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43:世界の大きさ


「行かなくてもよかったじゃねぇか」

「珍しくしつこいな? しつこい男は嫌われるぞ?」

「うるせぇわ! どんだけ眠かったと思ってんだよ!」

「ふふっ、眠気の問題なのね。レイらしいわ」

「あたしが膝枕してあげる!」

「普通の枕でいいっす」

「なんでよっ!」


 オルデに帰着した今もブー垂れるレイは、町一番の高級食堂で親の仇が如く数多の料理を平らげている。伯爵がレイの大食を知るべくもなかったため、昨夜の晩餐はおやつにも満たなかった。


 コステルとアデリンは清貧を旨としているため、代官屋敷に留まっている。

 実のところ、エルメニア聖宮騎士団は歴とした修道会で、会員であるコステルとアデリンも修道者だ。


 戦士であるため修道院の修道士や修道女とは異なるが、神々に特別な誓いを立て、自己の宗教的完成を目指し規律ある宗教生活を送る点は同じである。

 まあ、聖宮騎士団の中にも欲に塗れた性質の悪い輩はいると思うが。


 聖騎士と従士の違いは貴族家出身か否かだが、殆どの従士は聖騎士の縁者である。コステルとアデリンも又従弟の関係で、連絡役を務めたヒューゴはコステルの甥にあたる。


 貴族家に生まれたとしても、嫡男でなければいずれ貴族籍を失い平民になる。

 陪臣も平民以上貴族未満という身分なので、中々に世知辛い制度である。


「で、これからどうすんだ? 明日からって意味だぞ」

「判ってるよ。取り敢えずコステル氏からの連絡待ちだ」


 ライハウス伯爵にはインカムを一つしか渡してないが、コステルにはオルデへ帰る道すがら一〇個を渡した。

 次の目的は八豪族とのコンタクトであるため、従士諸君が会談の順序と日程を調整する手筈になっている。


 ジンとしては数に余裕をみて一五個のインカムを持参したが、コステルの従士が一三人もいたのは誤算であった。


「通信できんだから移動しようぜ? どこかで野営してる方が楽しいって」

「通信が出来ても竜車でシャワーは浴びれないぞ? いいのか?」


 レイの目がキラーンと光り、ニヤリと笑う。


「シャシィ先生、ドヤ顔のインテリ勇者にガチで便利な生活魔術を教えてあげて」

「任せたまえレイ君! しかしだねぇ、あたしの指南は高いよ? ん?」

「金取んのかよ」

「レイの体で払って♥」

「レベル10の体当たりで一括払いな。釣りはとっとけ」

「殺られちゃう!? あたしはヤられたいのに!」

「お前ほんとブレねぇな? キャラがノワルとカブってきてんぞ?」

「はしたないわよシィ」

「あ、ごめんね? てへ♪」


 シャシィがツチノコ級に実在の疑わしかったテヘペロを繰り出した。

 レイとジンが「悪くない」と思ったのは内緒だ。


 デザートを食べながらシャシィが浄化術式を披露したところ、本当にジンは知らなかったらしく大層驚いた。

 レイと同じく不浄や穢れに対して効果を示すものだという先入観から、衣服や身体の洗浄まで可能な事実に唸り声を漏らす。


「浄化に洗浄や解毒の効果があるなら、造水と術式合成すれば商売になるんじゃないか? 安価でコンパクトな浄化水生成器が造れる。それこそ蛇口のような」

「それいいな。皆喜ぶんじゃね?」

「術式…合成? 異系統の術式を合成できちゃう…の?」

「途方もないことを考えるわね」

「なんだ、ミレアはまだしもシィも知らなかったのか?」

「誰も知らないから! 教えてよジン様!」

「魔術師ギルドと学術者ギルドが大騒ぎになるわね」

「教えるのは構わないが、俺の講義料は高いぞ?」

「レイが体で払うぐはっ!?」


 デコピンならぬ側頭ピンを食らったシャシィが、『レイの愛が痛いよぉ』と悶絶する。それでもニヘラと笑む壊れっぷりなのだが、さておき。


 ジン曰く、式の編制・編成・編製において、魔術は魔法に大きく勝る。

 魔法と魔術の違いを極論すれば、神が創ったか人が造ったかだというのがジンの持論である。


 魔法は神性紋章に内在しており、内在魔法の法式化は出来ても、複雑難解すぎて弄れる余地がないという。

 一方、魔術の起源は精霊魔術にあり、太古の昔に妖精種が古代人に乞われ教示したのが始まりだとジンは類推している。


「その話、お師匠から聞いたことあるかも。なんとか古代文明がどうとかって」

「やはりそうか。ユーグル広域古代文明じゃないか?」

「それ! ジン様ってホント賢いよね。どうしてそう思ったの?」

「シィはエルフが精霊魔術を使う場面を見たことあるよな?」

「もちろんあるよ。お師匠エルフだもん」

「なら、師匠はシィに精霊魔術を教えたか?」

