82:ほらな?
「陛下、セシル様の言は真実であった由なれば」
「そうか…実に儘ならん。されど好きにさせてはおけまい」
帰都したセシルは、独断でレイの時空間魔法を皇帝に明かしていた。
彼女もまた心変わりを始めた一人であり、レイと再会したが故に離れ難いとの想いを抱いている。
先代と今代の皇帝には恩義に似た義理があるものの、レイたちと共に過ごした日々が余りにも楽しかったという、単純にして明快な心情である。
レイたちが日本へ帰らない可能性が高いという状況が、少なからず影響していることは言うまでもない。
一方で、皇帝アドルフィト三世はセシルを易々と手放すつもりなどない。
とはいえ、敵対が愚策であるのは明々白々。慮外の戦力に加え、造作もなく時と距離を超える力を持つ者等を相手に、どう立ち回るべきか。
軽く髪を掻き上げたアドルフィト三世が、知恵袋たる叔父イグナシオへ目を向ける。イグナシオは間髪を入れずに口を開いた。
「面子と国益の両方を立てるならば、互助の盟約が良策かと」
「そこが落とし処となるか」
「むしろ好機と捉えるべきでありましょう」
密偵の報告によれば、勇者一行とアンセスト王国の繋がりは決して強くない。
即位を報せる親書を送ってきた王太子クリストハルトや第一王女フィオネリアとの親交は厚い様子だが、アンスロト王家に強く肩入れしている訳ではない。
であれば勇者一行と互助の盟約を結び、今後も神匠セシルの技術を帝国のために活かすという選択肢は有効だろう。何しろ、レイとセシルが共にある限り、時と距離は障害になり得ないのだから。
加えて、勇者が設立した商会も魅力的と言わざるを得ない。
政商認可を与えれば、魔装に必要不可欠となるメイズ産物の流通量が拡大することも間違いない。
「神紋持ちとはいえ、終始優位に立たれる盤面は面白くないのだがな」
「そこも考え方次第かと。上手く使えば群島の平定が叶うやもしれませぬ」
「ふむ……悪くない。叔父殿、直ちに会談の場を設けてくれ」
「承知しました」
◆ー◆ー◆ー◆ー◆
高所からの眺めに興味がないレイたちは、展望レストランの隅に陣取り何やら話をしている。会場は大盛り上がりだが、ジンとユアは苦笑を、レイは呆れた顔を浮かべた。
「ほらな?」
「流石だよ。予言で食っていけるんじゃないか?」
「私は嬉しいよ!」
「あれ? レイきゅんはお姉ちゃんが皇帝くんにバラすって分かってたの?」
「お前は頭いいけど治らない病気持ちだからな」
「褒められちゃった♪」
「どんだけ末期だよ」
セシルが皇帝への暴露を自己申告した流れである。
ミレアたちも笑いながら「いいじゃない」といった反応であり、レイも時空間魔法を隠したい訳ではないため、なし崩し的にセシルの謀略が遂げられそうだ。
「まあいいじゃないか。皇帝には呼び出されるだろうけどな」
ジンも大正解であるが、すんなり了承する理由はユアが喜ぶからに違いない。
「グダグダ揉めんのは面倒くせぇな」
「揉めはしないさ。幾つか要求されるだろうが、こっちのメリットも大きい」
ユア、セシル、ミレア、ノワルは「確かに」といった風情だが、レイ、シャシィ、シオは、ジンがどんな損得勘定をしているのか見当がつかない様子だ。
そうこうしていると、文官風の男性がセルベラ大佐に伴われ歩み寄って来た。
「セシル様、陛下より会談の要請が届いた模様です」
「ありがとモニカちゃん。にしても流石に素早いね。ん? キミって確か…」
「お久しぶりにございますセシル様、皇室補佐官のカルロ・サヴィーニでございます」
「そうそう、元近習のカルロくんだたね」
皇帝アドルフィト三世は今直ぐにでも会談の場を設けたいらしく、既に上階のペントハウスに来ているとカルロが伝えた。
「ジンセンくん、どうする?」
「もちろん受けますけど、先方の出席者くらいは知りたいですね」
帝国側は皇帝アドルフィト三世、近衛騎士団総長イグナシオ・バルバ・デ・アレンシア公爵、外務卿フィリプ・アベスカ侯爵、宮廷魔導士筆頭ルトヘル・ジヴニ名誉伯爵の四名だと。面子からして皇帝の本気度はかなり高い。
ジンが人数的にちょうどいいと思いレイ、ユア、セシルへ視線を巡らせると、察したカルロが申し訳なさそうに口を開いた。
「畏れながら勇者様、セシル様のご出席は控えるようにとの皇帝陛下ご意向でございます」
逆の立場であれば同じ要求をするかもなと思ったジンが、ふと何かを閃いたような表情で席を立った。
