37:西方遠征
「良い子で留守番してろよ?」
「はーい」
「俺らがいないからってシクシク泣くなよ?」
「メイさんと皆がいるし、フィオさん遊びに来れるみたいだからヘーキだもん」
「そっか。シオ、ユアを頼むな」
「シオがちゃんと護るの。レイ様も気をつけてなの」
「ありがとさん」
当初予定より数日遅延したものの、レイたちがエルメニアへ向け王都を発つ日がやってきた。
場合によってはユアを連れて行こうと思っていたが、人柄も良い新人が二五人いるのでレイとジンは憂いを減らすことが出来ている。
「ガンツ、ダッツ、ベンノ、三台の組み上げは大変だろうが陣頭指揮を頼む」
「応ともよ」
「任せてください」
「あんだけ正確な組図があるのにしくじれませんって」
ガンツをはじめとしたガチムチ三人は、五人一組の機構技師グループA・B・Cのグループ長を務める。レイが外見と腕力と根性を基準に選抜したのだが、ジンは的確な人選だと感心している。
「最後に事務方各位は傾聴してくれ」
「「「「「はい」」」」」
「不明事項や問題が生じた際には、遅滞なくユアに報告・連絡・相談すること。ユアが対応できない場合はアルベルト副会長が出張ってくれる。自信を持って取り組むのは大いに結構だが、決して過信はするな。以上だ」
「「「「「承知しました!」」」」」
ユアたちに見送られ、レイ、ジン、ミレア、シャシィを乗せた馬車が王宮へと向かう。四頭立て竜車を王都内へ乗り入れると迷惑になる面もあるが、クリスの強い要請を受けての訪宮である。
要請の所以は、ブラックライノ初号機を運用した国際交易にある。
初号機はメイズ都市ボロスとケンプ商会本店倉庫で商品を積み、北西のバラクを経由して北東のゴンツェを廻るルートを基本とする。
車輛運用と取引はケンプ商会の領分だが、正式な国家間交易は宮廷、延いてはアンスロト王家の領分になる。
特に初回とあってクリスは祝賀親書を認めるよう父王に頼んでいたが、ペンの進まない王のせいで出発が遅延したという顛末だ。
「漸く親書が整った。面倒をかけてすまぬ」
「数日くらい構わないさ。当初からバラクまでは同行するつもりでいた」
「ほぉ、何故だ?」
ケンプ商会の車輛担当者に対する運転教習は済ませているが、有事に運用する武装や特殊装備の操作まで万全とは言えない。
そこで、道すがら六連装魔導機関砲やサーチライト、融雪用魔導装置、障害物破砕弾、障害物除去シールドなどの実用試験を行う。
また、新人採用した水系統魔術師サリアの水元素分離術式についても、実地で凍結防止効果などを確認する予定だ。
「自信作とはいえ売りっぱなしには出来ない。まだまだ完成度を上げていくし、運用環境の変化に対応できる換装式のオプショナルパーツも造っていく」
「うむ、購入する立場からすると安心できる話だ」
「ちょっと待て、王家で買うつもりなのか?」
「王家ではなく軍務院が導入審議を進めている」
クリスの言葉を聞いたジンが強かに眉根を寄せた。
「軍用として売るつもりはないぞ?」
「なっ!? なぜだ!」
「確実にパワーバランスが崩れるだろ。まあ、その話は帰って来てからだ」
「お、おいジン!」
話が長引くと思ったジンは、スタスタとブラックライノの助手席に乗り込んだ。
フィオと話しながら横目で見ていたレイたちも後部座席に乗り込む。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……
内燃機関のない魔導エンジンが、異世界にあって近未来的な駆動音を響かせ進発する。手を伸ばすクリスの姿は、恰も去り行く恋人に追い縋るかの如く見えるもののガン無視である。
人々の注目を浴びながら大通りを徐行して南門を抜けたブラックライノは、外郭沿いを西へ進んで竜舎に到着。
そこには二連結車輛に繋がれた四頭の走竜が、「えっ!?」みたない目をブラックライノに向けている。傍らでは半眼の使役士ジャクロが唖然としている。
ジンに「竜車は任せる」と言われたレイたちが降車した。
「よおジャクロ…って、どうした?」
