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46:八家合同会談


 二日でヤギ肉に飽きたレイが、冷蔵庫に入らない分をコソっと走竜に消費させつつ、山間部を転々としながらちょうど一〇回目となる野営地を決めた頃、キャビンに設置した送受信機がインカミングを報せた。


 四人がインカムを装着し通話ボタンを押すと、どこか得意気な声のコステルが喜ばしい報せを伝えてくる。


 八豪族はお世辞にも仲が良いとは言えないのだが、コステルは自ら八家へ赴いて合同会談の承諾を取り付けたという。


「合同とは、よく納得しましたね」

「実を申しますと、ジン殿とレイ殿の功績に他ならないのですよ」


 聞くにジンが一撃でカメとトカゲを広域殲滅し、崖から飛び降りたレイが鬼神の如く大ヤギを屠った様子を二人の従士が目撃していた。

 その報告を受けたコステルは八家を廻って各当主を現場に連れ出し、「貴君らが斯様な末路を辿らぬよう神々に祈ろう」と言い放ったそうだ。


 実際、ジンは東西三〇〇メートル幅ある谷底を、南北に凡そ二キロメートルの範囲で殲滅し黒焦げにしている。

 これはターゲティングが視覚情報を基にしているからで、今尚、南北凡そ一キロメートル範囲にカメとトカゲは存在しない。


 邪竜のブレスで抉られたと伝わるだけあって峡谷は直線的なので、ジンが視界全域を殲滅範囲としていたら、優に五キロメートル以上が焦土と化しただろう。

 凡そ二キロメートルを範囲にしたのは、除外する大ヤギの座標を必要最低限で見極め、且つ、安全地帯を必要十分な時間で維持するためだ。


 詰まる所、総戦力が二〇〇名前後という各豪族の当主を震え上がらせるには、過剰とも言える単体戦力を見せつけたという結果論である。


「我々の暇潰しが役に立って何よりです」

「暇潰しですか、肝が冷えるお言葉ですな」

「これは失礼。では明朝、コアンダ家の城塞都市デルフォイへ向かいます」

「お待ちしております。されば是にて失礼いたします」


 通信が終わり、レイたちが一回の苦行で済むことを大いに喜び合う。

 そんなレイを見遣るジンは、「お前が言い出すことは呆れるくらい好事に結び付くよ」と、レイが持つ地運の太さに感心するのであった。




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




「聖下、ヴライク卿から空恐ろしき報告が届いてございます」


 純白の祭服に淡い蒼色のヴェールで顔を覆う聖皇へ、ロレンティオ・ラファネッリ枢機卿が一枚の紙を差し出した。

 ヴェールの奥で興味深げに微笑んだ聖皇が、ヴェールを上げて目を通す。


「………まあ………うふふ…………ふふっ、頼もしき方々ですね」

「召喚から半年とは思えません。今回の勇者神紋は特別なのでしょうか」

「卿は勇者様だけが特別だと感じているのですか?」

「この身は愚者様とまみえておりませぬ故…」

「そうでしたね」


 ロレンティオは答えた瞬間、聖皇が誰とも会っていないことに思い至り、自身の浅慮で自尊的なその場凌ぎに恥じ入った。


「愚かなこの身をお許しください」

「愚かで良いと思います。卿は〝愚か〟の語源をご存じですか?」

「寡聞にして存じ上げません。是非ともご教示を賜りたく」


 聖皇は報告書を机に置き、ロレンティオへ体を向けて口を開く。


「元来の愚かは〝おろそか〟であり、〝飾り立てず簡素な様〟を意味したそうです。勇者様の目にも愚者様がそう映るのでは、と私は想うのです」

「仰せの通りと存じます、聖下…」


 ロレンティオは驚嘆すると共に、目から鱗が落ちる想いであった。

 彼はコステルから届いた報告原文に目を通した際、コステルの個人的な所感を削除して清書するよう命じた。


――愚者様あってこその勇者様とお見受けいたしました――


 ロレンティオは自身の浅慮を再び痛感し、聖皇の聖皇たる所以を肌身で感じた。




◆ー◆ー◆ー◆ー◆




 城塞都市デルフォイでの八家合同会談に臨んだジンは、ライハウス伯爵旗下としてドルンガルト公家排斥への支持と全面的な協力を八家に対し要求した。


 つまりは「ライハウス伯爵の下につけ」との趣旨を中々に強い口調で述べるという、要請でも要望でもなく要求、いや、むしろ強要であった。


 八家の各当主は威圧にも似た口調に眉根を寄せたが、次に配布した新国家および政権樹立に関する草案には、各人の表情を和らげる文言があった。


■新国家の名称は、レドイマーゴ大公国とする。


 レドイマーゴには「亡きレド卿を偲ぶ」という、あからさまで身も蓋もない意味がある。


