71:再会の月森
月森を視界に捉えたレイが、暫く走ったところで停車した。
「ビンゴだったな。見る奴が見たらバレバレだ」
「ホントだあ。ここまでハッキリ判るとは思わなかったあ」
「フフフ、私にも判ります。自分の成長を実感できて嬉しいです」
「なるほどな、正しく幻影って感じだ」
「大精霊の魔力量って凄いんだね。ほんの少し揺らいでるだけだよ」
今回の月森訪問は、懸念を抱いたレイが言い出した。
月森を隠す幻影結界は、光の大精霊が構築と維持を担っている。
魔脈の純魔力を吸い上げる魔力充填装置を初めて起動した際、レイは精霊の霊力が純魔力なんじゃないかと感じた。
そして今現在、魔力感知に長けるレイ、シャシィ、ノワル、ジン、ユアの目には、純魔力を動力として展開されている幻影の境界が映っている。
シャシィが降車してベルを鳴らそうとしたところ、幻影の一部が消失してオルネルが姿を現した。運転席の窓を開けたレイがひょいと顔を出し口を開く。
「よぉオルネル久しぶり。つーか、よく判ったな?」
「久しいなレイ、大精霊様が族長に囁かれたそうだ。にしても、とんでもない物に乗って来たな…」
「お前も乗るか? 席空いてねぇから屋根に上れよ」
「……いや、いい。皆も待っているから案内する」
明らかに乗りたそうな眼差しだったオルネルが、死力を尽くして視線を切った。
相変わらず圧倒的な存在感を見せつける大樹にジンたちは口を半分開けており、大樹前の広場では早くも宴会の準備が始められている。
広場には出迎えのリュオネルとエウリナが笑顔で立っており、降車したレイはジンとユアを紹介した。
「何だか初めて会った気がしないよジン殿、ユア殿」
「俺もですよリュオネル殿」
「レイが動画をたくさん撮ってたもんね」
レイのスマホバッテリーが二〇%を切っていた理由の一つである。
一頻り歓談したところで脈絡も音頭取りもなく大宴会が始まり、レイの隣に座るリュオネルが焦れた雰囲気で口を開いた。
「レイ殿、そろそろ来訪の所以を話してくれないかい?」
「おっとそうだった。もうすぐドルンガルトを落とすんだわ」
「ほほぅ、詳しく聞きたい話だね」
あっちへ飛んだりこっちへ飛んだりするレイの話を要約すればこうだ。
対ドルンガルト戦はあっけなく終わらせるつもりだが、勇者ジンは戦後処理の目途が立つまでドルンガルト公都を離れられない。
聖者ユアには人心掌握に一役買ってもらわねばならないし、強硬派が抵抗するようならレイが対処せねばならない。
その間に、キエラとヴェロガモが月森に手を出す可能性は低くない。
月森の幻影結界はあくまでも幻影なので、レイは多重結界装置を里に設置するべきだと主張し、ジンとユアも賛成したという経緯であった。
「結界装置には魔晶が入ってんだけど、精霊の霊力って魔脈の純魔力だろ?」
「レイ殿は波動を読めるようになったのだね。その通りだよ」
「念のため魔力充填装置も持って来たんだけど、精霊が魔力を充填してくれるなら要らねぇかなって話なんだわ」
「大精霊様方が無論だと仰っているよ。ところで、どんな結界なんだい?」
「多重結界については俺から説明させてもらいます」
ジンが理路整然と聖者の神聖魔法二種と、賢者の時空間魔法二種を付与した物だと説明する。
加えて、賢者レイヌスとの邂逅が帝都オルザンドであったこと、向こうで騒いでいるセシルが製作に協力してくれた神匠で、レイの実姉でもあると伝えた。
「なんと……驚きが大きくて言葉が見つからないよ」
レイが「ホント分かりやすく喋りやがる。おのれ勇者め」とジト目を向けていたら、左隣に座っているエウリナが口を開いた。
「お爺様、対価をお支払いしませんと」
「んや、金も物も要らない。極鋼と交換みたいな感じで考えてくれ」
「そうはいかないよレイ殿、極鋼は大賢者様から預かっていただけなのだし」
「そいつは違うな。この世界風に言えば、俺が月森に来たのは宿命だ。そんで月森の皆と仲良くなってなきゃ手に入ってない。だから何も要らない。リュオネルが拒否っても勝手に設置する。個人的に月森が好きってのもある」
「レイ殿……大恩ばかりが増えていくよ。ありがとう、本当にありがとう」
「私からもレイ様方に深い感謝を。ありがとうございます」
「ま、金は持ってる奴から取ればいいってな。他にも土産がいっぱいあるぜ?」
ニヤリと笑んだレイが【格納庫】と【食料庫】からバンバン物を出していく。
ユアと同じ魔弓を五〇個に、炭素繊維強化プラスチック製の矢が五〇〇〇本。
