67:月森へ
「ヤッバぁ♪ 普通にファーストクラスじゃ~ん♥」
「セシル姉ならファーストクラス使ったことあるよね」
「海外での撮影も多かったからねん」
「ホワイトライノでメイズに潜れないものかしら…」
「レイが持って行くに決まってるよ」
「あっ! そうよね! 持って行けるものね!」
「クランの皆には言わない方がいいの」
「シオさんに同意です。綺麗処がレイさんの争奪戦を始めます」
シオが「そういう意味じゃないの」と、呆れた目でノワルを見遣った。
王都の中央広場に設置した結界装置を半展開させた翌早朝、レイ一行はホワイトライノで月森への旅に出発した。
レイが『只管に直進あるのみあっ!』とアクセルを踏み込んでおり、助手席に座るジンも「直線距離ならマージンみて一五〇〇キロ。休憩を挟んでも今夜には着く」と見積もっている。往復二日、現地滞在二日の四日間旅程である。
ホワイトライノのフロントにはバケットシートが四つ並んでおり、運転しているレイはガントレットを外しては【格納庫】に入れたり、【格納庫】から隣のシート座面に出したり。そうかと思えば、ジャージを一瞬で武装に換装したり。
セシルに『変身できるんじゃね?』と言われ練習を始めたという経緯だ。
「ほんと不思議だな」
ジンが手を伸ばしてガントレットを持ち上げようとするが、押しても引いても微動だにしない。しかし、シートの座面は全く沈んでいない。
「俺には分かんねぇ感覚だな。フォークやらスプーンより軽いんだぜ」
「そんなにか?」
「それなりに重さを感じるのはクッソ硬いモンを殴ったり、拳を打ち合わせた時だけだ。その辺の木なら手応えなしに貫通する」
「…死神デストロイヤー」
「よっしゃケンカだな?」
「ばっ、前見て運転しろ!」
「っと! 危ねぇ危ねぇ」
遠くから『キャアー!?』という絶叫が聞こえた気がする。
リア中央にキャビンへのドアがあることを考えれば防音対策も十分と言える。
「見ろよジン、あれがボロスだ」
「へぇ、外郭どころか壁の一つもないんだな」
「何かあれば土の魔術師が防壁作るんだと」
「なるほどな。王都と同等の規模じゃないか?」
「今は王都より広いらしいぞ。シーカーが二〇万もいるってよ」
「外郭がないから拡張に難はない訳か。にしても二〇万人とはな」
夢や欲を胸に世界中から集まって来るんだろうなと、ジンが遠い目で眺める。
昼には三つ四つの魔獣領域を過ぎた地点へ到達した。
眺めの良い丘の上で停車した一行はキッチンで料理を作り始め、その間に外へ出たレイが【格納庫】からテーブルと椅子を出してセッティングする。
「やっぱ西とは景色が違うねー」
「どう違うの?」
「んー雄大? とりま森林の密度が高いし木が太い!」
「私も行ってみたいなあ」
「シオも行ってみたいの」
「セシル連れて帰るとき一緒に行っとくか?」
「行くう!」
「シオも行きたいの!」
「つーかさ、どうせなら全員で行けば良くね?」
「いいな。慰安旅行を兼ねて社員と家族も連れて行くか。聖都と帝都に各一泊」
「それいいねジン君! 皆すごーく喜ぶよ! メイさんに通信しとくね♪」
「慰安……酒池肉林ですね?」
「独りでやってろヨゴレ」
「レイ様が汚してください! さあ今すぐはぁ!?」
ノワルが椅子ごと吹っ飛んだ。レイの指力がちょっとヤバい。
「皆で旅行! お姉ちゃんも一緒に行けるんだよね!?」
「横で叫ぶな。うるせぇしうぜぇ」
「ぁはん♥ レイきゅんの絶対零度な目がイイッ! お姉ちゃん逝っちゃう♪」
レイにとっては方向性の違うノワルが増えた感覚が長らく続いている。
のんびりとランチを楽しんだ一行は移動を再開。
意外と運転が苦にならない様子のレイが、換装しながら快調に走らせる。
陽光が傾き始めた頃、ガントレットをチラ見したレイがポツリと呟く。
「これあと二時間もしねぇ内に着きそうな…」
聞いたジンがインパネのトリップメーターに目を向けると、既に一二〇〇キロを超えていた。
「早く着いても構わないだろ?」
