58:意外とアクティブ
召喚されて以降の行動や意図、状況変化をジンが説明すると、セシルは『悔しいけど頭のデキが違うね。おのれ勇者め』と感心した。
お気に入りのフレーズを言われたレイが半目になり、極鋼を拾って来て『賢者が出元だけどどうにかしてくれ』と頼む。
「極鋼のことはレイヌスから聞いて知ってるよ。あ、賢者氏の名前ね」
セシルが言うに、賢者はレイたちの固有技能まで把握している。
時空間魔法だから出来るとは本人の言らしく、彼は〝零式〟を持つレイが月森へ行くことを見越していたのだと。
「零式がどんなモンか知ってんの?」
「死神の権能らしいお。レイきゅんコワーイ」
「おいジン、変わってくんね?」
「言語道断だ」
とはいえ、賢者も死神の権能だということしか知らず、零式が何を成せるのかは未知だという。
ただ、ドベルクたちの死後に再びメイズ最奥まで行った彼は、魔王に『いずれ死神様の恩寵を宿す者が現れる。その者に神鋼を授けよ』と言われ、神鋼を持ち運ぶ術と共に渡されたそうだ。
「誰も知らねぇとかダメじゃん」
「零式はわかんないけどぉ、極鋼は超特殊な魔導金属なんだって。このラボっていうかビルとドームね、実は極鋼を加工するために造ったようなものだし」
「ガチで言ってる?」
「余裕でガチっす。極鋼って融解するだけでも五〇年くらいかかるんだよ?」
一同が絶句する。そんな中、セルベラ大佐だけが平静を保っていた。
セシルが過ごして来たこの四〇年間は、賢者の知識と知恵が基になっている。
賢者はセシルに対して献身的とも言えるほど協力してきた。
最初の一〇年ほどでセシルの唯一無二性を先代皇帝に知らしめ、彼女の確固たる地位を確立。
その後は皇室、延いては帝国に供与すべき技術とその度合いや頻度を逐次指導し、セシルが必要十分な権限と自由度を獲得できるよう実績を積み上げた。
凡そ二〇年前には極鋼加工を可能にするべく工場建設をセシルに勧め、それを受けた彼女は独自のアイデアを加えて高層ビルとドームの建設に着手した。
その際には当時第二皇子であったアドルフィト三世に『史上最高の皇帝にしてあげる』と直言し、成果を以て幼い彼を心酔させたという。
何を隠そう、ドームの地下には巨大な魔導溶鉱炉が眠っており、ラボの地下五階には各種加工装置が眠っている。
それらの設備には賢者の時空間魔法が付与されており、融解や加工に要す時間を〝1/1000〟に短縮することが出来る。
融解を例に挙げれば、五〇年かかるところを二〇日で完了できる訳だ。
「賢者ってアクティブなんだな。つーか、何でそこまで協力するんだ?」
「レイきゅんたち三人が昔の自分たちと重なったのかも? 彼にとってはドベルクとアンティへの罪滅ぼし代わりなんだと思うよ。たぶん」
「俺らまだ召喚されてねぇじゃん」
「レイヌスは私がレイきゅんたちと時間軸的に逸れたことも知ってたの。だから私はレイきゅんたちの話をしたし、彼も自分たちの昔話をしてくれた。もしレイヌスがレイきゅんみたいな性質だったら、後悔も未練もなかっただろうね」
レイヌスたち三人も幼馴染みだった。
レイヌスがレイであり、アンティがユア、ドベルクがジンといった関係だ。
しかしレイヌスとレイで決定的に違うのは、彼が実の姉同然のアンティを異性として愛してしまったこと。
アンティは幼い頃からドベルクを愛しており、ドベルクも彼女を愛していた。
が、ドベルクはレイヌスとアンティが恋仲だと思い込んでいた。
そんな関係のままメイズを踏破した後、アンティはドベルクが帰郷を望んでいないと知り、ならばと自身の気持ちを打ち明け相愛を確かめ合った。
偶然にも、運悪く、ドベルクとアンティが愛を確かめ合う場面を目撃してしまったレイヌスは、一言も告げることなく姿を消したという。
「ね? ドベルクってどっかの誰かくんと似てるでしょ?」
セルベラ大佐以外の目がジンへ向けられた。
「本当に勘弁してくれ…セシルさんまで知ってたなんて…」
「あれあれ? ジンセンくんはやっとユアユアの気持ちに気づいたのかな? っていうか、ユユ姉もミユちんもユアママも知ってるよ? ウチのマミーも」
「マ、マジですか…」
「おいジン、久しぶりにコーラが飲みてぇ。トクホのやつ」
「売ってるならパシるけども!」
「おほ? ねえねえレイきゅん、面白そうなことがあった的な?」
「ジンが俺を殴ってガチで首絞めたから泣かしてやった。ユアはまだ知らん」
「やぁーんアオハルぅ~~~♪ ドラマ一本撮れるね! 再現で撮っとく?」
「誰かあの時の俺を殺してくれ…」
ジンがソファの肘掛けに抱きつき顔を埋めた。
セルベラ大佐が興味津々といった風情でそわそわしている。
そんな彼女をチラ見したレイが口を開く。
「普通に喋ってんけどいいのか?」
「モニカちゃんは大丈夫だお。ね、モニカちゃん」
「セシル様を裏切る未来など有り得ません。私はセシル様にのみ絶対の忠誠を捧げ、身命を賭してお守りします」
