うがディオーラやドブロフスクの便乗侵攻にも備え、ジンたちは軍務卿執務室から宿場地オルデに転移する。
「勇者っ…様……むぅ、殿下に何とお伝えすべきか……」
サプライズ的に勇者出陣をド派手に知らしめようと、王宮前に近衛騎士団を召集していたクリスが半泣きになったのは蛇足だ。
転移したオルデの代官屋敷中庭には、コステルと従士長アデリンが待ち構えていた。
「お待ちしておりました、ジン殿」
「お待たせしましたコステル殿、勧告状は予定どおりに?」
「万事予定どおりに。ライハウス卿からも特段の報せはありませぬ故、支障ないものと存じます」
当初、ジンは開戦前日に勧告状を送りつけたいとコステルに依頼した。
しかし、宣戦布告に類する国家間の通達は、どんなに短くとも開戦の十日前という慣例がある旨を指摘された。
ジンは「電撃戦にならないし不確定要素が増える」と難色を示したが、ロレンティオ枢機卿からも「勇者による不意討ち開戦は聞き覚えが悪い」と言われ、不承不承ながら頷いた経緯がある。
開戦以降なら不意討ちが夜襲でも構わないらしいが、何につけても人海戦術が大前提の世界であるため、致し方ないといったところだ。
「聖宮騎士団の展開状況はどうです?」
「ドルンガルト、ウェトニア共に面食らったようですが、両国国境線上への展開は間もなく完了します」
一つ頷いたジンが、レイに目を向けた。
「レイ、南側は任せる」
「無茶したらダメなんだからね!」
「分かってるっつーの。心配すんな」
「心配するもん…」
ユアの頭をクシャクシャと撫でたレイが、グッと目に力を込めジンを見詰める。
「死んでもユアを守れ」
「無論だ」
同じく目に力を込めたジンが返答すると、二人は視線を切った。
「んじゃシィ、弔い戦を始めっぞ」
「うん!」
「気をつけるのよシィ!」
「ありがと! ミレアたちもね!」
レイとシャシィは開戦と同時にキエラへ突入し、キリの良いところでヴェロガモへ侵攻する。
これも勧告状に絡む予定変更だが、キエラ、ヴェロガモの戦力は多くとも二〇〇超なので、多く見積もって五〇〇なら捌けるとの判断だ。
念のため、双方に想定外の事態が生じた場合は、ジンとシャシィが炸裂術式を空に打ち上げる手筈にしている。
「で、ここに出していいのか?」
「ああ、ここでいい」
ホワイトライノを出したレイが、瞬く間もなくシャシィと共に消えた。
ドルンガルト、キエラ、ヴェロガモ征伐戦の幕が切って落とされる。
◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆ー◆
「One two three, testing」
「なにしてるの?」
「コイツの調子を確かめてる。ジンが絶対やれって言うんだわ」
「人集めかな?」
「すこぶる付きで恥ずかしいぜ」
レイは月森とキエラ、ヴェロガモを隔てる峡谷の上空に【宙歩】で立っており、背にはオルネルとシャシィがしがみついている。親亀、子亀、孫亀な感じだ。
レイが右肩に担ぎテストしているのは、巨大な拡声器。
スタイリッシュに造り込む時間がなかったため、ジンたちがやっつけ仕事よろしくラッパ型にした。デカいラッパだが拡声強度は折り紙付きである。
月森の見張り櫓周辺では、リュオネルをはじめとしたエルフたちがレイを見上げている。キエラ側でも小隊規模の偵察部隊が見上げており、遠目にヴェロガモの国境付近にも偵察部隊がいると判る。
「聞きやがれ小悪党ども! 勇者と聖者と聖皇の名のもとに、今からギアラ、フェラガモの順で落とす! 死にたくないなら拉致ったエルフを集めて降服しろ! 次の鐘までに白旗が上がらない場合は問答無用でぶっ飛ばす! 以上!」
拡声器を収納したレイが「次の鐘って何時間後だ?」と思いながら、シャシィを掴んで抱っこする。シャシィはニコニコで『キエラとヴェロガモね♥』と言った。
「降服などせんだろう」
「ジンもそう言ってた。もしエルフを探す手間が少しでも減ればラッキーみたいなノリだとさ」
「そういうことか」
「あ、キエラ兵が帰ってくよ」
「ヴェロガモの兵も姿を消した」
レイは「ジンの予想どおりだな」と思いつつ、【空間跳躍】でキエラ王国の王都ラーシュを目指し跳んで行く。
今の一連はキエラ・ヴェロガモの両軍を月森へ侵攻させないための牽制であり、目的を果たしたレイは、キエラ王城の正面上空で次の鐘を待つ。
暫くすると、馬を駆り王城へ向かうキエラ兵が「ウソだろ!?」みたな表情を浮かべ城の中に姿を消した。窓越しに王城内が大騒ぎしている様子も窺える。
リンゴ~ン♪ リンゴ~ン♪ リンゴ~~~ン♪
ざっくり二時間ほど待ったところで鳴鐘が響き渡った。すると――。
「当然だが、備えていたようだ」
王城内と王城の左右、そして王都側からもキエラ兵が参集し、レイたちに向け弓を構えた。
「面倒くぇけどしゃあねぇな」
レイが【宙歩】で宙を踏みながら高度を上げると、唖然とする弓兵たちが「いやムリだから…」といった風情で、構えていた弓矢を力なく下げた。
「やってやれシィ」
「うん! 百式ノ一【尖氷礫】! 百式ノ五【凍獄】!」
鋭利な氷礫が後方で詠唱を始めた魔術師兵を穿った直後、前庭を起点に極寒の冷気が立ち昇り、人以外の全てを凍てつかせ真白に染め上げた。