33:満開
ユアとメイが取った三日間の慰労休暇中に、ジンは車輛の取説を書き上げた。
レイはユアとメイがのんびり休めてジンの仕事も捗るようにと、ケーキや屋台料理を買い込んで差し入れをしていた。
ついでにノワルと共にケンプ商会へ行き、車輛売却代金の中から一億シリンを彼女のギルドアカウントに入金するための事前手続きも済ませた。
そしてユアとメイの休暇が明けた本日、ケンプ商会本店前の大通りでは、〝ブラックライノ〟と命名された大型装甲輸送車の譲渡式が行われている。
黒く巨大で重厚な外形をクロサイに見立てレイが命名したのだが、今後運用される車輛に王都民が恐怖しないようお披露目するという趣旨である。
大通りは正しく黒山の人だかりといった状況で、ブラックライノの横に特設されたステージには正装を纏ったレイたちが上がっている。金髪が多いので金山の人だかりと言うべきかもしれない。
一際目を惹くのはドレスに身を包むオリエンタルな黒髪美女と、この辺では見かけない白紫色の髪をアップに纏めた美女。製造の立役者たるユアとメイだ。
ケンプ商会の幹部たちも登壇しているが、詰めかけた王都民が最も驚いているのは別の二人の列席である。
「これが八億なら安い物だろう。王家も買うべきではないか?」
「兄上、国防用途であれば軍務院で購入すべきかと」
そう、王太子クリストハルトと、第一王女フィオネリアである。
「フィオ久しぶりだな。元気してた?」
「はい、恙なく。レイ様もご健勝のようで何よりです」
「レイは私の腕を千切るくらい健勝であるからな」
「まだ言ってんのかよ。何気にしつこいな?」
腕を千切られた者にしか分からない感情をぶつけるクリスを他所に、車輛譲渡式は進行されていく。
そもそも王家の参列など誰も考えていなかったのだが、どこからか話を聞きつけたクリスが前日になって出席を申し入れてきた。そこに「私も見たいの!」的にフィオが加わったという経緯らしい。
「大型装甲輸送車ブラックライノの譲渡式はここまでとなります。クリストハルト王太子殿下、何かお言葉がございますでしょうか?」
「なれば私も祝辞を述べるとしよう」
「止めてくれ。収拾がつかなくなる」
「長引くから却下だっつーの」
無駄に盛り上げたくないジンとレイのダメ出しである。
ユアが蟀谷に手を添えて小さく頭を振り、緊張しまくりのメイが輪をかけて体を硬直させ引き攣った。
「私は王太子なのだが?」
「俺は愚者だが?」
「勇者だが?」
「兄上、お控えなさるべきかと」
「……致し方ない」
譲渡式はグダグダなまま終わりを迎えた。
レイたちが転居した工場見学までクリスは考えていたが、『クソ忙しい』『もう帰れ』と連打を食らい、フィオによるTKO判定でクリスは馬車に乗り込んだ。
「フィオさん、ジン君とレイがごめんなさい…」
「お気になさらずユア様。私はブラックライノを見れただけで十分です」
「もしお忍びで出られるなら一緒にケーキとか食べに行こう? 私は王都でお留守番だから、女の子デートしたいな」
「ホントですか!? どうにかして王宮を抜け出します!」
「楽しみにしてるね♪」
「はい♪」
ユアのフォローで機嫌よく馬車に乗り込んだフィオとは対照的に、クリスは車窓からジトっとした目をレイとジンに向けたまま、近衛騎士たちと共に帰宮していった。
「じゃあ俺たちは工場へ戻る。ノワルの方は任せた」
「おう。終わったら屋台メシ買って戻るわ」
「鶏肉系で頼む」
「私は野菜系がいいな。レイが見つけた野菜炒めみたいなの」
「アレな、了解」
ジンとユアは辻馬車を拾い工場へ戻って行った。
見送ったレイとアルはケンプ商会に入り、ノワルたちが待機している応接室へ向かう。
「ではレイ殿、私もここで失礼します。母と治療院へ見舞いに行きますので」
「あいよ、んじゃまた明日な。お大事にって親父さんに伝えといて」
「ありがとうございます」
アルとミレアの父である商会長は、痛風だろう病気が悪化して治療院に入院している。レイたちも今朝知ったばかりで、明日にでもユアが治療院へ行って治癒なり再生なりを試す。ユアの能力が慢性的な病気にも有効か否かを検証するつもりである。
一階の応接へ行くと、ミレアたちは筋トレをしていた。
「なぜ筋トレ?」
「漸く終わったのね。暇で仕方なかっただけよ」
