59:極鋼の真価
地球のラグジュアリーホテルを彷彿とさせるホスピタリティを満喫した翌朝、レイたちはビル内にあるというフィットネスジムへ向かった。
「室内でこれ程の鍛錬ができるなんて凄いわ!」
「クランにも欲しいよね!」
「使用料を取ればクラン内でお金が稼げます」
ミレアたちは各種トレーニングマシンに感心感動しているが、レイはちょいちょい半目になっている。
(セシルの趣味全開じゃねぇか。目がチカチカする)
マシン製作者のセシルもプロのファッションモデルなので、フィットネスジムに通ったり実家のジムでボクササイズなどをやっていた。
そのため各種マシンはトレーニング効果がある造りになっているものの、デザインやカラーリングは某機動戦士だったり、某魔法少女を想起させるキラキラ仕様だったりする。
「ねえレイ! これの使い方を教えてちょうだい!」
「へいへい」
レイが「この分だと今日はずっとジムかなあ」と思いつつミレアたちに使い方を教えている頃、ジンは地下一階のラボでセシルと膝を突き合わせていた。
部屋の片隅には、数多の眩い銀閃を走らせる極鋼が置いてある。
レイが王都へ持ち帰った頃には黒曜石のように黒光りする部分も多かったが、レイの魔力をたっぷり内包した今は、閃光が輝くプラチナのようだ。
「みんな早起きだねぇ……ふぁ~」
「レイはこっちの人たちより早起きですよ。まあ、相変わらずですね」
基本的に夜行性のセシルは大きな欠伸をしながら、未だに半開きの眠そうな目をジンへ向けている。
「レイきゅんは夜明けの空が好きだもんねぇ……それで、相談ってナニ?」
「セシルさんは極鋼の物性を知ってるんですよね? 比重と不壊特性以外のです」
「レイヌスに聞いたから知ってるお」
この時点でセシルはジンが欲している情報に察しがついた。
と同時に、超大比重と不懐性以外の物性に気づいたジンの明晰な頭脳と観察眼に改めて感心する。
「極鋼は時空間に干渉できる。違いますか?」
「ジンセンくんって凄いねえ。どうやって気づいたの?」
「切っ掛けは、極鋼に付着した雪だけが融けなかったことです」
王宮から工場へ引っ越して以来、極鋼は工場の外に置いてあった。というか、ほぼほぼ埋まっていた。
夜間に降った雪が薄く積もっていたのだが、最初は極鋼自体が夜気で冷えているから融けにくいのだと思っていた。
しかし、敷地に転がっていた各種金属塊に積もった雪が融けた後も、極鋼に積もった雪だけがいつまでも融けないことに疑問を覚えた。
「それだけで気づいたの? 超天才かな?」
「まさか。かなり試行錯誤しましたよ」
極鋼に触れてみたら、雪が融けないほど冷えてはいなかった。
融けない雪は、極鋼の表面に接触している薄い層だけだった。
極鋼の上に置いた魔力コンパスが震える針をピタリと止めた。
彼是と試す内に〝どんな事象も固定される〟との結論へ至り、「時間軸に干渉する特殊な物性があるんじゃないか」と考えるようになった。
出元が魔王であり、時空間魔法の使い手である賢者を経由している点にもジンは引っ掛かりを覚えた。
そこで神紋に係わる神々を調べてみたところ、統神一二柱の中に時空を司る神は存在しないと判明した。
また、賢者神紋を与える神は知神イーサであり、賢者神紋が時空間魔法を内在している可能性が小さいことも判った。
「うん、やっぱりジンセンくんは凄いよ。レイヌスの神紋に時空間魔法をエクストラで付加したのは魔王だからね」
「あぁそういう。であれば、時空を司るのは死神ですね」
「おのれ勇者め頭良すぎー」
聖皇から「死神は死と転生を司る」と聞いた時、ジンの脳裏には〝時空〟の二文字が浮かんだ。
魂の何たるかなど知らないが、僅かでも物理的な存在性があるならば、死者が管理する魂は輪廻を巡り新たな命として転生するのだろう。
いわゆる輪廻転生には悠久なる時の流れをイメージしてしまうし、輪廻を特殊な時空間と捉えれば、死神が時空を司るという話は得心できる。
一連を回想したジンは、本題に入っても良さそうだと判じ口を開く。
「セシルさん、極鋼を干渉素子として魔脈に接続するツールを造れませんか? 理想を言えば、無線給電的に純魔力を供給するためのコアユニットです」
「あ~そういう相談だったのかぁ。魔脈の表面が時間軸を持たないことも知ってるカンジだ?」
「やはりそうでしたか。メイズ内に露出している魔脈に、数百年単位で人体の皮膚が生々しく残っていると知ってそうじゃないかと予想しました」
