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44:武装がジャージは如何なものか


 ライハウス伯爵との会談を成功裏に終えた翌朝、嬉々とした顔のレイが極鋼を掘り出し布をかぶせている。


 銀閃が走りまくって眩しいという理由なのだが、レイの魔力干渉範囲内であれば重量による被害は起きなくなった臭いとの新事実が明らかになったのだ。

 レイは「自由だ!」と喜ぶだけだが、ジンは理屈が気になって仕方ない。


「凄く嬉しそうだね」

「シィは嬉しくないのかよ」

「嬉しいよ? あたしも実は溜まってたし」

「私も早朝鍛錬だけじゃ物足りなくなってるわ」


 脳筋クラスターを観測したジンが、どんよりした顔で三人の会話を聞いている。

 現在ジンは竜車の御者台に座っており、結局はレイのゴリ押しでオルデを発つことになった。


 コステルもジンが発つならオルデに滞在する意味はないと、アデリンを伴い八豪族の一つであるコアンダ家の城塞都市に拠点を移すべく進発した。


 片やで、ジンには八豪族の特徴や関係性といった情報を入手した後に、適切な提示条件や会談事項を書面に纏めるという仕事がある。

 しかし、レイは小難しい話ばかりでストレスを溜め込んでおり、ミレアとシャシィも会談中は別室待機で暇を持て余していた。


 詰まる所、三人して「暴れて発散したいんですけど!」という状態だ。


「なんで野営が魔獣狩りになるんだよ…」

「野営をもっと楽しむには美味いメシが要るだろ? 今夜は肉祭りだ!」

「冷蔵庫があるんだから肉は買えばいいだろうに」

「しつこいぞコンサヴァ(保守派)勇者め」

「俺はソリッド(堅実)なだけだ」


 憮然とするジンの目に、トレーニングウェア姿で極鋼を担ぐレイが映る。


 自分の親友はここまで非常識なヤツだっただろうか。

 じっとしていられない性分は既知の事実だが、未だに武装の一つもない。

 トレーニングウェアにスニーカーで魔獣と肉弾戦をするアホはレイくらいだ。


「なあレイ、いい加減に武装を考えたらどうだ?」

「言えてるわね。膝下くらいは固めないと毒蛇や毒蟲に噛まれるわよ?」

「殻化すれば大丈夫なんだろうけど、レイは欲しい武装とかないの?」


 王都をフラついていた時、レイも何度か武装購入を試みた。

 ケンプ商会の店員からオーダーメイドを進められたり、ケンプが提携している鍛冶屋を訪れたこともある。


「俺だってカッコイイ武装には憧れっけど、しっくりくるモンがねぇんだよなぁ。革鎧でも関節可動域をおもっきり制限されんのが気に食わんし」

「防具ってのは大なり小なりそういう物だ。せめてナックルダスターとハーフブーツ的な安全靴くらい造れよ」

「いやいやいや、ジャージにブーツはないわ」

「ジャージ前提をやめろバカ」


 だって動きやすいんだもん、とシャシィのような口調で言うレイに、ミレアが視線を送り口を開く。


「前々から思ってたのだけど、レイには逆手型のメイズナイフと、斥候・遊撃用のメイズブーツが合うと思うのよね」

「あたしもそれ思ってた。あとさ、お金あるんだし翼竜の皮膜とアラクネクィーンの糸で上下を仕立てて、部位装甲の代わりに竜麟を仕込むとかよくない?」

「いいわね。物凄く高そうだけど」


 なんのこっちゃとレイはジンへ目を向けるが、まだ魔獣やメイズ関連に手を付けていないジンも小首を傾げ肩を竦めた。


 詳しいところを訊いてみると、メイズナイフは鉄甲と刺突ナイフを一体化した物で、長物を振れない場所で使う近接戦闘用武器だと。

 地球でいうところのトレンチ(塹壕)ナイフを想起させるが、どうやらナックルダスターは〝D字型の鉄甲〟と自動翻訳されているようだ。


 その辺はレイの好みに合わせてデザインすればいいだろう。

 逆手型なので小指側にナイフ部分があり、ミレアは手首から指先方向へ外反りする逆刃にすれば自傷することもないと言う。


「それアリかもな。ナックルダスターって急所責めにも使えるし」

「そうなのか?」

「実用のナックルダスターには〝耳〟があって、これが何気に便利なんだわ」


 レイの父レオことレオポルト・デ・ヴィルトは、オランダ陸軍コマンドー(特殊)部隊を退役しプロ格闘家に転身した経歴を持つ。

 年中行事化していた夏キャンプという名の山籠もりサバイバルで、レオはコマンドーナイフと併せてナックルダスターの使い方をレイに仕込んだ。

 蛇足だが、オランダ陸軍にはドイツ製のレオパルト2シリーズ戦車が配備されており、名が似ていて分厚い巨躯のレオは〝タンク(戦車)〟の愛称で呼ばれていた。


 さておき、ナックルダスターの〝耳〟とは握り込む部分のことで、元来は打撃方向への威力減衰と、指骨骨折の防止を目的とする構造体だ。


 だがしかし、長きにわたって戦場やストリートファイトで多用されると、組み合った際に目を潰したり、蟀谷や鼻骨、歯列を掌底で砕くという耳の使い方が編み出された。


「エグイな」

