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79:慰安旅行@エルメニア


 一夜明けた翌早朝――。


「レイきゅん…お姉ちゃんガチで寂しいよぉ…」

「マジ泣きすんな。また明日も会うだろうが」

「それはそれ! これはこれ!」

「キレんな面倒くせぇ。モニカちゃん! 俺帰っからコイツ連れてってくれ!」

「か、畏まりました! 総員レイ様に敬礼!」


 セルベラ大佐たちは先日の出来事がトラウマになったらしく、やたらとレイを怖がるようになっている。

 セシル一行を馬車ごと帝都郊外へ送り届けたレイは、セルベラ大佐に確保され『レイきゅんカムバーーーック!』と叫ぶセシルに石を投げて工場へ転移した。


 工場前の敷地では、社員とその家族が大はしゃぎで出発の時を待ってる。


「うわ、ガンツって家族持ちだったのかよ。子供がガンツそっくりだし」


 レイは心の中で合掌し、「頑張って生きろよちっちゃいガンツ」と失礼極まりない言葉を吐いて事務棟へ入っていく。


「もう戻ったのか。意外と早かったな」

「明日も会うヤツに時間かける理由がねぇわ」

「ねえねえレイ、セシル姉も一緒にボロスへ引っ越せないかな?」

「正気か? ジンのことばっか考えて頭沸いてる?」

「考えてるけど沸いてないもん!」


 普通に肯定したユアに苦笑するレイはジンへ目を向け、肩をパンと叩いてその場を離れた。「もうお前の役目だ」という意思表示である。


「明日セシルさんと相談してみようか。皇帝の意向が絡むからそう簡単な話じゃないけど、話の仕方次第でどうにかなると思う」

「うん。ありがとうジン君、大好き♥」

「俺もだよユア」


 砂糖を吐きそうな会話が歩くレイの耳朶を打ち、思わず半目になってミレアたちが屯しているテーブル席に腰を下ろす。


「変な顔してどうしたの?」

「変って言うなチビッ子」

「えへへ♪」


 最近レイに構ってもらう機会が少なかったシャシィは、チビッ子と言われたにも拘らずニヘラと幸せそうに笑む。

 それを見たミレアが苦笑し、シオはウンウンと頷きながらシャシィの頭を撫で、ノワルは「何かせねば」と思ったのかレイの腕を胸に抱え込もうとした刹那に強烈なデコピンならぬ側頭ピンを食らって轟沈した。


 今回の慰安旅行は練習の意味も含め、ほぼ全てを事務方に一任している。

 慰安会はあっても慰安旅行の経験がないため、戸惑いながらも旅程表を作ったり、旅先でのレクリエーションを企画したりしている。


 そうこうしていると、次期社長の呼び声高いアイゼン・シュミットがレイに向かって真っすぐ歩いて来た。


「お疲れ様ですレイさん。出発準備が整いましたのでお願いします」

「了解だ。行くぞジン! いつまでもデレっとしてんな!」


 ジンが瞬間的にムッとしたが、否定できないと思ったのか頷いて立ち上がった。

 工場前では他の事務方が全員を整列させ、旅先での注意事項などを読み上げている。

 内容は「勝手に外出するな」とか「自由行動時以外は遠くへ行くな」とか、ノリとしては中学生の修学旅行を彷彿とさせる。


 お立ち台へ上がったアイゼンは、『全員がアレジアンスの一員として自覚を持って節度ある言動を心がけ、二泊三日の旅を大いに楽しもう』と訓示を述べた。


 集団の最前列には背の低い子供たちが並んでおり、その後ろには乳児を抱く社員とその家族。ジンたちは最後列に並んでいるが、チビッ子シャシィは半目でミレアに抱え上げられている。そしてアイゼンたち事務方も最後列に並んだ。


