64:バングル検証
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやっはぁああああああああーーーっ!!!」
春真っ只中、本日は晴天なり。
そんな王都の上空を、嬉々と絶叫しながら駆け回るアホがいる。
「サイコォオオオオに気持ちイイィィィィィィィーーーッ!」
最高にサイコなレイは【空間跳躍】で消えては現れしながら高空へ駆け昇り、スカイダイブよろしく急降下してフッと消えてはまた現れる。
レイヌスからバングルを貰ってまだ三日なのだが、早くも大空は俺の物だと言わんばかりのはっちゃけっぷりだ。
白騎士っぽい人型が銀閃を煌めかせ奇声を上げながら跳び回る姿は、王都民たちも天を仰がずにはいられない異常事態である。
「レイいいなぁ。すごく楽しそう」
ユアの言葉にはミレアたちも同意のようで、羨まし気な眼差しで上空のレイを追っている。いや探している。
「そうだセシルさん、極鋼の密度って分かります?」
「ざっくり一立方メートルで五〇トンだよ」
「そこまで重いんですか」
「レイきゅんの装備って三〇トン超えてるし。重っ!w」
「はは…」
ジンが半目になった。
レイが月森から持ち帰ったインゴッドは一〇〇トン前後だったことになる。
その重さを「みっちり系の発泡スチロールくらい」と表現していたことを考えれば、空を駆け回っているレイは重さなど感じていない。
レイ曰く、『魔力を吸わせるほど軽くなっていった』と。
飽和限界に達している極鋼は、羽毛のように軽いのかもしれない。
「レイきゅんの時空干渉能力って凄いよね。実際には力場の方だろうけど」
「え? 極鋼は他にも特性を持ってるんですか?」
「レイヌスの話から類推しただけの仮説だよ」
「聞かせてください」
物性と称して良いのかすら判らないが、極鋼は時空干渉特性を有している。
時空という字面だけ見れば、時間と空間をイメージしてしまう。
が、実際には時間と空間という四次元に生じる力場も含まれるのではないか。
これを前提にセシルは仮説を立てた。
馴染み深い力場を挙げれば重力場、電場、磁場などがある。
物理学における力場の定義は、「空間の多様な位置で粒子に作用する非接触力を表すベクトル場」となる。
極鋼を元素レベルの粒子と捉えれば、レイは愚者の神紋が宿す時空干渉能力で、極鋼という粒子の集合体にのみ作用する特殊な力場を形成しているのではないか。
それもパッシブで。
「レイきゅんが食堂から出て行ったらテーブル壊れたじゃん?」
「ですね。レイが極鋼から離れると………あぁなるほど、レイが無意識に力場を形成してて、その影響圏から外れると只の重たい金属に戻ってしまうと」
「かもね?っていうお話。教会のレリックも、レイヌスが時空間魔法を使ってる最中は存在を感知できないみたいだし」
かもね、でいいのかもしれない。そうジンは思った。
極鋼の何たるかを解き明かさずとも、レイはいつでもレイらしく道を歩む。
自身に照らせば理屈を知りたい衝動に駆られるのだが、理屈っぽいレイなど気味が悪いだけだ。
「うわ、ジンセンくんが薄ら笑ってる。キモーイ、コワーイ」
「そういうとこレイそっくりですよね」
「レイきゅんは私が育てたのだよっ!」
薄い胸を張ったセシルが『オーホホホホホーー』と高笑う。
強ち間違いじゃないなと思いつつ、ジンがレイへと視線を戻した。
もしセシルの仮説が正しく、もしレイが意識的に力場を操作できるようになったら………想像しただけで寒気がするものの、半笑いにもなってしまう。
例えばの話、覆魔のように力場を操作すれば、レイの打撃を受ける者は数十トン単位の衝撃をその身に叩きこまれる。
もし強化状態でそんなことをすれば、人体など豆腐同然に爆散するだろう。
手の甲でツッコミ入れられただけで死ねると頬を引き攣らせたジンは、小さく頭を振ると指笛を鳴らし「降りて来い」とレイに伝えた。
「よ~~~っとぉ。いやぁ時間を忘れちまうぜ! マジヤバすぎ♪」
「あたしも飛んでみたい! 抱っこして飛んで?」
「いいけど後でな」
「やったー!」
シャシィの頭をワシワシと撫でたレイがジンに歩み寄る。
ミレアたちも「飛んでみたい…」と顔に書いてあるが、シャシィほど素直になれない様子だ。
誰よりモジモジしているのはユアだったりするのだが、漸く相思相愛になれたジンに気を遣っているのかもしれない。
「そろそろ昼メシか?」
「ついさっき朝を食べたばかりだろ」
