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42:極秘会談


(ストレスで禿げ散らかすってマジなんだなぁ)


 いきなり失礼極まりない方向へレイが思考を傾けた。

 抜け毛を散らかすかもしれないが、禿げは散らかさない。


 そんなレイを他所に略式礼法で挨拶を済ませたジンが、ドルンガルト公国に対する計略草案を差し出した。

 ライハウス伯爵は肉体的にも疲れ果てているようで、自身の腕をさも重たそうに伸ばす。


「これは……いえ、私としたことが大変失礼しました。拝見いたします」


 分厚い草案に驚いた様子の伯爵が、気を取り直したように表紙を捲る。

 読み進める毎に目を見開いていく様子からして、ここまで周到かつ高度な計略案が提示されるとは思っていなかったのだろう。

 なにせ勇者とは超越的な武を誇る存在で、智略は賢者の領分なのだ。その勇者は「PCとプリンタが欲しい…」と日々呟いている。


 ともあれ、ジンは発生し得る潜在的障害への対処策まで盛り込んでいるが、計略の骨子は明解である。

 唐突な武力干渉は単なる侵略行為になるため、先ずはエルメニア聖皇の勧告書を大義名分としてドルンガルトへ乗り込む。

 勧告内容は公国民への圧政策を即時撤廃し、周辺地域に及ぼす現下の軍事的緊張の緩和に努めよというものだ。


 ドルンガルト公は当然の如く難色を示すだろうが、同様の勧告書はアンセスト王国を含むドルンガルト周辺各国と、八家ある豪族にも送り付ける。


 この行為には、ドルンガルト対策以外にもニつの目的がある。

 一つはドルンガルト公国の南隣国であり、月森にちょっかいを出すキエフ王国への牽制。

 もう一つは、ドルンガルト公国の南西で国境を接する、ウェトニア公国による軍事介入の抑止だ。現ウェトニア公はアンセストに好意的なのだが、それはあくまでもドルンガルト公国と敵対しているからという理由でしかない。

 敵の敵は味方との思考であるが、先々はどう転ぶか判らない。


 このタイミングで起き得る問題は、ドルンガルト公が聖皇の勧告を受け入れてしまうこと。可能性は低いが、その場合は勇者ジンが力業に打って出るしかない。


「我々の存在をドルンガルト公に突き付け、問答無用で踏み込みます」

「勇者様による勧善懲悪、でありますか」

「少なくとも、ドルンガルト公の処刑は私の手で行うべきと考えています」

「…公国の行く末を考慮してくださる勇者様のご厚情、感謝の言葉がみつかりません」

「そんなに綺麗な志ではありませんよ。突き詰めれば自分たちのためです」


 個人的心情としては勇者の周知など避けたいが、ライハウス伯爵に政権を握らせ国政を安定させるには、勇者の後ろ盾が欠かせないだろう。

 穏健派は伯爵が纏めるとしても、我欲が強いだけで無能な強硬派が妨害工作を働くのは目に見えている。


「なっ…んと……」


 更に読み進めた伯爵が、驚嘆の声を漏らした。


 ドルンガルト公国の西から北西までを勢力圏とする八家の豪族を取り纏め、伯爵を支援する対価として均等割りした土地の領有権を認め叙爵する。

 但し、君主制寄りの共和制に従うこと、及び、政権を握るライハウス家への絶対的忠誠を誓約させる。もちろん証書が残る形でだ。


 嘗て八豪族の寄り親であったレド伯爵は、当時のライハウス伯爵と懇意だった。

 両家は婚姻による縁戚関係でもあったため、良条件を提示すれば八豪族にライハウス家支持を誓約させるのは難しくないはずだ。


 そしていよいよ、アンセスト王とエルメニア聖皇を新国家の元首に据える。


 現アンセスト王には早めに隠居してもらい、王太子クリストハルトが王位を継承した後に、将来的な国家体制については協議すればいい。

 ライハウスが新国家の王権を得るもよし、アンセスト王に忠誠を誓うもよし。


 その際、エルメニア聖皇にはアンセスト王国と新国家の調停役に就いてもらう。

 本人が承諾するなら、二国の継続的な後見役でもいい。


「夢のような話でありますが…私はどのような立場になるのでありましょうや」

「そこを相談したかったのですが、私は大公位を提案します。新国家を大公国にすれば内外への体裁も整うでしょう」


 ジンが色々と調べて気づいたのは、大公位や大公国が歴史上存在しない事実。

 地球の歴史上なら幾つも存在するが、考えてみれば〝王の下で公爵の上〟というポジションは判り難い。

 しかし、ドルンガルト公を排斥して政権を握るのだから、公より上の大公が相応しいとジンは考えた。後に王権を得るなら王国に改称すればいいだけだ。


「大公…」

「嘗てアンセスト大帝国の歴代君主が、皇帝ならぬ大帝を冠したのと同じです」

「僭越ながら、勇者様のお考えは素晴らしきものと存ずる。反乱を起こす以前のドルンガルト家はアンセストの侯爵位であるが、アンスロト帝家の血統を得た者に非ず。而して、ライハウス殿が大公を名乗るにも不義不敬などありますまい」


