36:vs ジン
辻馬車を拾って工場へ戻ると、食堂ではメイが登録手続きに追われていた。
ギルドに内定者を通知したのは三時間ほど前なのに、ほぼ全員が来ている。
「レイさん! 雇ってくれてありがとな!」
「お、ガンツじゃん。俺が雇った訳じゃねぇよ。ってか来んの早くね?」
暑苦しくも漢臭い笑みを浮かべるガンツが言うに、面接の最中に採用されそうだと判ったらしい。主にレイの表情や声のトーンで。
「まあ、あの官吏野郎は俺でも雇わねぇけどな」
「だよな? 俺らが若造だから仕方ねぇけど、ありゃ上から目線すぎだろ」
「そこまで若造じゃないだろ?」
「俺ら三人とも一八だぞ」
「ほれみろ、あの官吏野郎と俺も大して違わないはずだぜ?」
「マジで? ガンツっていくつ?」
「おいおい、出した紙に書いてただろ? 二二だ」
「ハハハ、ないない。ガンツは三七で」
「なんで一五も足すんだよ!」
ガンツは、三人の中でレイが最年長だと思っていたそうだ。
アジア人が欧米人の目に若く映る法則みたいなものだろう。
二二歳で一人前の職人というのが凄いとレイは内心驚くが、平民階級は一〇歳頃から家業や縁故の伝手で働き始めるのが普通だ。
そこからは努力と才能の問題になるが、正式に雇用された時点で社会的に成人と見なされる。
しかし、成人と一人前はまた別の話だ。
職人の場合は、親方から道具一式を贈られることが一人前の証になる。
ジンとユアが入社手続きを手伝っている間に、レイはガンツと話を続ける。
すると、手続きを終わらせた新人たちが一人、また一人と集まり、いつの間にかレイを取り囲んでの質問責めが始まっていた。
レイが王太子の腕を千切ってユアが完治させた噂の真偽や、どうやってアンスロト王家と縁を繋いだのかといった質問に、曖昧かつテキトーに答える。
ミレアがケンプ商会の令嬢じゃないかという話も飛び交っており、彼女の口利きで魔導製品開発部門を創設したと皆は思っているらしい。
「んや、この仕事はジンとユアがアル…えーと、副会長に話を持ちかけたんだ」
「なんと!? やはり応募して正解でした!」
「つーと?」
「政商ケンプの次代を納得させる者などそうそういませんよ」
「あぁそれな。ジンは特に頭いいから、みんな安心して働けると思うぞ」
「ユアさんは技師長だと聞きましたけど、レイさんは何を?」
「俺? んー、難しい質問だなぁ……あ、魔力担当?」
皆の頭上に「?」が浮かんだ時、書類整理を終えたジンとユア、ミレアたちがやって来た。
「魔力担当って何だよ。いい機会だから伝えるが、レイは俺たちの道標だ」
「そうだね。レイがいれば迷わずに進めるし、もし迷っても助けてくれるの」
「ジン部門長もユア技師長も、レイさんを信頼なさっているのですね」
「無論だ。この世界でレイほど頼りになる奴はいない」
「世界規模ですか…」
恥ずかし過ぎるレイが痒くもない頭を掻いていると、二人の話にウンウンと頷いていたミレアたちが口を開いた。
「今の内に見せてはどうかしら? レイがレイたる所以を」
「それいいね! あたしたちレイとジン様の仕合見たことないし!」
「シオはレイ様が戦うとこも見たことないの」
「俺は構わないが、レイはどうだ?」
「断る理由がねぇな」
「ねえねえ、先に殻化の検証しなくていいの?」
「レイなら上手いことやるさ。なあ?」
「たぶん? とりまスロースタートでいくわ」
「了解だ」
敷地の中央へ向かいながら、ジンは内心安堵していた。
二人はこの六年間ほどで幾百度も仕合ってきた。
しかし、いや、だからこそ、日々のトレーニングを共にすることで、今のレイと自身に隔絶的な差が生まれている事実をジンは痛感してしまう。
もし一合で決着をつけるような戦い方をされれば敗北は必至だ、と。
(殻化か…どんなモンか知った今なら納得だぜ。木を殴って手応えなしに貫通した時はドン引きしたし)
チラリと敷地の隅っこへ目を向ければ、風穴が開いたままの立ち木が映る。
ユアに再生を頼もうかと思ったが、確実に怒られるので秘密にしている。
穴を土で埋めようかとも考えたが、流石にガキっぽいと思い止めた。
ぶっちゃけ早くバレればいいのに、と思う今日この頃である。
敷地の中央で三メートルほどの距離を取って対峙したジンが、柄に手を掛けながら身体強化を施した。
一方、身体強化と感覚強化に限れば達人の域へ至っているレイは、ジンが強化したことを敏感に察知した。
それどころか、日々のトレーニングを共にしている皆については、強化レベルを極めて正確に判定できてしまう。
(レベル2の上限ってとこか)
ジンの強化レベルを判じたレイは自身の強化をレベル0.5で施し、覆魔の魔力圧だけを高めて殻化し動く。と同時に、ジンが鯉口を浅く切った。
ストライカースタイルで軽やかに間合いを詰めたレイがジャブを放つ。
一方のジンは小円を描くように体を捌いて難なく躱すが、内心悪態をつく。
(クソ、見事に強化レベルを合わされてる。後手に回ると押し込まれてあっけなく終わるか)
瞬間、ジンがレベル4に上げつつ腰を沈め、抜刀術を放つ。
ヒュッ!
