84:帝都会談②
帝都の西南西約三〇〇キロメートル地点には、大小合わせて二〇〇近い群島がある。古くから漁業を生業とする原住民が準国家を形成しており、旧オルタニア魔導公国とも良好な関係を続けていた。
ところが、約二〇〇年前に西大陸の戦災難民船団が群島に上陸し、こともあろうか略奪という強硬手段を取った。戦争による飢えと悲しみが人を狂わせた一例と言えよう。
帝国が敵対的だと悟った難民は、海賊染みた無頼の輩に成り下がった。
難民の推定総数は五〇〇〇名を超えており、二割が実行部隊になったと仮定すれば、総戦力は一〇〇〇を超える。実際には三割を超えているだろう。
以来、帝国の交易船を含む船舶が多大な被害を受けており、海軍や海上兵器を持たない帝国は打開策を見いだせないでいた。
セシルが魔装の量産化に成功した時点で、帝国軍は魔装兵一個大隊で群島へ侵攻した。しかし、如何な魔装兵と雖も、陸戦しか経験のない帝国軍が、海で生きる海賊と伍せる道理はなかった。
何しろ、魔装は鉄よりも比重が大きい魔導金属を多分に使っている。
魔力制御技能が拙い魔装兵は、落水しようものなら魔装を脱ぎ捨てるしかない。
加えて、海賊の操船技術は帝国軍のそれに対して二枚も三枚も上手であり、襲撃し奪った交易船さえ武器として利用する海賊団は、予想を超えて精強だった。
満を持し侵攻した帝国軍は、凡そ成す術のないまま撤退を余儀なくされた。
「メイズ産物の輸入ルートは南回りの海上輸送ですね?」
「然り。この五〇年程は、南部の港湾都市タルパで降ろし陸送している」
時間とコストが嵩む輸送ルートは、ケンプ商会から聞いたとおりだ。
「アレジアンスはケンプ商会と提携しているのですが、ブラックライノはご存じですよね?」
「アンセスト軍も二台を導入したと聞いている」
「ケンプは四台保有しているので、輸送はケンプに外注します」
「なに? レイシロウ殿の領分ではないのか?」
問われたジンは完全に寝落ちているレイを一瞥し、アンセスト周辺国事案が解決した後はメイズに潜ると説明する。
続けて輸送期間を含めた魔導砲の納期を伝えると、アドルフィトたちは驚くと共に難しい顔となった。
「僅か二月とは……」
既存製品のパーツはガンツ謹製の金型を使った量産が可能で、律速工程は制御コアと魔術発動体を繋ぐミスリルワイヤーくらいだ。
とはいえ、一〇門1ロットの通常製造期間が術式付与を含めて五日なので、二交代シフトでフル稼働すれば一ヵ月で最大一六〇門を造れる。
ブラックライノのコンテナ内を三段に仕切る鋼板を挿せば、一台で三〇門を輸送できる。王都から帝都までの片道輸送期間にしても、余裕をみて一ヵ月。
要するに、納期二ヵ月で計一二〇門の納入が可能という話だ。
「……勇者殿、貴殿等に覇権欲はないのか?」
アドルフィトが、どこか恐々と問うた。
「今のところは。というか、そんな欲を持ったらレイにぶっ飛ばされます」
「あはは、普通にやっちゃうね」
「今やツッコミに必殺の威力があるからな。ノワルはそろそろ死ぬと思う」
「それ恐いフラグが立ちそうだからやめよ? ね?」
「そうだな。失言だった」
ジンは想う。過去の日本において達人の域へ至った武芸者が隠棲しがちだったのは、強いが故に殺人という行為に虚しさを覚えたからではないか、と。
活人剣や戦わずして勝つという思想も、その辺りに起源がありそうだ、とも。
「「「………」」」
アドルフィトたちが、何ともいえない表情でレイを見遣る。
宮廷魔導士筆頭ルトヘル・ジヴニだけは、ここへの入室以来ずーーーっとレイを凝視しているのだが、さておき。
「話は変わりますが、陛下に一つ要求…というか、願い事があります」
「ほう、勇者殿が余に願いか。聞こう」
「アンセスト王国と軍事提携…いや、この際は軍事同盟を結んで頂きたく」
「ふむ、アンセスト周辺の平定に利用する腹か。帝国に益があるとは思えんな」
「ならば通商契約は結べません、と言ったらここまでの時間が無駄になりますね」
アドルフィトが薄く笑んだ。
アンセストが落ちればメイズ都市ボロスも危いと思いがちだが、それはない。
二〇万人を超えるシーカーたちが、自治権という名の自由を死守するため戦うのは火を見るよりも明らかだ。
一騎当千のシーカーが一〇〇〇人いれば、一〇〇万の軍勢で攻めてもボロスが陥落することはない。
そんな読みだろうと予想するジンが、ジョーカーを切る。
「ドブロフスク帝国は、太古の聖邪大戦を生き延びた悪魔が牛耳っています」
「馬鹿なっ!?」
「確証はありませんが、このアイデアには聖皇聖下も肯定的です。悪魔の残存数も見当がついています。更に言うと、凡そ二年後に冥界の蓋が開く可能性も」
