76:会社設立のち実弾演習
西側諸国を旅して判明したのは、この世界のランチタイムが長いこと。
昼食を摂らない者も少なからずいるため、そもそもランチタイムを定める必要がないのかもしれない。だからレストランは総じて通し営業している。
建物や人の影が小さい時間帯。
太陽が頭のほぼ真上にある頃、レイたちはジンを先頭に宮廷へ入った。
待ってましたとばかりに財務院官吏を自称する男に案内され、ジンたちは内廷のサロンを想起させるゴージャスな部屋の扉を潜る。
部屋には案内役の男を含め高級官吏が四人と、侯爵なのに偉ぶらず人当たりが良いシャロン財務卿、そしてレイにとっては初見の内務卿の六名が揃い踏みだ。
「久しぶりの対面ですな勇者様、聖者様」
「お久しぶりですワット内務卿」
「ご無沙汰してます。ワットさんは今日もお髭が綺麗に整ってますね」
「聖者様に褒められるとは畏れ多い。この髭で飾り物でも造りましょうかな?」
何を言ってるのか意味不明だが、ワット内務卿も面倒な輩ではないようだ。
初見のレイとセシルに名乗り名乗り返しを経て本題に入る。
因みに、セシルはアレジアンスの仕事絡みでオルタニアから招いた客分、という体でクリスに話を通してある。
財務院官吏が十数枚の書類をテーブルに置き、内務院官吏は二枚を置いた。
財務院の書類は、信用証札の取り扱い業者登録用紙だ。
内務院のそれは商人ギルドが発行した商会設立認可証書と、内務院が発行したアンセスト王国政商認可証書である。
設立と同時に政商認可を受ける商会は前例がないものの、政商ケンプ商会からの分社独立であり、脅威的な実績と貢献度を叩き出した功績が認められた。
レイは早くもトン単位の重量が瞼に圧し掛かっているような状態だ。
しかし信用証札、つまり小切手使用の権利保有者に名を連ねるため、直筆署名と魔力波動登録が終わるまでは寝ている場合じゃない。
尚、セシルは魔法少女のフィニッシュ技、半目睡眠を炸裂させているため非常に不気味だ。
「これでいいか? もうない?」
「俺じゃなく官吏殿に渡せと言っただろ?」
「レイは起きてただけで快挙だもんね。偉い偉い」
「おう、やる時はやる男だからな」
「ハードル低すぎること言ってないで早く渡せって」
「おのれ意識高い系勇者め」
官吏による記入事項確認が終わると、両院が興味津々の株式会社形態に話題が移った。
そもそも〝会社〟とは何だという処から始まり、ジンは「組織化された人員が一堂に会する場」といった説明を淀みなく進めていく。
「なるほど、職人の互助制度を発展させた形態ですな。実に興味深い」
「購買意欲の向上にも寄与すると見込んでますから、貴賤を問わず公募する形にしました」
「うーむ、五万シリンが一年後には約三倍になる。しかも商会…いや会社が好調を維持する限り配当金の分配は続く。会社は資金調達により更なる開発を継続でき、株式を保有する商品購入者もまた利益を得る……斬新だが合理的ですな」
両卿は「公明正大で新しい錬金術」と評したが、公的な会計監査団体が存在しないこの世界では抜け道も多い。
ジンは税理士の集団による会計監査団体の設立も視野に入れており、新たな職業と雇用の創出に繋がるのは間違いない。
会計を行うソフトが人の目と手であり続ける限り、煩雑な会計業務を有償受託し、監査まで行う企業は堅調な成長を続けるだろう。
「その辺を〝見える化〟するため、アレジアンスは年次業績を詳らかに公開します。株式保有者の収入のみならず、経済活動の在り方その物も向上するかと」
期待どおりの反応と好感触を得てPR活動が終了。
最後にシャロン財務卿から額面二九八億シリンの証札を受け取った。
宮廷を後にし徒歩で工場へ帰着すると、ジンは社員を召集してアレジアンス設立の報告と概要説明を始めた。
社内規定書は既に第一版を作製し配布してあるため、社員一同は規定書に視線を落としながら傾聴する。
「概要はこんなところだが、一つ明言しておく。経営幹部は従業員に対して指導はするが、尻を叩いて働かせることはない。頑張って働けと言うのではなく、各人が自らのモチベーションを高め維持することに注力する。モチベーションを高め維持するためのツールが役職に応じた高額報酬であり、各種休暇や明日からの慰安旅行もその一環だ。自分は何のために働くのか、その点を一度深く考えてみて欲しい。アレジアンスは今後も躍進するから安心してくれていい。効率的に楽しみながら仕事に邁進し、皆で儲けるのが理想だ。以上」
社員一同が降壇するジンをスタンディングオベーションで迎えた。