「アハハ、この憎たらしい天才勇者め…」
指で顎先を摘まんだセシルが、俯きがちに思案を始めた。
一分、二分、三分と時が経つものの、彼女の思案が完結する気配はない。
ジンが「やはり簡単じゃないか」と感じ取った時、視線を上げたセシルは立ち上がり、デスクの引き出しから何かを取り出した。
「近代的なラボで呼び鈴ですか…」
この世界に来てから頻繁に見かけるようになった代物だ。
王宮や高級宿で侍女を呼ぶ際に鳴らす、ハンドベルならぬフィンガーベルと称すべき小さな呼び鈴である。
「レトロでしょ。音は鳴らないけど、形状で事象効果を高めるって常套なの」
セシルは言いながら呼び鈴を振る。
確かに何の音も鳴らないが、数拍の後に驚くべき事象が発現した。
虚空に淡い光の線が垂直に走り、恰も両開きの扉が開くように割れていく。
「なっ…!?」
割れた虚空の奥には、褐色肌に銀髪というコントラストの利いた青年の姿が。
外見は二十代半ばといった風で、殺伐とした目つきが薄気味悪い。
地味な服装に灰色のローブを纏う青年は、のっそりという表現が似合う動きでラボ内へ足を踏み込んだ。
「久しぶりだね、レイヌス」
「賢者……」
セシルに向け小さく頷いたレイヌスは、品定めするような視線をジンへ送りながら椅子に腰を下ろした。
「意外と線が細いな、今代勇者よ」
その表情と物言いにカチンときたジンが口を開く。
「予想どおり内向的な雰囲気を垂れ流してるな、ご老体」
「フン、言いよる」
「そういう感じでスタートしちゃう? 面倒くさいんだけど?」
あからさまに「うっわぁ」という表情を浮かべるセシルは、戸棚の中から幾つかの道具を取り出しテーブルに並べ始めた。
瓶詰のコーヒー豆、注ぎ口が細長いケトル、ミル、ドリッパー、マグカップ。
こちらで言うところのケフェムをセシルが淹れ始めると、独特の香ばしい芳香が険悪な二人の気持ちを落ち着かせた。
「うむ……美味い。更に上達したようだ」
「コーヒーメーカー使うと文句言うから練習したんだよ」
「えっ、コーヒーメーカーあるんですか?」
「あるよ? 持って帰る?」
「是非とも。仕事中に淹れるのが面倒だと思ってたんで」
「だよね。私も同じ理由で造ったし」
全自動の小型焙煎器とミルもくれると言われ、ジンは一気に機嫌が良くなった。
「して、用件は何だ」
「魔脈の魔力を吸い上げるコアユニットを造りたいから手伝って?」
「……何に使う」
レイヌスが細めた目をジンへ向けた。
ジンは「仲良くなれないタイプだな」と確信しながらも、レイヌスの協力が必須ならばと、包み隠さず懇切丁寧に事情を説明する。
平和利用を目的としているが、美辞麗句を並べ立てるつもりは毛頭ない。
ブラックライノも超長距離兵器も、結局は権力者や使用者の胸先三寸で悪魔よりも悪魔的な代物に成り下がるのだから。
「綺麗事だけで済む世界など在りはせん」
「そう言ってもらると助かります。厳重なセーフティロックはつけるので」
「この世界がどうなろうと構わんが、まぁいいだろう。幾つ欲しい」
「吸引速度にも因りますが、レイの武装を作製した残りで幾つ造れます?」
「B玉サイズで十分だよね?」
「ビィダマとは何だ」
ジンはそんな少量でいいのかと驚きつつ、レイヌスに構想を説明するセシルの言葉に耳を傾ける。
量子転送的な時空間接続魔法を付与すれば、魔力の吸引速度は亜光速レベルで可能だという。
ここで問題になるのは、付与する時空間接続魔法がパッシブになる点だ。
要するに、一度起動すれば転送しっ放しになるため、魔力供給装置のスペックが低いと制御不能になり魔力災害を起こす。結末は圧壊による超大規模爆発だ。
「メイズも魔脈の魔力を利用してるんですよね? 同じ仕様ですか?」
「ほぼ同じだが、メイズは深さ方向への成長と魔物の生成に膨大な量を消費する」
「消費量が勝っている訳か……………魔脈の魔力が尽きる可能性は?」
「この惑星の中心核は巨大な魔力生成炉だ。一〇〇億年単位で尽きはせん」
「へぇ……だったら大都市を覆うレベルの多重結界装置でも造るか」
「うっわ天才かよー。しかも儲かりそうだしー」
「私が死んでいれば、お前が賢者神紋を得たやもしれんな」
「光栄ですね。多重結界についても協力をお願いします」
多重結界と魔力供給装置の仕様を詰める三人の議論は夜遅くまで続いた。