74:ヘタレの絶望
「レイきゅんやりすぎー。四人とも鼻と前歯が全損なんですけどー」
「いや本気で戦れって言ったのコイツらじゃん」
「そうだけどー、お姉ちゃん医者じゃないんだよ?」
「うるせぇなぁ、元通りに直せばいいんだろ?」
「どうやって?」
レイが死体も斯くやと並べられた四人を見回し、次いでセシルと未だ呆然とするセルベラ大佐を見て【質量転移】を使った。
転移した先はサーベンズ・サーフの壁際である。
セシルに『ステイ』と告げたレイがホテルに入って行き、頭上に「?」を浮かべるユアの手を引き戻って来た。
「えっ!? またやったの!?」
「またって言うな。いいから再生プリーズ」
「もぉ、【聖天再生】」
ユアの魔法が砕けた前歯と潰れた鼻を再生した。
呆然としていたセルベラ大佐の顔が唖然へと変わる。
「うっわぁ…ユアユアって女神ちゃん?」
「ジン専用のな」
「そ、そんなこと言っても喜ばないんだからね!」
おもっきり喜んでんじゃんと言いたいが、言ったら長引くので言わない。
「ユアぐっじょぶ。でだモニカちゃん、明後日まで大人しく待ってろ。OK?」
「は、はい…」
気絶からも回復し頭を振り始めた四人を見遣ったレイがシャンテへ転移し、秒でサーベンズ・サーフへ戻って来た。
「レイきゅんは世界最凶の拉致犯かな?」
「イチイチ絡んでくんな。で、ジンはまだ何かやってんのか?」
「うん、乳児が八人いるから乳母さんの手配をしてるの。折角の旅行だからママたちも羽を伸ばせるようにって。私そこまで気が回らなかったよ」
どこか自慢気で惚気にも聞こえるユアに、レイとセシルが謹製ジト目を送った。
このところジト目まで喜び始めたユアは、セシルに帝都でも乳母の手配をして欲しいと頼んだ。
そうこうしていると、ジンがキョロキョロしながらホテルから出て来た。
「こんなところで何してるんだ?」
「レイが壊した人たちの顔を再生してたの」
「言い方な?」
「ハァ、どこの誰を何人壊したんだよ」
「面倒くさいからセシルに聞け。終わったなら帰ろうぜ、超腹減った」
そう宣うレイは、【食料庫】から出した冷え冷えのプロテインゼリーをヂュルルル~と飲んでいる。既に三本目だ。
「ホテルのフロントで聞き込みしたら、日の出から日没まで営業してる美味い海鮮レストランが港にあるらしい。明後日の下見がてら食べに行ってみないか?」
「「行くー!」」
「おいこらジン、お前サイコーかよ。もうユアやめて俺と結婚しろ」
「ダメ―っ!」
叫んだユアがジンの腕を抱きしめレイから遠ざけようと後退る。
ジンは腕に伝わる凶悪な感触で今にも卒倒しそうだ。
「おいこらジン、ユアか俺か今直ぐ決めろ。ユアの脂肪胸より俺の胸筋の方が役に立つぞ。ほら見てみろ、俺は右と左を自由に動かせる」
「レイきゅん、お姉ちゃん何だか悲しくなってきたからやめよ?」
「レイってお腹が空くと変なこと言い始めるよね」
自分でも「俺ナニ言ってんだ?」と切なくなったレイが、視線を切って港の方へ歩き出した。
考えてみればレイたちは既に一九歳を迎えており、健全な青少年なら抱えて当然の性的欲求を溜め込んでいるのだが、さておき。
ジンが聞き込みした海鮮レストランは〝ジェフリーズ〟という店名で、港湾エリアを見渡せる広いテラス席も売りの一つらしい。
店前の置き看板にも〝サンライズからサンセットまで楽しめるよ〟的な謳い文句が書いてある。
「お~、メニューに料理の絵が描いてあんぞ。つーか上手ぇな」
「テラス席も一〇〇人くらい座れそうだ」
「セシル姉! これロブスターだよね!?」
「そうそう、南の海のロブスターめっちゃ大きいお」
「あそっか、帝都も海沿いだから海鮮レストランあるんだ。いいなぁ~」
聖都は通年で温暖な南海に面してるため、獲れる魚介類はどれも大ぶりで旬という観念は殆どない。
一方、西海の中北部に面してる帝都では季節ごとの旬が明確で種類も多岐にわたり、そのためか魚介類の調理技法も発達している。
「すっげ、デカい魚の素揚げじゃん」
「東南アジアにも多いよな。フィリピンとかベトナムとか」
「んんっ! ロブスター美味しい!」
「ヤバ! 貝のガーリックソテーうまし! ジンセンくんここ当たりだよ!」
「ですね。席の予約が出来るか訊いてきます」
やり手のツアーコンダクターさながらに段取りの良いジンが、支払いカウンターの従業員と交渉を始めた。
