34:採用面接
ブラックライノを納車しノワルが王都を発った翌朝、レイたちは日課の早朝トレーニングを終えて風呂に入り、アメリカンブレックファーストちっくな朝食をテーブルに並べていた。
「皆様おはようございます! トトです!」
事務棟一階の食堂へやって来たのは、商人を志しケンプ商会で見習いをしている少年である。
「おはようトト君」
「おはようございますユア様。魔導装備が入荷したのでお報せに来ました」
「ヨシキタ魔装!」
レイがキュピーンという音が聞こえるように背筋を伸ばした。
「報せてくれてありがとう。一緒に朝食どうかな?」
「ありがとうございます。でも次の仕事があるので遠慮させて頂きます」
言いながら胸に手を当て伏し目がちに謝意を示したトトは、ニコリと笑って食堂を後にした。トトを見送ったユアが振り向き、レイを見て苦笑する。ジンが釣られてレイへ目を向けると、キモイ速さで手指をワキワキさせていた。
「言うまでもないが今日は無理だぞ」
「なん…だと…!?」
「ラノベのテンプレ台詞か?」
「正解。あー、魔装はお預けかぁ。抜け駆けもアレだし仕方ねぇな」
朝食と後片付けを終えたレイは、模擬戦でもしようかとミレアに声をかける。
が、ミレアは「え? 何言ってんの?」といった風情でジンへ目を向けた。
「レイも面接官をするに決まってるだろ?」
「え、マジかよ。俺に面接させるとかガチで勇者だな?」
「何だその自虐は。とにかくあの人数を俺とユアだけで捌くのは無理だ」
今日は新人の採用面接が行われる。
ブラックライノ三台の追加発注が決まった時点で、ジンは魔術師・職人・商人・学術者の四ギルドを介して求人をかけている。
優秀な人材を取りこぼしたくないため、求人票には雇用条件等も明記した。
最も頭を悩ませたのは、〝優秀の基準〟をどう示すかという点だ。
そこでジンは、ブラックライノ初号機の譲渡式を利用することにした。
譲渡式を行った趣旨は王都民へのお披露目だが、応募者に実車を見せて「このレベルの仕事をする自信と気概がある奴だけ面接に来い」と知らしめる趣旨を含ませた。
これが功を奏したのか、瞬間的に五〇〇名を超えた応募者が、最終的には一〇七名に減っている。
「面接のやり方なんて知らねぇんだが?」
「俺だって同じさ。職種ごとの質疑と対話集は作ったが、レイの感性でピンとくる人がいたら丸をつけてくれ。レイの勘は鋭いから期待できる」
今回募集したのは総合職を三名、錬金術師を二名、四大元素魔術師を三名、部品管理と組み付け作業を行う機構技師を一五名の計二三名だ。
総合職は日本特有とも言える職種で、業界によっては事技職と呼ぶ。
ジンは経営幹部候補と位置づけており、将来的にCOOやCSO、CFOになれそうな人材を採用し、最終的には二代目CEOを選出するつもだ。
遅かれ早かれメイズ攻略に専念するため、出来るだけ早期に部門を商会化し、メイと今回採用する新人たちに事業全般を任せていく。
クリスとエルメニア聖皇を外部監査役に据えようと企んでいるのは内緒だ。
ともあれ、基本的にはジンが総合職三名と機構技師十五名を選び、ユアが魔術師五名を、レイはフリースタイルというスタンスであるが、どうなることやら。
リンゴ~ン、リンゴ~ン、リンゴ~ン……
「時間だ、行こうか」
夜明けの次となる二つ目の鐘が王都に鳴り響き、ジンを先頭にユア、レイ、メイ、ミレアたちが工場裏手の通用口へ向かう。
通用口から工場へ入り、修繕して滑らかに開閉するようになった大扉をスライドさせると、工場前の敷地には大勢の応募者たちが待ち構えていた。
「お立ち台が必要だったな……レイ、俺を持ち上げてくれるか?」
「よし、レイ兄ちゃんがジン君を高い高いしてあげよう」
「俺を羞恥死させる気か?」
「ジョークだって。カモン」
強化レベル1にしたレイが頷き、同じく強化したジンが垂直ジャンプ。
三メートルほど跳んだジンの直下に踏み込んだレイがバンザイすると、その手の平にジンが着地した。
『おぉ~~~!』
妙な歓声が上がるものの、一九〇センチ超が掲げた手に一八〇センチ超が乗ったため、ジンの視線は高さ四メートルを超えた。
前の方に立っている人たちがおもっきり見上げている。
「高すぎる…レイ、四つん這いになってくれ」
「アホか! 誰がお馬さんだ!」
「ねえねえ、どうして食堂の椅子を持って来ないの?」
「ジンがアホだから」
「くっ…!」
猿も木から落ちる。ジンも時折りアホになる。
