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75:愚者たる所以


 レイが聖都から工場へ転移すると、唐突にユアがジンに謝り始めた。


 ユアは中学の頃から、多くの友達に〝レイが彼氏〟だと思われていた。

 場面場面では「違う」と答えていたものの、もっと強めに否定しておけばジンを悩ませることがなかったと思うから、と。


 そんな話を横で聞かされるレイは「二人だけで話せよ…」と思わずにはいられないし、隣でニヤニヤしているセシルがウザくてたまらない。


 レイは逃げるようにセシルの腕を掴んでその場を離れ、宮廷へ出かけるまでの間、すっかり忘れていたことを話すべく食堂に入った。

 時間のない今じゃなくてもいい話だが、取り敢えず話題を変えたいとの思いが先行した。


「お前さ、聖皇宮から盗まれた結界維持用アーティファクトのこと知ってる?」

「福耳」

「あそ(うぜぇ)」

「あー! ウザがるの禁止ぃ! それ初耳だろツッコミかもーん!」


 断じて否だと、レイがミジンコを眺める目をセシルに向けた。

 そもそもツッコミ方まで指定するなという話である。


「メイズの底が冥界に繋がってるって話はどうだ?」

「それって界隈じゃ有名な伝説だよね」

「どこ界隈?」

「魔術師界隈っていうか、死霊術師界隈」


 降霊による死体への定着を根幹とする死霊術の起源は、儀式契約魔術にあるとされている。殺戮衝動の塊である悪魔も、憑依ないし契約対象者と結ぶ条件を頑なに厳守するとの古文書が多くある。


 そのため、神秘が溢れる世界にあっても空想や妄想だと言われがちな死霊術に今尚傾倒する者は、真の起源が悪魔術にあるのではと探求を続けているらしい。


「あん? 死霊術師がシーカーやってる的な?」

「そういうキワモノもいるかもだけど、インチキ商売で稼いだお金でシーカーを雇う死霊術師がいるって聞いたことあるお」


 死体を弄ってヒヒヒとか言ってる輩の戦闘力なんぞたかが知れてるだろとレイは思ったため、シーカーを雇うという話は腑に落ちた。


「今ってレイヌス呼べる?」

「呼ぶ?」

「呼んで」


 セシルがポケットから出した呼び鈴を振る。

 相変わらず音は聞こえないが、振られた先で聞こえるのは体験済みだ。

 虚空がパックリと割れ、相も変わらず頑固兄さん風のレイヌスがご登場。


「何用だ」

「レイきゅんがオハナシしたいって」


 セシルの隣席、レイの斜め対面にレイヌスが腰を下ろした。


「聖皇宮にあった冥界の結界維持する物ってレイヌス作?」

「その手の話か、否だ」

「だよなぁ」

「なぜそう容易く納得する」

「魔王との繋がり的に。レイヌスって魔王派っつーか、死神派だろ?」


 レイは感覚的に、レイヌスが死神か魔王に縛られていると思っている。

 もっと正確に言うなら、レイヌスは何らかの交換条件でセシルとレイに協力や助力をしている。ドベルクたちとの関係に似ているだけでは納得できない。


 この勘が当たりなら、レイヌスが圧倒的な上位存在を裏切れば少なくとも時空間魔法を失うくらいのことは起きて当然だろう。

 延いては、レイヌスが求める何かも諦める破目になるに違いない。


 千年単位で積み上げてきた物事を失うなど、レイには耐えられない。

 であれば、冥界と地上の接続を望む死神と魔王の意志にケンカを売るような、結界維持用品を作るなんて馬鹿な真似をするはずがない。


「レイは戦闘も知恵も特化型なのだな。私が求める何かに見当はつくか?」

「つくワケねぇだろ。ま、もし俺だったらって考えりゃ、呪い染みた不死を取っ払って死にてぇと思うだろな」


 聞いたレイヌスが鋭く細めた目をセシルに向けた。


「神紋因子について教示していないのか?」

「教示なんてしないけど話はしたよ。ね、レイきゅん」

「聞いたな。でもレイヌスはガチの不死だろ?」

「…唐突だな。根拠でもあるのか?」

「俺には死にたがりが半分惰性で生きてるようにしか見えねんだよ。大体さ、神紋因子の不死性くらい自力で突破できるだろ。一年生の俺でも突破できるって思えるレベルだから間違いねぇ。だからレイヌスはガチの不死だ」

