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53:異名は厄災


「よく分かんねぇんだけど、聖皇ちゃんは賢者探して何すんの?」

「その呼び方は止めろレイ。聖下が賢者を探す動機は明白だ」

「マジっすか。さーせん勇者パイセン」

「お前なぁ…」

「ふふっ、もしよろしければルゥネイとお呼びください。私の幼名なのですが、親しき方々は今もそう呼んでくださいます」

「じゃあルゥネイで。俺もレイでいいからさ」

「承りました、レイ様」


 レイは少女然とした外見だけで〝ちゃん〟付けしたが、彼女は長命種であるためレイより遥かに年上である。

 聖皇在位期間だけでも二八年なので、若く見積もっても四〇歳は超えている。

 とはいえ、あっという間に打ち解けてしまうレイを、ジンが羨ましく思ってしまうのも事実であった。


 さておき、ジンが言うとおり、賢者捜索の動機は明白だ。


 聖皇は盗まれた物よりも強力な結界維持、もしくは結界強化装置を欲している。

 賢者の神紋に内在するのは時空間魔法であり、おそらく時空間魔法でなければ造れない代物なのだろう。


 ジンは自身が抱いた疑問を精査し、どうしても解らないことを問う。


「我々の中に賢者が存在すると考えた理由は何です? 告報のレリック(神遺物)が正常に機能するなら勇者、聖者、愚者が出たはずです。それに、存命の賢者が召喚されたのは五〇〇〇年前です」


 聖皇がはたと気づいた様子で『言葉足らずをお詫びします』と前置きした。


「愚を象徴する神は統神一二柱に含まれておりません。加えて五〇〇〇年前に召喚された賢者様がご存命とは知らず、大変失礼いたしました」


 サラッと言われたが、大層な新事実の発覚である。


「告報のレリック(神遺物)は愚者の出現を報せない、という意味ですか?」

「はい。凡そ四〇年ぶりに共鳴を起こしたレリックには勇者、聖者、賢者、神匠、星詠、地母、闘志の七神紋が光を湛えました」


 告報のレリックは巨大な魔法陣型の構造物で、聖皇宮地下神殿の床に一二柱の神々を象徴する紋章が刻まれている。中央には二重螺旋構造の音叉のような物があり、新たな神紋が出現すると共鳴を起こす。


 共鳴が生じた際には、司教以上の職位にある魔術師五〇名を動員して魔法陣を起動する。その時点で現界に存在する神紋を司る神の紋章が光を湛えるのだが、その光は程なくして消失する。つまり、共鳴が生じた際の一時だけしか神紋は確認できないという仕様だ。


 しかし、愚を司る神は一二柱の神々に含まれていない。


「愚を司る神は不明ということですか?」

「それは…その…」

「うっわ、俺分かった気がすんだけど」

「何だよ」

「禍ツ神だろ」

「まさか。違いますよね?」

「…レイ様が仰るとおりです」

「「「えぇっ!?」」」

「レイお前流石だな? 厄災を異名にしたらどうだ?」

「うっざ! その顔うっざ! あっち行けウザ勇者!」


 統神一二柱とは、主神が生み出した低位階の眷属神を統率する神々であり、聖教会を引き合いに出せば、教皇を補佐する枢機卿のような存在だという。


 遥かなる昔、神々が地上に降臨して受肉し、人種(ひとしゅ)と共存した時代を〝神代〟と称する。共存理由は知恵ある人種(ひとしゅ)の多様化と進化の促進であり、受肉したのが一二柱の神々であった。