精製塩と砂糖を大甕で各二〇個に、麻袋詰めの各種穀物を山ほど。
魔獣領域で狩ったキーンエルクの成体を五匹に、ウサギとカエルとヘビ多数。
標準機より大型の多重結界装置が一基と、新製品の状態保存装置が一基。
ユア提案でコットンナイロン繊維のサテン織生地一〇色を各一〇〇メートル。
他にもアレコレを出していくと、広場が水を打ったように静まり返った。
虚空から膨大な物資が出現すれば当然である。
「レイ殿……その魔法は大賢者様と同じ……」
「レイヌスが時空間魔法を付与したバングルくれたんだわ。俺が素で魔法を使えねぇのは変わってない。ここ慰めるトコな」
リュオネルが本当に知りたいのはそこじゃないと思ったジンが、再び理路整然と禍ツ神こと死神、魔王、愚者の関係性や真史実を解説した。
すると、一頻り思案したリュオネルが口を開く。
「私が思うに、死神様は無限の魔力こそレイ殿に最適だとお考えになられたのではないかな」
月森には、人種の知性を以て得られる神秘的資質と、魔力制御能力には上限があるとの口伝が残っている。
口伝に鑑みれば、無限魔力炉を獲得したレイを魔力制御能力に特化させる。
そこへ魔王から時空間の理法を享けたレイヌスが、バングルという形で魔法行使能力を補完した。
言われてみれば、反論の余地がないほど合理的である。
「なるほど、俺も最終的に常用する魔法は一〇種以下に絞るつもりだ。熟練度という制約があるから、手を出し過ぎると器用貧乏になりかねない」
「だよね、私も幾つかの回復系と再生と聖光に集中した方がいいと思ってる」
其々に所感を述べた三人が、視線をレイに向けた。
「…ったく」
「ふふっ、やっぱり聞いてない」
「レイ殿らしいねぇ」
「なあエウリナ、これデカいけど豆だよな? すげぇ美味いんだけど」
「塩と香草で茹でたお豆です。今時期だけ収穫できるのです」
「味はそら豆っぽいんだけど香草がイイ仕事してんな。おかわりある?」
「はい! 私が育てたお豆なので嬉しいです♪」
主賓に注目するエルフたちを他所に、先天的に腐脳を獲得しているセシルとノワルは大騒ぎを続けていた。
ミレアはノワルに一撃を入れたいのだが、同じことをやっているセシルに手を出す訳にはいかないので耐えている。
朝っぱらから夕方近くまで続いた大宴会もお開きとなり、レイたち未成年チームは装置の据え付けと立上げに取り掛かった。
セシルとミレアたち成人チームは泥酔で轟沈している。
「凄いものだねぇ。閑散としていた大樹の中が見違えたよ」
装置二基の設置場所は大樹の中である。
ガンツたち技師グループが組み上げた大型倉庫二棟も設置された。
生鮮食品とそれ以外を別けるため二棟を用意した形だ。
「倉庫の状態保存装置にも魔力を充填してください。残量はゲージで判ります」
「至れり尽くせりの造りだね。承知したよ」
「買い出しに行かなくても困らないので嬉しいです!」
「あーそれなんだけど、キエラとフェラガモも一緒に片付けっから」
「ヴェロガモだ。わざと言ってないか?」
「そりゃあお前……わざとに決まってんだろ?」
「ふふっ、目が泳いでるよ?」
ガチである。そもそも記憶する気がないためガチである。
「二国もレイたちがやるのか?」
「おう、オルネルも一緒に行くか? 拉致られたエルフも探すぞ」
「是非とも同行させてくれ!」
オルネルの参戦が決まった。エウリナも口を開きかけたが、リュオネルが彼女の肩に手を置き首を小さく横に振る。
オルネルが戦闘にも捜索にも集中できないのは本末転倒との考えだ。
夕暮れ時に起動した結界装置は、高すぎる大樹を覆うことが出来なかった。
「標準機の倍スペックで造ったんだがな…」
「別に良くね?」
「目的に対する支障はないだろうけど、製作者としての気分的な問題だ」
「でもね、中心を吹き抜けにしたジン君は凄いと思うよ?」
「そうかな」
「うん、ジン君は凄いの」
「ほほぅ、ジン殿とユア殿は恋仲なのだね」
図星を刺された二人が顔を赤らめる。レイが「小学生か!」と半目になった。
翌日も大宴会が開かれつつ、レイたちはキエラ国境線の地形や経路を入念に調査した。月森側の標高がかなり高いため、南西端の崖上からはキエフのみならずヴェロガモの西側も見渡せる。
「シィ、もうすぐ家族の仇を討てるぞ」
「っ!? 憶えててくれて嬉しい! 大好きっ♥」
「私も大好ぐはっ!」
人外のデコピンでノワルが沈んだ。今の弾かれ方はちょっとヤバい。
明けて翌日、レイたちは月森の民に見送られ帰路に就いた。