03:勇者はどっちだ
体育座りになったレイをフィオが慰めている。
それを尻目にジンとユアは、『どうぞどうぞ』『いえどうぞどうぞ』『いやいやどうぞどうぞ』と先を譲り合っている。
丸投げしても何とかしてくれると思っていたレイが愚か者だと判明したため、自分が勇者だったら丸投げされるに決まっている。
遅かれ早かれ判明することなのだが、二人は「何なら鑑定拒否で」などと画策している。
そんな中、レパントだけは我関せずと腕を組み、斜め上の虚空を見詰め思案…いや、記憶の引き出しを開けまくっている風情だ。
「どうしたのですかレパント」
「畏れながら、殿下は〝百式〟なる能力をご存じでしょうか」
「いつか聞いた…と言うより、古書で読んだ朧気な記憶があります」
「私も殿下同様に記憶が定かでありませぬが、妙に気になりまする」
レパントは先王の時分から宮廷魔術師筆頭を務めてきた。
彼は魔術師ギルドから大魔道士の称号を贈られた人物でもあり、その戦力は一軍に匹敵するとまで云われている。
実のところ、アンセスト侵略を目論む周辺国家の中枢において、アンスロト王家が魔王の庇護下にあると信じている者はいないに等しい。
五〇〇〇年も昔の約定であるため当然といえば当然だが、周辺国家が最後のひと攻めを躊躇する所以は、大魔道士レパント・ラ・バルダという存在にある。
レパントが気になると言うならば、それは魔術関連だと相場が決まっている。
しかしレイに魔法適性はないという鑑定結果が、レパントの知識と記憶のリンクを邪魔していた。
そもそもの話、レパントはレイと相性が悪いと既に断定している。
知識を基にした理詰めで事物を見るレパントにとって、全てを感覚で処理するレイは相容れない存在と言って過言ではない。
レイは先程から『魔法使いになりたかったなぁ』と呟いているが、その音声さえもがレパントは癪に触って仕方がない。
そんなレパントが、レイという男に度肝を抜かれるのは少し先の話である。
「レイ様には無限の魔力があるではありませんか」
「魔法が使えないなら魔力あっても意味なくね?」
「た、確かにそう言えなくもありませんが…あ! 獣人種は魔力によって身体能力や五感を強化する技能に長けています! だから白兵戦に強いのですよ?」
「へぇ、やっぱ獣人っているんだ。毛むくじゃら?」
フィオは「気になるのはそこですか?」と、内心苦笑しながら話を続ける。
一方、ジンとユアはジャンケンで決着をつけた。
負けて先に鑑定するのはジンで、ユアは『ヨシ!』とどこぞの空手家が如く拳を握り込み勝利を噛み締めている。
「お、ジンが先か」
「神様お願いします! どうかジン君を勇者にしてあげてくださいっ!」
「おのれユア…」
ジンは苦虫を噛み潰しながら天面に掌を置いた。
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固有名称:ジンセン・カブラギ
魔法適性:激光・暴風・炎熱・水冷・地殻
特有機関:魔力増幅炉
固有能力:剣帝・聖装召喚
神性紋章:勇者(背)
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「キタコレ勇者ジン!」
「ヨシ!」
「くぅ…っ」
「ジン様! 剣帝と激光はご初代様と同じですが、その他は初めて見ました!」
「五つもの魔法適性を持つとは実に素晴らしいですぞ!」
勇者ジンが膝から崩れ落ちた。どう見ても敗者である。
「わぁ~い、次は私ぃ~♪」
舞い踊るようにゴキゲンで台の前に立ったユアが、掌を置いた。
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固有名称:ユア・カグラノミヤ
魔法適性:聖光・錬金・付与
特有機関:魔力結晶生成炉
固有能力:聖天再生・魔力授受・弓聖
神性紋章:聖者(左胸)
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「予想どおりの聖者だけど、なんか凄そうじゃね?」
「弓があるのは嬉しいな。他は分かんないけど、なんだろ?」
「固有能力の聖天再生は蘇生みたいなものか?」
「魔晶生成炉……レパント、これも史上初ではありませんか?」
「仰せのとおり。魔力授受も意味は判れど初見にございまする。加えて錬金に付与とは。弓聖がある点だけ見ても、ユア殿はアレティ様を凌駕しております」
ジンが気になる〝聖天再生〟は、聖者ならではの特殊能力だという。
死者蘇生は神の領域であるため叶わないが、絶命さえしていなければ、凡そどんな状態からでも再生してしまう。