向かう先はレストラン中央のテーブルで、そこにはアレジアンスの幹部八名が陣取っている。
「アイゼン、慰安旅行中にすまないが仕事だ」
「問題ありません。何をすればよろしいですか」
「ちょっとした会談兼商談に同席してくれ。相手は帝国皇帝だ」
「承知…いぃっ!?」
「メイとガンツにはこの場の仕切りを任せる。そう長くはかからない」
「はい」
「がってん承知です。気張れよアイゼン、晴れ舞台だぞ」
アイゼンの二の腕を掴んだジンが、レイたちに向けて顎をしゃくる。
顔面蒼白でガクブルし始めるアイゼンを見たユアは苦笑するが、レイとセシルは笑いを噛み殺している。そしてミレアたちは、アイゼンにイイ顔を向けてサムアップした。
レストランを出たジンは、エレベーターホールにあるクロークの一室で、アイゼンに経緯・趣旨・思惑を説明し始めた。
「待ってくださいジン社長、私には荷が重すぎます」
「ぱっと見はクリスに似てるから心配するな」
「そ、そういう問題ではなくですね…」
「ビビんなって。帝国産のカボチャが四つ並んでるだけだ」
「レイさん、意味が分かりません」
「いや分かれよ」
「アイゼンさん、もう諦めて頑張るしかないと思うよ?」
「ユア技師長まで…」
「取り敢えず最後まで話を聞け。アレジアンスが絡むのは通商関連だけだ」
「はい…」
帝国にとっての最悪は、セシルと縁が切れ魔装の供給と開発が停滞することだ。
これまでセシルに十分な対価を支払っていた事実に鑑みれば、業務委託のような形態に変わっても大差はないとジンは言う。
また、魔装の製造には魔導金属が必要不可欠であるため、アレジアンスを窓口としたメイズ産物の取引も要求されるだろう。これについてはむしろ望むところであり、理想形は、帝国の政商認可獲得に伴う関税の減免になる。
何より、皇帝には神紋持ちのセシル個人を拘束する公正権利がないため、一方的な要求は出来ず、対等な交渉事にするしかない。であれば逆にこちらから話しを大きくし、軍事提携まで持っていきたいところだ。
とはいえ、軍事提携全般に絡む暇などジンにはない。暇があってもやりたくない。よって、会談ではアンセストとの軍事提携に対する承諾を引き出し、返礼として提携完了までの調整役だけを無償で引き受ける。
国家間の提携や契約は、結んだ後の維持が圧倒的に面倒だ。そこで、提携完了の後はクリスとダレン軍務卿に丸投げし、アレジアンスは発生する商取引に注力すればいい。
「どうだ? 単なる商談だと思えないか? アイゼンは幹部として出席するだけだ」
「確かに仰るとおりですね。少し心持ちが軽くなりました。ただ…」
「何だ? 遠慮せず言ってくれ」
「戦争がない帝国と軍事提携をしても、会社の利益に繋がる案件は少ないかと」
「鋭い指摘だが、軍事的・経済的に世界最強と謳われる帝国にも、どうにかしたい敵は今尚存在する。体裁が悪いのか秘匿してるけどな」
「秘匿………情報源はセシルさんでしょうか」
ジンが薄く笑む。やはりアイゼンは頭が切れる、と。
「半分正解だ。確証はないが、俺の予想どおりなら魔導砲が飛ぶように売れる」
「抱き合わせで魔力充填装置も、ですね」
「そういうことだ」
レイが内心で「悪徳商人の密談かよ」と呟きつつ、ユアへ目を向ける。
「何の話か分からんけどユア知ってんの?」
「今の話は私も知らないよ。アンセストとオルタニアの軍事提携が公表されれば、強い抑止力になるねっていう話はしたけど」
「あー、なるほどな。ドルンドルンの強硬派もあっさり降参する的な?」
「ドルンガルトね。公表が間に合えばレイのお仕事が一つ減るかも?」
「それサイコー」
実際、ジンが軍事提携を持ちかける理由はそこにある。
レイから『セシルは俺の時空間を皇帝に喋ると思う』と言われたジンは、半信半疑ながらも「そうなれば手札を増やせる」と考え、軍事提携の絵を書いた。
公表がどれ程の抑止力を生み出すかは未知数だが、レイの転移を知っている皇帝が提携を承諾するなら、それはもう「帝国軍を派兵する」とほぼ同義になる。
その対価として、ジンは帝国が欲しがるだろう魔導砲を売ってあげるつもりだ。
この目論見は、セシルが魔導砲の類を造れないと知ったからこそ成立する。
「さて、行こうか」
ジンたちはクローク前で待っていたカルロの案内で一階まで降り、ペントハウス専用エレベーターに乗り換えた。