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56:マウント返し


 宰相を名乗ったイグナシオは皇帝の叔父で、実のところは近衛騎士団の総長であった。


 傍流でも皇族が騎士団の総長を務めるなど異例中の異例だが、剣才に恵まれたイグナシオは神匠が生み出す魔装の魅力に憑りつかれ、自ら願い近衛騎士に加わった。

 アドルフィト三世が即位した際に近衛総長を拝命し、懐刀として皇帝を守護しているといった経緯らしい。


 因みに、アドルフィト三世は宰相を任命しておらず、イグナシオと神匠、宮廷魔導士筆頭の三名を相談役にしているらしい。


「実を申せば、神匠殿は貴殿等に会いたいと願っている」

「陛下が我々と会わせたくない理由を伺えますか?」

「神匠殿は好奇心旺盛というか、些か風変りな人物でな。もし貴殿等に興味を持てば、彼の者は容易にオルタニアを去るであろう」

「それはまた…陛下のお気持ち、察するに余りあります」

「フッ、勇者殿も同様の心労を抱えているか」


 言った皇帝が、高級菓子を貪るレイへチラリと目を向けた。

 暴発した鉄砲玉は何処へ飛んでいくか判らない。


「仮に神匠殿が我々に興味を持ち同行を望むとして、我々がそれを固辞すると約せば会わせてもらえますか?」

「願ってもない申し出ではあるが、勇者殿も相当な作り手と聞いた。欲しくはならぬのか?」


 話を聞く限り、神匠は好きに物造りが出来れば満足するタイプ。

 仮に地球人だとしても、帰ることを前提にしていないように思える。

 加えて、レイに対する皇帝とイグナシオの驚愕っぷりから、神匠はガチでモノ造りに特化した魔法しか持っていない。

 そもそも、ビルの地下から自力で脱出できない状態ならば話にならない。


 一方で、ジンたちは日本へ帰ることを前提に全てを決め、行動してきた。

 最近は心変わりをしつつあるものの、神匠が帰還を望むなら多少無理してでも連れ帰るが、帰りたくないと思っている足手纏いと行動を共にする気はない。


 ドベルクの手記によれば、彼が到達したメイズ最奥は九三階層。

 しかし、「メイズは刻々と成長し深くなる」と魔王はドベルクに伝えている。


 これはジンの推論でしかないが、メイズを構築した死神は地上と冥界を繋げようとしているのではないか。

 冥界と繋がれば殺戮衝動の塊という悪魔が挙って出て来る訳で、人類、特にシーカーにとっては究極の試練になるだろう。

 創造神が死神を冥界に封じた理由が、意趣返しだとすれば少しは理解できる。


 更に、メイズ最奥に存在する魔王は死神の眷属だ。

 魔王が今も死神の意志を実現させようとしているなら、創造神たちが張った結界の弱体化を望むに違いない。


 更に推論を重ねれば、メイズを深さ方向へ成長させている張本人が魔王で、創造神たちは神託などで初代エルメニア聖皇に結界の維持を託した、もしくは命じたのではないだろうか。


 何れにしろ、より深く成長しているメイズの最奥が、現時点で何階層なのかは到達するまで謎のままだ。ゴールすら判らない場所へ足手纏いを連れて行くのは是非とも遠慮したい。


 詰まる所、ジンは自分たちに有用なモノと情報さえ入手できればそれでいいという考えである。


「我々が造るのはアンセスト周辺地域の情勢安定化に繋がる物だけです。聞く限りだと、我々の行動原理は神匠殿の嗜好にそぐわない気がします」

「ふむ、神匠殿は故国で建築を学んでいたと申しておった。そうかと思えば珍妙な魔装を嬉々として作りもするのだ。ともあれ、勇者殿が約すと言うなら余も安堵できるというものよ」


 皇帝の言葉を耳にしたレイが、新たな菓子を口に放り込んだ手をピタリと止め、目を細めて僅かに口を開く。


「なんだと…?」

「どうしたレイ、気になることでもあるのか?」

「……んや、何でもねぇ。お姉さん、この菓子もっとちょうだい。コレなんて菓子? 飴だよね? スゲー美味いんだけど」

「何かと思えば、ったく」

「そちらはお菓子ではなく蜘蛛糸でございます。只今お持ちいたします」

「え…?」

「愚者殿もそれを好むか。塩味と甘味が溶け合う珍味であろう?」


 皇帝も好物だというそれは、蜘蛛型魔獣アルノスの幼生が出す細糸を玉にした物であった。幼生の細糸は切れやすいため、蟲が好んで絡むよう塩っぱ甘い分泌物と一緒に巣を張り捕食するのだと。

