45:聡くて疎いジン
「ははは、ウケる」
「カメの上にカメが乗ってるよ」
「トカゲも乗ってるわね」
「稼げない領域にはハンターが来ないってことだな」
「あ、ヤギがトカゲ食った。顎つえーな」
のんびりと話しているが、眼下約一〇〇メートルほどの谷底には、夥しい数のカメとトカゲが屯している。
大ヤギは数が少ないと聞いていたが、飼育してるんじゃないかと思える数が視界内で跳ねている。
角の形状はまんまヤギだが動きはカモシカのそれで、目測体長は三メートル前後、体高は二メートルといったところ。つまりはデカい。
「このまま特攻すっか?」
「バカ言うな」
走竜は大丈夫だとしても、キャビンやコンテナを壊されては困る。
取り敢えず、竜車を停めておくセーフティエリアを作らねばならない。
「あたしジン様の攻性魔法が見てみたいなぁ~」
「そういやぁたまに練習に行ってたよな? どうなん?」
「五系統で各一種の熟練度をそれなりに上げはした」
「この状況に合う魔法があるのかしら?」
「なくもない」
魔法が使えないレイには分からないことだが、ジンとユアの脳裏には使える魔法のリストが浮かぶ。リストの中から視点を定めるように意識選択すると、発現もしくは干渉する事象イメージも浮かぶという。
ジンの神紋には五系統が内在しており、攻性および防性魔法が相当数ある。
しかし支援系はない。
回復と支援はユアの領分らしく、二人は手持ちの魔法を紙に書き出し、熟練度を上げる優先順位を相談した。
相談したのはレイが月森へ行っていた時なので、ジンは戦闘中でもレイやユアの援護に有効な魔法の熟練度向上に努めた。
しかし、月森から帰って来たレイは、初めてミレアと模擬戦をした時と比べるべくもないほど強くなっていた。正しく人外レベルと言うべき強さに。
そこでジンは、優先順位を変えたという経緯がある。
「一つ確認だが、カメとトカゲは全く金にならないのか?」
「カメの甲羅とトカゲの皮はそれなりの金額で売れるけれど、解体する手間を考えれば欲しい物じゃないわ。ヤギ肉の方が高く売れるはずよ」
「あたし魔獣の解体なんて出来ないよ?」
「私はハンター資格も持ってるから多少は出来るけど、カメの経験はないわね」
「了解だ」
御者台で立ち上がったジンがキャビンの屋根上に跳び乗った。
レイたちもキャビンから降りて屋根に上がる。
「シィがこの高さを跳び乗れるなんて大した成長よね」
「これならどこでも一緒に行けるな」
「ホント!? 嬉しい♪」
「…始めてもいいか?」
ごめんあそばせオホホとミレアが笑い、レイたちはジンの背後に下がった。
ジンは谷底を睥睨しながら両掌を上に向けると、次の瞬間に天を仰いだ。
釣られるように天を仰いだレイたちの顔が驚愕に染まる。
目に映るのは天を埋め尽くすかの如き無数の煌めき。
青天に散らばる煌めきは光量を増していき、緑光の球体を形作る。
そして――。
「天照之光剣」
フォン…
煌めく緑光が虚空に線を引いて天から降り注ぎ、視界を緑で埋め尽くした。
「ふぅ…」
息をついたジンが、ゆっくりと視線を谷底へ移す。
レイたちの視線も追従する。
「おぅふ、マジっすか…」
「カメとトカゲがいないよ…」
「谷底が黒く染まってるわ…」
三人の双鉾に映るのは、「えっ?」といった風情でフリーズする大ヤギのみ。
視界内にカメとトカゲは一匹も存在しない。
ジンが優先度を上げたのは、広域殲滅魔法であった。
「どうしても地面にダメージが入るな。イマイチだ」
「イマイチだ、じゃねぇわ! 何したんだよ!?」
「見ただろ? 判り易く可視光にしたが、波長532nmのフォトンを集束して特定座標に落とした。第二高調波と呼ばれるグリーンレーザーの超高出力版だ」
「意味わからん」
「あたしも」
「私も」
「どう説明するかな……ああ、天気がいい日に洗濯物を外に干すと早く乾くだろ? それの強烈なやつだ」
「強烈なやつって…ホントか?」
「判ってはいたけど、レイとジン様って頭の出来が相当違うのね」
「ぅをい! 泣きそうなんだが!? 虫メガネの実験は憶えてんだからな!」
