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50:頭脳派と肉体派


 侍女に金を渡して紙束を調達したジンは、リビングではなくダイニングでシャシィとノワルの対面に腰を下ろした。


「最初に言っておく。これまでの常識や形式や様式といった全てを考えないこと。捨てろという意味じゃなく、俺が教える間は俺の言葉を疑うことなく受け入れ従ってくれ。出来るか?」

「「はい」」


 頷いたジンは紙束の紐を解いて配り、自分の紙にポピュラーな基礎の火系統術式を魔術言語で書き、二人の前に差し出した。


「先ずは〝着火イグニタ〟を行使してくれ」

「「えっ?」」

「疑問を持つな。どんなに系統相性が悪くても基礎なら使える」

「「はい…」」


 光と水のシャシィ、風と土のノワルが、五節から成る術式を詠唱する。

 しかし、何度詠唱しても灯は発現しない。


「二人とも実に頑固だな? まあ期待どおりなんだが。因みに、俺が受けた能視の証明書はこれだ」


 バックパックの前ポケットから出した証明書には、光系統と闇系統に適性があると記載されている。


 そしてジンが詠唱を始めた。


「求めるは火 万物を焦がす存在よ力を示せ 焔帝の王子たる威を見せつけ 我が手に齎し顕現せしめよ 着火イグニタ

「うわ…」

「なぜですか…」


 上に向けた人差し指の先に、小さな灯が発現した。

 ジンは直ぐさま指先に供給する魔力を断ち火を霧散させる。


「とまあ、無駄に長い詠唱で小枝すら燃やせない火を発現させる訳だが、面白いのはここからだ。よく見て、よく聞いておくように」

「うん」

「はい」


 ジンは立ち上がって背後の窓を開け、自分の左右に来いと手振りで促した。

 二人が左右に立つと、ジンは手指で銃を形作り口を開く。


「百式01【蒼炎弾フレイムブリット】」


ゴアッ!


「「ひっ!?」」


 刹那に高熱を撒き散らした流線型の蒼炎が、瞬く間もなく空の彼方へ消えた。


「魔法じゃなく魔術だぞ。詠唱は俺たちの故郷の言語だ。面白いだろ?」

「「………」」

「その化け物を見るような目は止めてくれ」

「化け物でしょ?」

「変態ですよね?」

「座れ!」


 半ギレで座ったジンが、紙に日本語をカリカリと書いていく。

 結構な文字数を書き終わったジンが、文字を三つの丸で囲み、丸の上にこちらの文字で〝百式〟〝01〟〝【蒼炎弾フレイムブリット】〟と書いた。


「これが三節の内容だ」

「百式って…大賢者様の…」

「何でそれだけの内容を数字に出来るんですか!? おかしいです!」

「合理を保ってるからおかしくはない。王宮のレパント老から百式は賢者の秘技だと聞いてな、センスの良い言葉だと思って真似した。とにかく話を聞け」


 大前提として、この世界の魔術は精霊魔術の詠唱を手本としている。


 〝着火イグニタ〟の術式詠唱を例に挙げると、一節目の『求めるは火』が系統の選択になっている。


 二節目の『万物を焦がす存在よ力を示せ』は「術式を使うので力を貸してください」という要望の明言だ。


 三節目の『焔帝の王子たる威を見せつけ』は精霊を特定している。

 〝焔帝の王子〟の場合は火の下位精霊サラマンダーになる。


 四節目の『我が手に齎し今ここに顕現せしめよ』で実際に何をして欲しいかを明示している。


 そして五節目の『着火イグニタ』を確定のトリガーワードとして発動する。


「それはお師匠から習った」

「私も魔術学院で学びました」

「じゃあ訊くが、精霊の霊力とは無関係な系統魔術師が、なぜ要望の明言や精霊の特定、どんな術式を使うかを説明する? そんなの無意味で無駄だろ」

「「………」」


 二人が「そんなこと言われたって」という風情で顔を見合わせた。


「それも期待どおりの反応だ。反論や解説をされたら終わるからな。ここからが本題だ。俺のオリジナル術式を説明する」


 ジンは〝百式〟を起動式、〝01〟を事象式、〝【蒼炎弾フレイムブリット】〟を発動式と呼称している。それら三式を一つの術式に纏めている訳だ。


 起動式は系統を指定し、任意量の魔力を導入する工程と定義した。

 魔術を使う度に「求めるは火」などと発声すればバレバレであり、読唇術が使えれば遠目でもバレる。

 そこで全系統を一斉起動する式を作り、〝百式〟という一言に置換した。

 リンクさせていると言い換えてもいい。


 【蒼炎弾フレイムブリット】の事象式は、「起動式リンク=01。大気中酸素を一〇〇〇気圧で継続圧縮して着火。直径一〇ミリ、全長一〇〇ミリの流線形に成形固定。ターゲティングは視覚および思考選択。視点を定めた三次元座標もしくは指先を向けた方向へ射撃。弾速=秒速八〇〇メートル。ターゲットへの着弾もしくは不着で圧力解放。環境係数不干渉」としている。


