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68:放っておくと色々覚える


 ぐんっと踏み込みながら体を捌いて魔獣へ特攻した瞬間、レイが消える。

 次の瞬間に魔獣の背後へ出現すると、運動ベクトルが魔獣方向に変転している。


 そうかと思えば鋭いサイドステップを踏んで消え、魔獣の真横へ出現するとサイドステップが直進に変わっていたり。


「レイすごーい!」

「そういうことか、ぶっ壊れ性能だな」

「ジンセンくんどゆこと?」

「【空間跳躍スペースリープ】は跳躍後の運動方向を選択…いや、指定できるみたいですね」

「それってさ、跳ぶ前と後のベクトルを自在に変えられるってコト?」

「おそらく」


 視覚情報をベースに予測を加え、思考的に指定してるとしか思えない。

 やろうと思えば聴覚情報や魔力感知情報基準でもイケそうだ。

 跳躍先は敵の足の下以外なら角度や間合いも自由自在だろう。

 何なら敵その物をマイクロ秒単位で選択できる。

 今のレイにとっては、対多数戦がタイマン同然になっている。


「レイきゅんヤッバ!」

「ヤバいどころじゃないですよ」

「どこまで強くなるんだろう。私も頑張らなきゃ…うん、頑張る!」


 ユアがレイから一歩を踏み出す勇気を貰った一方で、ミレアたちは内心苦笑していた。


 繁殖し放題だった魔獣が数を減らしていくからこそ判ることがある。

 高密度に生い茂る立ち木の隙間を縦横無尽に跳躍するレイは、ミレアたちの死角から接近する魔獣の尽くを屠って征く。


「なによアレ…」

「あたしもう目で追えてなーい」

「凄いの。打撃動作に入りながら消えてるの」

「それで魔獣の首がポンポン飛ぶのですか」


 レイは標的を選択するや否やモーションに入りながら跳ぶ。

 出現する位置、つまり方向と角度と間合いを指定しているため、出現した刹那に手刀や蹴撃がヒットし魔獣の首が飛んでいく。


 四人も鍛えに鍛えて強くなった自負はあるが、この数を相手にして掠り傷の一つもない自分たちに今更ながら気づいた。レイが死角をカバーしてくれていると。


 ワラワラ集って来る雑魚を一掃しながら、レイだけは領域の深部から感じる圧倒的な気配に口角を吊り上げている。


(ははっ、やべぇなぁオイ。奥にとんでもねぇのがいやがる。オルネルが言ってたヤツに間違いねぇ)


