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85:〆はラーメン


 アレジアンス一行は超近代的かつゴージャスなホテル滞在を満喫し、一夜明けた今日は夕方までの自由行動を楽しんでいる。

 セシルは何気に水族館も建てているので、子供がいる社員は殆どが水族館へ向かった。この水族館、なんと海中に建造されており、水槽内の魚と海を泳ぐ魚を見比べることが出来る。「あ! この魚が海を泳いでるよ母さん!」みたいな楽しみ方も出来る訳だ。


 そんな中、レイたちはどこへ出かけるでもなく部屋で屯している。

 欧米の五つ星ホテルを凌駕するサービスは、地球で味わえるものではないからという理由が大きい。尚、ミレアたちはオシャレ服などの買い物に出かけた。


「予想を遥かに超えていいですね。完璧です」

「でそ? 色んな職人を総動員したから結構コストかかってるし」


 ジンが絶賛するのは、皆へ贈る記念品の木製マグカップだ。

 セシルは俗に鉄木と呼ばれる黒檀のように頑丈な木の天乾材を調達し、動員した木工職人や箔押師、螺鈿師にデザイン図を渡し徹夜で造らせた。


 オルタニア皇家の紋章は焼き印ではなく彫り込みで、そこに銀箔と螺鈿細工が施してある。因みに、螺鈿細工は召喚直後のセシルが帝都で広めた技術だ。セシルは「貝殻のキラキラしてる部分を剥がして貼る」と言っただけだが、京都で買った螺鈿ジュエリーを身につけていたので瞬く間に螺鈿師が増えていった。


「セシル姉はどんなスケジュールにするの?」

「引継ぎと片付けに三ヵ月はかかるんだよねぇ」

「ねえジン君、三ヵ月後ってどうなってるかな?」

「微妙な線だ。戦闘終結は確実だけど、戦後処理の期間が読めないんだよ」


 アンセスト周辺平定は、勇者一行による善行として広く公表したいという思惑をクリスは抱いている。平定するドルンガルト、キエラ、ヴェロガモの三国に共通するのは、圧政により国民が苦しんでいるという点である。


 開戦直後は「また戦争…」と思われるだろうが、勇者と聖者が苦しむ国民を開放するため戦っていると知れ渡れば、戦中・戦後の混乱を相応に抑制でき、アンセストへの組み込みに反対する者も減るという目論見だ。


「レイきゅん、ちゃんと迎えに来てね? 放置されたらお姉ちゃん泣いちゃう」

「思い出したらな」

「忘却の可能性!? ガチ泣きするんですけどっ!」

「叫ぶなやかましい」

「大丈夫だよセシル姉、ちゃんとお迎えに行かせるから」

(お前は俺の母さんか)


 そう声に出して言いたいが、言えない。反論できない説教をくらうから。


「セシルさんは付いてくる五人をどうするつもりです? 経済的な問題はないでしょうけど、警護が必要な場面は減りますよ?」

「んー、どうしよう? モニカちゃんは技官だし何でもデキる子だからいいんだけど、マンセルたちは護衛しかできないんだよねぇ」

「んなもん、会社に作る守衛所の守衛に雇えばいいじゃねぇか」

「俺の弟は天才かよ!」

「ぴったりだね、レイ賢い」

「盲点だったな。ツーマンセルの二交代制に出来るしそれでいこう」


 アレジアンスの製品が高価な物ばかりで、何気に女性社員も多いため、それなりの戦闘力がなければ守衛は務まらない。

 それに加えて、出自や経歴が明らかという要件を満たす者は意外と少ない。


 レイたちがメイズ攻略を始めた後も、今のところセシルはアレジアンスの執行役技術部門統括として常駐する方向なので適材適所になる。

 セルベラ大佐についても、セシルのアシスタントとして雇えば丸く収まる。


「何かアレだな。旅行が終わっちゃう帰りたくない的な気分にならないな」

「いつでもどこでも行けるからな。また明日から忙殺される日々になるが」

「何すんだっけ?」

「残りの魔導砲配備からだ」

「帰りたくねぇ」


 魔導砲の設置はジンとノワルの仕事が多く、レイは言われる場所へ跳んで魔導砲を出すだけなので結構ヒマだ。魔獣領域を潰して設置するみたいな話なら嬉々として行くところだが、そうそう都合のいい話はない。


