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80:エルメニアと悪魔


 聖皇宮の入口には案内役の司祭が控えていた。


 案内なされた先は聖皇と枢機卿たちが会議を行う異様に広い部屋で、中央には長大な黒檀のテーブルが置かれ、ざっと四〇脚ほど背凭れの高い椅子が並べられている。ここにセシルがいたら大喜びしていただろう。


 最奥の上座にはヴェールを下ろした聖皇の姿があり、右側の椅子には例によって微笑みを浮かべるロレンティオが座っている。

 そして聖皇の左側には、太い腕を組み瞑目したまま座っている初見の男。


 ジン、レイ、ミレア、シャシィが雰囲気からして聖宮騎士だと判じると、男はゆっくりと瞼を開き立ち上がった。


 背丈はレイと同等、つまり二メートル弱だ。

 しかし体躯の厚さはレイの五割増しでマッシブ。


「アバッジオ・ルーデンと申す。聖宮騎士団総長を拝命している。育ちが悪い故に不躾なる言動は容赦願う」


 ぶっきら棒ではあるが育ちの良し悪しなど気にしないジンたちも順に名乗り、ロレンティオに促され椅子に腰を下ろした。


 ジンが会話の切っ掛けとして、疑問を聖皇に投げかける。


「面子からすると、聖宮騎士団は悪魔の話に関連があるんですね?」

「あります。皆様は聖宮騎士団創設の経緯をご存じでしょうか」

「元来は初代聖皇の守護騎士団だったと、物の本で読んだ記憶があります」

「私も耳にしたことはありますが、実際には違います。最初期の聖宮騎士団は、退魔技能に長けたエクソシストで構成されていました」


 本質的な答えを得たも同然の情報である。


 神話として語られる聖邪大戦は神代末期の出来事であり、当然ながらエルメニアのエの字もない遥か昔だ。

 聖宮騎士団がエクソシスト集団だったというならば、エルメニア建国当時にも悪魔による被害が生じていたことになる。


「エルメニアが悪魔退治を担っていたと?」

「そうとも言えますが、悪魔を見分け悪魔の何たるかを真に知る者が、正統聖教会のエクソシストのみだったのです」

「見分けですか。勝手なイメージですけど、悪魔は悍ましい外見なのでは?」

「大半は悍ましい姿をしているようですが、高位悪魔は総じて妖しくも見眼麗しいそうです」


 ジンの脳裏に地球の悪魔伝説が浮かび、魔王サタンは堕天使だったなと思いつつも、この世界で天使という言葉を聞いたことはない。


「聖邪大戦は史実ですか?」

「史実です」

「ならば神々が率いた聖なる人々とは、具体的に誰です?」

「初めてお会いした際にも少しお話ししましたが、〝始原種オリジン〟と称された神代八種族の俗称です」


 聖皇の家名であるエルメロードスは、神代八種族の一つで種族長の家系。

 建国王にして初代聖皇であったエルメロードスは、歴代でも突出した退魔技能を誇る人物だったという。

 要するに、エルメニア聖皇国は信仰のためではなく、残存悪魔の討伐を目的として建国されたのかもしれない。


 概要を把握したジンが本題に入る。


「新たな懸案が生じたので、是非とも聖下の見解を伺いたく」


 言ったジンがレイを見遣ると、レイはあからさまに「え、俺?」といった顔になりながらも口を開く。


「えーと何だっけ…ドワルスキー帝国?」

「ドブロフスクだ。東帝国でいい」

「その東帝国なんだけど、悪魔が仕切ってんじゃねぇかなぁって」


 聖皇は全く表情を変えないが、不思議な色を湛える双鉾の光が僅かに揺らいだ。

 ロレンティオは判りやすく難しい顔になった。


「有り得ます。先々代の聖皇であった祖母が同様の懸念を抱いていたと、先代聖皇の母から聞かされましたので」

「先々代というと何年くらい前です?」

「六〇〇年ほど前になります」


 エルフの長命っぷりを知った今だからこそ平静を保てるものの、祖母の生きた時代が六〇〇年前という話は中々にインパクトが大きい。

 エルメニア聖皇は人前に姿を出さず代替わりの告知もしないのだが、ルゥネイは聖教会の教皇に選出されたため公表されている。

 それが凡そ四〇年前なので、先代聖皇の在位期間は数百年という単位になる。


「東帝国が悪魔に牛耳られていると判明する場合、聖宮騎士団は動きますか?」

「否である」


 即答したのはアバッジオであった。


「理由は?」

「聖宮騎士団創設後における対悪魔の戦史を紐解けば、低位と中位の悪魔は殲滅したも同然と読み取れる。而して現存する悪魔は高位の可能性が高く、退魔業を知らぬ我々の対処が適う道理などない」


