78:魔導砲を配備しよう
本日は青天なり。ということで魔導砲の配備地点を選定すべく、【空間跳躍】でレイが国境線を辿ることになった。
要衝は既に軍務院が選定しているものの、スマホで写真を撮り地図も作ってしまおうという一石二鳥のお仕事である。
「【空間跳躍】は何人まで跳べるんだ?」
「俺に触らせて魔力で覆えば何人でもイケる」
例によって「もっとクワシク」とジンに言われたレイが、面倒くさそうに説明を始めた。
【質量転移】はレイが視覚選択で対象者を特定し、総質量に応じた魔力量を消費することで転移事象が発現する。
感覚的には【格納庫】や【食料庫】に物を入れる時とほぼ同じだ。
一方、【空間跳躍】はレイが魔力で覆っている者なら何人でも跳べる。
要するに覆魔であり、自分以外に覆魔を施すのは至極困難なのだが、物理的にレイと接触していればサクッと覆える。
覚醒の儀で子供に直接触れて魔力導入するのと同様であり、【質量転移】よりも【空間跳躍】の方が消費魔力量が圧倒的に少ない。
「おそらく、レイの魔力で覆われている全てをレイ単体だと判定してるな」
「つーかさ、ジンも一緒に行く気か?」
「当然だろう? ノワルも連れて行く」
「私はサキュバスです」
「「黙ってろ」」
「なるほど、私は黙って股を開けばごっ!? しょ、掌底は首にきます…」
オデコに掌底を放たれたノワルを放置し、今度はジンが説明する。
軍務院が選定した要衝と、ジンから見て「ここは外せない」と思う場所に魔導砲を配備していく。
土系統の【造成】を使えるノワルを連れて行けば配備が捗るとの目論見だ。
「私はタダ働きですか?」
「ちゃんと払うから心配するな。でだ、こういう建物を石造できるか?」
立ち上がったジンが、ホワイトボードに絵を書き始めた。
それは半球形状の建物で、ジンはまんまトーチカをイメージしている。
地上外寸法は直径一二mで高さ四mだが、少々違うのは開口部が大きめな点と、砲座が地上高一mと高い点だ。
理由は魔導砲の砲身が水平旋回角一二〇度、仰角八〇度、俯角三〇度を限度として可動する仕様だからだ。
砲身長が三m超なので建物はもっと小さくてもいいのだが、三交代制で最大六名の半居住を考慮したジンは、軍務院にゆとりのあるスペース確保に加え、魔導コンロと魔導造水器と二段ベッド二セットの設置を提案した。
実のところ、ジンはディオーラ軍が侵攻してくる可能性は低いと見込んでおり、魔導砲が内蔵する魔晶の魔力をコンロなどに流用しても、五年は充填不要だと予想している。また、有利に砲撃できる立地の選定を最優先にするため、運搬を含めた生活用水の確保が実質不可能な地点も出てくるとの理由だ。
「新しい術式を創れば建てられますけど、それと【造成】を五〇箇所ですか…」
「魔晶を貸与するから魔力の心配は要らない。報酬は一億シリンだ」
「へっ!? 請けるに決まってるじゃないですか!」
「借金なくなるじゃん。良かったな」
「はい、漸くレイ様に娶ってもらえます」
「全然リンクしねぇ」
「いい加減に抱いてください! 今ここで!」
「お前ほんとブレねぇな。ちょっと尊敬するわ」
てっきり掌底でも食らうと思っていたノワルがキョトンとし、一拍置いて『ウフフフフフフ…』と妖しい声を漏らした。
しかし無表情なので微塵もグッとこない。むしろキモイ。
「んじゃ行くか」
「レイのスマホを貸してくれ。出来ればユアのも借りたいんだけど」
ストレージがパンパンだもんなと思ったレイはスマホを手渡し、ユアもポケットからスマホを取り出した。が、ユアは手渡そうとしたスマホを引っ込めた。
ジンが小首を傾げると、何か思い当たったレイがニヤリと笑む。
「じっくり見てやれジン。ユアのスマホには盗撮したジンの画像が入ってる」
「レイぃーーーっ! 盗撮じゃないもん! ぐ、偶然だもん!」
盗撮犯一名タイホである。
いい歳こいて幼すぎる恋愛観にセシルまでもが苦笑した。
女性陣の思考が「早くヤっちぇばいいのに」で一致したのは蛇足か。
チラホラと社員たちが出勤してくる中、工場の倉庫からコンロやら造水器やら砲座用の鋼材やらを【格納庫】に収めて出発。
ノワルを小脇に抱えたレイが、ジンに手を差し出す。
「手を繋ぐ気か?」
「照れるな勇者、勇気を出せ」
