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49:聖都ハシュア


 聖皇宮――俗に白翠宮とも呼ばれる聖皇の御座所は、白亜を基調としながらも、柱や壁には翡翠色の魔力光が走っている。


 聖都は聖皇宮を起点として、なだらかに海へと延びる斜面に建築物が並ぶ。

 聖皇宮の白翠に倣い、建物は白漆喰の壁に緑色の屋根という造りが一般的。

 これは決められている訳ではなく、皆が自発的にそう造るのだ。

 中には屋根の色を変える目立ちたがり屋もいるのだが。


「当たり前だが聖皇宮の裏へ出てしまったな」

「おぉっ! 久しぶりの海だぜ! 青い海のバカヤローーーッ!」

「なんで馬鹿野郎?」

「特に意味はねぇ」

「壮麗な景色ね。美しいわ」

「敬虔なる私の奥が疼きます」

「ノワルが喋ると何でもエロく聞こえるのは俺だけか?」

「お外でご所望ですね? もちろんいいでいだっ! ミレアさんもご所望ですか!?」

「お黙りなさい」

「ハイ」


 ノワルの辞書に〝懲りる〟の文字など載っていない。

 一行が聖都や海を眺めていると、聖皇宮から数人の聖職者が出て来て歩み寄る。


「不躾ながら、勇者様ご一行であらせられますか?」


 レイたちが一斉にジンを見遣った。


「神性紋章勇者、ジンセン・カブラギです」

「「「おぉ!」」」


 聖職者たちがカメハメ波っぽい初動から両手を鳩尾の前へ移動させ、左嘗を下へ、右嘗を上へ向け合わせて瞑目する。ぴっちり合掌するのではなく、ソフトボールサイズの球体を包み込むような感じだ。


 レイは判っていないが、ジンたちは彼らが首に掛ける帯の色で司祭だと判断。

 司祭といえば教会での礼拝をはじめとした運営・管理の責任者だ。

 そんな職位が複数で歩いているのは聖都ならではだろう。


 司祭たちは「枢機院へ報せる」と言ってその場を後にした。

 早くも予定が狂ってしまう流れだが、暫く待っているとジンの見知った顔が聖皇宮から出て来た。


「勇者ジンセン様、お久しぶりです」

「お久しぶりですロレンティオ枢機卿」

「お初にお目にかかります愚者レイシロウ様、この身はエルメニア聖教会枢機卿、ロレンティオ・ラファネッリと申します」

「どうも。俺のことはレイって呼んでくださいお願いしますマジでマジで」

「承りました、レイ様」


 レイは「あらすんなりなのね」と思いつつ、面倒なのでススっと脇へ避けた。

 ミレアたちもレイの傍へ身を移す。


 ジンとの会話を聞くに、やはりコステルは未着であった。

 彼らは明日の帰着を報せており、聖皇は明後日での会談を予定していると。

 ロレンティオが迎賓館の用意は出来ていると言い、ジンがチラリと視線を移すが、レイはブンブンと頭を左右に振った。


「聖下との会談当日までは聖都内の宿に滞在します」

「承りました。お困り事があればハシュア大聖堂へお向かいください」

「ありがとうございます。あと、私の呼称もジンでお願いしたく」

「承知しました、ジン様」


 高位な者ほど裁量が大きいのは当然か、とジンは思った。

 コステルが略称呼びを固辞した理由もそこだろう。

 司教や枢機卿、ましてや聖皇の前で「ジン殿」と呼ぶ訳にはいかない。


 NOを言わないロレンティオに見送られ、レイたちは聖都へ向けて坂道を下って行く。海に近いほど建物が新しいのは不思議だなと考えつつ、先ずはロレンティオに紹介してもらった竜舎があるサーベンズ・サーフなる高級宿に到着。