 お立ち台に上がったレイは八一名の注目を浴びながら、心中で「一、二、三…」と頭数を数えつつ、漏れなく転移させるよう視点を定めていった。


「(八〇、八一と。)よっしゃ! みんな旅行に行きたいかーーーっ!?」

『おーーーーーっ!!!』

「んじゃ行ってみようかぁ!」

『わぁ~~~っ♪♪♪』


 瞬間的に暗転した視界が色を取り戻すと、聖都ハシュアを一望できる聖皇宮前の礼拝広場に転移した。


 皆の驚嘆や歓声が響く広場の周囲には、転移の邪魔にならないようにと、信徒の立入り規制をやってくれている修道士や修道女たちが大勢いる。

 礼拝広場は常時人通りが多いため頼んだのだが、中には祭服を着た守門や副助祭の姿もあり、レイは心中で「あざーす!」と謝意を叫び聖皇宮へ体を向けた。


 背後には事前に聞いていたとおり、数人の司祭を伴ったロレンティオ枢機卿が。

 スタスタと歩いて来たジンがレイの隣で立ち止まり口を開く。


「ご高配に感謝します、ロレンティオ枢機卿」

「なんのなんの。これしきのことは些事、どうか聖都をご満喫ください」


 挨拶を交わしたジンがミレアたちに目配せする。

 ミレアは一つ頷いてアイゼンたちの方へ行き、宿泊先サーベンズ・サーフへの道案内を始めた。


「お待たせしました。案内をお願いします」

「承りました。参りましょう」


 ジン、レイ、ユアは聖皇に直接謝意を伝えるべく聖皇宮へ入って行く。

 今回はある意味プライベートな訪宮とあって、サロンと呼ぶには簡素すぎる部屋へ通され聖皇にお礼を述べた。


「聖都を楽しんで頂ければ嬉しい限りです」

「皆にも聖下の言葉を伝えます。それで、事前にお願いした情報交換の機会はどうでしょうか」

「悪魔についてですね。明朝であれば何時でもお越しください」

「ありがとうございます。では明日の朝食後に改めて伺います」


 最後にアンセスト周辺地域平定の算段を纏めた書面を渡し、三人は聖皇宮を辞してサーベンズ・サーフへ向かった。


 ジンとユアが部屋割りまでキッチリ詰めていたため、ロビーに皆の姿はない。

 今頃は豪勢な部屋で狂喜していることだろう。

 フロントを素通りして中庭に面したラウンジへ行くと、アイゼンたち事務方幹部の五名が歓談しながら待っていた。


「五人とも紅茶なのか。慰安なんだから酒でも飲めばいいだろうに」

「夕食の時に浴びるほど飲ませて頂きます」

「なるほどな、存分に楽しんでくれ。聖皇聖下からも楽しんでくれと言われた」

「物凄く豪華なホテルだね! 先にお部屋へ行ってもいいかな?」

「もちろん。メイも待ってるんじゃないか?」

「うん! じゃあ行ってくるね♪」


 ユアがスキップするように軽やかな足取りで階段へ向かった。

 アイゼンたちも予想を遥かに超えてゴージャスなホテルだと、満面の笑みを浮かべ興奮している。


 昼までは部屋を堪能し寛ぐ時間とし、昼食はホテルのバンケットホールに集合してエルメニア式のコース料理を体験する段取りだ。

 十中八九はベジタリアン料理だろうから、アラカルトで肉料理をオーダーできるよう手配済みである。


「さて、俺たちも束の間の休息を満喫するか」


 アイゼンから部屋の鍵を受け取り、ジンとレイは部屋へ向かう。

 事務方五名は妻帯者なので、彼らも家族との時間を楽しむべく席を立った。


「あっ! 父ちゃん母ちゃんビンゴだよ! ビンゴー!」

「凄いわジェス! 何をもらえるのかしら?」

「おっと早くもビンゴが出ました! 景品は何とぉ! 卓上焼肉器とキーンエルクの肉を一年分だーーーっ!」

『おぉおおお~~~!?』

「やったなジェス! キーンエルクが毎日食えるぜ!」


 昼食会場では、地球の慰安旅行にありがちなビンゴゲームが開催されている。

 このところのユアとメイは、景品にする魔術具や魔導器を造りまくっていた。


 初ビンゴを搔っ攫ったのはガンツの息子ジェスだった。

 卓上焼肉器は、直径三センチの魔晶を内蔵するコスト度外視の魔導式無煙グリルである。毎日使っても五年くらいは魔力充填不要だろう。


 大盛況の内に昼食会が終わり、午後は自由行動で大半が聖都観光に出かけた。

 夕方には海鮮レストラン〝ジェフリーズ〟へ集合する段取りだ。


「幸運にも快晴で、見てのとおり水平線に沈んでいく夕陽も抜群に美しい。アレジアンスの業績が堅調な限り慰安旅行は毎年行う。社員は仕事を誇り、家族がそれを支えてくれれば言うことなしだ。では、皆の健勝と幸福を祈念して乾杯!」

『かんぱーーーーーい!!!!!』


 ほぼ全員が新鮮な海の幸を初めて食べるとあって、夕食会場ジェフリーズのテラス席も期待と興奮に満ち溢れている。

 早くも『死ぬ気で仕事してね!』と夫を叱咤激励する、ちょっと現金な奥方の声も聞こえてきた。


「盛り上がってんなぁ。シオも楽しんでるか?」

「物凄く楽しいの! でもルルたちに悪い気もするの…」

「ミレア隊のメンバーか?」

「ええ、あと三人いるの。これほど豪勢な旅は無理だとしても、いつかパーティーの慰安旅行をしてみたいわ?」

「すげぇ催促の仕方だなオイ。ま、転移くらいいつでもやってやるさ」

「ありがとうレイ。レイたちと出逢えたことが私たち最大の幸運ね」

「あたしもレイに出逢えて幸せだよ!」

「レイ様、聖都で性夜を過ごしま…………ぜ、全員で無視ですか!?」


 何事にも慣れと飽きはくるものである。


 ジェフリーズは日没で営業終了なのだが、今夜は特別に篝火が炊かれ、泥酔者を量産する夕食会は遅くまで続いた。


 翌朝は参加者全員が朝食をルームサービスで頼み、昼のチェックアウトまで優雅な時間を過ごすことに。

 そんな中、身支度を整えたジンとレイは、ユアとミレアたちを伴い聖皇宮へ向かうのだった。


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