ジンは可能性の話を続ける。
悪魔がメイズを標的にすることはない。なぜならメイズの奥底こそが、悪魔の巣窟たる冥界と地上を繋ぐ唯一の経路だから。
しかし、殺戮衝動の塊たる悪魔が、メイズ以外の世界各地を襲う可能性はある。
建国当時は悪魔討伐を使命としていたエルメニア聖宮騎士団も、退魔や祓魔の業を失って久しい。
「古の邪公を滅した存在について、陛下はご存じでしょうか」
「神話にある金色の聖人であろう」
「違います。黒き悪魔公を滅したのは、金色を纏った主神です」
「あり得ぬ! 悪魔が神に比肩したとでも言うのか!」
「否定するのは構いませんが、我々は史実にして真実だと確信しています。もしアンセストとエルメニアが落ちれば、次は確実にオルタニアです。討たれたと伝わる禍ツ神の再臨まであり得ます。何なら聖皇聖下に尋ねてみてください」
絶句による静寂が包む中、ジンは視線を落としてティーカップを茶碗のように持ち上げると、一啜りして喉の通りを整えた。
「アンセストによる大陸中央平定は、大陸経済の向上のみならず対悪魔戦においても必須要件です。群島の海賊征伐など、正直なとこ羽虫の群れを掃うようなもの。我々の帝都滞在中に、陛下から色よい返答が得られることを期待します」
そろそろタイムアップだと判じたジンが、死んだように爆睡するレイの肩に手を伸ばす。
「暫し待て勇者殿、貴殿等が召喚された理由はそれなのか?」
「それこそ神のみぞ知る処ですが、勇者は現世を救済し、賢者は終末を憂い、愚者は未来を切り拓く存在だそうです。加えて聖者と神匠まで存在している。この状況に懸念を覚えない者こそ、真の愚か者だと俺は思います」
アドルフィトから視線を切ったジンがレイの体を揺らし、ユアが声をかける。
「レイ? 起きる時間だよ? レーイーーー!」
「んがっ……ふぁ~~~……終わったか?」
「終わりだ。下へ戻ろう」
「なんかアイゼンが灰になってんだが、まぁいいか」
「しっかりしろアイゼン、帰るぞ」
「は、はい……」
首をコキコキと鳴らしたレイが背伸びをしながら立ち上がり、ルトヘル老へ目を向けた。
「どうだい爺さん、俺の魔力は感知できたか?」
「き、貴殿は化け物か…」
「う~ん、ちっと否定できねぇトコに踏み込んでるかも? んじゃな爺さん」
カルロの同行でペントハウスを出ると、ルトヘルの魔力感知に気づいていたジンとユアが口を開いた。
「なぜレイの魔力は感知できないんだろうな」
「知らんけど、俺が制御上手だからとか?」
「ルトヘルさんって、レパントさんのライバルなんだよね」
「へぇ、ぶっちゃけ爺さんたちよりシィは二枚上手だし、ノワルもギリで一枚上手って感じだけどな」
「おそらくアドルフィト…三世陛下の差し金だろう」
カルロに気を遣って三世陛下を付けたジンの読みは的を射ている。
アドルフィト三世とイグナシオはレイの〝底〟を見極めるべく、ルトヘルにレイの魔力と能力を鑑定するよう命じていた。
ルトヘルはレイの入室と同時に魔力感知を始めたのだが、全く以て感知できずにいた。それどころか、感知しようとする程に心身への重圧が増す始末だった。
ルトヘル・ジヴニとアンセストのレパント・ラ・バルダは、〝中央大陸の双璧〟と謳われる大魔導士だ。
先代時分から宮廷魔導士ないし宮廷魔術師の筆頭を務めている点も同じであり、二人は互いを生涯のライバルと認識して久しい。
実績も自負もある大魔導士の技量を以てしても、なぜかレイの魔力を感知できない。おかしい、異常だ、ありえないという戦慄にも似た感情が、ルトヘルに無意識的な呻り声を上げさせたのだろう。
「ねえジン君、陛下はOKしてくれるかな?」
「国益を考えれば承諾するしかないさ。俺たちが潰れれば魔装案件も海賊事案も解決できない。まあ、主導権を全く取れないのは業腹だろうけどな」
(完全に読み切られている……私より余程若いというのに……)
レイの武力とジンの知力に恐怖を覚えたカルロが、三人の背後で身震いした。
レストランへ戻ると、一早くレイを見つけたセシルがルパンダイブで抱きつ…こうとしたが、普通に躱されテーブルに突っ込んだ。
真の汚れになったセシルをキレイにし始めたセルベラ大佐にレイが問いかける。
「そういやさ、セシルがいなくなったらモニカちゃんどうすんだ?」
「退役後は揃ってセシル様の従者にして頂きます」
退役の一択らしい。言葉からして四人のガチムチも付いてくるようだ。
食事会の間にチェックイン手続きは終わっており、ジンたちは貸し切った一五階の部屋へ入った。ジンとレイが「帝都観光くらいしておくか」と考えた頃にカルロが部屋を訪れ、皇帝による軍事同盟への承諾を伝えた。