「……………」

「はいビンゴ。こいつも俺の勘だけどな、聖皇宮から盗まれたアーティファクトはフェイクだ。フェイクを作ったのはレイヌス、盗んだのもレイヌス、だろ?」


 レイヌスがほんの一瞬だが目を見開き、それを見たレイは自身の勘が当たったと確信した。


「うっわ、レイきゅんがシャーロック氏に見えちゃう。どうしてそう思ったの?」

「サクッと言えば、魔力感知を鍛えまくった成果だな」


 初めて聖皇宮へ行った時には、奇妙な違和感を覚えただけだった。

 しかし、さっき行った時は明確に感知できた。いや理解できた。

 聖皇宮の地下で局所的に循環している魔力の波動が、アンセスト王宮宝物庫のそれと完全に一致している、と。


 つまり、アンセスト王宮の宝物庫と、聖皇宮の宝物庫だろう部屋を造ったのは同一人物と考えるのが妥当だ。

 そんな真似ができるのは、レイが知る限り五〇〇〇年の時を生きてきたレイヌスしかいないし、時代的にも辻褄が合う。


 だが、もしかすると更なるご長寿さんがいる可能性もあるため、レイは正直に「勘だ」と言った。


「仮にそうだったとして、私に何の益がある」

「魔王っつーか死神との交換条件を達成できる、じゃね?」

「フン、神たる存在が矮小なる人種ひとしゅと対等の取引などするものか。よしんばしたとして、神が得るものは何だと言う気だ」

「んなモンは一つしかねぇだろ、俺の身柄だ。なあレイヌス、あんたは俺にメイズの底へ一瞬でも早く行って欲しいんじゃないか?」


 レイを差し出せば、レイヌスは憧れにも似た甘美なる死を享受できる。

 しかし、おそらく、魔王であっても力技でレイをメイズ最奥へ転移なりさせることは叶わないのだろう。


 その理由に興味など欠片もないが、もしそうなら、自身を鍛えに鍛え抜いたレイは最奥へ辿り着くポテンシャルを秘めている。

 そして最奥へ辿り着いたレイは、新たなる死神の器として利用される。そのために死神はレイに愚者の神紋を宿した。肉体だけなのか精神込みかは不明だが。


「そんなの! そんなのお姉ちゃんイヤだよレイきゅん!」

「俺だってイヤに決まってんだろ」

「じゃあメイズに行かない?」

「んーや、行く」

「へ…? あ、帰るため?」

「Wrong. 俺を便利に使おうとする魔王と死神をぶっ飛ばぁす!」

「これだから脳筋は! じゃあお姉ちゃんも一緒に行く!」

「これだから魔法少女ヲタは。最低でもスーパーヘヴィデューティー・フルカスタムパワードスーツくらい造って装備しろよ?」

「なにそれヤッバ! お姉ちゃん頑張るっ!」


 セシルが「ウッキィー!」とハッスルしているところへ、ジンとユアがやって来た。しかしセシルがヤバすぎるのでピタリと足を止めた。


「今日はここでタイムアップだレイヌス。死ねねぇ超暇人でも死ぬほど暇なら自分から遊びに来いよ。今度は死ぬほど笑かしてやっから」

「お前は…頭がおかしい…」

「どっかのエルフと同じコト言うな。ほんの少しを付けろ。んじゃまたな」


 立ち上がったレイはセシルに向けて顎をしゃくり、「行くぞ」と促した。

 視界の端でレイヌスが割った空間へ消える姿を眺め、「なんか知らんけど何の話!?」と興味津々臭いジンにも顎をしゃくり事務棟を出た。


「なあジン、つーかユアとセシルにも聞きてぇんだけど、もし俺が日本には三人で帰ってくれって言ったらどうする?」

「引っ叩くよ!」

「レイきゅん…」

「………帰りたくないのか? 俺のせいか?」


 問い返されたレイは、呆れた目をジンへ向けた。


「アホか自意識過剰勇者。いやまあ、ぶっちゃけこの世界が性に合ってんから、こっちでしか出来ないことを全部やるには一〇年でも足りねぇかなってさ」

「じゃあお姉ちゃんも帰らない!」

「私とジン君も帰らないよ!」


 レイとジンが驚きの目をユアへ向けた。

 驚きの方向性は多少違うものの、帰郷を切望して止まないはずのユアが言い放った帰らない宣言に驚いたのは同じだ。


「ユアお前、クソほど帰りたいだろうが」

「んーとね、最近はこっちでもいいかなって。嬉しいことも楽しいこともたくさん起きるから。あ、ジン君は帰りたい?」

「俺はその、ユアがいる場所ならどこでもいいと言うか…」

「ジンセンくんは惚気ないと死んじゃうのかな?」

「違いますよ!」


 正直に言って意外すぎる反応であった。


 相愛を確かめ合ったジンとユアが「一緒ならどこでも」と言うのは理解できる。

 が、どこでもいいなら日本の方が暮らし易くていいだろう。

 今時は日本も安全とは言い難いものの、この世界と比較すれば安全だ。


 四人して価値観が変わりつつあるのは間違いない。

 そう感じたレイは未だ漠然とした想いを棚上げにし、ニカっと笑んで歩き出す。


 ジンとユアも「今はアレジアンスのことを考えよう」と言って歩き出し、セシルも「永いアオハルなんてお得じゃん♪」と楽し気に笑み歩き出した。


 今は目の前のことを一つずつ片付けて行こうと。


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