 聞き役に徹していたコステルが、喜色を浮かべ発言した。

 ジンはコステルが『ライハウス殿』と呼んだことから、彼が単なる貴族籍ではなく、エルメニアの貴族家当主だと確信した。


 一方、死力を尽くし眠気を我慢しているレイは、マジックで瞼に目を書きたい気持ちで一杯だ。


(目を書きてぇ…どこでもマジックとかねぇかな…)


 意味不明である。いっそ永眠すればいい。

 脳死レベルのアホを他所に、ライハウス伯爵はどこか逡巡している様子だ。


 財務畑なのだから仕方ないとジンは受け取るが、コステルは煮え切らない伯爵に苛立ちを覚えている。それを察したジンが口を開く。


「ライハウス殿、あなたの懸念を私に教えてください」

「勇者様………実は、ドルンガルト公には多くの庶子がいるのです。その者らは公が父とは知りませぬが、誰ぞの甘言に誑かされ旗頭にでもされてしまえば…」

「庶子であるか。確かに由々しき事態となるやもしれませんな」


 コステルは得心した様子で言ったが、ジンにとっては既知の情報であった。


「男子が一七名、女子が一二名、計二九名ですよね」

「なんと!? そこまでご存じであられたとは!」

「お若き勇者様が斯くも智略に長けた御方とは…お見逸れいたしました」


 ジンは金で買った情報だと言って薄く笑み、最適な対処策があると伝える。


「母子共にエルメニア聖教会の保護下に置けばいい。実質的には正統聖教会が庇護する修道院に籍を移した後に出家してもらいます。もちろん還俗は不可です」

「「っ!?」」


 キリスト教と同様に、エルメニア聖教にも多くの教派が存在する。

 しかし、エルメニア聖教のそれには特殊な仕組みがある。


 エルメニア聖教の教派には厳格な序列があり、どの教派も教皇をトップとする正統聖教の意向には逆らえない。何しろ、一度でも逆らえば異端認定を下されるのだ。


 加えて、エルメニア本国に設けられた全ての修道院は、正統聖教会枢機院に設立を認可され庇護されている。

 言葉を替えれば、正統聖教会が庇護する修道院の修道者には、おいそれと手を出せないのである。


「聖皇にして教皇たる聖下にお伺いを立てる必要はありますけど、受け入れてくれると見込んでいます。コステル殿はどう思います?」

「無論にございます。むしろ聖下はお喜びになられることでしょう」

「どうですかライハウス殿、懸念は払拭されたでしょうか?」

「勇者様! このヘンリック・ライハウス、感服の極みにございます!」

「ありがとうございます。では合意ということで?」

「是非ともお願い申し上げます!」


 立ち上がりテーブル越しに握手を求める伯爵に応えたジンは、傍らに置いているバックパックから幾つかの品を取り出した。

 どこからどう見ても二セットの送受信機本体とインカムである。


「ライハウス殿とコステル殿に一組ずつです」

「見るからに高価な品ですが…」

「勇者様方が造られている魔導製品でありますな?」

「やはり教会の情報網は侮れませんね。魔導で音声を送受する装置です」

「なんと!?」

「これを自ら製作なさるとは…」


 コステルの呟きを聞いたジンは、「やはり類似品があるな」と思った。

 教会の情報伝達が速すぎると常々思っていたジンは、被召喚者の出現察知と同様に、何らかの情報通信機器が存在すると予想していた。


 ギルドに金融機関機能があることからも、アーティファクト(古代遺物)なりレリック(神遺物)を基にした魔導ハイテク機器が存在しても不思議じゃない。

 おまけに、コステルとアデリンが代官屋敷に宿泊し始めたタイミングも絶妙にすぎる。まるで、数日の遅延を経て出発したことを知っていたかのように。


「使い方を説明…いえ、実際に試してもらう方が早いですね」


 三人でインカムを装着して本体を起動し、『これだけです』と囁く。

 コステルと伯爵が目を剥いて驚愕しながら顔を見合わせた。


 仕組みは音声と魔力の魔術式化と復元で、ユアの〝魔力波動の変調と同調〟と、ジンの〝魔力増幅〟も魔法式化した上で付与してある。

 これにより通信相手の選択が可能になり、通信可能距離も飛躍的に伸びた。


「其々が大小の魔晶を内蔵していますが、充填時の魔力を波動変調機能で無波動にします」

「魔術師ならずとも誰もが充填できる、ということですか…」

「そういうことです。但し、解析術式をかけたり物理的に分解したりといった、不正干渉を検知した瞬間に自爆するので気をつけてください」

「自爆…!?」

「魔術に疎い私でも驚異的な技術だと判ります…」


 自爆に浪漫を感じるジンはやはり男の子である。


 秘密裡な報告・連絡・相談が可能になったことで極秘会談は閉会。

 晩餐には伯爵夫人も同席し、翌朝には其々の帰路に就くのであった。


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