 嘗てドルンガルト侯爵が反乱を起こした際、レド伯爵は八家と連合軍を組んで対抗したが、戦死した後に一族郎党もドルンガルト侯爵に処刑されている。


 当時の八家当主たちは大恩あるレド伯爵家を偲び、彼らの領都からほぼ均等な距離に位置する丘陵にレド伯爵家の慰霊碑を建立した。

 数百年の歳月が流れる内に豪族化し勢力争いを始めた八家ではあるが、今尚レド伯爵家の慰霊碑がある土地だけは不可侵の約定を結び守っている。


 この事実を知ったジンは驚きつつも、敢えて判り易くレドイマーゴと命名した。


「りょ、領地ではなく所有地…!?」

「「「「「「「…っ!?」」」」」」」


 最後に配布した提示条件案の冒頭に、ジンは衝撃的な一文を記載していた。


■エルメニア聖皇国と現ドルンガルト公国間の空白地帯を八等分し、領土としての実効的かつ法的な所有を八家に確約する。


「恒久的な領有です。目的が果たされた暁にはエルメニア聖皇国聖皇聖下、並びにアンセスト王国国王陛下、及びレドイマーゴ大公となるライハウス殿の三者連名による約定証書が発行されます。もちろん無期限ですが、全面的協力を要件とします」


 ぶっちゃけ無期限の約定証書は思いつきなので記載はしていないが、この保証が齎す恩恵は大きい。

 そもそも〝領有〟とは、土地などを〝自分の物だと主張すること〟である。

 そこには正統権利や公正承認などは存在しない。

 要するに〝早い者勝ち〟による領土編入であり、地球でもこの世界でも領土問題や紛争、戦争に発展する原因となっている。


 しかし、三者連名による無期限の約定証書が付帯すれば、公正承認による正統権利に化ける。特に聖皇の権威は強く、領土問題や紛争が起きる余地はなくなる。

 対象となる土地が、エルメニアと新国家に囲まれている点も都合が良い。


 また、第三国から侵略を受けることも当面はないだろう。

 仮に第三国が侵略行為を画策した場合、その国はエルメニア聖皇と正統聖教会を敵に回す。もしジンたちがこの世界にいる間に侵略でもしようものなら、確実に神敵認定を受け、勇者ジンまでをも敵に回してしまう。


「但し、皆さんには弁えてもらう必要があります」

「土地を領有できても、叙爵はレドイマーゴ大公による、か?」

「ヴァシレ・コアンダ殿、勇者様への物言いに留意せよ」

「つ、つい癖で…誠に申し訳なく…」

「構いませんよコステル殿。郷に入れば郷に従えです」

「勇者様がそう仰せであれば」

「コアンダ殿も、この場に限っては(・・・・・・・・)どうかお気になさらず」

「ゆ、勇者様のご厚情に感謝を。肝に銘じまする…」


 過去の日本でいうところの、野武士が如き集団の頭目たちによる会談だ。

 言葉の選択など考慮していては、既に死んだ魚の目になっているレイが暴れる。

 とは雖も、来年の今頃には間違いなく貴族家当主。

 いつまでも野武士気分でいられては困るというのも事実である。


「我々が提示する条件に一つ加えたいと思います。アンセストのメイズ産物を中心とした通商条約です」

「「「「「「「「おぉっ!?」」」」」」」」

「アンセスト王国政商、ケンプ商会が各領都までの輸送を保証します」

「領境ではなく領都まで、ですか?」

「領都までです。レイ、お仕事だ」

「あいよぉ」


 手がデカいレイは画面がデカいスマホを使っている。

 バッテリーは食うが画像や動画は見やすい。


「こいつは勇者ジンと聖女ユア…聖者だっけか? 何にしろ俺らが造ったブラックライノだ。魔獣やら野盗なんぞは敵じゃない。カッコイイだろ?」

「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」

「これが噂の魔導六輪…重厚でありますな…」


 レイは「知ってたのかよ聖騎士」と内心呟きながら、スマホをテーブルの上で滑らせよう…としたが滑らない。分厚いシリコンゴム製のプロテクトケースなのだから当然である。


「ホントお前は色々と壊す天才だな?」

「うるせぇよ小姑勇者」


 そんな一幕が功を奏したのか、自分たちと同じ言葉遣いをするレイとジンに八家当主は親近感を覚える。

 地主だが叙爵されるという奇妙とも歪とも取れる体制だが、これだけの良条件を棒に振るような阿呆はいなかった。


 その夜は八家当主の家族や家来たちも参加しての大宴会が催され、酔っぱらった誰ぞの娘だか侍女だか奥方が裸踊りを披露する場面も。

 コステルとアデリンが顔を顰めたのは言うまでもないだろう。

 対ドルンガルト戦略に目途をつけたジンたちは、いよいよ聖都へ向け進発するのであった。


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