「何を言ってるのか分からないけど、レイはとーっても強いからいいじゃない。ね? よしよし」
「くっ、おのれ隊長め…」
つま先立ちのミレアに頭を撫でられるレイを横目にジンが思考する。
実のところ、神紋に内在する魔法は知識、もしくは知性に依存すると思われる。
なぜなら、脳裏に浮かぶ魔法リストには空白が幾つもあるからだ。
法則を理解できない、もしくは概念を持たない魔法が非表示なのだろう。
その観点ならば、レイが魔法を使えない事実を納得できなくもない。
小器用に魔法を使うなんてレイには似合わない、との想いも強いのだが。
黙り込んでいたシャシィが、思考しているジンの眼前に進み出た。
「お師匠が、目に映る物の色は反射した光の色って教えてくれた。ジン様はたくさんの点に集めて強くした緑光を、選択的に当てて熱で蒸発させた? 選択方法は視覚? 地面が黒いのは熱で焦げたから?」
「驚き…いや違うな。すまないシィ、俺はシィのことを見くびってた。本当に申し訳ない。シィの言ったとおりだ。絶対にシィは凄い魔術師になる」
「よしっ! 聞いたレイ! ミレア! あたし凄い魔術師になるんだからね!」
シャシィは花が咲いたような笑顔をレイとミレアに向けた。
ミレアは素直に称賛するが、レイは『ぐぬぬ…』とマンガのような声を出す。
が、フッと力を抜いて笑んだレイが口を開く。
「シィは出逢った時からすげぇ魔術師だよ。今じゃ走って跳べる魔術師なんだし、三等級どころか一等級までいけるさ」
「レイ…憶えててくれたんだ」
「当たり前だろ? 大切なヤツの想いは俺にとっても大切だ」
「もぉやだぁ…レイ大好きーっ!」
「おっとぉ、強化で突っ込むなっての」
跳んで抱きついたシャシィが、レイの胸に顔をグリグリと押し付ける。
先程を軽く凌駕した、花満開の笑顔である。
「時折り凶悪な女殺しになるわよね」
「天然な上に本心だから性質が悪いんだよ、レイは」
「同性から見ても憎めない?」
「否定はしない」
「ユア様はどうするの?」
「ん? どういう意味だ?」
「たまには女に頼ってみたらどうかという意味。女は女の気持ちに聡いのよ?」
ジンはミレアの意図が解からずキョトンとする。
ミレアは「レイより貴方の方が女心には疎いのね」と内心で呟き苦笑した。
「はっはー! お前は明日か明後日の肉だっ!」
メキャッ!
シャシィが余りにも可愛く喜ぶため恥ずかしくなったレイは、彼女をミレアにポイっと投げて強化し、一〇〇メートル下の谷底へダイブした。
ゆっくりとした伸身の五回転捻りからオール10点の着地を決めたレイは、ジンたちが瞬く間もない電光石火の機動で大ヤギを仕留めていく。
「あのバカもうパンパン超えてるだろ…」
「毎日ヤギ肉は流石に辛いのだけど?」
「レイすごーい! かっこいいー! 大好きっ♥ 死んだヤギしか見えないけど♪」
恋は視覚のみならず、思考力と羞恥心をも奪い去るらしい。
ジンたちが谷底へ降りた時にはキッチリ二〇頭の大ヤギが積み上げられており、レイは『バックリブはじっくりローストだな。スペアリブは煮込んでから強火でグリル、モモ肉は燻製にできねぇかなぁ』などと顎を拳で支え呟いていた。
「ほらレイ、解体用のナイフだ」
「お、サンキュー! ちゃちゃっとバラして移動しようぜ!」
「何を言ってる? お前が独りで解体するに決まってるだろ」
「おい勇者、真顔のジョークは笑えないぞ?」
「ミレア、俺はジョークを言ったか?」
「言ってないわね」
「ああ、シィは手伝いたいなら手伝っていいぞ?」
「えっと…声援を送ろうかな? 解体したことないし?」
「ということだ。キリキリやらないと日が暮れるぞ」
「おのれ悪魔勇者と小悪魔たちめ…」
ジンは三体ほど解体した時点で撤収するつもりだったが、レイは一体目を解体している途中でニヤリと笑んだ。
何をするのかと思えば感覚強化高めの身体強化を施したらしく、一体を五分とかからず捌き始めるのであった。
この日、野営地で『あれ? 悪魔勇者も食べるの? 俺が狩ってバラした肉を?』とドヤ顔で何度も言うレイに、ジンが軽く殺意を覚えたことは言うまでもない。