 統神一二柱を従えるのは創造主たる主神だが、主神は二柱が存在するという。


「禍ツ神は創造神と双生の神であり、堕天した後に死神と称されました」

「おぅふ」

「なぜかしら、違和感がないのだけど?」

「レイだと思うと嫌な気がしないよ?」

「むしろ昇天させてもらえそうで興奮します」

「レイ、お前やっぱ流石だよ」

「まあな…」

「死神は死と転生を司る神です。決して邪な神ではありません。死神が禍ツ神と称され邪の象徴となったのは、神話が誤解されたが故だと私は考えています」


 愚を象徴し死と転生を司る死神は、栄を象徴し創造を司る創造神に問うた。


――人種に恩寵を与えすぎではないのか――


 種の多様化と進化を促すのであれば、必要なのはむしろ苦難であるべき。

 権能の欠片を過分に与える行為は逆効果である。


 そう主張した死神が地上に構築したのは、死が渦巻くメイズ(迷宮)だった。


「「「えっ!?」」」

「聞いた話と違くね?」

「違うな。メイズを創造したのは魔王で、魔王は魔神の眷属という話だった」

「それも神話が誤解された故の伝承です。そも魔神という神は存在しません」


 魔王は死神の眷属神である。

 メイズを構築し魔王を生み出した死神は、創造神の怒りに触れた。

 そして堕天した。いや、堕天させられた。


「ただの兄弟ゲンカかよ」

「そう思えてしまうが、なぜ怒ったのか不思議だな」

「神格が持つ性質の対極性に因るものかもしれません」


 創造神は創造し与えることで生命の進化を促す。

 死神は死と転生を繰り返すことで魂の位階を上げ未来における進化を促す。

 端的に言えば、今を重視するか未来を重視するかの違いである。


「難しい話は分かんねぇけど、禍ツ神が悪者じゃないなら出て来ても良くね?」

「その前に悪魔が出て来るんだが?」

「あぁそうか。実は悪魔もイイ奴だったり?」

「残念ながら、悪魔は殺戮衝動の塊です」

「だよねー」

「因みに、禍ツ神が再臨したら何が起きるんです?」

「定かな処は分かりませんが、神代の終末戦争が再発する懸念は拭えません」


 創造神が率いる統神一二柱と、死神が率いる魔王による戦争。

 敗北した死神は堕天し、悪魔の巣窟たる冥界に封じられた。

 そして創造神をはじめとした神々は外郭界へ戻り、神代は終わりを迎えた。


 詰まる所、過去の勇者が禍ツ神を討ったという伝承は単なる作り話。

 おまけに、神話を改竄したのが権威を高めようとした教会だというのだから因果というか自業自得というか、溜息しか出ない歴史の裏話である。


 それを聞いたレイは「王宮にあったキラキラ聖剣とギラギラ聖鎧も偽物か?」と、何気に鋭い疑問を抱いていた。


「聖下の懸念は理解しました。話を戻しますが、そもそも結界はどこです?」

「メイズ最奥の更に深き処に在ります」

「「「「……」」」」


 レイ以外の四人が言い知れない不安を覚えた。

 メイズがヤバい場所なのは既知だが、物凄くヤバい場所だったのか、と。


「どうせ行くんだし今考えても意味なくね?」

「まあそうだな。聖下、結界を維持する仕組みを教えてもらえますか?」

「魔脈を介して魔力的に構造体を維持しています」


 非常に解かり易く、とても合理的な方法だ。

 ジンにとっては思いがけない重要情報でもある。

 何しろ、魔脈への物理的干渉が可能だという証左なのだから。


「結界維持が困難な場合、悪魔が現出し始めるまでの期間的猶予は判りますか?」

「三年…いいえ、二年半とお考えください」


 察するに、結界自体に三年分程の魔力を溜め込む機能があるのかもしれない。

 これまで最短ルートで彼是やってきた自負はあるものの、二年半での六〇階層到達はかなりハードルが高いと言わざるを得ない。

 そもそもの話、賢者が結界維持用アーティファクトを造れるとしても、協力してくれる保証も確証もない。現状のまま推移して悪魔が現出した場合、自分たちで対処できるのだろうかとジンは懊悩する。


「おいコラ、また悪い癖が出てっぞ。独りで考えすぎんな。やれることやってダメなら悪魔をぶっ飛ばすだけの話だ。お前は独りじゃねぇんだぞ」

「ったく、そのとおりでしかない。最速でオルタニアへ行って王都へ戻ろう」

「おう、こりゃ野営祭りだな!」

(なんと素晴らしい…どこまでも真っ直ぐな言葉で周囲に力を与えてくださる)

「ほんと頼もしいわね。不安になった自分がバカみたいだわ」

「あたしたちだって強くなってるから大丈夫だよね!」

「なんですかこれは…胸がドキドキし始めました…」

「おいノワル、一撃で心臓止めてやろうか?」

「なんでですか! 早く抱いてくださ痛っ…ゴメンナサイ」


 ミレアが加減をしなくなってきている。近い内に殺ってしまいそうだ。


「皆様の一助となるようオルタニア皇への親書を認めます。今宵はお体をお休めになり、明朝お発ちください」


 残り幾つかの疑問を解消したとこで聖皇との面会は終わりを迎えた。


 タイプは違えど醸す雰囲気がどこかユアに似ている彼女は、レイとジンにとって心地の良い女性であった。

 ミレアとシャシィは聖皇が平民である自分たちまで気にかけてくれるとは夢にも思っていたなかったため、おもいっきり感激している。

 敬虔な信徒を自称ならぬ詐称するノワルは、実のところ教会を嫌悪していた。

 男爵家を潰しにかかった黒幕の一人に、教区の司教がいたからだ。

 しかしこのひと時を過ごした彼女は、〝聖職者だから敵〟との考えを改めようと思えるようになっている。


 其々の想いを胸に、一行は迎賓館で一夜を過ごした。


 明けて翌早朝、急ぐ旅路でも朝トレをやるのかとジンが問えば、レイは『オマエ時々バカになるよな?』と呆れた目で答えた。こと戦いにおいて最悪を想定し備えるレイは、悪魔との戦闘が起きることを前提に今後のメニューを何種類も一夜で作った。異様に説得力のある見解に納得した面々は、気持ちを新たに聖都ハシュアを発ちオルタニアを目指すのだった。


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