「バカか。片手で撮るとブレるだろ」
「じゃあどうすんだよ」
「物理的接触が要件なら、こいつを試してみよう」
ジンが帯剣用の革ベルトを外し、レイと自分の片脚を拘束する形でバックルアップした。レイの卓越した魔力制御技能ならイケるとの読みである。
「おー、普通に覆えるわ」
「だろうな」
「つーかさ、お前はさっきから何をジタバタしてんだコラ」
「レイ様の手をおっぱいに当てようかと。少し力を抜いてください」
腰をホールドしているレイの筋力をノワルがどうこう出来るはずなどない。
最早ノーコメントで高空へ跳んだレイが、【宙歩】で空中に静止した。
「これは絶景だな…」
ミレアたちは何度も体験しているが、何気に初ジャンプのジンが呟いた。
「北から舐めるか?」
「魔導砲の回収を憶えてるか?」
「もちろん忘れてた」
レイはその場で【質量転移】を使い、軍用地の格納庫内へ転移。
魔導砲を回収して再び【質量転移】で転移した先は、高山の頂上だった。
「ここは…エレスト山の頂上か?」
「正解」
「私の故郷が見えます……というか寒いです!」
エレスト山は大陸中央部の最高峰であり、アンセスト、ゴンツェ、ドブロフスク、ディオーラの国境線と認知されている。あくまでも認知なので、どこまでがどこの領土かは曖昧だ。
何度か跳びながら試写したジンが空撮画像を確認して画角を決め、ランドマークとして判りやすい地点を指差し「次はあそこ」と指示しながら移動していく。
「あの一番高い木の先端で静止してくれ」
「OK」
画像編集アプリを使って設営地点に赤丸をつけたジンが、片手を地面に向けて口を開いた。
「【地形操作】」
ゴゴゴゴゴゴゴ……メキメキッ…ゴボォォォォ……ズズズズズズ……
山の斜面が隆起して半円形の台地を形成し、隆起した範囲に生えていた大木が根こそぎ倒れた。
「すっげ」
「私要らないのでは?」
「今のは地殻魔法なんだが、事象の最少規模があれだ」
「そういうことですか。やはり魔法は超越的です」
「レイ、倒木を回収してから降りてくれ」
「ジンの風魔法で吹っ飛ばせば良くね?」
「生木は使い道がないんだが、もったいないから商人ギルドに売る」
「頭いいな」
「生木でもこれだけあれば結構な額になりますね」
倒木を回収して台地へ降りると、ジンの指示を受けたノワルが【造成】を開始した。その間にジンは再び【地形操作】を行使し、アンセスト側の麓まで通じる直線道を一発で形成してしまった。ノワルが言ったとおり超越的だ。
【造成】を終えたノワルが、ジンと二人でトーチカ用の新術式を創り始めた。
「ここの値は思考選択可能な変数にした方がいい。こういう場合はその部分だけ術式階層を一段上げて、変数値の一覧表を事象式番号に紐づけるんだ」
「なるほど、階層を変えるという発想はありませんでした」
「術式の積層化は複雑で大規模な事象を組む点で有用だが、スクロール化は不可能という欠点もある」
「確かにそうですね」
「なんだが、ミスリルのように魔力伝導率が高い魔導金属を利用すれば、何度でも使えるキューブやスフィアが造れる。肝は魔導金属の純度だ」
スクロールは巻物という意味で、実際には魔獣の皮を材料にしている。
羊皮紙でも造れるのだが、飽和魔力量が少ないため事象規模の大きな術式はスクロール化できない。
その点に鑑みれば、飽和魔力量の多い魔獣皮がマッチベターになる。
しかし、スクロールは一度使うと粉々になる。
これは内包魔力が尽きることに因る崩壊現象だ。
一方で、魔導金属は内包魔力が尽きても崩壊しないという利点がある。
精錬純度が低いと数回の使用で砕けてしまうが、九九%以上の純度があれば使用可能回数は無制限と考えても構わない。
高純度ミスリルのキューブやスフィアを利用すれば、積層型術式を刻印ないし付与した〝魔術発動体〟を造れる。
積層術式の刻印は母材を輪切りにして刻印し、再び張り合わせるという工程難易度が高いので、ジンは一度の試作でスパッと諦めユアに付与を頼んだ。
「魔術発動体という言葉を初めて知りました」
「適当に考えた造語だ。魔晶に付与すれば手っ取り早いがコスト的に普及しない」
「それも売り出すんですね」
この日は二四門を配備したところで日没となり転移で帰宅した。