ティロリン♪ ティロリン♪ ティロリン♪


 ユアのスマホがアラームを鳴らした。


「じゃあ行ってくるね」

「ユアユアいてらー」

「楽しみにしてるよ」

「うん、とびっきり美味しいの作るから!」

「まだ昼過ぎだぞ? 何作るんだ?」

「ヒミツ。レイも楽しみにしててね」


 夕食会場は昨日と同じくホテルの展望レストランだが、旅行最後の夕食メニューにはユアの手料理が加わる。

 昨日出かけた帝都観光の折に、市場で新鮮な魚介類を目にしたユアの料理魂に火が点いた。

 おまけに魚醤やXO醤に似た調味料まで見つけたため、セシル経由でホテルの調理場を使わせてくれと交渉した経緯だ。


「焼き魚定食が食いたい。できればサンマで。味噌とか醤油ってねぇのかね」

「ちっと風味が違うけどあるお。西大陸のダアズっていう国」

「早く言えよ!」

「ジンセンくんに言ったし!」

「俺はレイに言いました。中国っぽい国があるらしいって言っただろ?」

「いや中国と味噌やら醤油は関係ねぇじゃん」

「本気で言ってるのか?」

「俺の弟は残念かよ」

「え? 味噌と醤油って中国なん? マジで?」


 残念である。中国武術についてはそこそこ詳しいのだが。

 麹と塩を利用した発酵調味料のジャンは中国発祥で、味噌や醤油の原型と言える。

 日本語ではひしおと読む。


 尚、米があることは判明している。月森に自生していた古代米みたいな物ではなく、白い短粒米が中央大陸南部の高地で栽培されている。

 これはシオ情報で、中央大陸の南東部に位置するベスティア獣王国では、米をサラダに混ぜたり、鳥の腹に詰め蒸し焼きにして食べたりするそうだ。

 世界中を探せば欲しい食材が見つかりそうな雰囲気である。


「なあジン、ボロスの前に西大陸行こうぜ」

「それは構わないが、レイが和食に拘るとは以外だな」

「拘りはねぇけどたまには食いたくなる。ユアも喜ぶだろ。メイズは自炊だし」


 レイには【格納庫ハンガー】と【食料庫パントリー】があるため、何ならキッチンごとメイズに持ち込んでもいい。ホワイトライノを持ち込むのでミニキッチンはあるものの、ミレアのパーティーが七名なので、総勢十名分の料理を作るのは厳しい。


 アンセスト周辺の平定が終わった後のスケジュールは流動的とあって、三人はやりたいことや行ってみたい場所を出し合い、大凡の行動予定を組んでいった。

 そうこうしていると帝都観光から戻ったアイゼンがやって来て、夕食会の準備が整った旨を報せた。


 レイたちが「ブイヤベース」、「ペスカトーレ」、「アクアパッツァ」などとユアが作る料理を予想しながらレストランへ入ると、ミレアたちが隅っこのテーブルについていた。壁際には膨大な戦利品が積んである。


「またアホほど買ったな?」

「こんな機会そうそうないもの。楽しかったわ♪」


 そうこうしていると、どこからともなく笑顔のユアがやって来て口を開く。


「お願いしまーす!」


 ユアが声を張ると、大勢のウェイトレスたちが一斉に配膳を始めた。

 配膳されたのは、陶器製のサラダボウルに盛られた海鮮料理。

 レイの口が弧を描き、ジンが目を見開き、セシルが狂喜する。


「「「海鮮餡かけラーメンっ!!!」」」

「正解♪ あの日ラーメン行けなかったからね」


 減量明けのレイがこよなく愛するラーメン。

 優勝して大盛りチャーシュー麵を食べると張り切っていた。

 優勝したが網膜剥離になり、御神岩の裏で召喚されて行けなかったラーメン。


「ユアお前…………最高かよ!」

「手打ちの麺か?」

「うん。元素の【抽出】と【合成】で〝かんすい〟作ったの。魚介のお出汁と魚醤とXO醤だから、塩味のサンマー麺っぽい中華風だよ」

「のびちゃうから食べおっ!」


 箸がないのでフォークだが、そんなことはどうでもいいと、四人がアイコンタクトで一つ頷いた。


「「「「いただきます!」」」」


ズルルッ!


 ひと口食べたレイたちは一斉にユアへ見開いた目を向けるが、直ぐさまラーメンに戻って貪るように食べていく。ミレアたちが色々と訊いているがガン無視だ。


 大ぶりに切られた魚介はプリプリで旨味たっぷり。

 餡のとろみも弱すぎず強すぎずで麺によく絡む。

 懐かしさ補正込みだが、地元横浜の中華街に勝るとも劣らぬ美味さだ。


 毎回ワイワイガヤガヤと歓談しながら食べる皆も、一心不乱に食べている。

 ユア謹製のラーメンは夢中にならざるを得ない魅力、いや、魔力を秘めている。

 ホテルの料理も配膳されているが、皆はラーメンを次々とおかわりしていく。


 最終的にレイは一二杯を平らげ、ジンも五杯おかわりした。

 何気に小食のセシルも二杯をペロリ。

 皆の食いっぷりを予想し、三〇〇杯分の麺を用意したユアの勝利である。


 至福の時間が終わり、アイゼンに促されたジンが立ち上がった。


「皆が食べたのは俺たちの故郷の料理で、ユアが大奮闘して作ってくれた。旅の最期を締め括るに最高の料理だったと思う。来年も再来年も皆で旅に行けるよう、明後日からまた頑張ろう。今配られたのは、アレジアンス創業の記念品だから使ってくれ。明日の一斉有給休暇はゆっくり休んで疲れを取るように。以上だ」


 二泊三日の慰安両行が幕を閉じ、帰り支度を整えた皆は、来た時と同じく展望レストランからアンセスト王都へ転移した。


次話から戦争を始めます。

メディーーーーーーーーーーック!

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