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77:改名


 実弾演習を実施した翌ド早朝、鬼畜トレーナーことレイは、今朝もジンをメインにシゴキまくっている。


「オラオラどうした勇者ぁ! 勇気と根性はワンセットだろうがぁ!」

「くっ、はぁはぁはぁ! んぐっ、はぁはぁはぁはぁはぁ!」


 そんなセットは知らんと叫びたいジンであるが、時速五〇kmで二時間近く走らされているため、何よりも酸素が欲しいという状態だ。

 加えて、五〇〇mごとに六〇秒間の全力疾走を強要されれば、勇者ならずとも「お家に帰りたい」と漏らしてしまうに違いない。


「メイズの方が、はぁはぁ、楽ね、はぁはぁ…」

「はぁはぁ、楽なの、はぁはぁ…」


 肉体派女子のミレアとシオもこの耐久疾走では余裕などないが、キッチリ追走して言葉を交わせるのは流石と言えよう。


 一方、魔法・魔術チームのユア、シャシィ、ノワルの三人は別メニューを熟す日々を送っている。


 走る速度は時速二〇kmほどとレイたちの半分以下だ。

 しかし必要最低限の身体強化レベルで、上限レベルの感覚強化を施しつつ、魔力の強圧縮と高速循環を淀みなく並行しろと言われている。


 このメニューは、経験した者にしか理解できない辛さがある。


 五感を最大限強化しているため時の流れは酷く緩やかに感じるのだが、身体強化が最低限であるため、脳が受け取る疲労度と過酷度が異常に高い。

 おまけに強圧縮と高速循環が淀まないよう意識を割かねばならないとあって、脳が感受する負荷は飛躍的に高まる。


 ちょっと気を抜けば脳の心身保護機能が仕事をしてブラックアウトしそうになるという、精神的負荷が極めて高いトレーニングである。


 だがしかし、このトレーニングを継続することで得られる恩恵は、魔法士ないし魔術師としての世界観を一変させる。


 模擬戦をすれば恩恵の大きさを実感できるのだが、戦闘中の状況変化に対する判断力と対処力が日々向上していく。

 トレーニング中よりも戦闘中の精神的負荷が桁違いに低いため、焦燥や逡巡といったマイナス要素を除去できる。


 結果、法式や術式の起動・構築・発動の一連工程を冷静かつ迅速に処理でき、処理中における状況変化の観察と先読み的判断、更には次段対処が驚くほど円滑かつ高精度に実行できるのだ。


