07:魔の付く武器
半ば隠居状態の会長に用はないということで、武装検討は副会長のアルベルトに一任された。が、困難を極めている。
ジンの奉天一刀流は対多数の野戦に主眼を置くため、野太刀の一択である。
しかし、勇者ジンにはドベルクが使っていた両刃の聖剣が用意されている。
防具も金ピカのフル装備があるらしく、それを聞いたジンはどんよりとした顔で茶を啜り始めた。
「困りましたね。魔剣ならお好みの品を造れるのですが…」
「えっ!? 魔剣って造れるの!?」
いつもクールなジンが、レイのようなノリで喰いついた。
その眼差しには喜色が満ち溢れており、レイとユアは『真剣振らせてもったんだ!』と喜んでいた中学時分のジンを想い出し笑んでいる。
魔剣とは、ドワーフや鬼人のガチムチ魔工鍛冶師が魔導金属で鍛造する剣だ。
片やで、聖剣は神々の眷属が古に鍛えた聖性の強い剣だとされる。
「今気づいたんだが、なぜ勇者は聖剣と決まっているんだ?」
「決まっている訳ではないと思いますよ」
アルベルトが知る限り、世界に冥界の悪魔なる厄災が出現していた遥かなる昔、とある剣豪が勇者を名乗り、世のため人のために悪魔討伐を行っていた。
人々が勇者という存在を認識し始めた頃、エルメニア聖皇が勇者に聖騎士の称号と聖剣を貸与したという逸話があるという。
その勇者が最後に討ったのは、天界を追放され冥神と化した禍ツ神だとされる。
つまり、過去には神殺しを成した召喚勇者が存在するらしい。
以来、勇者は聖なる者の中でも特別な存在とされ、勇者武器=聖剣という構図が出来上がったのではないか、と。
「メイズには悪魔の類が出るのか?」
ジンが問うと、アルベルトはミレアに目を向けた。
「出ないわ。メイズは魔神の眷属たる魔王が創造した試練の場。深層には人型の悪魔公を模したリッチロードが出るっていう伝承はあるけど、この数百年でリッチロードに遭遇したシーカーなんていないから真偽も不明よ」
ジンは『なんだ…』と呟き長椅子に背を預けた。
「もう魔剣でいいんじゃね? ジンの聖装召喚って能力がムダになるかもだけど、剣帝は聖剣が魔剣でもイケそうじゃん? だいたい西洋剣なんて振ったことないだろ? 聖剣が西洋剣みたいなモンかは知らんけど」
「そうだよな……よし、俺は魔剣にする」
「承知しました。王国最高の魔工鍛冶師に依頼するので、ジン様の所望を図案にしてください。展示品の中から所望に合う一振りを選ぶ形でも構いません」
生成りの大判紙を受け取ったジンは、初見の羽ペンとインク瓶を前に戸惑う。
すると、ユアがショルダーバッグからシャーペンと三色ボールペンを取り出し手渡した。アルベルトが驚きつつも目を鋭く細める。
「駄目よお兄様。気持ちは解るけど自重してね?」
「あ、ああ、分かっているよ。しかしだね…」
「ダ・メ・よ! さあ、次はレイ様? それともユア様から?」
レイがユアの背中をグッと押し出した。
「じゃあ私で。えっと、魔剣みたいな弓って造れますか?」
「もちろん造れます。ユア様の鑑定結果はどのような内容でしょうか」
ユアが再びショルダーバッグを開け、ポケットサイズのメモ帳を取り出しパラパラとページを捲る。
「やだそれ便利ね。紙質も凄く上等だわ」
「ミレアは私に釘を刺しておいてそれかい? しかし、皆様の故国にはとんでもない技術があるのですね」
「つーか、今どきメモ帳って珍しいな」
「英単語の暗記帳代わりだよ。私って書いた方がよく覚えるから」
「受験用か」
「うん。レイは英語できるからいいよね」
「親父が漢字でギブったからな。夫婦喧嘩んときは母さんも英語になるし。遠回しで皮肉っぽい日本語より早くケンカが終わるんだと」
「それなんか分かる気がする」
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固有名称:ユア・カグラノミヤ
魔法適性:聖・錬金・付与
特有機関:魔力結晶生成炉
固有能力:聖天再生・魔力授受・弓聖
神性紋章:聖者(左胸)
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こっちの読み書きを学習するため、ユアはフィオに頼んで鑑定結果を書き出してもらい筆写した。自動言語変換があるので不自由はないものの、日本語で書いた文字をフィオたちが読めないと判明したからだ。
シーカーになるには色々な申請書を出す必要があるため、現地語の読み書きを修得すべく努めている。ユアの真面目な気質が伺える話だ。
「凄い…えっ!? 魔晶生成…炉…?」
「召喚って凄いわよね。魔晶を生成できる異能なんて」
「ホントいいよねぇ。あたしにそれがあったらシーカー辞めて遊んで暮らすよ」
「ダメなの! シィがいなくなったらシオ悲しいの…」
