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38:レイという道標


 ヒャッハー!と叫びながらワラワラと現れた野盗団が、前方三〇〇メートル程の距離でビタっと止まり、ヒッヒィイイイッ!?と絶叫しながら引き返していく。


「お、流した噂に釣られた実弾演習の的が出たぞ」


 ジンは雇った情報屋を闇ギルドに接触させ、「メイズ産物を輸送する黒い大型馬車が近々バラクへ向かう」という、事実に則した偽情報を流布させた。


「え…」

「こ、殺すんですか?」


 そんな経緯をサクッと説明された車輛運用担当のエスカとギリアムが、「マジで?」とジンを見遣る。ケンプ商会の二人からすれば、率先して野盗団を相手取り戦うというロジックはあり得ない。


「殺しが目的じゃない。あくまでも圧空弾での機関砲実用試験だ。エスカは武装を起動しろ。ギリアムは上部ハッチを開けて機関砲を構えろ」

「圧空弾なら死なないんですね?」

「計算値上はな」

「「え…」」

「いいからキリキリ動け!」

「「はいぃ!」」


 エスカが上部ハッチから上半身を出して構えると、操縦席のエスカが赤いセーフティカバーを跳ね開け、六連装魔導機関砲の起動スイッチを押した。


イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン……


 六砲身が高速回転音を響かせる中、エスカは圧空弾モードを選択。

 するとエスカの眼前にワイドスコープが浮かび上がり、熱源と動体の検知術式にターゲティングされた野盗のシルエットがスコープ上で次々と赤く染まる。


 各術式とターゲットスコープの連動制御には苦労したが、自動車のミリ波レーダーによる障害物検知システムを参考にして、術式を全方位へ一括展開するシステムを構築した。


 対象が熱源と動体であるため、開発段階では〝極寒期の夜襲防衛〟が懸念事項であった。しかし、赤外線とミリ波ではなく魔術式を展開するため、熱源の大小や温度の高低、環境照度にも左右されないと判明した経緯がある。


「人型を優先的にロックオンする仕様だが、もし馬をロックしたらスコープ上の人型に触れるとロックが移る。対魔獣戦なら気にしなくていいが、対人戦は経験を積んで慣れるしかない」

「はい!」

「ロック完了だな、撃て」

「う、撃ちますっ!」


ボボボボボボボボボボボボボボボボボボンッ!!!!!!


「がはっ」

「ふぎっ」

「はべっ」


 運良く(?)頭部に食らった野盗は気絶したが、胴体に食らった野盗は落馬した後も激痛に喘いでいる。散開逃走していた十八名の野盗団が、物の数秒で殲滅された。


「計算値よりもターゲティング精度が高くて有効射程距離も長いな。上々だ」

「圧空弾が勝手に曲がって野盗に当たったような…?」

「ロックした熱源ないし動体を追尾する術式だ。有効射程内なら必中する」

「あの野盗団、二度とブラックライノには近づかないですね…」


 数十メートル後方から一連を眺めていたミレアが半目になり、レイの隣でゴキゲンなシャシィは『すごーーーい♪』とはしゃいでいる。


「圧倒的すぎて盛り上がらねぇな」

「ブラックライノがあれば大陸を征服できちゃう! 王様になれるよ!」

「んな面倒なことするワケねぇだろ。王様なんて何が楽しいんだよ」

「王様になればハーレム作れるよ? あたしとか、あたしとか、あたしとか」

「シィだけじゃん」

「あたしだけじゃ不満なの!?」

「それハーレムじゃなくてタダの嫁さんだろ」

「お、お嫁さん…ぁぅ」

(相性は悪くないのよね。二人とも恋愛脳が極小なだけで……致命的だわ)


 頬に手を添えクネクネしているシャシィを見遣るミレアは、とても残念そうだ。


 その後も機動力を活かし魔獣領域へ突貫してみたり、山影のアイスバーンを融雪装置で融かしてみたりと、非常に充実した実用試験を行った。


 降雪期は過ぎたが日没時刻はまだ早いため、一行は北回り街道沿いの野営スポットで一夜を過ごすことに。

 ここでもジンとユアが思いつくままに造った各種魔導式キャンピングギアがミレアたちを驚かせるものの、何より感動的なのはブラックライノ内のシャワーブースと簡易キッチンであった。