 非常に解り易い話だ。

 ジンもそれなりに調べたが、悪魔が悪魔として出没した記録を見たことはない。

 業や技は、使う機会がなければ必然的に廃れて伝承も途絶する。

 今や腕利きのエクソシストなど存在しないのだろう。


「戦るとなりゃあ俺らの出番ってことか」

「そうなるな。高位悪魔の残存数にアイデアはありますか?」

「戦史を基とした推測に過ぎんが、多くとも一〇はおらんだろう」

「意外と少ねぇな」


 ジンも少ない印象を受けたが、仮に高位悪魔がレイと同等の力量なら、二人もいれば大陸は破滅するだろう。

 とはいえ、もしそうならディオーラやゴンツェなど数日もあれば落とせる。

 悪魔が殺戮衝動の塊という話が真実なら、高位悪魔も大して強くないと考えざるを得ない。が、未知を既知の如く判じるのは危険だ。


 そんな思考を巡らせていると、聖皇が口を開いた。


「ご初代様が編纂なされた神話には、邪帝と六邪公の文字が散見されます。黄金の神が滅したのは漆黒の邪公、白銀の神が滅したのは巨躯の邪帝。明記されてはいませんが黄金の神は創造神様、白銀の神は死神様かと」

「あー、そんな字面を見た気がする」


 レイが【格納庫ハンガー】からリュオネルに借りた本を取り出しページを捲る。

 時空間魔法についてはロレンティオ経由で聖皇にも伝えてあるが、知らなかったらしいアバッジオは二度見した。


「あったあった。闇より黒い漆黒の邪公は邪帝の右腕で、雪より白い白亜の邪公は左腕だとさ。えーと…………残りの四匹は黒の手下みたいだな」

「ご初代様が編纂なされた物よりも詳しいようですが、どこで入手されたのでしょう?」

「月森のリュオネルって族長が貸してくれたんだよ。かなり古いっぽい」

「月の民であれば得心がゆきます。月森のエルフも神代八種族の一角です」

「うわ、お師匠ってやっぱり凄い人?」

「何でも知ってるから凄いだろ。たまにすっとぼけたコト言うけど」

「言うよね。あたし小魚食べたら大きくなれるよってずっと言われてたもん」

「貴女のお師匠は月森の族長なのですか?」


 シャシィとレイが月森との関係を説明している間に、ジンはレイから本を奪って速読し始めた。隣で覗き込むユアが『速い…』と漏らす速度だ。


 一通り目を通したジンがアバッジオに問い掛ける。


「ルーデン殿が残存数を推測した所以は悪魔将ですか?」

「然り。残存が確認された悪魔将は七体だが、四体を討った記録しかない」


 悪魔には下級、上級、将、公、帝の五位階がある。

 下級と上級が低位で将が中位、公が高位とされるようだ。

 特徴的なのは公の中に序列がある点で、十把一絡げに公といっても、個体の戦力には隔絶的な差があると記されている。


「邪帝の側近だけあって、漆黒と白亜は別格中の別格みたいだな。悪魔がドブロフスクを牛耳ってるなら、白亜以外の可能性が高いし辻褄も合う」

「ジン君、白亜って今も生きてるのかな?」

「悪魔は魂源を滅しない限り時間経過で復活するらしい」

「じゃあ生きてるんだね。どこで何してるんだろ?」


 レイをチラリと見たジンが、ユアに顔を寄せ小声で話す。


「意外とレイみたいな性質かもしれないぞ?」

「ふふっ、それじゃあどこで何してるかなんて判んないね」

「だな。自由すぎる鉄砲玉は探せないし避けられない」

「あぶなーい」

「お前ら普通にケンカ売ってんのか? あ?」

「内緒話を勝手に聞くなよ」

「隣に座ってりゃ聞こえるだろ!」

「大きな声出さないの」

「はっはっはっ、理不尽かよ!」


 何はともあれ、地上に悪魔が今も存在するのは確定的だ。


 ドブロフスクが国外侵攻のみならず、国内でも頻繁に紛争を起こす原因が、悪魔の殺戮衝動にあると考えれば多少は納得できる。

 当面はディオーラを盾にドブロフスクの動向を気に掛けるくらいが適当だ。

 わざわざ藪を突いて蛇を出す必要などない。


 念のためゴンツェにも専守防衛を心掛けるよう打信するが、悪魔の実在が噂として広まるのは上手くない。ゴンツェは情報統制も心掛けてもらわねばならない。


 それらの方針をジンが示す中、聖皇たちは自力で悪魔の残存に考え至ったレイの特異性に舌を巻く。ジンの判断力と統率力に対しても同様である。

 ジンが話しを締め括ろうとしたら、レイが末席に座るノワルの隣へ移動した。


「ノワルもそれでいいか? 恩返しした奴らとか知り合いが気になるなら、ジンと相談してどうにかするぞ。今直ぐってのはムリかもだけどな」

「本当に……レイ様は悪い人です。その優しさがまた私を蕩けさせます」

「仲間の大切は俺にとっても大切だ。遠慮とかすんな」

「ありがとうございます…少し考えさせてください…」


 涙目のノワルは気恥ずかしくなったのか、レイの腕に顔を埋めた。


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