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40:露店市


 死ぬほど長く感じられた打ち合わせが終わり、レイは侍女の案内で屋敷二階のゲストルームへ入った。


 凝った身体をストレッチで解しながら徐にスマホを手に取ると、驚くべきことに一時間少々しか経っていなかった。

 夕食まで寛げと言われているが、実に四時間以上をどうにかして潰さなければならない。


 因みに、この世界というか惑星は、ジンが観測したところ自転周期が二六時間半ほどで、公転周期はおそらく四〇〇日ほどである。


 仕方なしに筋トレを始めると、コココンというジン特有のノック音が響いて扉が開いた。


「暇潰しの筋トレか?」

「お前はサイキックか」

「勇者的なことをする気がないブレイブだ」

「知ってる。で?」


 水平コペンハーゲンプランクをやっているレイと向き合う形で同じことをやり始めたジンは、『暇潰しの雑談だよ』と前置きした。


「丸二日も時間が空いただろ?」

「空いたな」

「聖騎士と戦りたいだろうと思って、最大戦力なんて言葉を遣ったんだが?」

「そういうフリだろうなと思いはした」

「なぜ乗らなかった? 彼は大したことないって判定か?」


 難しい質問を投げかけられたように、レイは視線を彷徨わせた。


「まぁ強そうだけど、ミレアと互角くらい? ミレアが伸びすぎって話もある」

「イマイチ判らんな。レイが仕合えばどうなる?」

「燃えないまま終わる。ジン風に言えば瞬殺」

「お前どんだけだよ」

「何だっけ、ほら、あれ、えーと、英語だとthreshold」

「発音が良すぎて判らん。スペルをカタカナ発音で」

「ティー・エイチ・アール・イー・エス・エイチ・オー・エル・ディー」

「あぁ閾値…いや境界値の方か、なるほどな。相手が誰だろうと、戦力が一定ライン以下ならレイにとっては瞬殺範疇に入る、ってことだな」

「お前ホント頭いいな。なんで勇者なんかやってんの?」

「答えの出ない質問をするなよ」


 今のレイは、相当なストレスを抱え込んでいる。

 本人もそれを自覚しており原因は明白だ。


 殻化の兆候が出始めた頃から大食漢になったせいか、肉体的な成長性が向上してしまった。実際、工場に引っ越した頃と今を比べれば、四センチは身長が伸びている。


 肉体が成長すれば魔力路の延伸が可能になる訳で、当然ながら延伸させた。

 すると体内の飽和魔力量が増え、圧縮と循環の効率まで高くなった。

 必然的に強化限界も引き上げられ、一ヵ月ほど前のレベル10が今ではレベル8.8になっている。


 己の戦力上限を量れるような猛者と戦りたい。

 背筋が粟立つような、肌がヒリつくような猛者と。


 本音を言えば、アンセスト絡みの彼是など放り出してメイズ都市へ行きたい。

 あそこにはディナイルをはじめとした猛者がいる。

 そんな猛者たちでさえ踏破できないメイズがある。


(ディナイルと戦ってもまだ勝てそうにねぇってのがまたムカツク。どこかに手頃な猛者が落ちてないもんかねぇ)


