62:賢者ギフト
チリリン…チリリン…
王都に帰着して二ヵ月ほど経ったある日、朝食の後片付けをしていたジンの上着ポケットから鈴の音が響いた。
レイとユア、ミレアたちはジンの話を聞いていたので「セシルが来る合図だ」と悟ったが、メイだけが「なにかしらん?」といった様子だ。
「メイには話してなかったな。今の鈴音はオルザンドから神匠が来る合図だ」
「ああ、そうなんで……えぇっ!? ししし神匠ってあの神匠様ですか!?」
神匠は一人しかいないので「あの」もへったくれもないと苦笑しつつ、ジンは懐から銀貨のような金属を取り出し食堂の中央で魔力を流し始めた。
すると、ジンの眼前の虚空に淡い光の線が垂直に走り、空間が割れる。
「わ~い♪ ユアユアおっひさ~♪」
「セシル姉! 会いたかったよぉー!」
ぴょんと跳び出したセシルに、ユアが駆け寄って抱きついた。
メイは顎が外れるほど大口を開け唖然としている。
レイはシカトして皿を食器棚に収めているが、ミレアたちは再開を喜びながら順にハグをし、初見のシオを紹介したりしている。
そんな中、メイだけが未だにパックリ割れたままの虚空を唖然と見詰めていた。
そこには銀髪の青年が半目で佇んでおり、どことなく「お呼びでない?」といった雰囲気を醸している。
メイはジンに伝えようと目を向けるが、ジンもガン無視で嬉しそうなユアの顔を眺め微笑んでいる。多少イラっとしたメイがレイへ向き直ると目が合い、彼女は「アレ見てアレ!」と指を差した。
「ははは、すげぇ放置されてんな。賢者のレイヌスだろ? 入って来いよ」
「うむ、お前が愚者か」
「取り敢えず愚者って呼ぶな。俺はレイシロウ、レイだ」
言ったレイはレイヌスに向けて顎をしゃくり工場へと場所を移す。
ユアたちが和気藹々して忘れているっぽいため、この二ヵ月で造った多重結界装置と魔力充填装置をレイヌスに仕上げてもらうためだ。
「ほぉ、予想を超える上等な造りだ」
「セシルは建物の設計屋だからな。こういうモンはジンの方が上だろ」
四基の結界装置と七基の充填装置を検分したレイヌスは、『仕様も秀逸だ』と呟きレイへ目を向けた。
「暇なら手伝え」
「暇だけど大した手伝いはできないぞ? 俺そうゆうの分からんし」
「技術を求めてはいない。時空間魔法を肌身で感じろ」
「いや俺は魔法も使えないんだって」
「修得しろとも言っていない。いいから手伝え」
「へいへい」
レイが隣に立つと、レイヌスは多重結界装置の制御コアに魔法を付与し始めた。
制御コアと言っても、メイズで採掘される魔導金属の中で最も魔力伝導率が高いミスリルの塊だ。縦横は約四〇センチで、厚さは約二〇センチ。
物としては二〇センチ角の立方体ミスリル四個を貼り合わせた構造になっており、貼り合わせ部分にはステンレス鋼の薄板を噛ませてある。
普通の金属はSUSが銅でも魔力や魔法式を通さないため、電気・電子部品で言うところの絶縁体として機能する。
この制御コアには四種の魔法を相互干渉しない形で付与でき、ジンが多重結界と銘打った所以でもある。
因みに、ジンがSUSを選んだ理由は、錆にくく耐熱性や強度に優れ、錬金術の【造形】を使わずとも、技師のガンツたちが加工できるからだ。
厚板上部の二つには、ユアの【聖天再生】と【聖光】が付与してある。
聖天再生は聖性の強い物質も再生できるため、聖光を付与することで装置全体の聖性を強め再生が利くようにした。つまり自動修復機能だ。
【聖光】はシャシィが使う【浄化】と【浄光】を合わせた高効果な上位互換であり、悪魔に襲撃されても突破されないようにとの意図もある。
「今付与したのは【物理防壁】だ。次は【魔術防壁】を付与する」
レイヌスが下部の右側に付与した【物理防壁】は、正確に言うと時空間魔法の【三次元隔壁】である。
完全展開モードの結界は球体が都市を丸ごと覆う仕様であり、各種結界は見えない地中にも展開されるため、地下からの侵入や攻撃も防げる。
左側に付与する【魔術防壁】も、正確には【第四次元亜空間隔離】である。
人が使う魔術や悪魔が使う悪魔術は、手練れが意図すれば行使位置と事象発現位置に距離を持たせることが出来る。
要するに、行使位置から数百メートル先で事象を発現でき、高位悪魔あたりはキロメートル単位の距離でも事象を発現できるとか。
よって結界最外面の第四次元、つまり時間軸を亜空間に隔離することで、〝経時的に発現する魔術的事象を無効化する〟というコンセプトの結界だ。
「何か感じ取れたか?」
「いや別に。魔力消費が意外と少ないんだなとは思った」
「フッ、少ないと感じたか。特化型は言うことが違うな」