 索敵したため逆に捕捉もされたが、向こうさんは微動だにせず佇んでいる。

 強者の余裕なのか、はたまた興味を持てない雑魚だと思われているのか。


 視界内に存在する最後の一体がレイに躍りかかる。

 レイは森の奥へ目を向けながら、ノールックでグワシとウサギの首を鷲掴みにして生け捕った。


「なぜかしら、魔獣が憐れに見えるわ」

「なんかガクガク震えだしたよ?」

「たぶんレイ様が魔力を導入してるの」

「完全に死を覚悟してますね。レイ様に逝かされるなんて幸せ者です」


 諦めモードのウサギが筋を弛緩させ、歩み寄って来るレイの歩調に合わせブランブランと揺れている。


「いや~気分爽快。ここに住みたいくらいだぜ」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ」

「レイ凄いね! 見えなかったけど!」

「レイ様は何か試してた気がするの」

「お、鋭いじゃないかシオ。実戦はアイデアを試せるから面白い」

「何を試していたのです?」

「教えない」

「何でですか!」

「お前なぁ、観察もトレーニングの一つだろうが」

「見えないのですけど!」

「五感の強化が足りねぇってことだな、って近ぇよ!」


 詰め寄るノワルの顔にウサギを押しつけていると、ジンたちがやって来た。

 ユアとセシルは絨毯のように敷き詰められた魔獣の死骸に恐々としている。


「死屍累々だな」

「聞くのと見るのじゃ全然違うねぇ…」

「凄い数だよ…」

「俺が仕留めたのは二七八だ。とりま収納しとくか」


 数えてたのかよ、と皆が呆れた目を向ける。我慢できないジンが【空間跳躍スペースリープ】の仕様を言い当てる形で問うと、レイがイメージを語り始めた。


 切っ掛けは王都で跳び回っていた時に、赤茶色のツバメのような鳥を追いかけ始めたこと。

 追ってる内に捕まえたくなったのだが、ツバメの軌道を予測し前へ出ても背中を向けていたら意味がないと思った。


 すると、唐突に視界が【格納庫ハンガー】や【食料庫パントリー】から物を出す時の三次元座標系に変化し、跳んだ先の出方を変えられるイメージが浮かんだ。

 色々と試す内にかなり自由自在だと判明し、【空間跳躍スペースリープ】が純然たる戦闘用スキルだと理解するに至ったと。


「使い勝手が良すぎるぞ。転移はどうなんだ?」

「アレは移動用だ。入った時と出た時の体の向き…つーか方角を変えられねぇ」


 なるほど、とジンが納得した。

 工場から空中庭園へ転移した時のことを思い返せば、確かにその通りだと。


「連続で跳躍するとどうなる? 加速度とか運動エネルギーの話だ」


 レイは「ホント鋭ぇな」と思いながらニィと口角を上げた。


「見せてやっからもちっと奥に行こうぜ。結構デカいのが一〇〇はいる」

「「え…」」


 ユアとセシルが顔を引き攣らせた。

 レイはジンとミレアたちにガードしてもらえば大丈夫だと言い、付け加えるように『最初は全員で観戦してろ』と告げた。


 ウサギを遠投したレイが先頭を歩き始めると、シャシィが半目で溜息をつく。

 どうやらノワルも同様らしく、『何ですかあれ…』と漏らした。

 ジンとユアも目を細め凝視しているが、ミレアとシオ、セシルは判らない様子。


「ねえノワル、何か起きているの?」

「レイ様が妙な魔力感知を始めました」

「拡散させる魔力の濃度を薄くしてるんだよ。すっごく難しいやつ」

「ジン君、結界装置みたいな感じだよね?」

「そう、正しく球状レーダーだ。半径は三〇〇ってとこか。いつの間にどうやって会得してるのやら、ったく」

「レイきゅんが人外になってお姉ちゃんウレシイ♪」


 小一時間歩いたところで、レイが拳を握りながら片腕をL字に上げた。

 ジンが「静止しろ」の合図だと判じ、腕を水平に伸ばし皆の足を止める。


 ジンの腕下をスッと抜けたシオが、レイと共に音もなく前進して行く。

 レイの慣れた挙動にシオが驚愕の目を向けた。

 夏休み山籠もりの賜物だが、そんなことなど知らないシオは、まさかレイが斥候も出来るとは夢にも思っていなかった。


 レイとシオが遠目に目視したのは、湧水地だろう水場で群れるヘラジカ。

 なのだが、最も大きな個体はLサイズのミニバンよりも大きく、頭部には戦斧のような平角が左右に伸びているという凶悪仕様だ。


「デカい鹿だなオイ」

「キーンエルクなの。稀少種だから高く売れるの」

「食える?」

「シオは食べたことないけど高級肉なの」

「イイネ、鹿肉は高タンパク低脂肪だ。皆を呼んで観ててくれ」

「成体は三級危険種なの」

「No problem at all」


 シオの頷きを見たレイが二〇〇mほど先の巨木の裏へ跳び、シオへ向けサムアップした。シオが振り向き手招きして皆を呼ぶ。

 キーンエルクを見たジン、ユア、セシルが圧倒的な質量感に半笑いを浮かべた。

 ミレアたちは「こんな南方に群れがいるなんて」と驚いている。

 通常は通年で寒冷地に棲息しているらしい。


 レイが巨木の影から一歩を踏み出し、大きく息を吸う。


「シカどもーーーっ! 美味しく食べてやるぁーーーっ!」


 ジンたちが一斉に眉間を摘まみ頭を振った。


ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーッ!!!


 魔獣の特徴である深紅の双鉾を爛々と光らせ、猛る大鹿たちが怒涛の勢いでレイへ向けて突進を始めた。

 左右に伸びる鋭利な平角が、立ち木など物ともせず伐り削る。


「っしゃ来いやぁ! 相撲だオラァーーーっ!」


 四股を踏むようにどっしり構えたレイがガントレットとブーツを転送装備し、上腕の赤い突起をガツンガツンと叩いて靴裏からスパイクを突出させる。

 並行して強化から覆魔を経て瞬時に殻化へと至り、全身から煌めく鮮紅の魔力を噴き上げた。


ドゴォ! ドシャ! ゴゴッ! バキッ! ゴシャ!


 平角を薙ぐようにして突進していく成体たちが、壁にぶつけたテニスボールのように弾かれていく。

 最後に群れのボスだろうXLサイズミニバンが、幼体たちを一瞥し突進する。


ガッシィイイイイッッッ!!!


「しゃあ! 元気ですかーーーっ! 行くぞぉらぁああああああああっ!!!」


ドッゴォオオオオオーーーンンッ!


 微動だにせず受け止めたレイが平角を鷲掴み、腰を捻りながらの高速直下型フロントスープレックスを決めた。


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