「何を考えてる?」

「ん? 地球のプロ格闘家が一〇〇人くらい神紋付きで召喚されねぇかな?」

「病んでるな」

「ばっかお前、異世界で異種格闘技トーナメントとか最高じゃね?」

「観戦チケットだけくれ」

「おいおい出ようぜ勇者ジン」

「俺は剣士であって格闘家じゃない」

「神紋あれば関係ないだろ」

「だったら異種格闘技トーナメントじゃなく天下一武闘会にしろよ」

「おお! 冴えてるな!」

「本気にするな。末期的に病んでるな?」


 汗をかきながらバカな会話を続けていると、やはり暇を持て余していたミレアとシャシィがレイの部屋へやって来た。


「ねえねえ、暇だから鍛錬っていうのやめよ? ミレアが真似して迷惑だから」

「シィに迷惑なんてかけてないじゃない」

「一緒にやろうって言うくせに。ってそんな話じゃなくて、外に出ようよ」

「何すんの。宿と食堂しかねぇだろ」


 宿場町なのだから宿と食堂が多いのは間違いないが、オルデは各地へ向かうキャラバンが必ずと言っていいほど立ち寄る町だ。

 〝いつでもどこでも売ります買います〟がモットーの商人だらけなので、自然と市が立つ。


 オルデは知る人ぞ知る隠れた交易街であるため、掘り出し物が見つかるかもという趣旨の外出である。

 特に春先の今は雪解けを待っていたキャラバンが一斉に動き出すタイミングとあって、町の北側では結構な規模の露店市が開かれているそうだ。


 断る理由はないということで、四人は侍女に外出を伝え露店市へ向かった。


「へぇ、これが露店市か。イメージと違う」

「予想外に大規模だな。ここは再開発区画か?」

「時期的に光物が多いわね」

「織物も多いね」


 整備された広場ではなく、取り壊された建物の残骸が隅に寄せてある空き地。

 正に再開発区画といった風情である。


 外郭で覆われた町や都市は敷地拡張が困難なため、古い木造や土造建築物が集中している区画の再開発が優先される。

 代官屋敷をはじめとした行政区画は石造であるため、天災や戦災で復旧不能にでもならない限り補修しながら使い続けるのだが、さておき。


 レイは王都の路地に出ているような陳列台とタープがある露店をイメージしていたが、所狭しと敷いた茣蓙や絨毯の上に商品が並べてあるだけだ。

 早春なので穀物などはなく、宝石やアクセサリー、冬場の内職で作ったのだろう織物や工芸品が目に付く。


 四人は人混みをかき分け、商品を踏まないよう気を配りながら露店を見て回る。

 レイとジンの目には新品のアンティークに映る物が多い。


「見て見て! 魔術具があるよ!」


 目聡く見つけたシャシィが、『魔術具の露店は珍しいんだよ』と言ってレイの手を取り歩いて行く。

 身長差がありすぎて、後ろ姿はファザコン娘にしか見えない。

 いや、正面から見ても同じかもしれない。


「じっくり見てっておくれ。この辺が新品、他は中古品だよ」


 露店商ではなく魔術師にしか見えない老婆が、濁ったガラス玉のような双鉾を向けてそう言った。そこはかとなく不気味である。


「高っ」

「そんなことないよ」

「そうね、王都やボロスと比べれば半値くらいだわ」

「なんだレイ、フラフラしてた割りに魔術具店に入ったことがないのか?」

「フラフラ言うな。魔術使えねぇんだから行く意味ないだろ」

「そんなことはないさ。なあシィ」

「うん、護身用の術具は持ってて損しないよ。特にメイズではね」


 魔術具と魔法具の製造法は限定的だ。

 ユアのように式や陣を付与するか、部材に刻印するかの二通りしかない。


 例えば、シャシィは光系統と水系統の二系統魔術師なので、基本的には光系統で回復支援を行い、水系統を防御と攻撃に使う。

 敵がシィと対極的な火系統や闇系統ならば技量勝負になるが、系統相性の悪い風系統や土系統が相手だと苦戦しがちだ。

 そこで風系統や土系統の術式を阻害、もしくは減衰させるアクセサリー型魔術具を幾つか装備している。


 また、如何なシャシィでも即効性かつ致死性毒物は防げないため解毒用魔術具を持っているし、尾行や追跡を振り切るために闇系統の隠形術具も持っている。


「レイも解毒くらいは持っておくべきだと思うわよ?」

「解毒は分かるけどさ、殻化は魔術も防げるんだろ?」

「ずーっと殻化するの? しないでしょ?」

「そりゃそうだな」


 四人の会話を聞いていた老婆が、驚きの表情で青白い目をレイに向けた。


「お前さん…殻化が出来るのかい?」

「婆ちゃんも殻化知ってんだ。出来るぜ」

「先代の獣王様以外にも使い手がいるとは驚きさね」


 感心する老婆は商品の値段が書いてある一枚の木札を手に取り、炭棒で裏側に文字を書き始めた。書き終わると木札をレイに差し出す。


「ナニコレ」

「帝都オルザンドにある魔導製品屋の屋号だよ。帝都へ行く機会があるなら寄ってみるといいさね。お前さんに打ってつけの逸品と出逢えるかもしれないよ」


 オルザンドとは西帝国、オルタニア魔導帝国帝都の名称だ。

 魔術具と一線を画す魔導製品の定義は、魔術師による式や陣の付加と、学術大系化された魔導工学技術の併用である。


 ジンは電気・電子工学知識を活かしブラックライノを造ったが、この世界オリジナルの魔導工学技術は、凡そ一五〇〇年前の旧オルタニア魔導公国で発祥したとされ、古匠を獲得したとある鍛冶師が編み出したと云われている。


「よく分からんけど分かった。ありがとな婆ちゃん」

「不思議と気持ちの良い子だよ。お前さんの道に魔の導が灯るといいね」

「それもよく分からんけど、また会えるよう婆ちゃんは長生きしてくれな」


 目を細めて微笑む老婆と別れ、四人は露店巡りを続けた。

 ミレアとシャシィがオシャレ服を仕立てるための生地を買い、良い頃合いなったため代官屋敷への帰路に就いた。

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