「OK! 今日も気分爽快元気ハツラツなトレーニングが出来たな!」

「「「「「「………」」」」」」

「元気ですかーーーっ!?」

「「「「「「おーーー」」」」」」

「よっしゃ! バトルロイヤル模擬戦いってみよーーーっ!」

「「「「「「おぉ……」」」」」」


 今日も今日とて凡そ地獄な朝のひと時を終え、水浴びをしてクールダウン。

 食事だけでは補えない栄養成分をプロテイン配合飲料で摂取し、メイとセシルが作ってくれた朝食で胃袋と満腹中枢を満たす。


「疲れたわ…」

「あたしもぉ…」

「疲れねぇトレーニングに意味なんぞない。No pain, no gainだ」

「お前は疲れてないじゃないか」

「ほほぉ、俺が疲れるような特別メニューに変えて欲しいのか、いいだろう!」

「いやいやいや! いやいやいやいやいや! 現状維持でいい!」

「ジン様って時折り自爆するわよね」

「相手が悪いよね」

「シオも疲れるけど楽しいの」

「レイ様に抱かれたらベッドで過労死するかもしれません」

「ねぇねぇ、ノワルちゃんはレイきゅんのことガチで狙ってんの?」

「無論ですし愚問ですセシル様。私はレイ様のことが本当に大好きです。ここにいる瑠璃の翼メンバーも同様だと断言します」

「だってよレイきゅん! モテモテ?」

「ありがたい話だ」

「わぉ! 余裕の発言じゃん!」


 レイに何らかの心境変化が起きているようだ。

 朧気ながら目指す場所が見え始めたのかもしれない。


「こちらの女性でレイさんとジン社長を嫌う者は少ないと思いますよ?」

「あらら? 伏兵メイちゃんはどっちがタイプなのかな?」

「ずっとレイさんです」

「即答しちゃうかぁ…だが断る! レイきゅんはお姉ちゃんごはっ!? 痛いよレイきゅん! せめて最後まで歌わせて!」

「独りカラオケでもやってろ」

「カラオケか。意外とイケ……ああ、楽曲その物がないからダメだな」

「俺らのスマホに入ってんのタダでばら撒けばいいじゃん。アミューズメント施設ねぇから流行るだろ。ヴォーカル入りだけどそこは気にしない方向で」

「レイは歌うの上手いもんね。私もカラオケあるなら行っちゃうと思うな」


 音質の問題を度外視すれば、録音や拡声といった術式はそう珍しくない。

 ジンは心のメモ帳に〝飲食が充実したカラオケ店〟と書き込み、周辺国平定が終わったら事業企画書を作ることにした。


 全員が食べ終わったと見て取ったジンが、徐に手を挙げ皆の意識を自分へ向けさせた。アレジアンスでは「傾聴よろしく」の合図になっている。


「これまでも忙しかったが、今後の半年程は多忙を極めるだろう」


 ジンが直近のスケジュール観を説明する。


 本日以降の一五日間で、魔導砲四〇門をアンセストの東側国境線に配備する。

 その後の五日間でゴンツェの東側国境線に一〇門。


 重要かつ手間暇を要するのは、魔力充填装置を含めた配備場所の選定だ。

 地形的に有利な場所を探索しなければならないため、レイに時空間魔法を駆使してもらうこととなる。


 東から南の防衛線構築が完了した後は、オルデへ移動し聖宮騎士団と合流する。

 コステルとアンドを取り、全ての勧告状が同一タイミングで各国へ届くよう調整するのも必須要件だ。


 そして一気呵成の電撃戦を開始し、ドルンガルト、キエラ、ヴェロガモの順に陥落させつつ戦後処理も並行する。

 ここでもレイの時空間魔法が要になることは間違いない。


「何かにつけて並行作業ばかりになるが、ヒュージセル方式をモデルにした広域情報通信網も構築する。実質的には通信中継基地局の設営だ」


 同盟国のゴンツェとバラクは当然として、陥落させたドルンガルト、キエラ、ヴェロガモにもユニット化した基地局を組み立てる形で設営していく。

 キエラへ進撃する頃にはアンセスト国内はもちろんのこと、東隣国のディオーラ王国を除いた全域でのリアルタイム通信を可能にする計画だ。


「一ついいかしら」

「もちろんだ」

「ディオーラには手を付けないつもり?」

「その先のドブロフスク帝国に関する情報が少なすぎて戦略を立てられない」

「確かに好戦的という以外は謎めいた国よね。了解したわ」


 俗に東帝国と呼称されるドブロフスクは、実に謎めいた国である。

 西端辺境だがドブロフスク出身のノワルにヒアリングしたところ、世間一般に噂されると同等の情報しか得られなかった。


 ドブロフスクの建国は凡そ一〇〇〇年前であり、アンセストやエルメニアの国史と比べれば新興国とさえ言える。

 されど一〇〇〇年もの国史があれば、それなりの質と量を兼ね備えた情報群を入手できるとジンは見込んでいた。が、目下のところお手上げ状態である。


 誰に訊いてもどこを突いても、出て来るのは「内戦も頻発する好戦的な軍国主義国家」という言葉に帰結してしまうのだ。


 一息つこうとジンがコーヒーメーカーに視線を移すと、てっきり寝ているだろうと思っていたレイが、天井を仰ぎながら妙な表情を浮かべていた。

 ジンは「言おうか言うまいか迷ってる時の顔だ」と見抜き、マグにコーヒーを注ぎ椅子に座りながら口を開く。


「レイ、迷わず言えよ、言えば判るさ、じゃないのか?」

「お元気ですかぁ?」

「それ井上陽水だな。で?」


 ジンの父親がファンの井上陽水を口真似したレイが、『ぐふふ』と小さく笑いながら口を開いた。分かってくれて嬉しかったらしい。


「タダの勘だぞ?」

「大歓迎だ」

「あの国ってさ、悪魔が仕切ってんじゃね?」

「「「「「「「えっ……」」」」」」」


 ジン以外の全員が声を漏らしたが、驚きではなく意味が分からないといった風。

 それも当然であろう。

 悪魔は神話か御伽噺にしか登場せず、遥かなる昔に起きた聖邪大戦で殲滅されたというのが古くから定説になっている。


「………なるほど。凄まじい変化球だが合理的だ。神話を読んだのか?」

「いずれ戦る相手だからな。この前リュオネルに悪魔が出て来る本を訊いたらコレ貸してくれたんだわ。大して役に立たなかったけど」


 レイが【格納庫ハンガー】から古めかしくも立派な装丁の分厚い本を出した。

 それはアンセストが建国される遥か以前に、月森の民が口伝や部分的な碑文に残る神話を編纂したものだという。


 空を埋め尽くす程の邪なる軍勢が、現界に降臨せし神々が率いる聖なる人々と大戦を繰り広げた。

 百の年月が過ぎ去った頃に黄金と白銀の双神が顕現せしめ、邪公と邪帝を討ち滅ぼし、現界に再び安寧が訪れる。

 後の世の人々は、邪帝が率いた邪なる軍勢を悪魔と称した。


「ボスとナンバーツーを潰したら逃げた的な話じゃん? その後に結界が張られたとしたら、冥界に逃げられなかった悪魔がいてもおかしくねぇだろ?」

「十分に有り得る。ディオーラは当面放置で壁になってもらうか」

「私は悪魔の国に生まれたのですね、驚きです」

「確定じゃないけどな。ノワルも色々と悪魔的だからいいんじゃね?」

「そうですか? ではサキュバスに改名します」


 全員が「それは悪魔の種類じゃ?」と思ったが、どうでもいいのでスルーした。


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