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81:慰安旅行@帝都オルザンド


 聖皇宮を辞した一行が、徒歩でホテルへ向かっている。

 チェックアウト時刻は正午なので、歩けばちょうど頃合いだ。


 レイの転移が便利すぎると言えるのだが、今日の昼から明日の夕方まで帝都オルザンドで過ごし、明日は少し早い夕食会を開いて王都へ帰る。

 移動時間がないに等しい旅は、現地滞在時間をフル活用できるので最高だ。


「あ、レイさん。皆さんも礼拝に行ってたんですね、気づきませんでした」


 後ろから声をかけてきたのは、技師グループCの班長から主任技師に昇進したベンノであった。


「よぉベンノ。ナニお前って信心深い系?」

「いやぁ、コイツが敬虔な聖教信徒なもので。おい、挨拶しろ」

「ベンノの妻のマリアです。こんな素敵な旅に連れて来て頂き感謝しています。娘のために乳母まで呼んで頂いて本当に感激しました。ゆっくり食事をしたのは久しぶりです」


 レイの脳裏に聖母マリアの絵が浮かんだ。

 目の前のマリアも乳児を抱いているが、旅を満喫できているようだ。


「帝都のホテルはもっとスゲーぞ? 家族で楽しみまくってくれ」

「はい、ありがとうございます」

「サーベンズ・サーフより凄いって…想像がつかないんですけど?」

「まぁ楽しみにしとけって」


 興奮気味に頷いたベンノは、マリアの肩を抱き歩いて行った。

 こっちの人々は総じて歩行速度が速い。


 道すがらノワルの出身地に気が回らなかったのはジンとユアだけだったと判明し、二人はノワルに詫びを入れた。

 ミレア隊はレイの管轄という暗黙の了解が出来上がっているので仕方ない部分が大きい。


「なあレイ、一〇名程度ならアレジアンスで雇うという手もあるぞ」

「お、それいいな」

「私も賛成。商人ギルドの身元調査より確実だと思う」


 ジンはアレジアンスの事業拡大と福利厚生の充実を趣旨に、広すぎて遊んでいる敷地に第二工場と製品保管庫、本社屋、独身寮、講堂兼体育館、守衛所の六つを新築し、既存工場も内装と設備を一新すると社内発表している。


 事務棟と呼んでいる既存建屋もリフォームする。一階の洗い場や浴室を潰して食堂と厨房を拡張し、二階の事務所も潰してシャワーブースと休憩室を設ける。

 居室として使っている三階の部屋は半分を三年経過した取引書類の保管庫にし、残りは仮眠室に改装する予定だ。ついでにエレベーターを新設する。


 となると、建物を維持管理する人員、入出者の管理と案内をする守衛、一流料理人とは言わないがやる気の出る美味い食事を作れる調理師と、独身寮の寮母を新規雇用しなければならない。