「あ~ん、シオ可愛い! 持ってないんだからずっと一緒だよ?」
薄々わかってはいたが、シオは妹キャラらしい。
ハーフリングのシャシィよりシオは背が高いのだが、抱きつかれて『えへへ』と喜ぶシオの姿は愛らしくも微笑ましい。
「これは先を見越して造るべきですね。ユア様は弓の長さや形状に所望はありますか? 個人的には携行が容易な短めの合成魔弓にして、魔晶を組み込み威力と射程を向上させる方向性が良いかと。聖性を付与した魔矢も放てます」
「ねえねえレイ、私たちの目的を考えるとアーチェリーの方がいい?」
「そりゃ当然。ケースはデカくなるけどコンパウンドがいいんじゃね」
「だよね」
弓道という〝武道〟が正式に生まれたのは、十九世紀の明治時代である。
正しい所作を以て精神修養に励むという目的もあるため、命中精度のみを追求するアーチェリー、つまり西洋弓とは思想が異なる。
的中にしても〇×判定であり、的のド真ん中と端っこに優劣をつけない。
道具の造りにも変化や発展がなく、正しい射型を極めるという側面が強い。
一方で、アーチェリーという〝競技〟が生まれたのは、十六世紀のイギリスだ。
ヘンリー八世がコンテストを開催したのが発祥とされている。
弓の形状も上下対象で中央を握り、命中精度を高めるためにスタビライザーやサイト、クリッカーといった様々な部品が開発されてきた。
判定もド真ん中が一〇点で、外れるにつれ九点、八点と低くなる。
メイズ攻略を念頭に置くなら、和弓よりも西洋弓の方が合理的という話だ。
「不思議な国ね。高度な技術力があるのに命中精度を求めないなんて。どう引こうが敵や獲物を仕留めればそれでいいと思のだけど」
「んー、こっちにも貴族精神とか騎士道精神とか、昔ながらの思想を重んじる人たちがいるんじゃないかな?」
「物凄く解り易い例えだわ。名乗りを上げるとか一騎討ちとかよね」
「つーか、ユアがアーチェリーやってんの見たことねんだけど?」
「美結姉に教えてもらってたの。お父さんはムスっとしてたけど、美結姉がインカレで準優勝したら応援し始めちゃった」
「あぁ、俺も何度かミユの大学に強制連行されたわ」
レイの脳裏に、勝気で無敵な次女の顔が浮かんだ。
神楽宮家の女性は総じて巨乳なのだが、「ホント重くて邪魔だから捥いで?」などと真顔でレイに迫る理系の女子大生である。
レイはミユを見かけると、下手に絡まれないよう物陰に隠れてしまう。
ユア曰く、『美結姉はレイのことが大好きだから』と。
ユアもアルベルトから大判紙を貰い、どこか嬉しそうにインクを羽ペンに吸わせ、リカーブではなくコンパウンドボウの画を書き始めた。
コンパウンドは滑車の働きを利用するため、リカーブボウに対して三分の一ほどの筋力負荷で矢をホールドできる。発射装置や倍率レンズ照準器が装備されているため、命中精度が非常に高いスタイルだ。
ユアの手元から視線を移すと、ジンが変態的に細かい分解図を描いている。
日本語での注釈もアホほど書かれており、レイが思わず半目になった。
「オマエそれアルベルトさん読めねぇじゃん」
「俺が読んで書き取ってもらうに決まってるだろ? レイが思うほど刀剣の構造はシンプルじゃない」
「さいですか。勇者ジンは几帳面と」
「うるさいな。自分の装備を考えてろよ」
正論なのだが、オープンフィンガーグローブとマウスピース、ファウルカップにレガースくらいしか思い浮かばない。
リング外での実戦なのだからヘッドギアとブーツを装備するにしろ、どれだけ考えてもそれ以上のアイデアは出てこない。
「ではレイ様の鑑定結果を教えて頂けますか?」
「えっと、レイのはコレです」
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固有名称:レイシロウ・デ・ヴィルト
魔法適性:皆無
特有機関:無限魔力炉
固有能力:零式
神性紋章:愚者(両碗)
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ユアがテーブルに置いたメモ帳を見たアルベルトたちが、何とも言えない表情を浮かべ呟く。
「「「「愚者…」」」」
「その件もう腹一杯だけどな」
「し、失礼しました。ですが無限魔力炉とは凄いですね。この零式とは?」
「なんだろな? 誰も知らないんだわ」
「零式…」
「あら、シィには心当たりがあるのかしら?」
「心当たりっていうか、百式っていう魔法を使ってた大賢者様が、あたしのお師匠のお師匠なんだよ。でもレイ様には魔法適性がないし…」
「シィのお師匠って純血エルフよね? 今も存命?」
「生きてるけど、もしかして会いに行くとか言うの?」
「私は行くべきだと思うけど?」
王国南西部にある大森林へ行くらしい。