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48:深まる信頼


 説教が終わり宿の食堂に現れたノワルは額がボコボコに腫れ上がっており、まるで某世紀末覇者のようだ。ミレアがレイ直伝のデコピンを連打したらしい。


「申し訳ありませんでした。エルメニアでは自重します。オデコが熱いです」

「治ってねぇぞ?」

「私にも限界はあるのよ…」


 どの世界でも中間管理職は大変だ。


「もう終わったことだ。エルメニアで自重するならいいだろ」

「エルメニアだと何かあんの?」

「全身タイツは判断が難しいとこだが、極度な肌の露出は法に触れる。適用が女性限定という点は個人的に納得いかないけどな」


 厳格な宗教国家ならではと言うべきか、禁欲生活を送る男性が多いため下手に欲情させるなという男尊女卑的な法律である。

 だからなのか、エルメニアには男女を問わず同性愛者が多い。

 結局は禁欲になっていないのだが、修道士と修道女はもちろん、聖職者も職位よって婚姻の可否が決まっているため必然的な話かもしれない。


「余談ですが、ドブロフスクがアンセストを警戒し始めたようです」

「それ余談じゃないな。まぁガチガチに想定内だが」

「ドブロフスクってどこよ」

「東帝国だよ。ドブロフスク帝国」

「あー、ノワルの故郷ってそこなのか?」


 謎の多いノワルが首肯すると、ミレアとシャシィも知らなかったらしく強かに驚いた。ノワルの故郷はドブロフスクの西端にあり、ゴンツェ王国の東端国境と接しているそうだ。


 ゴンツェだけがアンセストと盟約を結んだのであれば大したことないが、バラクもという点は警戒に値する。

 もしドブロフスクとゴンツェが戦端を開けば、バラクに続いてアンセストの援軍も出てくる可能性が高い。というか、確実に出て来る。


 だが、ドブロフスクにとってゴンツェは戦略的にも資源的にも価値が低い。

 西側への橋頭保とするならアンセストの東にあるディオーラ王国が最適なのでディオーラを攻めている。

 しかし、ディオーラは南で国境を接するヴェロガモと同盟を結んだとの情報があり、ドブロフスクは一挙に二国を落とす必要があるため戦況が膠着している。


 ドブロフスクがアンセストを警戒し始めたのは、バラク・ゴンツェと盟約を結んだアンセストが、ディオーラと盟約を結ぶなり落とすなりすると、敵対国が一気に増えるからだ。


 そもそもの話、ドブロフスクの最大目的は、メイズを保有するアンセストを併呑することにあると予想される。

 ディオーラとヴェロガモを落としたら直ぐさま侵攻するに違いないが、バラクとゴンツェがアンセストに付いたのは青天の霹靂であろう。


 その観点だけなら、フィオの進言による勇者召喚は功を奏しているのだ。


「ジン様はドルンガルトを片付けた後はどうするつもり?」

「まだ構想段階だが、キエラとヴェロガモも同時進行で落としたい。その前段で、ゴンツェの東国境線からアンセストの南国境線までに長距離魔導兵器を配備する。要するに、対東側への防衛網を構築した上で西、南西、南の三国を片付ける」