「ありがとう! 私もモニカちゃんの悲願を必ず叶えるからね!」
見詰め合う二人から、そこはかとない百合臭が漂い始めた。
セシルとモニカの間にも、何やら物語があるようだ。
レイが半目で「相手を選べ、騙されてるぞ」と思ったのは内緒である。
極鋼で造る物を先に決めようと言ったセシルが製図デスクに身を移し、レイは思い出したようにミレアたちを紹介した。
セシルが『三人ともレイきゅんのコレ?』と小指を立てた刹那、レイのデコピンで撃沈されるも『きゅう~』と効果音を口走る猛者っぷりである。
ミレアがメイズナイフとブーツの仕様を説明し、レイが独自のアイデアを伝えていく。続いてシャシィが上着とパンツの案を話すと、何気に物知りなノワルが体温調節術式付きのボディスーツっぽい物がメイズでは有用だと補足。
説明を聞いているセシルは、鼻歌を歌いながらサラサラと武装のイメージスケッチを描いていく。鼻歌は某魔法少女アニメの主題歌だ。
「物凄く上手いわね。これも神匠の能力なのかしら」
「違う。こいつはファンタジックな服とか武器とか書いてないと死んじまう病気持ちだ。そうだセシル、あの魔装なんだよ。持って来たから金返せ」
「えー、自信作だったのにぃー。神紋戦隊シリーズVol.1」
「狙い撃ちかよ!」
最新の特化型モデルという話は真っ赤なウソである。
教会経由で入ったアンセストの問い合わせを聞いたセシルは、レイたちだと確信して「特化型モデルがある」と回答し、ソッコーで製作したらしい。
「っていうか、レイきゅんずっとジャージだたてウケるw」
「セシルにジャージを笑う資格なんぞない」
「それねー。忙しくて合成繊維まで手が回らないんだよぉ」
「え、お前ジャージ作れんの?」
「帝国の北側って掘れば原油が出るから作れるお。設備も設計は終わってるし」
得意気にピンと人差し指を立てたセシルが、ジャージを語り始める。
ジャージの正称はジャージーで、メリヤス編みニットの総称である。
元来はイギリスのジャージー島の漁師用に作られていたニットだったため、ジャージーの名称が付いたという。ジャージー牛と同じノリだ。
しかし毛糸では耐久性が低いため、セシルは石油から合成繊維を製造し、念願の〝臙脂色に白線が入ったジャージ〟を作る気でいる。
今度は緑色でもいいかな?と思っている。
「セシルのヲタ話はどうでもいいんだけど、お前これからどうすんの?」
「レイきゅんと一緒にいたいけどぉ、皇帝くんが泣いた後でキレちゃうからねぇ。それに私って戦闘力ナッシングだし、オルタニアじゃないと出来ないコトも多いからここにいるー」
「日本に帰る気がねぇって意味か?」
「帰るよ? レイきゅんたちが魔王に〝四人で帰る〟って言えば帰れるから」
「マジで?」
「レイヌスの話を信じるならマジっす。そうだ、レイきゅんの武装が完成したら私がアンセストに持って行くよ。ユアユアにも会いたいし」
「レイがいなくても製造に問題はないんですか?」
「レイヌスが極鋼を運ぶ魔法具をくれたからモーマンタイ」
「それは嬉しい誤算です。レイは色んな意味で最大戦力ですから」
その言葉を聞いたセシルがキョトンとした。
彼女はレイたちの神紋と固有技能を知っているが、実戦力との関係性は理解していない。五系統の魔法を有し、剣帝まで持つ勇者ジンを最大戦力だと思うのはヲタの常識的に当然と言える。これはレイと戦った、もしくはレイの戦闘を観たことがないと把握できない事実であり、聖皇でさえ実質的な最大戦力はジンだと思っている。
「レイきゅんって勇者のジンセンくんより強いの?」
「俺の怠慢でもあるんですけど、レイと俺とでは大人と子供の差があります」
「そりゃ言い過ぎだろ。ジンにはヤバい魔法があんだし」
「なら聞くが、俺の〝天照之光剣〟がレイに直撃するか?」
「あれかぁ……今なら避けれるかも?」
「違うだろ。激光魔法は俺が持つ中で最高速の攻撃手段だけど、視認によるターゲティングが必須だ。俺は本気のレイを目視で捉えられない」
ジンの自己評価は嘘じゃないものの、過小評価でもある。
実際には感覚強化によって視力や動体視力が上がり視認距離も伸びるため、絨毯爆撃よろしく視界内に数多の激光を落とせばいい。
が、レイと違って魔力量に上限があることから、当たるまで撃ち続けるという戦術を選択できないのも事実である。
「お姉ちゃん嬉しいよ。レイきゅんが今も脳筋マキシマムで」
「やかましいわ。自分の厨二を治してから言いやがれ」
「バカなっ! レゾンデートルだから治さない!」
厨二が存在意義へと昇華された。
一行はセシルの奢りでビル内のホテルに泊まり、展望レストランを貸し切った再開パーティー兼親睦会で大いに盛り上がる。
レイが宿場町オルデの露店で老婆からもらった木札を見せると、セシルは『ウチの新人が造った半端品を安値で処分してる店だお』とケラケラ笑った。
そんなセシルの両サイドにはシャシィとノワルが座り、異常にゴマを擦りセシルを味方につけようとするのだった。