60:王都帰着
三日間を過ごしたレイは、セシルをハグして帝都を後にした。
涙目になったセシルの顔が印象的であった。
「レイのお姉様、素敵な人だったわね」
「病んでっけど嫌うヤツはいねぇな。性別関係なしになぜか人気者だ。なぜか」
「キレイで背も高くて驚いたよ。背丈はジン様と同じくらいあったし」
「ウチは全員デカいからな」
「私はセシル様を師と仰ぐことにしました」
「オマエそれ以上腐ってどうすんだよ」
「では腐る前に私の処女膜をあはんっ!? フフ、もう慣れてきましたよ?」
ノワルがデコピン衝撃無効化を会得しつつある。
肉盾に使えそうだ。
「にしても不老不死かぁ」
「衝撃的な話だったな。文書に纏めて欲しいくらいだ」
賢者レイヌスは、不老不死特性の除去を目的に研究を重ねてきたという。
その過程で解かったのは、神紋の不老特性に特殊な機能があること。
賢者曰く、「私は自死さえ選べぬ臆病者だ」と。
不老は肉体の成長期を終えた時点で発現する。実質的には切り替わる。
成長期においては神紋因子(仮称)が肉体成長を促進させるのだが、具体的には個体の細胞組織を高活性化させ、脳神経系機能まで向上させる。
レイヌスは、この機能が〝魔力機関の機能強化と魔力制御能力の早期向上〟を主目的にしていると解明した。
つまり、身長が伸びたり筋力が上がるといった肉体的な成長は副次効果で、レイが魔力的に人外化しているのは、愚者の神紋因子が特異的に高機能だからではないかと推察される。
肉体成長が限界に達すると、神紋因子は個体の全盛期維持を目的に不活性化ベクトルにシフトする。この状態が〝不老に見える〟のだと。
不死特性に関しては、肉体や精神が危機的状況に陥った際、神紋因子が超高活性状態に戻り修復や復元を行うという。
これは聖者の〝再生〟に類似しており、神紋因子の反応速度や機能限界を超えれば死ぬ、もしくは殺される。
よって厳密には不死に非ず、ドベルクとアンティの自死がそれを証明している。
賢者の調査によると、現在この世界の人種で神紋を宿す者は、フィオと聖皇ルゥネイ、先代獣王ゴートの三名が存在する。ヒツジのくせにゴートらしい。
三人とも後天的な不老不死特性を備えていないため、召喚で次元境界を越える際に、神紋がエクストラ特性を発現するとレイヌスは結論づけた。
要するに、異世界からの越境者は特殊な神紋を宿す。
再び越境する際に神紋そのものが除去、ないし無効化されるかは神のみぞ知るといったところである。
「残るなら寝坊しても遅刻はしねぇな。電車より足速いし」
「どこぞの実験体にされるぞ?」
「それはカンベンだ。でも強化を使わない自信がねぇ」
「言えてるな」
「強化状態で私の処女を奪ってください。……なっ!? 無視ですか!?」
バカはシカトするに限る。
さておき、帰路は走竜の帰巣本能を活かし、ひたすらに直進している。
エルメニアの西側国境都市では竜車を見つけた聖職者が駆け寄って来たが、追いつけるはずもなく、ジンも気づかぬ振りで走り去った。
但し、聖皇とロレンティオ枢機卿には、『色々助かりました。感謝します』と通信でお礼を伝えてある。
八豪族のテリトリーでも山賊染みたどこぞの家臣と出くわしたが、『暫しお待ちを!』の言葉をガン無視して走り去った。
下手に宴会でも開かれては面倒である。
今現在は、対ドルンガルト戦に向けコステルが駐留している宿場町オルデに立ち寄っている。
「穏健派の取り纏めは完了しましたが、ライハウス殿は強硬派の切り崩しを断念した模様です」
「となると、聖下の勧告状が送られる前に戦力を用立てる必要がありますね…」
「その点はご安心を。ラファネッリ猊下より、聖宮騎士団旗下一個旅団の派兵許可が下されております」
「それはありがたい。一個旅団だと何名になります?」
「約二〇〇〇名の動員を予定しております」
「それなら実質的にウェトニアを牽制できますね」
「我々もウェトニア牽制を念頭に置いております。アンセスト軍が動けば方々も動きかねませんので」
ジンの懸念もそこであった。
前提として、ドルンガルトの南西隣国であるウェトニア公国は、一四〇〇人前後が動員可能総戦力である。
この数はドルンガルトの穏健派も含めた総戦力とほぼ同等であるため、ドルンガルト公は徴兵策で余剰戦力を作りアンセストに侵攻する腹積もりだ。
一方で、現時点におけるアンセストの動員可能総戦力は二〇〇〇人前後。