魔法を付与する際は、付与対象の魔法式が要求する魔力量に加え、付与行為にも同等以上の魔力を要求される。これは魔術でも同様だ。
レイヌスに言わせれば、時空間魔法はどの系統よりも要求魔力量が多く、彼は二つを付与しただけで総魔力量の1/5を消費している。
それを「意外と少ない」と言われてしまえば、もう苦笑するしかない。
「つーかさ、今の二つを合わせた時空間魔法ってありそうでないカンジ?」
「ある。が、我が魔力では量も強度も足りず行使できん。死神の恩寵を享けたレイなら使えるやもしれんな。魔法銘は【絶界】だ」
「あ、マジっすか。なんかスンマセン」
「セシルの実弟だけあって受け答えが似ている」
「お? ブチキレるとこか?」
レイヌスは『それも似ている』と言いクツクツ笑った。
一基だけ付与したレイヌスは【物理防壁】と【魔術防壁】を黒いスクロールに魔法陣化して描き、『残りは自分たちで付与しろ』と言いレイに手渡した。
受け取ったレイは喜色満面で、その理由はスクロール用の魔法紙を取り出したレイヌスの行動にある。
彼が手の平に視点を定めると、次の瞬間には二枚の魔法紙が出現したのだ。
「なぁなぁレイヌス、今のって時空間収納的な?」
「使いたいか?」
「使えんの!? くっそ使いたい! できれば三人分!」
「勇者と聖者に使わせたいのだろうが、無理だ」
死神もしくは死神の眷属神から恩寵なり加護を享けなければ、時空間魔法を成立させる理法が神紋に宿らない。仮に読み取れても行使は叶わない。
従ってレイにしか使えないのだが、レイは死んで数日経った魚のような目になり『だから魔法使えねぇんだってば…』と呟いた。
再びクツクツと笑ったレイヌスが、オニキスのような鉱物を幾つか填めた幅広な白銀のバングルをその手に出現させた。
「これを腕に通し魔力を流してみろ」
ジャージを脱いで何となく左腕にバングルを通すと、バングルが勝手に直径を広げながら上腕まで上がりフィットした。
レイは強かに驚きながらも、覆魔の要領で左腕に魔力を纏う。
「お? おぉおおおおおおおおーーーっ!?」
レイの脳裏に【格納庫】【食料庫】【質量転移】【空間跳躍】の四つが浮かぶ。
【食料庫】は「ん?」という感じだが、字面からして喜ぶしかない内容だ。
「幾つ視えている」
「え? 四つ」
「阿呆でなくて良かったな」
「際どいトコだけどな、って大きなお世話だ。つーか使い方が分からん」
神紋があっても事象に対する概念がない、もしくは理解度が不足していると魔法名称は浮かばない。
バングルに填めてある黒い鉱物は無垢の極鋼で、六つ填めてあるがレイヌスは四つ視えればそれでいいと言う。
「簡単に使えるよう造ってある。一度しか説明せんぞ」
【格納庫】と【食料庫】は行使者の供給可能魔力量に応じて容量が変わる。
前者は名称のとおりだが、後者は時間軸を除去した仕様だ。
入れた物の状態を永久に保つため、用途的に【食料庫】の名称にしてある。
入庫は視覚と思考に連動しており、対象物に視点を定め「入れる」と思考すれば庫内へ転送される。
出庫は魔法式にリスト機能が盛り込まれており、脳裏に浮かぶリストから選択し、対象物を出すに十分な空間座標へ視点を定めれば転送される。
尚、入庫する収納物の質量と物性的情報量に応じて要求魔力量は決まる。
【質量転移】も供給魔力量に応じて転移できる総質量と距離が変わる。
転移先の三次元座標を要求するため、行ったことがある場所に限定される。
三次元座標は記憶領域から読み取る仕様だが、大きな地形変化が生じていたり、障害物が出現している場合にはキャンセルされ不発に終わる。
【空間跳躍】の距離も供給魔力量に依存するが、最長距離は視界範囲内に限定される。
いわゆる瞬間移動なのだが、視点を定め思考した刹那に跳躍するため、相当な訓練を重ねなければ戦闘では使い熟せない。
静止状態でも視点を定め跳躍を思考した瞬間に跳ぶため、大空を仰ぎながら使うとエライことになる。
慣れれば跳躍を繰り返し着地できるものの、冷静沈着な思考が必須になる。
「すげぇ……マジでもらっていいの? 後で冗談みたいな請求書とか送ってくんなよ?」
「下らん心配をするな。極鋼も腕輪も魔王が私に提示した条件の一つだ」
「へぇ、んじゃ遠慮なしにもらっとく」
レイは「ワケありの取り引きか」と割り切りジャージを着た。
「一日でも早く使い熟し六〇階層へ来い。ではな」
告げたレイヌスは巨大な木箱を出し、引き留める間もなく転移で姿を消した。
レイは「アーティファクトの話してねぇんだが…」と思いつつ木箱を開けた。