 竜舎でお約束の極鋼騒ぎを起こしつつフロントへ。


 王都も同じだが、高級宿にはなぜかシングルルームがない。

 正確にはスタジオルームがない。

 リビングとベッドルームに別れているのが基本的な間取りのようだ。


「デカい部屋一つでいいんじゃね?」

「私たちは同じ寝室でいいわよ?」

「はッ!? ミレアさんとシィさんは私を襲ぅ…」


 ミレアにキッと睨まれたノワルがスッと目を逸らした。

 シャシィが『ホント懲りないよねー』とケラケラ笑う。


「寝室が五つある部屋はあるかな?」

「ございます。其々の寝室に浴室は必要でございますか?」

「凄いな、そんな部屋があるのか。室料はどれくらい違う?」

「寝室五部屋、居間一部屋、食堂一部屋、浴室一室のお部屋ですと一泊一五万シリンでございます。浴室が五室になりますと、一泊二五万シリンでございます」


 高い部屋なら二泊朝食付きで五〇万シリン。

 騒ぐほど高くはないが安くもない。

 とはいえ、走竜四頭の竜舎・餌・ブラッシング代まで合算すれば七四万である。

 野営でかなり旅費が浮いたので余裕はあるのだが。


「どうする?」

「ノワルがいるから風呂五つで」

「だよな」

「チッ」

「舌打ちすんなドアホ」

「舌打ちしたくもなります。ミレアさんとシィさんがレイ様の裸は凄い――」

「「ノワルっ!」」

「何でもありません」

「ミレアとシィは後で説教な」

「「ノワルーーーっ!」」

「フフフフフ…」


 ガールズトークで月森へ向かった際の水浴びを喋ったようだ。

 フロントのお姉さんが興味津々といった様子でレイをチラ見した。


「お客様がお選びになられたお部屋は特別室になりますので、侍女二名が前室にてお控えいたします。保証金として一〇万シリンをお預かりし、五日毎にご精算頂く形となります」

「ああ、二泊で頼むよ」

「畏まりました。ご朝食はお部屋でお召し上がりになりますか? 各寝室への配膳も承ります」

「至れり尽くせりだな。ダイニングで頼む」

「畏まりました。ではお部屋へご案内いたします」


 お姉さんが目配せすると、二名の男性がススっと歩み寄って来た。

 レイたちのバックパックや肩掛けカバンを受け取り先導する。

 荷物量に合った人数が寄って来るのだろう。


 案内された特別室は、アメリカンサイズのヨーロピアンスタイルといった風情。

 魔導設備が散見されるのは、オルタニア製品が流通しているからだろう。


「すごーーーい! あたしこんな部屋初めてだよー♪ …あれ? あたしだけ?」


 悲しい現実である。

 ジンは資産家の息子で、レイも資産家ではないが父はジムの経営者だし欧米への渡航経験も多い。ミレアは言わずもがなであり、ノワルも元は貴族家のご令嬢。


「あ、そっか。レイとジン様の家大きかったし、ノワルも元貴族だったね」


 ジンたちはバツが悪そうな顔をするが、レイは「やれやれ」といった顔で口を開いた。


「シィはあと三年もすれば自力でデカい家建てられるからいいじゃん。それが一番スゲーと思うけどな」

「三年は無理だよぉ。一〇年くらい頑張って小さな家かな?」

「まぁ自分で体感しないと判んねぇだろうけど、今のシィがシェルナと互角に戦れるのは間違いない」

「へ…?」

「そういう見方もあるのね」

「ホントに? あいつクランでは〝魔術師殺し〟って呼ばれてるんだよ?」

「あー、分からんこともないな。全部避けるとか?」

「うん」


 シェルナはクラン内限定だが、魔術師殺しと呼ばれている。

 所以は序列決定戦で魔術師に対処する担当で無敗を誇るからだ。

 〝無尽〟の二つ名が表すとおり尽きない体力と瞬発力で攻撃魔術を避けまくり、間合いを詰めたところで強烈な一撃をお見舞いする一撃必殺スタイル。


「シィこの前の模擬戦でさ、初めてミレアの足を止めただろ?」

「そうだけど…」

「今のミレアはシェルナの倍近く速いぞ」

「「ウソ!?」」

「コラコラ、本人まで驚くなっつーの」

「ミレアさんそんなに強くなってるのですか。もうベッドで襲われいだっ…」


 傾聴していたジンが、額を摩るノワルに呆れながらシャシィへ向け口を開く。


「ノワルも合流したことだし、略式の構築方法を教えようか。基礎だろうが最上級だろうが、どんな術式でも三節に纏められる汎用術式構築法だ」

「「え…」」

「やめてよ私が負けちゃうじゃない」

「ミレアも殻化までもう少しだけどな。一年以内にイケるはず」

「ホントに!? そんなことまで判るの!?」

「何なのお前ら、どんだけ信じねぇんだよ。全員のトレーニングメニューちょいちょい変えてる理由くらい考えろって」


 レイはこっちの一日が三八時間という点をメリットと捉え、全員での早朝トレーニングを四時間半と決め、メニューを変えつつ負荷をどんどん上げている。

 当然ながらジンは気づいているが、レイのトレーニング関連知識は舌を巻くほど高度である。元特殊部隊員でプロ格闘家の父が大きな要因だろう。


 魔術師向けメニューを組めないのは弱点だが、ガンガン走りながら魔術を行使するシャシィは、ミレアが冷や汗を流すほど成長している。


「ご指南くださいジン様」

「私にもご指南くださいジン様」

「ねえレイ、私に出来る新しい何かはある?」

「気合いを入れる」

「ないのね」


 予定は未定を地でいく一行は、聖都観光ではなく修練を敢行するのだった。


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