レイは刃筋を見詰めながら右脚を僅かに引き、滑らかなスウェーで紙一重を躱した。
「…余裕で躱すなよ。殻化の検証にならんだろうが」
「アホか。殻化より魔剣が上なら脇腹から鳩尾までパックリだわ」
「チッ、俺のレベルは」
「4」
「お前は」
「悪ぃな、1だ」
「この戦闘民族め…」
「違うって言えなくなってきてるぜ。んじゃ上げてくぞ?」
「来い!」
魔力制御技能熟練度の桁が違う上にレベル判定まで出来るため、レイはコンマ秒の遅滞もなくジンに合わせていける。そんなレイが戦況を牽引し始める。
1.2、1.4、1.6とコンマ2刻みでレベルを上げていき、打撃ではなく各種フェイントのみでジンを翻弄する。つまりは虚実の〝虚〟のみ。
片やで〝実〟の警戒を怠れないジンは、呼吸のタイミングすら奪われ無呼吸運動を強いられる。
「あたしもう見えないんだけど、ユア様は?」
「気を抜いたら見失いそうだけど、もう少しいけるかな。ミレアさんは?」
「私はまだ大丈夫よ。ジン様の強化上限次第になるわね」
「レイ様すごいの。アジリスバチュラムみたいなの」
「アジリスってすばしっこいよねぇ。魔術師の天敵だよ。え、レイも天敵?」
そんなバカな!?と変顔で絶望するシャシィを尻目に、新入社員たちは速さやら戦力ではなく、ジンとレイが戦えること自体に驚いている。
「ガ、ガンツさん…コレどういうこと?」
「俺に訊くなよ。まあ、レイさんが並じゃねぇのは面接の時に感じたけどな」
「ほぉ、どう感じたんです?」
「とにかく迫力がすげぇんだよ。俺は親方が魂込めて作ってる姿に寒気を覚えたんだが、普通に話してるだけのレイさんには怖さを覚えたぜ」
「それ、魔力制御のせいだと思います」
「そうなのか?」
「面接の日、ジン部門長たちの魔力は時折り感知できたんです。でも、レイさんの魔力は今も感知できません。間違いなく強化を使ってるのに…」
「とんでもねぇ技量ってことか?」
「判りません…技量という言葉で片付くことなのかも…」
皆の会話を他所に、レイとジンの仕合は進んでいく。
いや、レイが殻化の検証を着々と進めていく。
パシュ! カシュン! キンッ! ギンッ!
「全然見えないんだけど何の音?」
「とうとう魔剣の刃を手の甲や掌で受け始めたわ」
「うっわ」
「レイとジン君の表情が対照的だよ」
「レイ様すごく楽しそうなの」
殻化で魔剣を受けられると確信したレイが、ジンをある場所へ誘導し始めた。
そこにはユアとメイが錬金した各種金属の巨大なインゴットが集積してある。
ジンも誘導されていると疾うの昔に判っているが、自身の上限レベル10の僅かに上をキープするレイに押し込まれていく。
退路を断たれたジンの背後には、ガラス繊維を試作する際に添加物として使うホウ素のインゴッドがある。モース硬度で言うと、硬度10のダイアモンドより少し低い硬度9.3であり、脆いものの折り紙付きでクソ硬い。
殻化の魔力圧を一段上げたレイが叫ぶ。
「右に跳べ!」
「っ!?」
ジンが跳んだ刹那にレベル7へ上げたレイの右ミドルキックが大気を裂く。
ガシャ―――ンッ!
横っ飛びで受け身をとったジンが、砕け散るホウ素塊に唖然とする。
「ホウ素を蹴りで砕くなバカ…」
「ゼンゼン痛くなーい! 俺カッチカチィ!」
レイは右脚を振り抜いた体勢のまま、イイ笑顔でサムアップするのだった。