 最後の発動式は「術式の固有名称を思考もしくは発声」としている。


「キッチリ記憶しなければならないというデメリットはある。だが自分で構想し作るからすんなり記憶できる。それに、攻性なら近距離・中距離・遠距離の三つがあれば十分だと思ってるし、防性も二つ三つあれば事足りる。どうだ?」


 世界の常識を完全に無視し、魔術言語すら使わない。

 魔力制御技能の修得だけで魔術を行使できてしまう。

 もし記憶できないなら紙に書いて携行すればいいというが、膨大な魔術言語を覚えることに比べれば、六つや七つの術式を記憶するなど容易い。


「天才かな?」

「狂人ですか?」

「ノワルは出て行け」

「おちゃめな冗談です! 少しレイ様を見習うべきです!」

「叫ぶなうるさい。俺はレイほど付き合いが良くない」

「ねえねえ、どうして魔術言語じゃなくてもいいの?」

「系統魔術の構築は事象に対する合理が重要であって、言語その物じゃない」


 魔術言語は大昔の数人ないし数十人の古代人が、妖精種によって古代言語に翻訳された霊言を基に編纂したに違いない。

 しかし、古代言語に置換できない霊言も多々あっただろう。

 だからこそ、魔術言語には文字に加えて〝模様パターン〟や〝隠然象徴シンボル〟が含まれている。古代人が相当に苦労したことは想像に易い。


「もし魔術言語が魔力の源泉ならお手上げだが、言語自体が神秘的な力を持つ訳じゃない。ならば態々そんな物を使う意味も理由もない。違うか?」

「あたしの二二年間が…」

「私の一九年間が…」

「えっ!? ノワル年下なの!? 二八歳って言ってたよね!?」

「あ、秘密にしてください」

「なんで?」

「二〇代後半の方が手を出しやすいと思われるからです」

「すごーくバカだね」

「フフフ、照れます」


 呆れたジンは無言で席を立ち寝室へ向かった。

 ちょうどその頃、レイとミレアは海辺まで下りて白い砂浜を歩いていた。


「ねえレイ、覆魔の厚さを調節するコツって何?」

「俺に言葉での説明を求めるな。あ、でもな……んや、ねぇな」

「何? 何を言いかけたの?」


 立ち止まったレイが、悩まし気な目でミレアを見遣る。


「風呂で…つーか、素っ裸で覆魔やったことあるか?」

「もちろんあるわよ。あ、服を着てる方が難しいっていう話?」

「やっぱ誰でもそうなのか」

「その話が厚さの調節と関係あるの?」


 問われたレイが腕組みし、更に悩まし気な表情を浮かべた。


「ジンが急に覆魔できるようになった日、ミレア驚いてただろ?」

「あれは驚いたわね…って、もしかしてレイが何かしたの?」

「まぁそうなんだけど、聞いて引くなよ?」

「いいから喋りなさいよ!」

「怒鳴るなって。実はな、素っ裸で前と後ろから体をくっつけるとな、相手が制御してる魔力の動きが良く判んだよ。ミレアも手で触ると感知できるだろ?」

「確かにそうね。要は接触面積の問題ということ?」

「たぶんな。ジンがさ、子供の魔力導入で下っ腹と尾骨に手を当ててやるのは、接触してる時の感知感度が何倍も高いからだっつーから、色々試したんだわ」

「言われてみれば、私も子供の頃に服を脱いだわね…あっ!? えぇっ!?」

「引くなっつっただろ! だから言いたくなかったんだよ!」


 徐々に上気していくミレアが、視線を彷徨わせながら口を開く。


「レ、レイはその…私と…私の…あぁもう! 私にもやりなさいよっ!」

「なんで俺がキレられんの?」

「怒ってないわよ! ほら! 宿に戻るから来なさい!」

「ガチでキレてんじゃん」

「うるさいわね! 早く来なさいよ!」


 羞恥と憤怒の区別さえつかないレイは、ミレアに腕を取られ連行されるのであった。結果だけ言うと、ミレアは脱ぐともっと凄かった。


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