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54:西側諸国


「バカか」

「バカだわ」

「バカだね」

「何てことしてくれるんですか! このおバカさん!」

「あーうるせぇー」


 暇潰しに曲乗りをしていたレイがゴーレム馬を壊した。全損である。


 コンテナに積んだ極鋼から離れられると困る皆は「ヤメロ」と言ったのだが、レイは何に勝機を見出したのか、横並びに走る走竜二頭をゴーレム馬で跳び越えようとした。


 跳んだ瞬間に「これムリ」と悟ったレイは瞬間的に強化を施し、ゴーレム馬を全力で蹴り飛ばし走竜の背に着地したという顛末である。

 エルメニアから先は所謂〝先進諸国〟であり、オルタニアの魔装を含めた魔導兵器が流通しているため魔獣領域がないに等しい。要するに暇すぎた。


「こっちってホント進んでるよな。道もキレイで広いし、畑も四角だし」

「アンセストがローマ帝国末期で、エルメニアから西側は中世盛期くらいの水準に思える。詳しい訳じゃないが、一〇〇〇年分くらいの差はありそうだな」

「エルメニアから西は小競り合いしか起きないのでしょうね」

「戦争してる国の王様たちもこっちを見に来ればいいのにね」

「確認ですが、ゴーレム馬を弁償するのはレイ様ですよね?」


 借り受け書に署名したノワルは、文明水準を語っている場合ではない。

 皆がレイに視線を向けると、本人はスッと顔を背けた。

 王室ではなく軍のゴーレム馬なのでバックレる気かもしれない。


「そう言えば、ノワルの返済計画を聞いてなかったな。どうする気だ?」

「一挙両得を考えメイズで体を売ろうガハッ! 冗談です! 少し手加減を!」


 ミレアが八極拳を彷彿とさせるダイナミックな肘撃でノワルの顎をカチ上げた。


「ミレアたちも俺らと一緒に潜るんだよな?」

「もちろんよ。依頼にはメイズ内行動と戦術の指南も含まれているわ」

「指南することあんまりないよねー」

「それはレイだけよ。ジン様とユア様には酷環境での野営経験とかないわよね?」

「ないな。一度レイとレオさんの山籠もりに参加して懲りた」

「んなのは慣れだよ慣れ。なあミレア、メイズってどんくらい稼げんの?」

「クラン不考慮としてこの五人で下層探索に専念したら……月に一億二千万くらいかしら」

「すげっ」

「そこから諸経費を差し引くんだろ?」

「糧食や魔術薬、道具類、武装の修繕代を差し引くわ。四割前後が相場よ」

「でもねレイ、最初は探索じゃなくて攻略しなきゃだよ」


 シーカーが「探索する」と言えば、それは「稼ぎに行く」ことを意味する。

 戦力に応じた階層にベースキャンプを置き、前後の階層を含めた三階層で魔物の魔核やメイズ産物の収集に専念するのが常套である。


 但し、二〇階層ごとに出る守護者を倒さなければ先へは進めない。


 守護者の間の扉には宝珠があり、個人認証と討伐記録照合機能を持っている。

 つまり、守護者を一度倒してしまえば、二度目以降は「戦う or 戦わない」を選択できる仕様だ。


 メイズから地上階への帰還については、守護者の間の奥扉を抜けた広場にある〝帰還用転移陣〟を使う。しかし〝帰還用〟と言うだけあって、地上階からメイズ内への転移は不可能である。


 ミレアがリーダーを務めるパーティーは一時的に解散しているが、今回の長~い依頼を受ける直前に四〇階層の守護者を打倒し、下層と呼ばれる四一階層以降の攻略に着手したばかりであった。