走って食堂へ行き戻って来たジンが椅子の上に立つと、応募者たちの多くが笑いを噛み殺している。これで優秀な者が呆れて帰ったら目も当てられない。
耳先を赤くしながら咳払いをしたジンは、集まった皆に一言の礼を述べた上で段取り説明を始めた。
「結果はギルドで確認できる。大まかな段取りは以上だ。提出物と引き替えに番号札を受け取り工場内へ入ってくれ。当然だが、提出物を持参していない者は面接を受けられない。帰ってもらって結構だ。では採用面接を始める」
この世界に履歴書や職務経歴書はないのだが、ジンは二書式を一つに纏めた雛形と記入例を求人票に掲載して〝持参必須〟と明記した。
集まった人たちの大半は藁半紙を持参しているが、手ぶらで来た者もそれなりにいる。
チラホラとブーイングが聞こえるものの、政商ケンプ商会に面と向かってケンカを売れるのは、アンスロト王家とケンプ商会から金を借りていない貴族だけだ。
そこまで勘案して事業を始めたジンは流石と言える。
必要書類を提出したエントリー者数は八三名に減った。
それでも求人数が二三名なので選考倍率は3.6倍だが、ジンたちの眼鏡に適う者が二三名に届かない場合もある。逆に優秀な者が多ければ、二三名を超えて採用するつもりだ。
仮設した面接室に番号札一番から三番までが入室した。
一番は小綺麗な服装で文官風の総合職志望者。
二番はローブを纏う水系統魔術師で、三番はガタイのいい技師志望。
イイ感じにバラけたが、経歴を読めば三人とも無職ではなく転職希望者だ。
「一番のロッソ殿は立派な職に就いてるようだが、志望動機は?」
「それを答える前に一つ確認させてもらいたい。あの魔導六輪は、本当に貴殿らが製造したのかね?」
ジンはポーカーフェイスだが、ユアは苦笑しレイは半目になった。
(これが下級官吏のレベルか……積極的なのは悪くないが、志望動機を答えた後でも構わない質問だし大雑把すぎる。単にイニシアティブを取りたいだけだな)
「我々が企画・設計・零号機改良を経て完成させた。それで、志望動機は?」
「わ、私が加われば更に良い物を造れるに違いない、かと…」
「なるほど、非常に良く判った。(ダメってことがな)」
ユアとレイも内心「ダメだ」と判じ、ユアが口を開く。
「サリアさんは水系統のようですが、どんな事柄に寄与できるとお考えですか?」
「ブラックライノの初期運用は北方への輸送だと聞きました。譲渡式の時に装甲を触らせてもらったら只の金属でした。私は水元素の分離が得意なので、分離術式を外装に刻印できれば扉や窓の凍結を防げるし、車体に雪が積もるのも防げるかなと思ってます」
ユアがジンとレイに視線を巡らせ、「盲点だったね」と目で会話する。
特に上部ハッチが凍結や積雪で開閉できないとサーチライトや六連装魔導機関砲の手動操作が出来ず、装備の可動部が凍結すれば運用自体に支障が生じる。
「サリアさん! それが出来るなら凄いです! 他にも色々使えそう!」
「ホントですか! ありがとうございます!」
((採用で))
よくよく聞けばサリアの故郷はアンセストの北端国境に近い町タフトで、風雪による凍結は厄介極まりないと肌身に染みているそうだ。
横浜で生まれ育ったレイたちには思いつかない難事である。
「次俺いいか? ガンツは金型職人なんだよな? 俺ら金型は使わないぜ?」
「ははぁん、ありゃ錬金術の【造形】か。でもな、金型を舐めちゃいけねぇ。確かにあの装甲は厳つくて俺好みだが、あんな代物を買うのは冗談みたいな金持ちだ。とくれば、こんな見た目がいいだの何だのと注文をつけてくる。特に王家御一統様やお貴族様は品格と美しさに拘る。紋章とかな、分かるだろ?」
「んや分かんねぇ」
「なっ…」
ガンツがお笑い芸人さながらにズッコケ、ジンとユアが苦笑する。
「レイ、王家のゴーレム馬車を思い出してみろよ。アレを高級乗用車とするなら、ブラックライノは軍用車だ。メイにスマホを譲る訳にもいかないからな」
「あ~なるほど、画像を見ながら造形できんのは今だけってことか」
「そういうことだ(その道のプロは目の付け所が違うな。いい勉強になる)」
そんなこんなで面接は続き、レイも回を追うごとに要領を得ていった。
ミレアたちとメイも、順番待ちの応募者たちに飲み物や弁当を配ったりと忙しく動いている。
昼下がりを迎え、八二と八三番の二人を最後に面接が終了した。
その日は夜遅くまでミレアたちとメイを加えて最終選考会を行い、ジンたちは二五名の採用を決めた。