「構わねぇけどよ、キャビンで寝てみたくね?」
「ああ、それは言えてる。改善箇所があるかもしれない」
その言葉でレイがニヤリと口角を上げた。
ジンはもう嫌な予感しかしない。
「何を企んでる」
「フェラガモの傭兵部隊に拉致られそうなエルフを助けた話したろ?」
「ヴェロガモな」
「そうそれ。襲われてた場所がもうちょい先なんだわ」
ジンが記憶の引き出しを開けて話の詳細を思い出した。
「お前、魔獣を狩る気だな?」
「うっは、やるじゃん親友。手土産代わりに良くね?」
「本音を言えよ」
「はっはっはっ、くっそ暴れてぇ!」
ジンは苦笑しながら「だろうな」と内心呟いた。
レイのみならず、ミレアたちもストレスを溜め込んでいるのは判っている。
この数ヵ月は工場の仕事をかなり手伝ってもらったからだ。
「ユアに実戦を見せるいい機会かもな」
「あーそれあるよなぁ。個人的に試したいコトもあるし行こうぜ」
「俺はユアのガードに専念するぞ? あ、セシルさんもか」
「うっし決まりだ!」
ならばとレイはアクセルをベタ踏みして速度を上げた。
あの領域にはとびっきりヤバいのがいる、と言ったオルネルの言葉を思い出しながら。
「皆さん降りやがれ、魔獣狩りのお時間です」
「えっ…」
「いいわね!」
「行く行くー!」
「久しぶりなの!」
「燃えてきました。むしろ萌えます」
「脳筋って染るよねぇ~」
「心配するなユア、ちゃんと守るから」
「うん! 心配しない♪」
「ついでにセシルさんも」
「言い方ぁ! これケンカだね? んん?」
「ほんとレイみたいですね」
「レイきゅんは私が育てたっ!」
「やかましいわ! 行くぞ隊長と愉快な仲間たち!」
「「「「おーーーっ!」」」」
領域から少し離れた位置、ちょうど傭兵共とエウリナたちの間にカットインした付近で降車したレイは、今尚抉られ盛り上がっている地面をチラ見して走る。
どうやらミレアたちも同じ思考なのか、先ずは強化なしで領域際の雑魚を相手に溜まったストレスを発散しつつ、より強い種がいる深場へ進入するつもりだ。
「っしゃウサギィ!」
「カエルゥ!」
「ヘビィ♪」
「ウサギなのぉ!」
「雄ぅ!」
雌雄に特化するアホもいるがまぁいい。発散の仕方は人それぞれだ。
一方、ジンはユアとセシルをフロントシートに座らせ、ホワイトライノで領域へ接近していく。
レイたちが際の雑魚を一掃するはずなので、先ずは強化ガラス越しに魔獣の生態を観察させる。
「うわぁ…物凄い数がどんどん出て来る…」
「みんな強っ! シーカーが魔装を買わない理由も判るなぁ」
「シーカーは魔装を買わないんですか?」
「んー、段々と買わなくなる感じかな。理由は判ってるんだけどねー」
西方出身者は、シーカー認定試験に合格すると魔装を買う。
それまでは魔獣領域で狩りをしながら生計を立てるが、合格するレベルになる頃にはそれなりに金も貯まっている。
しかし、メイズへ潜り続ける内に魔装から脱却する者が増えてくる。
そもそも魔装とは、運動アシスト機能を持つセミパワードスーツなのだが、素の運動能力が向上するに連れてアシストが後追いになりがちだ。
魔装は対人戦に特化する兵士の運動能力を基準にスペックを分けている。
しかし魔獣や魔物の攻撃は、速さ、角度、タイミングなどにおいて対人戦のそれとは全く異なる。
特に高度な強化を修得した者にとっては、自身の思考と挙動に魔装が追従しない点に恐怖を覚え、それが続くと苛立ちへ変わっていく。
詰まる所、猛者はオーダーメイドが必要になるものの、対応できるのが神匠セシルしか存在しないという大きすぎる障壁がある。
「ノって来たぜぇーーーっ!」
「「「「っ!?」」」」
レイの挙動が一変した。
多少は強化しているし相変わらずジャージだが、【空間跳躍】を使い始めた。
それはいい。それはいいのだが、慣性の法則をガン無視している。
「なっ……レイが試したいと言ったのはあれか。しかし有り得んだろ…」
ジンはホワイトライノのモーションキャプチャー機能を起動した。