 レイたちの戦力ならば、余裕で六〇階層まで行けると彼女は確信している。

 だがしかし、四一階層以降は自然窟のような構造で入り組んでいる上に、上層と中層で使ったクラン支給のルートマップもない。

 これは「下層以降のマップは自作して然るべき」という、ディナイルの方針なのでどうしようもない。


 加えて、下層からは階層面積が体感で倍ほど広くなるため、階層マッピングだけでも五日前後を要する。

 四一階層から五九階層までのマッピングを完了するには一〇〇日ほど、こちらの月数にして二ヵ月半ないし三ヵ月を費やすという話である。


「悪魔が出るまで二年半あんだし余裕じゃね?」

「あのなぁ、俺の独りで考え込む悪癖は認めるけど、レイはもう少し考えて喋る癖を身につけろ。現状での二年半なんてあっという間だ」


 仮にオルタニアで極鋼加工が出来るとして、一日二日で終わるはずがない。

 下手すれば年単位を要すだろうし、最悪はレイの立ち会いが必要になる。


 ライハウス伯爵が体制を整えた時点で、対ドルンガルト作戦も開始する。

 並行して魔力充填装置と長距離魔導兵器の製造・配備に目途を立て、状況に因っては月森の南西にあるキエラ王国を潰す必要性も生じる。


 言うまでもないが、魔導製品開発部を独立商会化し、人材育成と新規採用を進め、経営全般を従業員に任せる体制も整えなければならない。


 それら全てが完了して漸く、メイズ攻略に専念することが出来る。


「大変だな。つーか、ノワルの話じゃなかったっけ?」

「ノワルが稼ぐ事と俺たちがメイズに専念する事はほぼ同義だ」

「道着? 着るやつ?」

「同じ意味ってことだバカ!」

「あぁ同義語の同義ね。ってかキレんなよ勇者。聖者に嫌われっぞ」

「っ……ハァ、もういい」

「ジン様は心労が尽きませんね。私は顎の痛みが尽きません」

「ノワルに言われるとなぜか癪に障る」

「ありがとうございます。言った甲斐がありました」


 無表情な煽りスペシャリストの言葉に再び溜息をつき、従順な走竜たちを妙に可愛く想いながらジンは竜車を走らせる。


 聖都を発った日から一六日後、一行は異例とも言える早さでオルタニア魔導帝国に入国した。


 道中の一六日間では、レイと髪色の似た幼女が「パパ」と呼んで纏わりつきミレアが「違うのよ?」と諭したり、ハーフリングの青年に求婚されたシャシィが困りミレアが同性愛者の恋人を演じたり、ジンが好物のメロンパンを食べたいがために製法を伝授したパン屋の娘と結婚させられそうになりミレアが婚姻届の偽造を法務院へ訴えたり、寝ているレイに性的悪戯をしようとしたノワルをミレアがロメロ・スペシャルで極め葬ったりと、様々な出来事が巻き起こった。


「凄く早い到着だけど物凄く疲れたわ」

「色々と面倒をかけてすまなかった」

「本当よ。ジン様も自分のことだと意外に脇が甘いわよね?」

「面目ありません。今後は気をつけます」

「そうしてちょうだい」


 ミレアが本物の隊長になりつつある。


 オルタニア南東部の国境関から西海岸にある帝都オルザンドまでは、竜車で直進すれば五日ほどで着くだろう。

 アンセストの属国としてスタートしたオルタニアだが、現在は地方都市でさえアンセスト王都など比較にならないほど近代的だ。


「これは凄いな。おそらくアスファルト舗装だ」

「アスファルトって石油で作るんじゃねぇの?」

「地球では石油精製過程で残渣として出る重質油なんだが、天然アスファルトもあるんだよ。これだけの量を使えるってことは油田が多いんだろうな」


 地球における天然アスファルトの歴史はかなり古い。


 紀元前三八〇〇年頃の古代メソポタミアでは建材の接着剤として利用され、紀元前三〇〇〇年頃の古代エジプトではミイラの防腐剤に利用されていた。

 〝創世記〟には、バベルの塔を建設する際にレンガの接着剤として、ノアの箱舟を建造する際に防腐剤として使ったとの記述がある。


 日本においては、日本書記天智天皇七年(西暦六六八年)七月の条に、越の国から〝燃える土(天然アスファルト)〟と〝燃える水(石油)〟が天智天皇に献上されたと記されている。

 因みに、越の国とは現在の新潟県である。


「屋台料理も美味そうで小洒落たモンが多いな」

「もうすぐ夕食の時間だよ?」

「美味そうって言っただけ。宿のメシが美味いといいなって」

「あたしも最近食べる量が増えて怖いんだよねぇ」

「私も最初は怖かったけど、太らないから心配いらないわ」

「ミレアさん腰は細くなりましたけど、お胸は大きくなってますよね」

「そう言うノワルもでしょう?」

「装備の更新が必要なくらい大きくなりましたよ?」

「何で俺に言うんだよ」

「重要報告です」

「やっぱりレイも大きい方が好きなの?」

「…さてと、良さげな宿の聞き込みに行ってくるかな。後は頼むぞ勇者」


 好きじゃないと言えば嘘になってしまうレイが逃走した。

 残されたジンはポーカーフェイスだが、内心「逃げるな!」と叫んでいる。


 西へ沈みゆく真っ赤な夕陽に照らされながら聞き込みを終えたレイは、何となく「やっぱ太陽は東から昇って西に沈むんだな」と思いながら竜車に戻った。

 単なる偶然であり、地球がある太陽系でも金星は自転方向が逆なので太陽は西から昇るのだが、さておき。


 先進国〝でも〟と言うべきか〝だから〟と言うべきか、それなりに規模が大きなこの都市も、竜舎を持つ宿は一軒しかないらしい。多分に漏れず高級宿なのだが、女性陣は聖都の迎賓館以来となる快適な宿泊を大いに喜んでいる。


「ふぅ、気持ちいいわ。魔導式の浴室は楽でいいわね」

「ミレアほんと大きくなったね……揉んでいい?」

「ノワルみたなこと言わないの。シィだって小さくないじゃない。形も良いわ」

「ハーフリングにしては大きいと思います。一二歳くらいの私と同等ですし」

「ケンカ売ってる? 表に出る? んん?」

「レイみたいなこと言わないの」

「真面目な話ですけど、レイ様もジン様も理性が強すぎると思いませんか? 故国が一夫一婦制だからかもしれませんが」

「確かにそうね。横にいて不安なく熟睡できる男って初めてだわ」

「あたしね、時々夢見ちゃうんだ。レイに襲われる夢とか…あたし変かな?」

「正常だと断言します。朝の雄々しい股間を目にすれば欲情必至です」

「立派だものね…レイ」

「うん、赤面しちゃう…」

「いずれにしろ、我々にとってユア様の問題が解消された点は僥倖です」


 女性陣が赤裸々な話を展開している頃、レイは盛大にクシャミをし、背筋に走る悪寒で身震いしていた。


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