「いえ、その、竜車要ります?」
「要るに決まってんじゃん。俺としては竜車が本命だっての」
「嬉しい言葉ですけど、本当ですか?」
「スーパーウルトラホント」
ジャクロの肩を笑顔でバンバン叩くレイを横目に、ミレアとシャシィが苦笑しながら御者台に上がった。
「行くわよレイ。極鋼を忘れないでね」
「あいよー。んじゃなジャクロ!」
「ど、どうかお気をつけて…」
「お前たちもよろしくな! 一緒に風になろうぜ!」
「「「「グルゥゥゥゥ!」」」」
「「ならないわよ(からね)!」」
女性陣に呆れた目を向けられたレイが、竜舎の門脇に埋まっていた極鋼をヒョイと持ち上げ客車の屋根に跳び乗った。
「また屋根なんだ?」
「仕方ねぇじゃん。これデカいんだし」
「そうだけど…」
「シィも上へ行っていいわよ?」
「いいの…?」
王都へ戻って以来、長いことレイの傍にいる機会がなかったシャシィの心情を慮ったミレアが、優し気な笑みを向けて頷いた。
その目には「隣にいたいんでしょ?」と書いてあり、シャシィも「ありがと」の言葉を目に浮かべながら笑顔で頷いた。
シャシィがレイの隣に陣取ったところでブラックライノが進発し、竜車が追従する形で一行は北西へ向け進路をとった。
◆ー◆ー◆ー◆ー◆
レイとジンが発った後の工場では、ユアたちが早速とばかりにブラックライノの製造に取り掛かっている。魔術陣や魔法式を付与できるのはユアだけなので、メイが複製した魔術陣のスクロールをユアが部材に付与するという流れ作業である。先々は腕の良い術式刻印専門の彫金師を雇わねばならない。
ユアの横顔を見るメイは、予想に反して普段通りの表情で作業を進めるユアを不思議に思っていた。
「あの、ユアさん」
「なに?」
「寂しくないんですか?」
「ん~、寂しいっていうより心配かな。レイもジン君も」
この返答もメイには予想外であった。
「レイさんって、ユアさんの恋人ですよね?」
「えっ? 違うよ?」
「えぇーーーっ!? 違うんですか!?」
「そんなに驚かれるとは思わなかったよ。友達にもよく言われてたけど」
「故郷に恋人がいるとか?」
「ううん、いないよ。私はずーーーっと片想いしてるの」
「レイさんに?」
「あはは、違うよ。私にとってのレイは手のかかる弟みたいなお兄ちゃん。私のことを大切にしてくれて、いつも守ってくれるお兄ちゃん」
ユアの表情と口調から、メイは本心なのだと感じた。
「そのこと、レイさんは知ってるんですか?」
「そのことって?」
「ユアさんが他の誰かを愛していること、です」
「確かめたことはないけど昔から知ってると思う。っていうか知ってる」
この返答は意外であった。
ユアとレイは、誰の目から見ても恋人同士にしか映らない。
しかしユアは、レイじゃない誰かを昔から愛しているという。
「レイさんは…ユアさんを愛してますよね?」
「うん、愛してくれる。私もレイを愛してる。でもそれは男女の愛じゃなくて、家族としての愛なんだよ。血縁関係はないけどね」
「不思議な関係です…」
「ふふっ、それもよく言われてた」
ほんの少し笑んだユアの表情が、メイにはどこか悲し気に見えた。
その悲しみの色が、メイに一つの推論を齎す。
「もう少し、訊いてもいいですか?」
「いいよ。私も恋バナは嫌いじゃないし」
「レイさんは、ユアさんが誰を愛してるか知ってます?」
「知ってるよ。言ったことはないけど」
「レイさんはユアさんと誰かの愛を応援してるけど、応援の仕方が下手?」
「そう! そうなんだよ! って、もうバレちゃったかな?」
「バレちゃいました。それに、ユアさんも下手だと思います」
「……やっぱり?」
「はい、すごーく下手です。気づいてもらえる要素が一つもないです」
「あはは、ごめんなさい…」
そう言ったユアは、とても愛らしくはにかんだ。
存外に不器用なユアが数年前の自身と重なり、メイは思わず苦笑してしまう。
これを知ったらシャシィが狂喜乱舞するだろうなとメイは遠い目をしつつ、レイとジンが帰ってきたら「おもっきり説教するぞ!」と心に決めるのであった。