これにはメイズ都市のシーカー有志も含まれているため、正規軍の実数は一六〇〇といったところ。
もしアンセスト正規軍を動かせば、ウェトニアがドルンガルトに侵攻するのはほぼ確実だ。
また、アンセスト軍の出兵はヴェロガモとキエラが動く好機にもなる。
ヴェロガモとキエラの総戦力は多めに見積もって五〇〇であるため、ジンが対ドルンガルト戦に捻出できるアンセスト正規兵は六〇〇人が限度だ。
バラク王への援軍要請という手段はあるものの、漸く国力向上手段を得たバラクを疲弊させるのは避けたい。
よって、戦いを仕掛けること自体が悪手となる聖宮騎士団旗下二〇〇〇名の派兵は、ジンにとって何よりもありがたい朗報である。
エルメニアへの借りが増えることになるが、その辺はアンスロト王家に丸投げするつもりだ。
場合によっては、本質的に気弱な現国王が退位する切っ掛けにも成り得るので、ジンからすれば願ったり叶ったりなのだが。
「では五ヵ月後の結集を目途に準備を整えましょう。テーマは電撃戦です」
「…不勉強で申し訳ありませんが、でん撃戦とは?」
こっちには電気もなければ機甲部隊もない。
「あっと…雷撃戦? 疾きこと風の如し?」
「なるほど、承知しました」
その日はオルデで一夜を過ごし、既に概要を纏めていた作戦案をジンとコステルで協議し詳細を詰めた。
オルデを発った三日後の午前中、一行はアンセスト王都を視界に収めた。
「見込みの半分で帰って来れたわね」
「たった二月なのに色々あったよねぇ」
「シィさんが同族男性の求婚を…フッ、効きませんよ?」
シャシィのデコピンを真っ向から受けたノワルが勝ち誇る。
「ノワルぜってー避けないのな」
「全てを受け止める器量があると褒め称えてください」
ただのマゾ臭いノワルに注目が集まる中、御者台のジンがキョドり始めた。
「なあレイ、ちょっといいか? その、なんと言うか…」
「あぁそうだ、俺ら顔見せたらメシ食いに出っから。ぶちゃけ食い足りねぇんだわ。つーことで、ジンは竜車を返しに行ってくれ。ソッコーな」
「あ、ああ、分かった」
ジンは「だから今朝は食べる量が少なかったのか」と思いつつ、二人きりになるお膳立てまでされた自分に苦笑してしまう。
実のところはミレアがレイに囁いた案であり、レイが『隊長マジ漢っすね』と本気で言ってケツを蹴られたのは蛇足だ。
工業区側の東門から入都し、道往く人々に迷惑をかけながら工場の敷地へ入ると、従業員たちが次から次に出て来て大騒ぎになった。
「よぉユア、ただいま。イイ子にしてたか?」
「お帰りレイ。ちゃんといい子にしてたよ? ジン君もお帰りなさい」
「た、ただいま…」
「ん? ジン君どうしたの? 具合いが悪いんだったら魔法かけるよ?」
真っ赤な顔で照れるジンを横目に、レイはガチムチ技師チームが少ないなと思い工場を覗いた。すると、そこには大型オープンカーのボンネットに顔を突っ込むガチムチたちの姿があった。
「は? なんでそんなモン作ってんの?」
レイの声を聞いたガンツが、ボンネット脇からヒョイと顔を出す。
「お! 騒がしいと思えば帰って来たのか! やたら早くねぇか?」
「よぉガンツ、色々サクッと終わったから帰って来たぜ。で、それナニ」
「王室からのご注文だ。詳しいことは技師長に聞いてくれ」
「いやガチムチが寄って集って何してんだって話だよ」
ガンツの話を聞くに、ブラックライノに比べればコンパクトな車の部品組み付けを確認しているのだと。
昔のアメ車並みに大きいのだが、フルコンバーチブルなのでボンネットに全てを詰め込んでいる。シミュレーターにかけると未だにエラーが出るらしく、どこがダメなんだと頭を悩ませていたところらしい。
「あのね、国王陛下が退位を決められたの。アンセスト教区の司教様が『一緒に後進へ道を譲りましょう』って言ったらしいんだけど、実はクリス殿下が司教様にお願いしたみたい」
「なるほど、父王へせめてもの労いとしての退位パレードか」
「さっすがジン君! 私が殿下に提案したんだよ♪」
「あ、うん、ユアこそ流石だよ…」
ウザ照れするジンにレイが半目を送る。
「んじゃ俺らメシ行ってくるわ。シオも行こうぜ。いいよなユア?」
「もちろんだよ。ん? ジン君は行かないの?」
「俺は竜車を……ユア、竜車を返すの手伝ってくれないか?」
ユアが笑顔で『うん』と言って頷いた。その笑顔がジンには少し違って映る。
レイはジンの背中をトンと叩き、ミレアたちと工場を後にするのだった。