役職がある限り上司と部下の関係性は必然だが、それでも縦割りではなく横の連携で色んな遣り甲斐を創り出す。
会社のために働くのではなく、働きたい人のために会社は存在する。
そんな概念がないこの世界では異様に感じられるシステムだが、完璧に理解できずとも皆の心に響きを齎したことは間違いない。
興奮冷めやらぬ皆が持ち場へ戻る中、ジンは各部署の幹部および幹部候補を召集した。
「この場にいる皆にとっては既知の事実だが、俺たち三人は召喚され神性紋章を宿した異世界人だ。しかし、アレジアンスを生み出し育てたのは神紋じゃない。俺たちが生み、皆で育てた場所だ。アレジアンスがもっと幸せな場所になるよう、引き続き育てて欲しいと思う。どうかよろしく頼みます」
腰骨に両手を当てたジンが、三〇度角で腰を曲げ頭を下げた。
お辞儀という行為がないこの世界では奇妙に映るはずだが、剣術で培った礼法は皆の目に凛として美しく映った。
「あの! ジン社長たちはいつか故郷へ帰ってしまうんですか!?」
胸の前で祈るように手を組み声を上げたのは、メイ。
「今のところ帰るつもりはない。尤も、レイが帰ると言い出したら帰る方向へ変わるとは思うが」
「帰らないでくださいレイさん!」
「おぉ!? お、おぅ…」
駆け寄ったメイに手を握られ胸に押し当てられたレイはそれどころじゃない。
困ったレイが顔を横へ向ければ、ユアとセシルがなぜかジトっとした目で見ていた。助けを求めるだけムダ臭い。
「なんつーか、ほら、アレだ。魔力が欲しい時は呼んで?」
「はい!」
「バカか」
「バカかも」
「脳筋魔力バカなチェリーボーイ乙」
雰囲気デストロイヤーが必殺技を決めたため、ジンは溜息交じりに解散を告げて場を撤収した。
そのまま事務棟を出た四人は工場裏で模擬戦をしているミレアたちと合流し、ホワイトライノに乗って東軍用地へと向かった。
軍用地には四〇門の三連装超長距離無反動魔導砲が整然と並べられ、三〇〇名の砲撃手候補兵が参集している。
軍用地の端に目を向ければ、二〇基のカタパルトも並べてある。
魔導砲は単独で運用できる仕様だが、軍務院の意向により二人一組の三ユニット編成で一門を受け持つ。
要は三ユニット計六名の交代制で一門を担当する編成で、アンセスト内への配備が四〇門なので必要人員数は二四〇名になる。残り六〇名は欠員が出た場合の補充人員だ。
ジンがお立ち台に登壇すると、将校の号令で三〇〇名が敬礼を執った。
いつの間にか答礼が板についているジンは、居並ぶ兵に視線を巡らせた後に手刀を下ろし口を開いた。
目の前には不格好な拡声の魔導器が置いてある。
「これより実弾演習を開始する。魔導砲にはフルオート、セミオート、マニュアルの三モードがあり、本日はマニュアルモードを修得してもらう。敢えて射撃音が轟く仕様にしているが、射撃に伴う反動はないので安全性は高い。指導は私を含めた九名で行う。では始めよう。各員持ち場に就け」
対人戦ならフルオートで運用すればメンテナンス要員だけでいいのだが、マンパワーありきの世界でそんな理屈は通用しない。
加えて、飛行型を含む対魔獣戦ではセミオートとマニュアルモードは必要になるはずなので、最も煩雑なマニュアルを修得させてしまおうという算段である。
「段取りは奇数番、偶数番の順で交互に砲撃を行う。ターゲットはカタパルトから射出される水樽だ」
煩雑と言っても、照準は付与されている魔術式が砲撃可能範囲内のターゲットを捕捉し追尾する。
よって、砲撃手は照準器の誘導に従って砲口をターゲットへ向け、爆炎弾・徹甲弾・圧空弾のいずれかを選択し、トリガーを引けばいいだけだ。
「奇数番、第一門から第三九門、砲撃用意! カタパルト部隊は任意に射出!」
ドゴォオオオン! ズドンッ! バキャッ! ドゴォオオオン! ドゴォオオオン!
射撃される弾種は爆炎弾が一番人気だなと思いながら、次々と破壊されていく空飛ぶ水樽を眺める。やはり爆発には男の浪漫があるのだろう。
「続けて偶数番、第二門から第四〇門、砲撃用意! 全ての弾種を試して効果や威力の違いを頭に叩き込め! カタパルト部隊は任意に放て!」
弾種によって最大射程は変動するが、大型徹甲弾の実効射程は約二〇〇km。
四〇門を一〇〇km間隔で配備すれば、四〇〇〇kmの国境線を防衛できる。
軍務院は最終的に全二〇〇門を導入する予算を組んでいるため、アレジアンスが資金難に陥る日はそうそう来ないだろう。
夜間砲撃訓練まで延々八時間を費やし、実弾演習は終了を迎えた。