「それはまた…壮大な構想ね」

「自分たちのためさ。俺たちの目的はメイズ攻略にある。だろ?」

「だな。つーか、ジンの考えてることがやっと分かってきたぜ」

「ほぉ、是非とも聞かせてくれ」

「義理を通してメイズに潜るってことだろ?」

「ははは、言い得て妙だ。あぁ笑ってすまない、その通りだよ」


 ジンとユアの魔法があるからこそ、壮大な絵を描ける。

 だが、始まりはケンプ商会の協力だ。

 あれがなかったら、未だにブラックライノを造れていない。


 ブラックライノを造ったからこそ、北方二国と盟約を結べた。

 もちろん王太子クリスとフィオの協力も大きな力になっている。

 ブラックライノ製造にはメイの錬金が必要だったし、クラン瑠璃の翼が術式を提供してくれた点も大きい。つまりはミレアたちの存在が大きい。


 バラク王が協力してくれたからこそ、ドルンガルトに対処できる。

 聖皇の協力なしには新国家構想など生まれなかったし、八豪族を纏めるのも困難を極めただろう。


 そして現在、月森のリュオネルが極鋼をくれたからこそ、オルタニアへ行こうと決心できた。長距離魔導兵器構想にしても、オルタニアの技術を参考にしたい。


 全てが人で繋がっている。

 これからの全ても人で繋がっていくに違いない。

 だから受けた恩を忘れることなく、きっちりと義理を通す。


「あたしもレイのおかげで強くなれてるよ。レイじゃなかったら月森のエルフとも仲良くなれなかったと思うな」

「私もよ。レイじゃなければマスターもあそこま協力してないと思うわ」

「私も皆さんのおかげで恩を返すことができました」

「ま、お互い様ってことでいいんじゃね? 何だかんだで楽しいし」

「楽しい、か。否定できない事実だな」


 信頼を深めていく仲間との夕食は楽しいものである。

 ノワルが「お二人に夜の楽しみ方を云々」と言って痛い目に遭ったのは蛇足か。




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




 レイたちが寝静まった頃、時差のあるアンセストは始業時刻を迎えていた。


「作業区画に余裕を取りたいので、今日は二号機を完成させて出荷します! 技師B班とC班も二号機の組立てをお手伝いしてください! 事務方は出荷通知と納車書類の準備をお願いします! 今日も一日みんなで頑張りましょー!」

『おぉーーーっ!』


 信頼関係を深めているのはレイたちだけではない。

 魔導製品開発部はユアの指揮下で一致団結し、極めて順調に二・三・四号機の製造を進捗させている。


 三台分の部材製作が完了したため、保管庫に入りきらない部材が工場内に整然と並べてある。

 ガンツをはじめとした技師たちは「装甲は頑丈なんだから積み上げちまえば」などと言うが、ユアは「掠りキズ一つない製品を」と言って否認した。


 地球の技術先進国であれば当たり前のことだが、こういった価値観が皆に浸透するのはもう少し時間がかかりそうである。


「コクピットの配線と組み付け完了したぞ!」

「了解! メイン動力ケーブルを接続する!」

「応よ! 技師長! システムチェックを頼む!」

「はーい! メイさーん! 一緒にお願ーい!」

「はい! すぐ行きます!」


 目に見える、ならぬ、耳に聞こえる変化は用語である。

 部材は仕分けて整理整頓する必要があるため、ユアはコクピット・シャシー・サスペンション・コンテナなどの言葉をこちらの文字で書いて仕分けし、作業中に使う用語も齟齬をなくすため逐次統一化を図ってきた。


 ぶっちゃけユアも知らない言葉は多かったものの、ジンから預かっているスマホが大活躍している。


「これでチェックできるんですね…凄いです」

「ジン君が造ったシミュレーターっていう魔導器なの。問題がある部分は赤く光るから一目で判るよ。注意点は、シミュレーターを起動したまま付けたり外したりすると誤作動するんだって」

「分かりました、注意します」

「三号機のチェックはメイさんがやってみてね」

「頑張ります!」


 高級ヨーロッパ車が使うようなチェックシステムまで用意しているジンもまた変態と言えるだろう。ジンが極度の睡眠不足に陥った原因である。


 父親の車が高級車なのだが、「ブレーキパッドを交換してね」的なアラームがインパネに表示されたのを見て、幼心に「すげー」と思ったという。

 ジンは電気・電子工学科を受験する予定だったので人並み以上に詳しく、彼が設計する魔導回路は中々の物だ。

 因みにユアも理系女子なのだが、その所以を知るのは本人とレイだけである。


 この日、ブラックライノ二号機は無事に納車された。




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




 巡礼都市ネションを発った一行は、街道を外れて聖都ハシュアへ直進する。

 理由は例によって例の如くレイだ。

 昨夜の夕食とさっき食べた朝食が軽すぎたらしい。


 エルメニアはベジタリアンが圧倒的に多いため、大量な肉や魚は事前に頼んでおかないと用意できないと言われてしまった。

 だったら狩猟しながら野営すればいいじゃん、というレイの法則だ。


「下手したらコステル氏より先に着いてしまうな」


 聖都ハシュアは南海が見える高台に位置し、ネションからだと南西へ直進すれば二日ほどで着いてしまう距離にある。山越えと谷越えがあるので普通の馬車では選ぶべくもないルートだが、エアサスの四頭立て竜車なら何とかなる。


「先に着いたらダメなん?」

「ダメってことはないが、やたらと相手の予定を狂わすのも良くないだろ?」

「だったら途中の川沿いでレジャーキャンプでもすっか」

「娯楽野営ってなに?」

「そう訳されんのか。暇潰し野営だよ。泳いだり魚釣り…はギアがねぇな」

「雪解け水で泳ぐのか。頑張れよ」

「私は聖都を観て回りたいのだけど?」

「聖都に入ったら肉食えねぇじゃん」

「問題ないわ。聖都には国外から来る巡礼者用の食堂が幾つもあるそうよ」

「じゃあ聖都観光で」


 ということで、一行は聖都へ向け驀進するのであった。


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