暫くすると振り向いたジンが笑顔でサムアップしながら席に戻って来る。
成果を聞けばサンセット時間帯のテラス席を貸切った上に、酒と果実水の飲み放題サービスまでもぎ取ったのだと。
「お前ネゴシエーターだったっけ?」
「ジン君すごーい!」
「私こっちで飲み放なんて聞いたことないよ。どんな交渉したの?」
「実はサーベンズ・サーフから『賓客が行くかも』って連絡が入ったらしくて、たぶんロレンティオ枢機卿の顔が利いたんじゃないかと」
四人が苦笑を浮かべ、「聖教の威力がヤベェ」と思考をシンクロさせた。
「ちょっと私も負けてらんない! 宮廷料理人を動員しちゃうぞ!」
「やめろバカ」
「それは皆が委縮しちゃうかな?」
「セシルさん、普段使いできて思い出に残るお土産品なんてどうです? 例えば、オルタニア皇家の紋章を焼き印した木製マグカップとか」
「「天才かよ」」
「ほんとジン君が天才すぎる」
木製マグなら市販品を搔き集めれば八〇個くらい容易いし、普段使いで子供が落としても割れない。
焼き印にしても皇帝の許可を取ればオルタニア皇家紋章を入れられ、この世界では名家や貴家の紋章デザインが貴賤を問わず根強い人気を持つ。
オルタニア皇家の紋章ともなれば、少なからず家宝にする者がいるだろう。
「似たようなことを考える機会があったから思いついただけさ」
ジンがこのアイデアをぱっと思いついたのは、アレジアンス社創業に際して記念品を造りたいと思案していたからだ。
創業社員の証になり、且つ、社員の家族も誇れるような記念品。
高価な品だと盗難や強盗のリスクが生まれるし、かと言って安物に過ぎればアレジアンスへの想いが乗らない。
「アレジアンスの紋章を造るのか?」
「いや、紋章じゃなく企業ロゴとキャッチコピーだな。社員と家族だけじゃなく、購買者にも響いて一〇〇年後でも通じるような。まあ、言うは易し行うは難しってヤツだけどな」
ジンは異世界人だからこそ思いつき、現地人でも抵抗なく受け入れるようなロゴとコピーをコンセプトに考えてきた。
「もうイメージがあるんだね。教えて欲しいな」
「別に大した物じゃないんだけど」
ロゴについては、社名のアレジアンスをアルファベットかこの世界の文字に置換して光系統魔法陣に組み込み、その上に青く美しい惑星が浮かんでいるイメージだ。この世界に惑星という概念はないが、「こんな場所で生きているのかも」と想ってもらえればそれでいい。
コピーは〝|Create the New Value《新しい価値の創造》〟をこの世界の文字に置換し、浮かんでいる惑星の上から更に浮かび上がるようなデザインを考えている。
Value《価値》は人其々で構わないが、アレジアンスはその名のとおり〝誠実〟をモットーとし、社会全体を豊かにするべく思考し行動する企業でありたい。
「うっは、ガチで鳥肌立った」
「私も鼓動が跳ねちゃった! すっごくいいと思う!」
「ジンセンくん、まるパクしていい?」
「セシルさんにそう言われるのは正直嬉しいですね」
物思いに耽ったり難しい顔をしてるイメージの強いジンが、ナチュラルな笑顔を浮かべた。その笑顔を見たレイの脳裏に、今まで忘れていた疑問が浮かんだ。
「なあジン、今更だけどお前って何に失望してたんだ? 今は超ハッピーだろ?」
ジンが自嘲気味に笑んで少し俯き、ユアが心配そうに横顔を見詰める。
セシルはキョトンとしたが、レイヌスに聞いた昔話を思い出し口を開いた。
「それってさ、失望してた人が勇者になるって話のこと?」
「何で知って…あぁレイヌスか」
「そそ。でもその話ってガセっぽいよ?」
「は? マジで?」
「マジっす。レイヌスの話を信用するならだけど」
俯いていたジンが視線を上げ、次に顎先を摘まんで何やら思案し始めた。
「……言われてみればガセかもしれない。ずっと絶望的な状況だと思ってたが、客観的に考えればありふれた悩みだった」
「つーと?」
「言わないとダメか?」
「そりゃダメに決まってんだろ」
「………ユアの心はレイにしか向かないと思ってた」
「ガセ確定。帰っぞヘタレ勇者。死に物狂いでコーラ探して買って来いドアホ」
「私もコーラ飲みたい! ヘタレ勇者のジンセンくんおねしゃす!」
ジンが『えぇ…』と絶望し、ユアは茹でたタコも斯くやと赤面し反省した。