「これ野営? こんなに快適で楽しいものだったかしら?」

「夜警が要らないって凄いね。ユア様の付与魔法が羨ましいよ」

「次回からはギリアムと二人になるので不安でしたが、むしろ役得ですね」

「副会長が八億は安いと言ってた理由を実感しました」


 皆の所感を聞いたレイとジンは、内心「ユアの魔晶生成がなければ無理だった」と同じことを考えていた。


「こうなるとアレが欲しいよな。カップ麺とかレトルト食品とか」

「考えなくもなかった。でも魔導製品開発の範疇から外れる気がして止めた。フリーズドライ装置くらいなら造ってもいいけど、最優先は魔力充填装置だな」

「俺の代わりか。それってさ、発電機付き充電器みたいなモンだろ?」

「まぁそう考えるよな」

「違うのか?」

「魔力を工業的に生成するのはおそらく不可能だ」

「あっ! あたし分かった! 魔脈じゃない!?」

「流石によく知ってる。正解だ」

「なんかカッコイイ響きだな。俺にも教えて今すぐプリーズ」


 嘗て神脈や霊脈とも呼ばれていた魔脈には、天然の純魔力が流れている。

 魔脈は地中深くを網状に走り、膨大な純魔力が惑星規模で循環しているという。


 精霊の霊力源だとかメイズの魔力源、魔獣領域の発生原因といった話もあるが、今は関係ないので横に置いておく。


 ジンにとって都合が良いのは、イニシャルコストだけで膨大な量を調達できる上に、純魔力が波動を持たないという特性だ。

 波動を持たないため波動干渉が生じず、固有波動を持つ魔力との混合も可能という点が特に重要である。


 固有波動というだけあって、魔力は固有の周期・振幅・波長などを持つ。

 当然だがユアとレイの魔力波動は大きく異なり、普通なら波動干渉が起きる。

 しかし、ユアは自身の魔力にレイの魔力を混合しながら魔晶を生成する。

 これは彼女の魔力授受という能力が〝波動変換〟という付随技能を有するからで、ユアは自身の波動をレイの波動に同調させ魔晶を生成している。

 だからレイは単独でも魔力充填が出来るという理屈だ。


「レイが寝そうだよ?」

「雰囲気の粉砕と話の腰を折る天才だからな。いつものことだ」

「いやだって、俺に教える時は――」

「猿でも解かるように、だろ? 無理だ。早く人間になれ」

「くっ、おのれインテリ勇者め! 今日のところは見逃してやる!」


 最近お気に入りのフレーズを吐いたレイは、満足気な顔で立ち上がり竜車のキャビンへ入った。普通に寝るつもりなのだが、実は眠かったエスカとギリアムもレイに便乗してブラックライノに乗り込んだ。


「レイを夫にすると苦労が多いのかしら?」

「いや、ああ見えてかなりフェミニストだから大丈夫だろ」

「それ分かるなぁ。レイって優しくして欲しい時にちゃんと優しいもん」

「ユアと張り合うのは大変だぞ?」

「うっ、色んな意味で勝てる気がしない。おのれ聖女め…」


 シャシィはレイに毒されていると自覚しているものの、レイの好みが自分の好みになってしまう心境を楽しんでいる。

 彼女が初めて他人を心から愛せたことをミレアは喜ばしく想っているが、どうしてもモヤモヤしてしまう自身の気持ちを紛らわせようと口を開いた。


「遥か昔から魔脈の魔力利用は研究されているけど、実現不可能だと言われているわ。ジン様には解決策があるのかしら?」

「地面の掘削難度についてか?」

「いいえ、メイズには魔脈が露出している場所があるの。でも魔脈の表面に触れると、どんな物でも瞬間的に固定されてしまうそうよ。それが人の手でも」

「昔は指とか手を切り落として帰還したシーカーが何人もいたんだって。今は魔導器で結界が張られてるから近寄れないみたいだけど」


 ジンは俯きながらも口角を上げ、不敵に笑んだ。


「まだ詳しい話は出来ないが、そのメイズ下層で起きた出来事はかなり調べた」

「その上でどうにか出来る…と思っているみたいね、その顔は」

「少しだけ教えて! レイみたいに寝ないから!」


 苦笑したジンは「どこまで話そうか」と思案しながら口を開く。


「実は賢者の話をレイから聞いた時に閃いたんだが、二人は切断されたシーカーの手指が今どんな状態かを知ってるか?」

「聞いた話だけど、指や手の皮だけが生々しく残ってるみたいね」

「それ、妙な話だと思わないか? 骨さえ朽ちるほど昔の出来事なのに、なぜ表皮だけが今尚残存しているのか」

「う~ん、言われてみるとそうだけど…ジン様は分かるの?」

「確証はないものの確度の高い推論はある。が、今はここまでだ」

「えぇ~、気になって眠れな~い! 少しだけ、あと少しだけ教えて!」


 このしつこさがあれば多少はユアと張り合えそうだと思いつつ、ジンは立ち上がりながらヒントを口にする。


「賢者が使う時空間魔法は時と空間に干渉する魔法、ということだ」

「……分からないわ」

「うん、寝よっか」

「そうね」


 あっさりと思考を放棄し立ち上がった二人を背に、ジンは「時間軸への干渉、もしくは、時間軸そのものがなければ物質の状態は不変だ」と思考する。

 そして竜車の横にほぼほぼ埋没している極鋼を見遣り、「愚者は未来を切り拓く、か……やっぱりレイは俺たちの道標だな」と内心呟き薄く笑んだ。


 ジンは口の中だけで『なぜ、極鋼の表面に積もった粉雪だけ融けなかったのか』と呟き、笑みを深めながらキャビンへ入るのだった。


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