「まさか。精霊魔術は妖精種しか使えな……あっ!? そういうことか!」


 ジンは薄く笑んで頷いた。


 調べた限り、妖精種は術式を使わない。おそらく使う理由がない。

 彼ら彼女らが使うのは詠唱だけで、詠唱は霊言によって紡がれる。

 霊言とは精霊言語であり、精霊と親和性の高い妖精種でなければ正確に聞き取れないし発音もできない。


「お姉さーん! カプチョゴラあるー?」

「えっと……あと三つあるみたいですー!」

「全部もらうー!」

「はーい! カプ蜜三つ入りましたー!」

「あいよぉ!」


 話の腰を折る天才が、高級店とは思えないやり取りで追加注文をした。

 小さな町の高級店ならこんなものかもしれない。


「何だそのUMAみたいな料理は」

「カプチョゴラってやべぇよな。実は黄桃みたいな果物のコンポートなんだわ。美味いからすぐ売り切れんだよコレが」

「王都でフラフラしてたのは食べ歩きか?」

「まあな。俺ら超金持ちじゃん?」

「お前なぁ、あれは会社の金だろうが」

「前借りだって。出世払いでヨロシク」


 レイの横領が発覚した。

 出世払いを自ら口にする者ほど出世しないのは言うまでもない。


「似非グルメはほっといて話を戻すが、精霊魔術を使えるのは妖精種だけなのに、系統魔術は学術大系化されて養成機関まであるだろ?」

「あるね。あたしは徒弟だから魔術学院のことはあまり知らないけど」


 学院の講義内容を知らずとも、シャシィはリュオネルから魔術言語と術式構築理論を教示されている。

 系統魔術など使う必要のないリュオネルが、なぜ系統魔術の魔術言語と術式構築理論を熟知しているのか。

 言わずもがな、系統魔術のオリジナルにして上位互換技術が精霊魔術だからだ。


 要するに、魔術言語と理論を用いて術式を構築するのだから、理法に則した合理性さえ保持すれば、独自の術式を造れて然るべきというロジックである。

 これを聞いたシャシィとミレアは、また固定観念が発想の邪魔をしていたのだと理解した。


「俺が思うに、魔術適性という才能がなければ魔術が使えない、ってのも嘘だ」

「「えぇっ!?」」

「ナニ? 俺も魔術師になれんの?」

「レイは無理だ」

「無理ね」

「無理だね」

「お前らマジで…」

「なら一日に最低五時間くらい勉強できるか?」

「バカ言うなって。俺はピュアファイターだぞ?」


 手の平を返しつつ「そういうことか」と納得したレイはデザートに目を戻した。


「学習能力の個人差はあるが、学ぶこと自体に才能なんて要らない。能視の儀とやらで判定できるのは、系統に対する相性であって才能の有無ではないはずだ」

「説得力がありすぎるわね」

「だからお師匠は光と水があたしに合ってるって言ったんだ…」


 水を一口飲んで喉を潤したジンが再び口を開く。


「更に言うなら、詠唱や術式が五節以上必要ってのも嘘だ。おそらく最上級術式も三節で構築できるし、既存術式を基に描く術陣もかなり小さく出来る」

「うわぁ…」

「世の魔術師が咽び泣くことを言うのね」

「魔術師が咽び泣くような仕組みを作ったのも、同じ魔術師だろうけどな」

「えっ?」

「どういうことかしら」


 世に魔術学院が増えるにつれ、徒弟制度は衰退していった。

 自らの足で師を探し出し、弟子にしてくれと頼み込む必要がないのだから当然と言えば当然である。


 そしてこの二〇〇年ほどで、新人魔術師が学院もしくは魔術師ギルドから系統術式を購入する仕組みが出来上がった。

 つまり、能視の儀をパスして術式の発動方法さえ学べば魔術師になれる。

 スマホの使い方は熟知しているが、スマホがどんな技術で製造されているかを知らない者が圧倒的多数を占める状況と似た話だ。


「技術力で金儲けをするならコア技術を秘匿する。常套手段であり、誰かが意図的に仕組みを作らなければ実現しない。オルタニアが天才に関する情報を秘匿しているのも同じ理由だ。ヘッドハントされれば技術流出で終わるからな」

「古武術も同じだよな。昔の一子相伝とか秘伝とか奥義とかさ」

「確かにな。この世界には高度な情報通信システムがないから、隠し事は簡単で調べるのは難しい。だからこそ世界の広さを体感できて面白いんだが」

「交通機関も同じか。飛行機が世界を小さくした的な」


 アレもコレもと次々に列挙される地球の話に、ミレアとシャシィは自分たちの世界が如何に未熟かを痛感させられた。


 この高級食堂での数時間が、後に史上随一と呼ばれる女性シーカーパーティーを生み出すことを今はまだ誰も知らない。


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