「親父なんて耳の隙間に俺の指入れて折ろうとすんだぞ?」

「ノーコメントで」


 幼い頃、レオにちょっとしたトラウマを刻まれたジンはコメントを控えた。


 ミレアはメイズブーツの説明を始めたが、こっちはイメージが難しい。


 雪山登山で使うアイゼンの爪刃を靴底(アウトソール)に格納しているような話で、〝消音〟の術式刻印モデルを斥候・遊撃用と定義するらしい。

 外観は三点バックル留めのロングブーツだが長さは好き好きで、甲や脛に装甲を付けるのも良いのではないか、と。


「装甲付きは重いから重装前衛の装備だけど、レイなら問題ないでしょう?」

「よく分からんけど、どうせメイズ都市じゃないと作れないんだろ?」

「なあレイ、なぜ俺たちはオルタニアまで足を延ばすんだ?」

「神匠に会うためだろ」

「何のために?」

「そりゃ極鋼をどうにか……あ、神匠に造らせちゃおうぜ的な?」

「それ以外に何があるんだよ。観光旅行じゃないんだぞ」

「正論ね」

「レイの負けー」

「おのれ勇者と仲間たちめ」

「とにかくレイの武装に目途をつける。これは決定事項だ。いいな?」

「へいへい」


 オルデを発った一行はドルンガルトの北東関から入国し、南北に分岐する街道の南回りを西へと進む。

 ドルンガルトは南北に長い二等辺三角形っぽい国土なので、北東関から北西関までは数時間で辿り着く。


 北西関の西側には幅広で深い峡谷があり、向かいの山岳地帯が八豪族の勢力圏である。レイたちが向かっているのは、深い峡谷の底にある魔獣領域だ。


「アンデス山脈のインカ道みたいだな。八豪族が放置されてる訳だ」


 テレビで観たインカ帝国時代の山道を彷彿とさせる景色にジンが呟いた。

 山肌に沿って右へ左へとうねる崖路には、当たり前だがガードレールなどない。

 身体強化を会得した今だからこそ落ち着いていられるが、そうでなかったら雪山越えの北回り街道へ引き返していたかもしれない。


「こりゃかなり下まで行かないと橋なんて作れねぇな」

「この峡谷は五千年前に現れた邪竜のブレスで抉られた、という伝説があるわ」

「うっはー、それを倒したドベルクってヤバすぎだろ。頑張れよ勇者ジン」

「そんな化け物が現れたらちゃんと譲るから心配するな。思う存分戦ってくれ」

「思う存分戦れるらしいぞミレア隊長」

「どうして私なのよ…」

「ミレアが隊長だからじゃない?」

「ふ~ん、シィ副隊長も強制参戦よ?」

「あはは、邪竜なんか出るわけないって」

「今のフラグじゃね?」

「お前の方がフラグ臭いから止めてくれ」


 立ったのか立ってないのか微妙な線である。


 一行は気圧差による耳鳴りを覚えながら、吊り橋をスルーして谷底へと向かう。

 吊り橋は魔獣が上がって来ない高さを基準に掛けてあるため、四人は警戒態勢に移った。この領域に走竜を襲うような魔獣などいないのだが。


 代官ジュウザによると、峡谷の魔獣は岩ガメや岩トカゲが大半を占める。

 いずれも硬いため武器の損耗が激しく食材にも適さないが、時折り出てくるエッケギーダという、大ヤギの魔獣肉は大層美味なのだと。


 ジンは獣臭い肉を苦手としていたが、王宮で食べたウサギやイノシシ、ヒツジの魔獣肉が臭くなかったため、最近は取り敢えず食べてみるようになった。

 ミレアもエッケギーダの肉は美味しいと言うので、レイは率先してヤギを狩るつもりである。


「半年前ならサクスムトータス(岩ガメ)サクスムサブラ(岩トカゲ)も遠慮したい類だけど、今なら問題なく対処できそうね」

「そうだね。たぶん氷礫で貫通できると思うし、ダメなら凍らせちゃうよ」

「レイは無駄に狩るなよ? 超大型でも冷蔵庫には容量があるんだからな?」

「何匹でパンパンになるかなんて分かんねぇだろ」

「あのな、なぜパンパンにしようとする」

「むむ……そうだジン、アイテムボックスを作ってくれ」

「そんな物は時空間魔法が使える賢者に頼め」

「あぁそうか、賢者に会う理由ができたな」

「自分で言っといて何だが確かに」


 今まで会う気がなかったのかよと、ミレアとシャシィが半目になった。

 ジンも時間軸のない無限収納的な代物は喉から手が出るほど欲しい。

 レイが月森へ行っていた時に構想もしたが、不可能と断定し忘れていた。


(間違いなく冗談みたいな魔力消費量だろうけど、レイが持つなら問題ない。十中八九、極鋼を素子として使える。出来れば転移的な魔法式も欲しい…)


 この世界で得た知識と経験から、ラノベのように魔力を消費しない無限収納など有り得ない。収納物の質量と物性的情報量に応じて消費魔力は決まるはず。

 加えて、情報量の大きな魔法式を付与するにも、相応の魔導素子が必要だ。


 極鋼が魔導金属など比較にならない世界最高峰の魔導素子だと見込んでいるジンは、思わず広角を吊り上げてしまうのであった。


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