「時空間魔法って腹減るんだよ。いやマジで」
「レイヌスも時空間魔法は魔力消費量が大きいって言ってたお」
「だよな? 連続で使えば殻化と同じくらい腹減る」
「朝の残りでいいならあるよ?」
「食う食う」
「ユア、悪いけど工場へ運んでくれるか? あとメイにも工場へ来るよう伝えて欲しい」
「はーぃひっ!?」
工場で何かするんだなと理解したレイが、ユアを小脇に抱え【空間跳躍】で大扉の前へ跳んだ。そしてめっちゃ怒られ始めた。
「ホント羨ましいわ。この世のどこにだって行けてしまうなんて」
「本物の鉄砲玉になったな。先が思いやられる」
「てっぽう玉ってナニ?」
シャシィから素朴な疑問を投げかけられたジンが、「何気に説明が面倒だ」と苦笑しつつ、歩きながら鉄砲の何たるかを説いた。
説かれたシャシィは「スマホの画像にある?」などと言い出し、更に苦笑を重ねたジンが銃砲刀剣類所持等取締法を掻い摘んで説明する。
ジンは祖父から真剣を譲り受けているので詳しいのだ。
一方、扉前へ跳んだレイに対するユアの説教は続いていた。
「本当にびっくりしたんだからね! もう!」
「そこまでキレる? もしかしてジンのこと気にしてんのか?」
「うっ…」
「ズボシかよ。んなことくらいでウダウダ言うワケねぇだろ?」
「そうだけど…」
「ジンと結婚しようが子供が生まれようが、俺とユアが家族ってことは変わんねぇよな? それとも変わるのか?」
「変わる訳ないよ! えっと、ごめんなさい…」
「おう、じゃあメシよろしく。山盛りな」
「うん! すぐ持ってくる!」
レイが二ッと笑んでサムアップすると、安心したユアもニッコリ笑んで事務棟へ駆けて行く。工場居住メンバー八名とセシルが勢揃いして椅子に座ると、ジンは趣旨説明を始めた。
単純に【格納庫】【食料庫】【質量転移】の検証であり、レイを倉庫 兼 保存庫 兼 移動手段として使い倒そうという企画である。
山盛りの残り物をガツガツ食べるレイも「まぁそうなるわな」といった風だ。
【格納庫】の検証を始めると、冷めたグリルドチキンに齧りつくレイが魔力充填装置をチラ見した瞬間、装置が消えた。
装置類を次々と消し去ったレイが大扉の方へ視線を移すと、消えた装置群が横一列に整然と並んだ状態で一括転送された。
「目の当たりにすると凄いな。練習してたのか?」
「そりゃするだろ。シィにも手伝ってもらった」
「へぇ、どういう判定で出し入れするんだ?」
「そこ重要か?」
「重要だ」
この手の説明は苦手なんだよと顔を顰めるレイが口を開いた。
【格納庫】と【食料庫】はほぼ同じ仕様で、レイの視覚情報と思考に応じ、魔法式が転送対象物を三次元的に自動選択する。かなり賢い。
例えば、レイが物を見ながら「あのリンゴを入れる」と思考すれば、死角になっている部分も含めてリンゴ一個が判定され転送される。
さっきも装置の裏側に垂れ下がっていたケーブルは死角になっていたのだが、一個判定で転送されている。
少々面倒なのは、様々な物を一括転送で入れる時だ。
例えば複数の木箱が積まれている場合、魔法式は木箱ごとに一個判定をする。
木箱だけなら「全部纏めて」と思考すればいいのだが、木箱の上にスマホが置いてあるとスマホは転送されない。
死角に木箱以外の物がある場合も同様なので、異種物を一括転送する際にはぐるっと見回しながら対象を目視確認しつつ思考選択しなければならない。
片や、出す場合は脳裏に浮かぶリストから選択し、出す場所に視点を定め「どう出すか」を思考するだけでいいので楽だ。
「ハイスペックだな。【食料庫】も試したんだよな?」
「シィが創った氷と、メイが作ったスープを三日前に入れてある」
言ったレイがジンの足元へ視点を定めると、二つの木製カップが出現した。
片方には丸い氷が、もう片方には湯気を昇らせる野菜スープが入っている。
「ドン引きレベルで有用だな。【質量転移】はどうだ?」
レイが皆を見回すと、全員の視界が刹那に暗転した。
次の瞬間には視界が戻り、ティーカップを唇につけたままビシッとフリーズし驚愕するフィオが目に映った。
「よぉフィオ、おひさ。あ、こいつ俺の姉貴のセシルね。んじゃまたな」
再び全員の視界が暗転し、次の瞬間には工場内へ戻っていた。
「レイきゅん、今のどこで美少女は誰?」
「ここの王宮と後宮の間にある空中庭園で、第一王女のフィオ」
「「「「「「………」」」」」」
数時間後、王宮から事情伺いの使者がやって来た。