「ミレアがレイみたいになって困るんだけど?」
「シオはあんまり筋肉つけたくないの。体が重くなるの」
「レイ様は付き合わされる私たちの身になって猛省してください」
「失礼ね。私はレイほど脳筋じゃないわよ」
「コラコラ、俺にケンカ売ってんのか? んん?」
レイにとって今日イチの目的は、一時帰郷するノワルの見送りだ。
譲渡式を行うと各ギルドにも通知したため、譲渡が完了しなければ売却代金を動かさせないという大人の都合が生じた。
「んじゃギルドに行くべ」
脱いだ上着を肩に引っ掛けたレイを先頭に魔術師ギルドへ行き、ケンプ商会が発行した譲渡証明書とレイのギルド証を窓口に提示した。
「貴方が噂のレイ様ですか…」
窓口嬢の呟きを聞いたレイが、「ん?」という表情で後ろを振り向く。
「不思議そうな顔しないでくれるかしら。投げ千切ったでしょう?」
「あん?」
「王太子殿下のことだよ」
「え、あれ噂になってんの?」
「凄くなってるの」
「北方二国と盟約を結んだ事実を流布するためです。逸話を付けた方が早く広まるという宮廷の目論見でしょう。周辺敵国への示威効果も見込めます」
そういうことらしい。知らぬは本人ばかりなり、というやつである。
「まぁいいや。一億をノワルの口座に、残りを俺の口座に入金してくれる?」
「は、はい、ではノワルさんのギルド証もお預かりします」
「お願いします」
ノワルの口座へ一億シリンが振り込まれ、レイとノワルが残高証明を受け取りそそくさとギルドを後にした。
次に向かったのは、王都北門の守備兵詰め所。
ノワルが恩返しをしたら全速力で後を追うと言って聞かないため、軍務院のゴーレム馬を借り、北門の詰め所に回してもらったという経緯だ。
「んじゃ気ぃつけてな」
「あっさりし過ぎです。チューくらいしますよ? 何なら揉みます? ぐわ!?」
そこそこ立派な胸をホレホレと差し出すノワルに、重デコピンが打ち込まれた。
首だけ仰け反ったノワルがオデコを押さえ『あうーあうー』と呻く。
「額が裂けたらどうするんですか! 裂くなら処女膜にしてください! どうぞ!」
言ったノワルは尻を突き出して親指を咥え、「カモーン」のポーズをとった。
が、妙に手慣れているものの無表情なので全くそそられない悲劇。
「お前のメンタルは鋼鉄製か。恩人をドン引きさせんなよ?」
「そもそも処女じゃないわよね」
「むしろ経験豊富だよね。あたしは処女だよ?」
「シオもなの」
「いやお前らも乗っかるな。で、ミレアは?」
「私は少し…って聞かないでくれるかしら! 馬鹿なの!?」
ミレアもイイ感じに壊れており、冬の北門はバカ満開である。
「あぁそうだ、ノワルがアホすぎて忘れてたわ。ほらよ、コレ持ってけ」
レイがポケットから出したのは、赤い矢印形の針が震えるコンパスと旅程表。
「西方への旅程表は分かりますけど、これは何です?」
「俺の魔力を感知する魔導具。ジンのアイデアでユアとメイが造った」
親指大の魔晶を内蔵し、レイがおもっきり強度を高めた魔力を充填した。
赤矢印は魔晶に接続された細い魔導金属柱の上に載せてあり、充填した魔力と同一波動の魔力を感知した際に方向を指し示すという魔術式をユアが創って付与した逸品だ。
事の発端は、『後追いで来るノワルとすれ違う可能性が高い』と呟いたジンの言葉だった。レイは単純に「仕方なくね?」と思ったが、魔力授受の付随能力として〝魔力波動の変調や同調〟が出来るユアは正確に理解し着手した。
小一時間ほどで出来上がった物が〝特定魔力感知用コンパス〟である。
レイとジンがテストしたところ、感知可能範囲は半径五〇kmほど。
ノワルが旅程表とコンパスを確認しながら追って来れば合流できるはずだ。
「やはり魔術師と神紋魔法士は格が違いますね。術式を創るなんて隔絶的です」
「俺は魔法使えないけどな。魔法と魔術が別物って知ったのも最近だし」
「残念な人ですね。揉んで癒します? 衣装の中に手を入れてもいいですよ?」
「その件もう飽きたぞ末期患者。とっとと恩返しに行きやがれ」
「精神被虐性欲者なのでゾクゾクします。異国でも虐めてください。では」
深々とメンタルを抉る言葉を残したノワルが、颯爽とゴーレム馬で走り去る。
シャシィが『身内に強敵?』と呟けば、ミレアとシオが眩暈でフラついた。
本日の北門はバカ満開である。