 この世界の平民には正確な戸籍制度などなく、身元調査の手間とコストを省くため社員の家族をメインに雇用するつもりでいる。

 しかし、家族持ち社員の大半が共働き世帯であるため、商人ギルド経由で一〇名ほどを雇用する必要がある。


 因みに、アレジアンスの本業についてはアイゼンやメイといった幹部社員が採用面接を行い、ジンたちもアドバイザーとして列席する。


「どうよノワル」

「正直ありがたいです。元使用人は八名で一〇〇〇万ずつ渡したのですが、皆まともな仕事に就けないらしく心配です。そもそも産業が少ないので」

「八人だけでいいのか?」

「………母と姉が私的に雇っていた侍女四名が、場末の娼婦になっていました。私との係わりは薄かったのですが、三〇〇万ずつ渡しました」


 三〇〇万で場末の娼婦から脱却するのは難しいだろう。

 現地の物価は判らないが、寒冷地は通年で食料価格の相場が高い。


「ちょっといいか? なぜ三〇〇万なんだ? 残金二〇〇〇万なら五〇〇万ずつ渡せただろう?」

「ジン様も物忘れをするのですね。意外です」

「ほらジン、このアホは全身タイツを特注してただろ」

「あぁアレか」

「流石はレイ様です。寒さで隆起した私の先っぽを凝視オゴッ!?」


 神速で体を捌いたレイが地獄突きをノワルの喉に刺した。

 そしてジト目を向けるユアからスッと視線を逸らす。

 凝視したのは否定できない。だって男の子だもん。


「元侍女か……係わりが薄かったなら技能なんて知らないよな?」

「知りません。ですが、四人とも見栄えのする容姿で所作も美しいです」


 ジン、レイ、ユアが「だから?」と小首を傾げる。するとミレアが口を開いた。


「それなりの教育を受けられる家に生まれたという意味よ。ノワルと似たような身の上か、そうでなくとも陪臣家の生まれだと思うわ」

「そうだと思います。ドブロフスクは没落する貴族家が多いので」

「なるほど。読み書きに難がないなら、事務方のアシスタントにいいかもな。妙な柵がない点も好ましいし、有能なら昇進させればいい」


 ジンが言う〝妙な柵〟とは、根強い男尊女卑思想に纏わる体裁だ。


 比較的に平等なアンセストにおいても、出世した平民女性は酷く疎まれる。

 当人も疎まれ噂になるのを避けようと、昇進を辞退するケースが多い。

 特に地元民は親類や知人という柵が多いため、その傾向がより強くなる。

 既婚で夫が寛容ならいいが、未婚だと婚期を逃しかねない程に疎まれる。


 この世界の平民女性でキャリアウーマンを選択できるのは、ミレアのように大身商家に生まれた者と、高級官吏の娘くらいだろう。

 それもあってハンターやシーカーを目指す女性が多く、裕福なケンプ家に生まれ両方の資格を持つミレアは相当に珍しい存在だ。


「お兄様も人を増やすみたいだから、ケンプで引き受けてもいいわよ?」

「いや、アレジアンスで雇う」

「まあそうよね、賢い選択だと思うわ」

「ゴンツェの魔導砲を配備するついでに行くか」

「OKだ」

「皆さん本当に、ありがとうございます…」


 魔導砲の配備でレイがエレスト山の頂上へ転移した際に「故郷が見える」と呟いたノワルは、脳裏に元使用人たちを想い浮かべていたのかもしれない。


 ホテルへ戻ると、一階のラウンジをアレジアンスが占拠していた。

 旅の注意事項が利いているのか騒いではおらず、他の宿泊客が煙たがっている様子もないので一安心である。


 そこへジンたちを目にしたアイゼンがやって来た。


「お疲れ様です。支払いは終わっています」

「予算内に収まったか?」

「ジン社長の試算どおり、二〇〇〇万に収まりました。約一九六〇万が支払い総額です」


 二八部屋の朝食付き宿泊と、昨日の昼食会と夕食会の総額が一九六〇万。

 総勢八二名の頭数で割れば一人当たり二四万弱なので、決して安くはない。

 手配した乳母八名や、調達した保育用品が意外と高額だった面もある。


「腹減ったし早く行こうぜ」

「なぜ太らない」

「あん?」

「いや何でもない。アイゼン、皆の先導を頼む」

「承知しました」


 聖都への往路は皆にインパクトを与えるため、聖皇宮前広場へ転移した。

 修道者や聖職者が待ち構えていたので、目撃者に対しては「神の御業です」という方向性で聖教会が対処してくれた。


 しかし帝都はそうもいかない。

 よって聖教会が所有する港湾倉庫から、セシルが待ち構える展望レストランへ転移する段取りだ。


 少なくない者たちが大通りの先に見える聖皇宮へ祈りを捧げ、港湾方面へぞろぞろと歩いて行く。

 はしゃぐ子供たちが道行く人にぶつかったりしているが、流石と言うべきか聖都の住人は皆寛容だ。


 桟橋の手前にある港湾倉庫に入って行く集団は目を引くが、聖教会は難民を受け入れ、移民船団を編成することもあるので訝しまれる様子もない。


「よっしゃー! みんな帝都へ行きたいかーーーっ!?」

『おぉおおおおおおおーーーっ!』

『行きたーーーいっ!』

「レイ様愛してまーーーす!」

「私もですぅーーー!」


 年頃の娘二人が狙い撃ちで叫んだ。

 最初の一人は一五歳になったアイゼンの娘で婚約もしているのだが、恋仲のいないレイを狙うアイゼンは、「もっと攻めろ!」とばかりにウンウン頷く。

 その図太さをジンは買って次期社長候補の筆頭に挙げている。


「んじゃ皆ジャンプしろよーーーっ! せーのっ!」

『おりゃーーっ!』

『わあ~~~♪』


 全員が満面の笑顔でジャンプすると視界が暗転し、着地感と共に色が戻れば、地上二九階からの大パノラマが目に飛び込んできた。


『うぉおおおおーーーっ!』

『凄ーーーーいっ!!!』

「レイ様抱いてくださーい!」

「私も一緒にぃーーーっ!」


 こっちの女性は逞しい。

 勝ち取らねば幸せになれないと判っている。


「レイきゅ~ん♥」

「あ゛ーーー抱きつくな鬱陶しい!」

「ヤダ抱きつくぅ痛だだだだだっ!?」


 駆けて来てガバチョと抱きついたセシルに、レイがアイアンクローを極めた。

 お付きのセルベラ大佐が「なんてことを!?」と手をワタワタさせているが、レイに「止めろコラ」などと言えるはずもなく。

 なし崩し的に展望レストランでの昼食会が始められた。


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