また、聖性の強い物質についても再生は有効で、例えばの話、魔剣に打ち負けた聖剣の復元なども可能という記述がドベルクの回顧録にある。
「ジンとユアのコンビって最強じゃね? サクッとメイズ攻略できそうじゃん」
「レイ様、流石にそれは難しいかと」
「なぜに?」
「宿りと覚醒は別儀です。ご初代様とアレティ様においても、メイズ踏破には十余年の歳月を費やされました」
「あー、持ってると使えるは違うってことか」
「十年単位は嫌だな…」
「ユアの不安と心配は当然だ。年齢の問題だろう?」
「うん」
ユアが難しい顔になるのは当然だろう。
魔王に会えば帰れるという話は喜ばしいが、実際に帰った者の記録はない。
帰れるとしても、帰った後が問題だ。
レイたちは高校卒業を来春に控えている十八歳。
ユアとジンに限って言えば、受験勉強の追い込み真っ只中であった。
仮に十年で帰れたとしても、二十八歳になっている。
帰る先が〝あの日、あの時、あの場所〟であっても、出かけた時に十八歳だったレイたちが、帰宅したら二十八歳というのは看過できない異常事態だ。
「ジンとユアの心配は俺も分かるけどよ、今考えても仕方なくね?」
「そうだけど…」
「お前はホント楽観的だな?」
「知ってるヤツから『老けたな』とか言われるだけじゃん? その先にしても、享年七十歳が実は八十歳でーす、みたいな?」
「レイに言われると大したことない気がしてくるけど、女の子にとって見た目って重要なんだよ? 受験勉強のこともあるし…」
「あぁ大学受験か。そうだよな、ごめん」
バツが悪そうにカリカリと顎先を掻くレイであったが、実はもっと根本的な心配が頭をもたげていた。
もしも、自分を含めた誰かが「帰りたくない」と言い出したら…
ドベルクの回顧録が全て真実ならば、勇者に選ばれたジンは夢も希望もない状態ということになる。
それはつまり人生を悲観していると同義であり、もしかすると絶望の一歩手前なのかもしれない。
医者から「プロへの転向は無理だ」と明言されたレイは、景色が色を失くすくらい凹んでいた。
もし病院にジンとユアが来ていなかったら、とんでもない行動に出ていたかもしれないとさえ思っている。
そんな自分よりもジンの失望が深いとすれば、「別に帰らなくてもいい」とジンが言い出す可能性は低くない。
しかし、ユアが帰りたいと願っているのは明らかだ。
決して口にしてはいけないと判っているが、本音を言えば、レイはこの世界がまんざら悪くないと既に思ってしまっている。
この世界であれば、戦う機会や鍛える場所と時間に困ることはないだろう。
この国が存続する限り、経済的に困ることもないはず。
何より、召喚されなければ左眼の負傷をなかった事に出来ていない。
(俺も極まってんなぁ。命懸けの戦いにワクワクするとか…)
試合ではなく、生存を懸けた戦いというのは深刻な問題であるべき。
三人の内で誰かが死んでしまえば、その時点で帰還が不可能になるのだから。
ユアは再生というチートを宿しているが、十全に使い熟せるようになるまで最も死亡リスクが高い点は否定の余地がない。
次点は突貫を厭わない性質の自分だと、ある意味で冷静に分析している。
だがしかし、ジンが絶望の一歩手前にあるとすれば、それも判らなくなる。
(腹割って話さなきゃなんねぇけど、今じゃない気がすんだよなぁ)
レイの感覚は、そう訴えていた。
「よし! 腹減った! 体重制限なくなったから肉! でも鳥か赤身で!」
「そうだね。お腹減ってると精神的に良くないよね。私けっこう眠いし」
「俺もユアに同意だが、レイは重くなると鈍るんじゃないか?」
「階級制トーナメントだったから減量したけど、今のベストは八五キロくらいなんだわ。だから問題なし」
「レイはまだ身長伸びてるもんね。今何センチ?」
「試合前の計測は一九三だった」
「病院で見た時に親父さんと同じくらいだったな」
「親父は一九〇フラットだな。いつの間にか抜いてたわ」
ジンも一八〇ちょいあるため、日本なら高身長に入る。
ユアも女性としては高い部類の一六七センチだが、こっちの人間は総じて大柄なのか、フィオはユアよりも高いし、侍女たちにも背の高い者が多かった。
レパントもジンより気持ち低いだけなので、そういう観点でもレイは今後の出来事に期待していたりする。もちろん〝猛者と戦れる〟という意味で。
召喚されたのは夕方だったが、こちらは陽の光が茜色に変わり始めたばかり。
早すぎる夕食をゴチになったレイたちは、居室を用意してもらい早々に寝た。
こうして三人の異世界初日が幕を下ろした。