66:分社独立
王都の東側郊外にある軍用地へ向かって行くと、「ここ空港でしたっけ?」と問いたくなる巨大な格納庫が見えてきた。
ジンたちが造る装置は防水防塵処理も完璧なため野晒しでも構わないのだが、警備の観点で新築したのかもしれない。
あくまでも軍用地であって城塞や基地ではないため、敷地は木製柵で囲んだだけの草原である。
「勇者様方に敬礼っ!」
大規模な牧場を想わせる丸太の門が開けられ、左右に分かれて整列する正規兵たちの間をホワイトライノが通り抜けて行く。
格納庫は兵舎や厩舎、竜舎とは違って見るからに堅牢な造りで、扉も総金属製というコストのかけっぷりだ。
扉の前には将校と二名の兵士が立っており、ジンたちを敬礼で出迎えた。
(勇者がシビリアンだと主張しても無駄か)
仕方なしに車窓越しに答礼の真似事を返すと、将校が手振りで「どうぞ中へ」と促す。ホワイトライノで進入すると、兵士二名が扉を閉めた。
「アンセスト王国第一歩兵軍団千人長、メイソン・バーグであります。命令を受けておりますので、失礼ながら小官も外でお待ちいたします」
「ありがとうございます、バーグ殿」
「勿体なきお言葉、恐縮であります」
迷った挙句に「ありがとう」とは言ったものの、バーグたちは時空間魔法のことなど知らない。
彼らが受けた命令は、「見ざる言わざる聞かざるで警備に専念せよ」である。
今のところダレン軍務卿も知らず、彼は「ブラックライノで何往復かして搬入するのだろう」くらいに考えているはずだ。
「つーかさ、魔導砲とかは俺らが国境線まで運ぶんだろ? 出す意味なくね?」
「現物と数を確認しなきゃならない立場の人がいるんだよ」
「あそ。どっちにしろバレバレだと思うけどな」
「まぁそうなんだが、目撃されなければ流れる噂もかなり曖昧になる」
「そうだよね。いつの間にか運び込まれてて不思議、みたいな」
レイは深く考えていないため「バレても良くね?」などと思っているが、いざバレた時に最も困るのはレイだ。むしろレイだけだ。
レイを取り込もうとする者たちが、引っ切り無しに接触して来るのは火を見るよりも明らかである。
レイが格納庫内を見回し『んーと…』と呟いた次の瞬間、納品物の全てが一括転送で出現した。
「えっ!?」
「レイすご~い。キレイに並んでる~」
「おい、配置まで好きに出来るなんて聞いてないぞ」
「ホント細けぇな?」
「頼むとき正確に伝えた方がレイだって出し易いだろ?」
「いやまぁそうだけど、こういう説明が苦手なの知ってんだろ」
ジンが『時間はたっぷりある』と言って説明を促した。
【格納庫】と【食料庫】から物を出す場合、レイは目に映る空間に幅・奥行・高さを示す線を何百本も任意に引くことが出来る。
例えば、線が交差しているポイントを脳裏で「ここと、ここと、ここ」と思考すれば、赤い座標マーカーが三つ表示される仕様だ。
レイは「ここにブラックライノ、ここに魔導砲、ここに充填装置」と思考したのだが、出す物の総体積がオーバーラップする場合は、魔法式が勝手に補正をかけて転送を実行してくれる。
「レイの神紋はAIでも搭載してるのか?」
「ワレワレハ ウチュウジン ダ」
「「………」」
意味不明だがレイなりにAIを表現したらしい。非常に残念である。
「あの、レイさんたちはニホン人じゃないんですか?」
「忘れるんだメイ、今のアホ発言を説明できる奴なんていない。神でも無理だ」
「メイさん、最初に伝えたこと憶えてる?」
「あ、レイさんの言葉を理解するには一〇年以上の修行が必要でしたね!」
「お前らマジで…」
レイは不貞腐れながらも、「まぁ宇宙人とAIは関係ないか」と思いつつホワイトライノに乗り込み起動した。
ユアとメイも苦笑しながらリアシートに乗り込み、「やれやれ」といった風情のジンが扉を開けて軍用地を後にした。
レイの運転で次に向かったのはケンプ商会本店である。
今回は用件と大凡の時刻を事前に知らせたからか、従業員の案内で初めて入る部屋へ案内された。扉には〝会長執務室〟と刻印されたプレートがある。
「お久しぶりですね。どうぞお座りください」
「会長就任おめでとう」
「ありがとうございます。皆さんのおかげで先代にも認められました。本店の売り上げは、現時点で前年比の倍を超えています」
「それは何よりだ」
「これからは競合ですね」
「協業の間違いだろう? 今後も仕入と販路はケンプ頼りなんだし、アル会長殿にはウチの外部顧問に就任してもらわないと困る」