 ワインや蒸留酒にも合うため皇帝は常に用意させるらしい。


「クモの糸って…まぁ美味いからいいや」


 この辺には魔獣領域がないに等しいため、珍味として高値で取引されている。

 帰ったらアルノスを探しに行こうと企むレイであった。

 シレっとユアに食べさせる気である。


 午餐を一緒にという皇帝の申し出を固辞した一行は、街中で昼食を済ませた後にビルへ向かうと伝えて皇宮を後にした。




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




 レイたちが去った後、神妙な顔つきになった皇帝がイグナシオへ目を向ける。


「叔父殿、魔装を装備しても伍せぬか?」

「無理ですな。十中八九は魔装が正常に機能せぬでしょう」

「何故だ?」

「推測の域を出ませぬが…」


 そう前置きしたイグナシオは、経験を踏まえた推論を語る。


 魔装の魔力回路は、装備者が魔力や術式を導入し易いよう裏地側に剥き出しで構築してある。

 この構造にはデメリットもあり、極度に魔力濃度が高い場所では魔力干渉が起きて正常に機能しなくなる。


 魔装を第一種戦闘装備とするオルタニアが魔獣領域を潰して廻ったのも、魔力干渉の可能性がある場所が戦場になると苦戦を強いられるからだ。

 かと言って回路を内蔵してしまうと、魔力制御技能が拙い兵士に魔装を支給する意味がなくなる。


 実のところ、神匠が考案したなんちゃら戦隊的な特化型魔装は、全身タイツにしか見えないカラフルボディスーツの内側に魔力回路が走っており、中間層には魔力伝導率が低い魔導金属を極細線化して織り込み、環境魔力の九割を遮蔽する機能を持たせている。つまり、魔力干渉による機能不全や誤作動を防止できる。


 更に、部位装甲や武器・防具を装着する部分に接続端子が設けてあり、武器や防具に刻印した術式への魔力供給も可能にしている。

 あのデザインさえ見直せば理に適った仕様なのだが、非常に残念な話である。


「意匠を見直せと命じても聞く耳を持たぬしな」

「左様でございますな。つきましては陛下――」

「言うな。メイズは欲しいが致し方ない。アンセストへの手出しは止めだ」

「ご英断と存じます」

「あのような化け物共を相手にすれば、戦力を削られるだけで益がないわ」


 あわよくばアンセストを属国化しようと目論んでいた皇帝は、至極あっさりと計略を白紙に戻した。

 自身も優秀な魔術師だと自負する皇帝にとっては、レイが放った威圧よりも神匠の居所を察知した魔力感受性が脅威的であった。


 魔力波動に同じものは一つとして存在しない。

 しかし種族や血統による類似性は現れるため、データベース化してしまえば類推は容易いと神匠に説かれたことがある。


 しかも、魔力感受性が強い妖精種には、一度感知した魔力波動を感覚記憶に保存できるという検証結果も見せられた。

 であれば、到着したばかりのレイが神匠の所在を察知したのは、異常に強い魔力感受性が、類似性のない波動を感覚的に選別したと推察するしかない。


「邪竜の大峡谷で魔獣の尽くを一撃の下に殲滅した勇者、そこにあの愚者の感知能力が加われば……悍ましいとしか評せん」

「戦士神紋とは斯くも怖ろしき物なのですな」




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




 食堂ではなくレストランと呼びたくなる店の前に竜車を横付けしたレイとジンは、「これイタリアンかスパニッシュですよね?」と問い詰めたくなる料理の数々に舌鼓を打ちまくった。


 ミレアたちも貪るように食べまくり、勘定が五〇万シリンを超えた。


「この街なら引っ越してもいい」

「引っ越さないけど同感だな」

「こういう食堂、ボロスに作れないかしら?」

「作れねぇこともねぇな。ユアなら」

「ユア様って料理上手なの?」

「一番は長女のユユ姉だけど、ユアも普通に金取れるレベルだぞ」

「ジン様は料理もユア様も食べ放あはんっ! 引っ叩かれました!?」

「いいスナップだ」

「会心の一撃だった。今後は敵をノワルに見立てよう」


 帝都を見下ろす丘へ戻った一行は、掘りだした極鋼を持ったまま動かなくなったレイを訝し気に見遣る。


「早く積めよ。そろそろ行くぞ?」

「あーうん、そうだよな、行くよな」

「「「「?」」」」


 明らかに気乗りしていないレイを不思議に感じつつ、一行は高層ビルを目指して竜車を進発させた。


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