「いやはや、ジンさんは本当に商人を誑かすのが上手い」
アルは既に〝ジン部門長〟の呼称を止めている。
本気で競合相手と思っている訳でもない。
ケンプ商会が死力と資金力の全てを尽くしても、ジンたちが造るレベルの魔導製品など開発できないのだから。
「アルから受けた恩は忘れない。ウチの後進が道を踏み外すようなら遠慮なく潰してくれて構わない」
「そんなことはしません! 誰にもさせません!」
珍しく声を張ったメイの決然とした眼差しに一同が頬を緩めた。
心配は要らないな、と。
「頼むよメイ」
「はい!」
「メイは最初から一緒にやってきたもんな」
「はい!」
「メイさん頑張ってね!」
「はい!」
ジンはアンセストを中心とした大陸中央部を、大陸西部と同等の経済水準まで引き上げることを念頭に置いている。
レイには話していないが、ユアやメイをはじめとした幹部従業員には訓示として伝えている。
売名目的でオンリーワンの魔導製品に拘ってきたが、今後は拘る必要もない。
【造水】と【浄化】を合成する浄化水生成器だとか、魔力の拡散を利用した近距離通信機器といった多くの技術は既に資料化してある。
今後はそれら民生品を開発・製造して一般消費者レベルで経済と生活の水準を向上させて欲しいと考えている。
セシルが技術を残してくれるコンドームを量産するのもいいだろうし、セメントやアスファルトを生産するのも悪くない。
製品その物が魔導でなくとも、製造工程に高度な魔導技術を盛り込めば今後も躍進は続くだろう。
「商会の名称は決めましたか?」
「レイが考えてくれたよ」
「考えた? レイさん教えて頂けますか?」
「その名もズバリ、アレジアンスだ! って、声張ることでもねぇけど」
ニュアンス的に異なる意味もあるが、レイは人や大義に対する誠心・誠実という意味合いでアレジアンスと命名した。
最初はエコノミカリィテロリストなどとアホなことを言っていたが、ジンとユアの冷たい視線に耐えられなくなったらしい。
「なるほど…いいですね。家名を使うというのは私の固定観念でしたか」
「ついでという訳でもないが、出資を募ろうと思う。俺たちの世界では株式会社と言うんだけどな」
「かぶしきがいしゃ? それは何です?」
上手くいくかは未知数だが貴賤を問わず出資を募り、一株当たり五万シリンの株式を発行して配当金を分配する。
年末を期末と定め、当面は翌年初に一回の配当金分配を行う。
初期は一〇〇億シリン分の二〇万株を上限に発行して様子を見るつもりだ。
現在までの業績が来年も続くなら、初年度の経常利益は二三〇億ほど。
外部資本、つまり負債はないので、初年度末の総資本は約五〇〇億になる。
総資本から工場の敷地と建屋を買い取る金額を差し引くと、約四六〇億が残る。
二〇万株が全て売れると仮定すれば、一〇〇億を足した総資本は五六〇億だ。
利益剰余金を幾らにするか悩みどころだが、安全をみて比率を五割に設定するので利益剰余金は二八〇億となり、これが初回配当金の総額になる。
二八〇億を二〇万株で割ると、一株当たりの配当金は一四万シリン。
五万シリンで一株を買うと、一年後に一四万シリンを受け取れる訳だ。
「何ですかそれ!? 私が全て買いますよ!」
ジンは「インサイダーだし買わせる訳ないだろ」と思い内心苦笑した。
「株式会社の利点は出資を受けた一〇〇億を設備や新規事業に投資できるし、何より株式保有者はアレジアンスの製品が少々高くても買ってくれると思うんだ」
「っ!? 悪魔的な錬金術じゃないですか…」
「人聞きの悪いこと言うなよ。まぁ誰も知らない仕組みだし、二〇万株を捌けない可能性も高いんだがな」
「またまた、そんなこと言って何か策を考えているんでしょう?」
「考えてないこともない。が、出来れば平民階級に買って貰いたい」
「なるほど……いよいよ平民向けの商品を売り出すんですね?」
「ははは、流石に鋭い。正解だ」
実のところ、ジンは二〇万株を一気に捌けると思っていない。何しろ、株式の何たるかについて啓蒙活動をする暇がない。なので、取り敢えずは自分たちを含めたアレジアンスの社員で買えるだけ買えばいい。そうすれば、実際に儲けた社員たちの口コミで株式制度は確実に広まる。広まらずとも、社員のモチベーション向上と維持に繋がるだけでもメリットは大きい。
工場を含めた土地の買い取り金額や今後の取引条件を確認したジンは、『今後とも末永くよろしく』とイイ笑顔で握手を交わしケンプ商会を後にした。